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ユイ 一

 わたしは狩りが好きだ。

 広大な草原で、わたしと標的の魔物だけの静かな時間。


 わたしと、弓一つ。

 それだけで、小さなものから、時にはわたしよりも大きなものまで対峙し、仕留める。

 失敗すれば、わたしが彼らに仕留められる。

 生きる者と生きる者の、神聖な交わり。

 

 他の同年代の女たちと同じように群れて戯れているよりも、狩りに出るほうが好きだった。つまらない話を聞いているよりも、大自然に身を委ねるこの時間のほうが心地よかった。

 

 魔物を一匹仕留めた。雄だ。すらりと伸びた首。頭には大きく勇ましい一本角を生やし、しなやかで強靭な四肢でどんな断崖絶壁でも駆け上っていく。

 彼らは岩場や荒地に生えるわずかな草を食べて生きる草食の魔物だ。わたしたち人だけでなく、肉食の魔物にも狙われる存在でもある。


 でも、彼らは強い。どんな優秀な狩人よりも早く大地を駆け、逃げていく。生きる力が強いのだ。

 彼らを一人で狩れるようになることが、わたしの村では一人前の狩人の証と言われていた。


 台車に乗せ、自分で引いて村まで帰る。

 大人たちは獣に乗って狩りをする。だから、獲物も一緒に獣に乗せて帰っていく。

 でも、わたしは自分の足で歩き、自分の腕で運ぶ。

 誰かを(それがたとえ魔物でも)使って自分が楽をすることは、わたしという個体を弱くする。それは、いつか死につながる。

 わたしはそう考えていた。


 それに魔物は、わたしにとって標的でもあり、神聖なものでもあった。パートナーとしてだとしても、“使う”気にはなれなかった。

 狩った魔物には最大限の感謝を示し、余すところなくすべてをいただく。それが彼らへの礼儀だった。


 村では変わり者扱いされているが、構わなかった。

 わたしはわたしの生き方で生きていたい。

 家族はもういない。独りだ。独りでも生きていく力が要る。それは、誰かに教わるのでなく、わたし自身で身につけなくてはいけない力だ。


 村に帰ると、長に獲物を渡す。

 村では狩人が狩った獲物は全員で分ける。だから、狩りさえきちんとこなしていれば、彼らはわたしにうるさく言わなかった。

 

 村では魔物を家畜としても飼っているが、わたしは家畜の肉は食べない。

 代わりに女衆が採ってきた果物や木の実を優先的に貰い、狩った獲物の肉と食べる。

 飼われた魔物は生を謳歌できていない、汚れた存在だ。食べる気にはならなかった。


 前に、同世代の女に誘われたことがある。


「ユイも一緒に採集に行きましょうよ」

「あなたのお話聞きたいわ」

「水浴びにも行きましょうよ」

「ユイはかわいいから、おめかしもしましょう」


 取り囲まれて、無理やり連れていかれそうになったが抜け出した。

 追いかけられたが、身を隠し気配を消すのは得意だ。すぐにやりすごせた。


 家畜の飼育や採集は女や老人の仕事で、村はわたしにもそれをさせたがる。だが、わたしは狩人でいたかった。


「いつかお前も嫁に行くのだぞ」


 長にはそう言われていたが、誰かのものになるなんて考えられなかった。

 わたしはわたしだ。モノではない。

 誰かと一緒になるとしても、“その人のもの”にはなりたくない。せめて、共に歩める関係でいたかった。


 もう十八だ。同世代の女の中には結婚した子も増え、中にはすでにこどもを産んだ子もいる。

 この辺りの女は十五になると縁談がはじまり、遅くとも二十までには結婚してしまう。

 一度だけ女の輪に無理やり入れられたことがあったけど、彼女たちは嫁入り道具の縫物なんかに熱中しながら、男の話で浮かれていた。

 わたしには、退屈だった。

 まだ一人でいたかった。


「結婚? わたしが?」


 ある日の夕暮れ時、わたしは長の家に呼ばれて訪れていた。


「そうだ。隣村のヤンスクは優秀な男だ。お前の旦那として、申し分ないだろう」


 長は、いつのまにか勝手に縁談をすすめていた。ヤンスクとかいう見たこともない男のものになれと言われた。

 具体的な日取りや嫁入りの準備の話などを聞かされた。


「嫌」


 気分が悪くて、それだけを振り絞って声にだした。

 長は腕を組んで、わたしに諭すように言った。


「これは我ら部族の習わしだ。もうお前も十八だ。そろそろ結婚したほうが良い」

「嫌」


 村長は顔をしかめてため息をついた。


「お前の死んだ両親から、お前の面倒を頼まれているのだ。私はお前を無事に嫁がせてやりたい。言う事を聞きなさい」


 その言葉が、嫌だった。

 カッと頭に血が上り、勢いよく立ち上がっていた。


「わたしは、誰かに命令される存在じゃない! わたしは、わたしのもの!!」

 

 頭が熱くなり、火照った。

 大きな声を出したのは初めてだった。

 ぶるぶると身体が震える。怒りが全身に満ちていた。


 長の顔を見ていたくなかった。


「待ちなさい、ユイ!」


 制止を振りきって、家を飛び出した。

 すぐに家に帰り、弓と矢と短剣と外套をひっつかんで、飛び出した。


「あっ、ユイ!?」


 同世代の女たちに呼び止められたが、無視して村を出た。


 長には、いつも言っていた。

 わたしは誰かのものになりたくないと。

 長は話を聞いてくれていたと思った。そうではなかった。

 

 悲しかった。悲しくて、ただひたすら、太陽が沈んで行く方角へ走った。

 大地が太陽によって赤く染められていた。赤い草原を風が吹き抜け、わたしの髪をなでていく。

 目の前に広がる光景がにじみ、胸がぎゅっと締め付けられた。






 小鳥の鳴き声で、目が覚めた。

 窓のほうを見たら、差し込む光がちょうど顔に当たって、それがやけに眩しくて顔をしかめた。

 手で影を作って、外を見る。

 朝だ。

 

 村を出て時の夢だった。夢に感情を引きずられているのか、胸の辺りが痛む。

 

 長は元気だろうか。

 村のみんなは元気だろうか。

 今年の冬は越せただろうか。

 久しぶりに村のことを思い出した。


 村を飛び出して四年が経っていた。

 当てもなく歩き続け、狩りをしながら生きていたが、半年前にこの国の首都にたどり着いた。

 ここは見たこともないような世界だった。


 どこもかしこも人と建物で溢れている。そして、誰もが豊かな表情をして、幸せそうに生きている。

 様々な人種がいて、旅でぼろぼろのわたしを見ても誰も気にもとめなかった。

 誰にもとがめられないのが、楽だった。


 ここでは、何をするにも金が必要だった。

 村では要らなかったし、旅でも使わないので全く持っていなかった。

 それで、何度か役所というの場所で募集されていた仕事を手伝った。

 

 それで得た金で身なりを整え、宿を取り、金がある時は首都のはずれで狩りをしながら、お金が無くなったら仕事をして過ごしていた。

 この街は楽しかった。

 何をしていてもとがめられない、気にもされない。

 自由だった。


 一度だけ狩った獲物を持ち帰る時に役人に呼び止められて連行されたけど、部族の名前を言ったら許してもらえた。

 わたしは、別の国から渡ってきていたらしい。

 この国では国民が勝手に狩りをすることは厳しく戒められているそうだ。

 だけど、寛容な国で、伝統部族の者や亜人は自分なりの暮らし方を許されていると役人は言っていた。

 だから、役人から身分証を貰ってから、わたしは狩りも誰にもとがめられなくなった。


 半年の間に、この街が好きになっていた。

 このままここで暮らしながら狩りをして生きるのも良いかもしれないと思えるくらい、ここは平和だった。


 だけど、ある日突然、それは起きた。

 まるで大地が怒っているようだった。大地が揺れ、轟音が鳴り響き、まともに立っていられなかった。

 恐ろしい震動だった。経験したことのない恐怖を感じたのは、今でもはっきりと思い出せる。


 狩りに出ていたわたしは何もない場所だったので無事だったが、戻ってみたら首都は悲惨な姿になっていた。建物が崩れて瓦礫だらけになり、いたるところで煙が立ち上っていた。

 人の叫びで溢れ、助けを求める声がそこかしこから聞こえてきた。

 借りていた宿もつぶれていた。

 街中の人が、あの大地の震えを、地震と呼んでいた。


 街は悲惨だった。火はいつまでも鎮火されないし、瓦礫に押し潰された人の死体が腐り、悪臭が漂い始めていたりして、街は混乱していた。

 

 この街はわたしを自由に生かしてくれた恩があった。

 だから、瓦礫の撤去や鎮火を手伝った。そのうち、国の西部で魔物が大量に発生したから、討伐するための部隊を募るという話を、身分証をくれた役人から聞いた。

 

 宿に置いていた金も全部失っていたので、わたしは参加することにした。貰う金を生活に困らない分くらいは残して、あとは街の立て直しに使ってもらおう。

 そう決めた。


 数日して、試験も合格してわたしは無事に討伐隊に参加することになっていた。

 配属される部隊の顔合わせがあった。

 わたしのほかに四人だった。亜人の男もいた。

 

 皆強そうだった。特に、隊長の男の人は異質だった。

 気配を操れないのか、常に気を放ち続けていた。その気配が、あまらにも濃かった。

 わたしよりも強く濃い気配を持つ人を、初めて見た。

 

 それで、その人のことが気になった。

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