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 この村は賢者の果実とも呼ばれる果物ムサ・サピエントゥムの一大産地だ。

 首都へ高値で納品されるムサ・サピエントゥムのおかげで農民の生活はよその農村に比べ豊かだし、混植栽培されているニガジルの木やタロの芋も交易品として優秀なため、大農園主などはその儲けで「賢者御殿」などとひそかに呼ばれる豪邸まで建てていたりする。

 

 首都からは獣車で3日とかなり離れた距離だが、完熟前に収穫し輸送中や販売中に熟させるムサ・サピエントゥムの性質のおかげで流通には困らないのだ。

 

 俺は三年前にこの村へ移住してきて、タロの芋を栽培する農家として就農した。

移住者がいきなり果樹である賢者の果実を栽培するのは技術的にも資金的にも難しい。

それよりは簡単に栽培できて主食として需要もあり、保存性も高いタロの芋を栽培したほうが初期としては良いと判断したのだ。

 

 豊かな土地のおかげで、素人からはじめた俺でもそれなりにタロの芋を生産することができ、三年かかったがようやく生活が安定するようになってきた。

 村の農民がよく世話をしてくれたおかげもある。

 経営が軌道に乗ってきたこともあり、新たにムサ・サピエトゥムの果樹園を借りようかと考えていた矢先だった。

 

 その晩はやけに静かな夜だった。

いつもなら家の周囲に広がる果樹園や畑から聞こえる虫の音で騒がしいほどなのに、不思議なほどにしんと静まり返っていたのだ。


 その日も農作業で疲れていた俺は、日が落ちてそう経たないうちに就寝していた。

 俺は一度眠ると、めったに朝まで起きない人間だったのに、その日はふと夜中に目が覚めた。

 珍しいことだった。尿意を催して目が覚めたらしい。

 それで外の便所へ向かった。


 その時、気づいた。

 我が家の目の前に広がるお隣さんの果樹園の樹が、がさがさと静かに音を立てながら揺れている。風もないのに。

 尿意も忘れて、俺は果樹園に近づいた。

 月明りが頼りなのではっきりと見えないが、何かが樹によじのぼっている。


 それに気づいた瞬間、どっと冷や汗が噴き出た。

 魔物だ。

 気づかれたら、襲われる。


 正体ははっきりと分からない。だが、ムサ・サピエントゥムを狙うあの大きさの魔物であれば、おそらく、猿類型と呼ばれる種だろう。

 1頭や2頭ではない。群れだ。


 汗がとまらない。鼓動が早くなる。つばがうまく呑み込めない。

 とにかく、見つからないようにゆっくりと引き返して、一番近くの非常塔の鐘を鳴らさなくては。今は丸腰だ。気づかれて襲われたら、死ぬ。


 そこからは無我夢中だった。気づけば、俺は塔の上で鐘を鳴らし、魔物の襲来を村中に告げていた。

 すぐに村中の家々から灯りと武器を持った人たちが出てきて、声を張り上げながら果樹園や畑に向かっていった。

 俺もすぐに塔を降りて自宅へもどり、手製の木の槍とたいまつを持ち出して飛び出た。


 すでに魔物と村人との闘いは始まっている。

 やはり、猿類型だった。大人の胸くらいまでの背丈しかない小型の猿類だ。だが、数が多い。家の前の道だけで六、七頭はいる。村全体だと何匹になるのか。


 考えている暇はなかった。

 すぐに俺はお隣さんたちが戦っていた魔物の群れとの戦闘に参加した。だが、猿類型は人類に姿が近い二足歩行の魔物で、素早く、知能も高い。本職ではない俺たち農民では、致命傷を与えられない。それどころか、小型のくせにやたらと力が強く、繰り出した木の槍も奪われ叩き壊されてしまった。たいまつで威嚇するしかない。


 何分、何十分戦っていたのだろうか。やがて、村で雇っていた護衛人達がこちらにもやってきた。本職である彼らのおかげで、猿類型は撃退した。


「遅くなって申し訳ない。ここで最後でした」


 護衛人の語るところによると、やはり村全体の畑に群れが現れたそうだ。複数に分かれて対処に当たったが、七、八十頭ほどの群れだったため村の端のここまでくるのが遅れたとのことだった。


「農園の被害は…?」


 お隣さんが座り込み、肩で息をしながら護衛人に尋ねた。


「明けてみないとはっきりとはわかりませんが、相当食べられていて、かなりの被害のようです。タロの畑もかなり荒らされましたし、戦場となって踏みにじられたところも多い」


 嫌な予感がした。

 疲れていたし、凶暴な魔物と対面した恐怖でひざは震えていたが、俺はすぐに自分のタロ畑へ向かった。

 


 

 結局その晩は誰も眠ることなく、村総出で後処理に追われた。

 猿類型の死体を一か所にあつめて燃やしたり、負傷者を運んだり治療したり、みんな忙しく動き回った。

 俺も負傷者を運ぶのを手伝っているうちに朝を迎えていた。


 借りていたタロ畑は、全滅だった。運悪く、戦場になったらしい。猿類型に食い荒らされたうえに踏み荒らされ、修復不可能なほど畑はぼろぼろだった。

 三年間、経営を安定させるために頑張ってきたが、首都で就職していた頃に貯めた貯金はもう底をつきかけていた。

 今から植えなおして畑を立ち直らせるには、資金が足りない。廃業決定だった。


 呆然としながら、それでも後処理はみんなで行わなくてはならないので、手伝っていた。

 俺のところだけでなく、村全体で被害は甚大だった。

 今までも何度か魔物が夜に作物を荒らしに来ることはあったが、ここまで大規模なのは初めてだったのだ。


 賢者御殿の大農園主の被害が一番ひどかったという話も聞いた。持っている土地が多ければ多いほど、被害も大きいだろう。

 俺だけでなく、みんなが傷ついた。俺以外にも廃業することに決めた農家は何軒かあるらしい。


 俺は、これからどうしようか。もうここで農家はやっていけない。新しい仕事を探さなくてはならない。

 怪我をしなかったのは幸いだ、村の片づけが落ち着いたら、すぐに旅立てる。

 空しさとやりきれなさを感じながら、俺は空を見上げた。

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