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 風の通る静かな音と四人の足音だけが、狭い空間に響いていた。

 前方を照らすたいまつの火がゆらゆらと揺れている。たいまつが照らせない奥には闇が広がり、先の見えない不安を煽ってくる。


 隊列を組んで互いに死角を守りあいながら先へ行く。

 罠はないか。魔物はいないか。

 急ぐことよりも安全を優先し、確実に歩を進める。油断が命取りになる空間だ。 


 誰も踏み入れたことのない場所。長い間閉ざされてきた空間。すべてが未知の場所。

 あらゆる可能性を考慮して、慎重に進んでいかなくてはならない。

 俺たちはいま、首都の地下に広がる迷宮にいた。





「地下迷宮、ですか?」


 俺と、フェンと、ゴートと、セトと、ユイ。

 五人そろって役所へ出向き、役人と話していた。


「はい。先月の地震によって、街のはずれにあった古代建築物が崩れ、地下に通じる入り口が発見されたのです」

「それを、俺たちで攻略しろと?」

「はい!」


 満面の笑みで役人がうなずく。

 俺たちは西部の討伐作戦から無事に帰還していた。無事に大山脈由来の魔物の討伐は完了し、周辺に元の平和が戻った。

 在来の魔物たちも縄張りに戻ってきて、元の秩序が戻りつつあるという。


 任務を終えて街に戻った討伐隊は解散され、俺たちは報酬をもらっていた。

 基本報酬に大型種討伐の追加報酬まで加わって、かなりの額だ。

 さらに俺とユイは大型種討伐に際して多大な功績を挙げたとのことで、追加報酬は他の三人よりも高額だった。


 隊が解散された後、俺が祝いに四人におごることになった。

 酒場へ向かおうとしていたところで指揮官から呼び止められ、新たな依頼があるため休んだ後五人で役所へ顔を出してほしいと言われたのだ。

 それで、酒場に行ったあと一晩休んでから、五人で役所を訪れていた。


「皆さんは討伐隊でも素晴らしい功績だったとか。軍部からも、依頼をするならエイユさんの隊の方々だと推薦されました」


 おいおい、役人にまで名を知られてるじゃないか。

 なんでどんどん広まっているんだ。

 ため息が口をついて出たが、とりあえず話を進める。


「でも、地下迷宮とか遺跡とか、そういうものを攻略したことなんてないですよ」


 他の四人も異口同音に答えた。


「ですが、あなた方が一番信頼できるからと、軍からも言われているのです。迷宮の攻略は単なる平野の魔物討伐とは勝手が違いますので優れた人たちでないと危険が大きいし、大人数では入れないから少数精鋭で、という話なんです。どうかお願いします!」

「はあ……」

「首都の地下にどれだけの規模かもわからない迷宮が広がっているとあっては、いまだ地震の影響が残る首都に、さらに不安が広がってしまいます。市民を安心させるためにも、優秀な皆さんのお力が必要なんです!」


 ほかの四人を見まわした。


「まあ……俺はエイユがやるっていうならやるけどよ」

「……わたしも」

「えっ、ユイも?」


 こくん、とユイがうなずいた。


「いいのか?」

「うん」


 それだけ言って、ユイは離れて窓際に行ってしまった。


「ゴートとセトは?」


 二人は顔を見合わせた。

 先にゴートが口を開く。


「私は、行きましょう。この隊も結構気に入っておりますし。それに、どうせ今は旅の護衛人も仕事がありませんので」


 にっと笑って親指を立ててくる。坊主と白い歯が光った気がした。さわやかな人だ。

 セトは、難しい顔をしている。


「……無理そうか?」

「実は……家族が心配でして。ずっと故郷に置いてきたままなのです。もともと報酬を地震でやられた村の復興に使うつもりで討伐隊に参加したのです」

「そうだったのか」

「はい。妻や息子が心配です。皆さんとはもう少し共にいたかったのですが……今は一刻も早く帰りたい」


 すまなそうにセトはうなだれた。

 

「なら、すぐに帰ったほうがいい。心配しなくてもいいさ。俺たち四人でやってみるよ」

「元気でな。またひと段落したら、会おうぜ」

「そうです。その時を楽しみにしていますぞ、セトどの」


 感極まったのか、肩を震わせながらセトは深々と頭を下げてきた。


「……皆さん……ありがとう。本当に申し訳ない」

 

 各々固く拳を握り合って、セトと別れの挨拶をした。


「お元気で」

「セトも」


 短い間だったが、俺たちの間には信頼関係が生まれていた。別れは惜しいが、またいつか会うこともあるだろう。 

 再会を約束して、俺たちはセトを見送った。

 去り際に、ユイもセトと握手をしていた。ユイも彼との別れを惜しんでいる様子だった。

 セトが役所を出ていくのを見届けて、役人を振り返る。


「ということで、俺たち四人で行きます」


 役人は心から嬉しそうに、何度も頭を下げてきた。


「ありがとうございます、ありがとうございます! 詳しいことは現地で軍部が調査をしていますので、そちらに出向いていただいて、話を聞いてください。危険も大きいので、報酬は討伐隊のときよりも多くお支払いいたします」


 金目当てではないが、報酬は多いほうが嬉しい。

 俺たちはとりあえず、問題の古代建築の場所へ向かい、軍部下ら話を聞いた。

 軍部によると、古代建築の下に現れた入り口は、かなり深くまで続いているらしい。

 ある程度の地点までは軍部で探索したが、最深部までたどり着けていないとのことだ。

 街の復興作業に軍人は手一杯で、これ以上人手を割いて探索はできず、それで民間へ委託することになったそうだ。


 数百年ものあいだ、誰にも足を踏み入れられたことのない場所だけに、何が起きるか分からないという。

 幸い、軍部が進んだところまでの話ではあるが、かなりしっかりとした作りの迷宮で崩落の危険はなかったという。

 魔物はまだ遭遇していないが、いないとは限らないので警戒するようにと忠告され、一度攻略の計画を練ることにして、街に戻った。


「地下迷宮となると、平野とは戦い方も進み方も全く違ってくるな」


 酒場に入って、食事をしながら話していた。

 軍部にもらった探索図を机に広げ、皆でのぞき込む。


「さっき入り口からちょっと入ってみたが、結構狭かったな。武器も大振りすぎるのは邪魔だろう」


 フェンが迷宮の内部を思い出しながら言った。


「となると、私の鉄棒は封印ですかな……」


 がくっ、とうなだれてゴートがつぶやいた。

 確かに、ゴートの鉄棒は六尺(一.八メートル)はある鉄棒だ。狭いところで使えば、俺たちまで巻き添えになりかねないし、壁などで思うように振れないだろう。

 あの威力は捨てがたいが、ここは我慢してもらわなくてはならない。


「剣とか斧とかのほうが間違いないぞ」


 俺は、剣だけにするつもりだった。いろいろもっていると、狭いところでは動きが制限されてしまうし、迷宮の広さから言って大型の魔物はいない可能性が高い。


「では、仕方ないので……私は斧にしましょう」


 ゴートは鉄棒をなでながら、しょんぼりとしていた。大柄の男にそれをされると、かわいらしいというかなんというか……おかしな感じだ。


「じゃあ、隊列は俺とフェイで前衛、後衛はゴートで、間にユイだな。ゴート、後ろは頼む」

「お任せを」


 フェンには探索の先導をしてもらう。基本は俺とフェンで前を守り、ユイが前後の援護、ゴートがユイの護衛と後ろからの不意打ちに警戒する。

 その後も必要な道具や連携について打ち合わせをし、二日後の出発で決まった。

 

 俺はそもそも戦いの経験自体がまだ一年もないうえに、迷宮の探索など初めてだ。

 ノーリから狭いところや魔物の巣などでの戦闘の知識も学んではいたが、他の三人よりも戦闘の経験値が絶対的に足りない。

 そのうえリーダーだ。とにかく仲間に死者を出さないよう確実な安全を第一に動いていくしかない。




 夜になって、住居を失った住民に寝床として開放されている教会に四人で泊まっていた。

 宿も再開されたところは少なく、まともに泊まる場所がないのだ。

 教会に泊まる者はまだまだ多いため、詰めて寝なくてはならず、落ち着かなかった。


 寝転がっている気になれず、起きて中庭に出た。

 夜風が吹き抜けて、気持ちが良い。今日は満月で、雲もないので月明りが地上を照らしていて、灯りがなくても辺りがよく見えた。


「エイユ」


 背後から声をかけられた。

 振り向いて、相手を見る。


「どうした?」


 いつもの装備を外して薄着のユイがそばにいた。


「……話したい。いい?」


 目線を合わせず、ユイは隣にきた。

 珍しいことだった。

 部隊を組んでいた時も、あまり自分から話したがらない子だったからだ。 


「ああ、いいよ」


 二人で中庭の芝生に腰をおろし、見るともなく夜空を見上げる。ユイと二人で会話をするのは、初めてだった。

 言葉を待っていると、ユイは静かに問いかけてきた。


「エイユは、気配を操れないの?」

「えっ……? ユイは気配が分かるのか?」


 今まで、気配に関して人と話したことはなかった。


「分かる」

「そうか……驚いたな。俺は、剣を握ってからまだ一年も経ってないんだよ。戦いの技術は身に着けたけど、気配を操る技術はまだ身についてなくてさ」


 今度はユイが驚いたようにこちらを見てくる。


「一年で、そんなに強くなったの?」

「まあ……教えてくれた人が凄い人だったらしい」 


 考え込むような表情になって、ユイがしばらく黙る。

 俺もユイが口を開くのを待った。


「気配は、分かるの?」

「ん? ああ、わかるよ」


 ユイが気配について知っているとはちょっと意外だった。

 というよりも、俺とノーリ以外にも気配についてわかる人間がいたことも驚きだ。

 気配というのは漠然としているし、あまり一般的な感覚ではなさそうだった。

 ふと気になって、今度はこちらから訪ねてみた。


「もしかして、ユイは操れるのか?」


 ユイが小さくうなずく。


「いつも、消してる」


 なるほど、だからか。

 かなりの実力があるのに、戦場でも町でも、いつもユイの気配はほとんどなかった。

 不思議には思っていたが気配を操れるのなら納得だ。


「出してみてくれないか?」


 駄目元で頼んでみたら、ユイはうなずいてくれた。

 途端に、ユイから強烈な気配が立ち上がる。

 単純に気配が濃ければ実力も高いというわけではないが、低い者よりは高い者のほうが強者であることは多い。

 ユイの気配はかなり濃かった。


「すごいな……フェンやゴートたちよりも濃い」


 すぐにユイから気配が消える。出したり消したりに無駄が無く、かなり気配の操りかたが上手い。


「どうやって身に着けたんだ?」

「わたしは狩りをして生きてきたから、自然に身についた。気配が出ていると魔物に逃げられるし、狙われるから」


 生活のなかで、無意識に出来るようになったということか。

 しかし、そう簡単な話ではない。同じように暮らしている者は大勢いるだろうが、その誰もが身に着けられるわけではないのだ。


「ユイには素質があったのかもな」


 ノーリも俺に素質があると言ってくれたことを思い出した。


「俺もいつまでも気配が漏れっぱなしはよくないな」


 濃さは自分でも結構あると思うが、ノーリほど鋭さがないので、単純に魔物をおびき寄せやすくなってしまっている。

 ユイほど上手く操れずとも、せめて抑えられるようにはなっておきたい。

 考え込んでしまっていて、ユイがこちらをのぞき込んでいるのに気付くのが遅れた。

「すまん。考え込んでた」


 ユイが首を横に振る。


「いい」


 それだけ言って、ユイは足元に視線を落とした。

 沈黙が広がる。

 俺も話が得意というわけではないので、うまく話題をつくれない。

 無言の時間が続く。

 

「……わたしは」


 しばらくしてから、ぽつりと、ユイがつぶやいた。

 それきり言い淀んでいるので、自分から話すまでじっと待った。


「わたしは、わたしより強くて濃い気配を持つ人に会ったのは、エイユがはじめて」


 うつむいていて髪が垂れているので、表情は見えない。


「そうなのか?」

「うん。だから……エイユが気になる」


 どきりとした。


「えっ? あっ、ああ」


 それきり、またユイは黙ってしまったので、こちらとしても聞きづらくて無言になってしまう。

 先程までは沈黙が嫌ではなかったのに、今は焦るやらなんやら、よくわからない感じで困ってしまった。

 何か話さなくてはと頭のなかで慌てふためいているうちに、いきなりユイが勢いよく立ち上がった。

 そのまま俺に背を向け、教会の中へと入っていった。


「……」


 一人残されて、呆然と教会の扉を眺めた。

 

「あの反応は、無かったな……」


 心の中で、自分を罵った。

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