九
大型のヤマシシ種は、異常な強さだった。
指揮官も到着し、周辺から集まった二十の部隊、約百人で囲んでいたが、いまだ仕留められていない。
すでに二刻(一時間)ほど戦闘が続いている。
予想していた通り、短めの剣では近寄ることも厳しく、剣しか持たない者はヤマシシ種の相手にならないため群がってくる小型の掃討にかかっていた。
槍を持ってきておいて正解だった。
定石通り全員で足を狙っているが、巨体のくせに異様に素早く、動きを止められずにいた。
うかつに近づいて足蹴にされたり牙で貫かれて死ぬものが続出し、すでに二十人近くがヤマシシ種一頭に殺されてしまった。
伝令が飛び、ギルド組合や冒険者組織にも伝わっているはずだが、広範囲に散っているのでこちらに駆けつけてくるまでにどれだけの時間がかかるかわからない。
討伐隊の他の部隊も、こちらにむかっているはずだ。
だが、討伐隊の装備では大型に対抗できる者はそれほどいない。できるだけ早く冒険者に来て欲しかった。
数日前にもギルド組合員と冒険者によって傷を負わされているはずなのに、ヤマシシ種の動きはそれを感じさせない俊敏さだった。
十尺(三メートル)を優に超える巨体でありなが横無尽に大地を駆ける。まともに突進を受けた者は直視できないような悲惨な姿で死んだ。
反り返った牙は餌食となった者たちの血で赤く染まっている。
指揮官の号令で、弓持ちが一斉に矢を射かける。
全身に矢を浴びても、ヤマシシ種は痛がる気配もない。分厚い脂肪とこげ茶色の剛毛に全身を覆われており、それが頑丈な鎧のように機能している。矢では軽く刺さるだけで、歯が立たない。
体を振るって、突き刺さった矢を抜き飛ばされた。
「化け物だな……」
弓だけではない。奴の反撃を警戒しながらの攻撃では、槍などの近接武器も決定打にならない。
それでも、攻撃を続けなくては奴は走り出す。走らせると手がつけられなかった。
とにかく前衛で囲み威嚇する。
ヤマシシ種も全身をくねらせて牙を振るい、尻尾を振りまわし、威嚇してくる。
なかなか致命傷を与えられずにいたが、長時間の戦闘によって、だんだん動きの癖が読めてきた。
囲まれて威嚇されると一人に狙いを定められなくなるらしく、威嚇行動を始める。矢を一斉に射かけられると、必ず矢を抜くために一度止まって全身を震わせる。痛くないとはいっても矢は不快なのかもしれない。
この二つの癖を利用すれば、走り出すのを止められるうえに、攻撃も可能かもしれない。
その癖はすぐさま全員に伝え、作戦を指揮官に進言して実行に移された。
囲んでいる前衛でヤマシシ種を威嚇する。
包囲を破ろうと走り出したら、弓兵が矢を射かけて停止させ、再び前衛で囲む。
死角にいる者が近づき、尻尾に注意しながら足を攻撃する。振り向いたらすぐに離れる。
今度は反対側の死角に入った者が攻撃をする。
数の有利を活かし、息をつかせないよう波状攻撃を仕掛ける作戦だ。
牙のすぐには届かない位置からの攻撃で、少しずつだが着実に傷を負わせていく。
全員で執拗に足を狙っていることで、いずれ足に限界がくる。その時が好機だ。
作戦は的中した。
ヤマシシ種は確実に疲弊しはじめている。持久戦だが、こちらは安全を確保しながら戦える。
何人かは避けるのが遅れて牙や尻尾をたたきつけられ、吹き飛んで全身の骨を砕かれ死んだ。
それでも、囲むのをやめない。
こちらも疲労が蓄積している。ここで包囲を解いたら、完全に手が付けられなくなる。
全員で連携をとりながら幾度も繰り返した。
十分ほどは続いただろうか。ヤマシシ種の四肢は無数の傷がつき、血を噴き出している。
ついに、ヤマシシ種が体勢を崩した。動きが止まり、足を折って地面にへたりこむ。
すかさず前衛全員で目前まで近づき、思い思いの場所を突き、殴り、斬っていく。
身体中のいたるところから血を噴き出し、ヤマシシ種が顔を上げて叫びをあげた。
その瞬間。
戦場を一本の矢が突き抜けた。
それは叫び声をあげるヤマシシ種の右目に深々と突き刺さり、奴の視界を半分奪い去った。
悲鳴が一段と大きくなり、周囲に轟く。
ユイの放った矢だった。
彼女はすかさずもう一本の矢を放った。矢は、ヤマシシ種の左目も貫いた。
両目に矢を射たてられて視界を失ったヤマシシ種が、狂乱状態となって横転した。
動きが止まったとはいえ、立て続けに目を的確に射るなど、並の弓兵にできる芸当ではない。
ここ数日で、ユイの弓術の凄さを実感していた。彼女がいるかいないかで、戦闘の難易度が大きく変わる。
ここぞという時に魔物の弱点を的確につく一矢を放ってくれるのだ。
「いけるぞ! 今だ! 頭と腹を狙え!」
指揮官の号令で、全員で滅多打ちにする。
こん棒が骨を砕き、斧が肉を裂き、槍が内臓を貫く。
ヤマシシ種は倒れたまま抵抗することもできず、全身から血を噴き出し、頭蓋は砕けて脳が飛び散り、口から血を吐き出し、裂けた腹から内臓をぶちまけ、両目には矢が突き立った壮絶な姿で死んだ。
大歓声が沸き起こる。
大型種は本来、冒険者が専用の準備を用意して挑む魔物だ。普通の小型や、せいぜい中型の魔物を討伐するような装備しかもっていなかった討伐隊だけで大型を倒せたことは、まれに見る快挙だった。
周辺の雑魚も討伐しきり、一帯での戦闘は完全に終わっていた。
口々に互いの健闘を称えあう。特に、ユイの周りには人だかりができていた。
間違いなく今回最大の功労者は彼女だ。両目を射るという彼女の神業のおかげで倒せたのだ。
彼女がいなかったらいまだに倒せていないどころか、蓄積する疲労によってこちらの動きも鈍り、犠牲者は増えていたかもしれない。
「しっかしとんでもねぇ化け物だったな。何人死んだんだ?」
フェンが近づいてきて、大きく息を吐いた。
フェンは大型と戦える武器を持ち合わせていなかったが、死んでしまった者の槍を渡しておいた。
本人は死人の物を使うことに引き気味だったが、状況が状況だ。割り切って前線に加わり、慣れない武器でも問題なく扱い前衛に加わっていた。
「三十人近くはやられたかもな」
戦闘に参加した者の三割が、たった一頭の魔物に殺された。
実際に対面して、あらためて大型の魔物の強さを思い知らされた。
冒険者が万全の態勢を整えて臨んでも被害が出るのだ。討伐隊の装備で挑んで三十人で済んだのは、むしろ幸運というべきかもしれない。
「二度と戦いたくないね」
そう言ってフェンはその場に座り込む。
さすがに俺も疲れた。隣に並んで座る。
辺りを見回した。死者も多いが、負傷者も多い。ヤマシシ種の一撃は即死級だ。負傷者の大半が自力で動けないような重傷を負っていた。
俺たちと同じようにその場にへたりこんでいる者も多い。
少し離れたところで、ゴートとセトも座り込んでいた。こちらに気づいたようで、汗に濡れた顔でにこやかに笑いかけてきた。
こちらもうなずき返す。
ユイは、相変わらず人に囲まれていた。
一瞬、視線が交わる。さっと目で労う。それで十分だった。
彼女は無口だが、他人に無関心というわけではないらしい。余計な言葉が要らないだけなのだろう。
「みなご苦労だった。間もなく他の部隊や組織の者も到着するだろう。彼らが到着したら後処理を済ませ、一度村へ向かう」
指揮官も疲れているだろうに、各人にねぎらいの言葉を駆けながら今後の指示をしていた。
死傷者を村へ運び、傷の手当と死者の埋葬をしたら村で休息をとる。討伐隊の人員が減ったので、部隊の再編制も行われるとのことだった。
「俺らは、五人のままでよくねぇか?」
フェンがこちらを見てくる。
「私もそのほうがいい」
人だかりから解放されて近くに来ていたユイも一緒に座っていた。
「ゴートとセトは?」
二人もすでにこちらに来ている。
「私もこのままがいいですな」
「同じく」
「じゃあ、決まりだな。指揮官には言っておくよ」
そう言って俺は立ち上がった。
歩き出したところでフェンが声をかけてくる。
「休息も丸一日欲しいって言っといてくれ」
右手を挙げて了解の意を伝え、指揮官のほうへ向かった。
皆疲れている。
それくらいは聞いてもらえるだろう。




