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ほぼピンと張った縄を、レントは力任せに引っ張っる。
思ったように、軽鉄の矢は大木の節穴を貫通し横になって引っ掛かっている。
「縄を使って向こう側へ移るぞ」
レントの作戦に、フレアが思い切り首を振る。
「そんなの無理だってっ!!」
「やんなきゃ、あいつらに捕まって喰われっちまうよ」
青褪めてはいるが、腹は据わったらしいキーリに言われて、フレアはぐっ、と唇を噛んだ。
「俺がシェンを連れて先に飛ぶ」とキーリ。
「レントはフレアを連れて来てくれ」
分かった、とレントは頷いた。
怖いものは見たく無いのだろう、フレアはエルフの亡霊達の方に身体を向けたまま、俯いてネックレスを前へ突き出し続けている。
亡霊達がおののいている間に、キーリはシェンの身体を綱に結び付け、自分は手を縄に絡ませて勢いよく崖を蹴った。
振り子の要領で、二人は上手く向こう側の崖へ着地する。
見届けたレントは、フレアの腰にいきなり解いた綱を巻き付けた。
「なっ、何すんのっ!!」
「俺らも飛ぶんだっ」
「そんなんっ!! もし、綱が切れたら——きゃああっ!!」
フレアの抗議を無視して、レントは自らは綱を手に絡めて地面を蹴った。
キーリ達に続いて、レントもフレアを連れ無事に向こう側に渡れた。
振り向くと、亡霊達が谷の上を、さも道があるかのように走って来る。
「縄はいいから逃げるぞっ!!」
先頭で駆け出したキーリに続いて、シェンが駆け出す。
怖がっているフレアの、身体に巻いた縄をダガーで切り腕を掴むと、レントも走り出した。
ファーグレリルの村までは、走れば七分ほど。橋まで辿り着ければ、その先は村の神殿が設置した魔物除けの結界内になる。
四人は懸命に橋を目指して駆ける。
木の根が張り出し、つまずきそうになりながら、それでも命懸けで森の中を駆け続ける。
ふと振り返ったレントは、エルフの亡霊達が自分達のすぐ背後に迫っているのを見た。
灰色の髪のエルフの骨だけの指が、フレアの赤毛のおさげを掴もうとしたその時。
突然、大きく地面が揺れた。
「何——っ!?」
先を駆けていたキーリとシェンが、揺れる大地に足を取られて転んだ。
レントも、大風に煽られたように大きく撓う木々に行く手を遮られ、足を止めた。
「そうら、『地震』の術で、もう逃げられまい」『公爵様』が誇らしげに言う。
「いやあっ!!」
フレアの悲鳴に振り向く。三つ編みの片方を骨の指が掴んでいた。
魔法で揺れる大地に足を広げて踏ん張り、レントは素早くダガーを抜くと、骸骨の腕を斬り落とした。
エルフの亡霊が悲鳴を上げた。
刹那、フレアとエルフの魔物の間に、折れた大木が倒れ込んだ。
ダガーを地面に突き刺してようやく立っていたレントは、キーリとシェンが転がりながら倒れた木々にぶつかって落ちていくのを見た。
「キーリっ、シェンっ!!」
追い駆けようとダガーを抜く。その途端、足元の木の根がめくれ上がった。
後方に勢いよく跳ね上げられた。が、自分でも信じられないくらい、倒れて来る木の枝に身軽に捕まり、勢いをつけて前へ飛び出した。
キーリとシェンが、戻って来てフレアを抱き起こし、再び走り出すすぐ後ろに着地する。
迫って来る亡霊どもに一閃、ダガーを振って怯ませると、レントも全速力で橋へ向かって駆け出した。
ダウレイン河に架かる橋が見えて来た。
「あとちょっとだっ!!」
四人は、エルフの亡霊に追いつかれそうになりながらも、無事に橋を駆け抜けた——
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気が付くと、レントはダウレイン河に架かる橋の下で、いつものようにキーリとシェン、フレアと向き合っていた。
「……あれっ? 俺、今寝てたか?」
「バッカじゃないのっ?」フレアの蒼い目がレントを睨む。
「だーからっ。レント。あんた新月の夜に『公爵様の別邸』を探しに行こうって言うんじゃないよね?」
ああそうだった。と、レントは思い出した。
『新月の夜に、公爵様の別邸へ行ってはいけない』
この言い伝えを確かめようと思っていたのだ。
しかし、言いだす前にフレアに詰問されて、バツが悪くて金髪の頭をかりかりと掻いた。
「だってよ、本当にあるのかないのか分からないもんに、いつまでもビクついてるっておかしいんじゃねえ? 魔物ったって、出っくわすのは牙コウモリぐらいだぜ?」
自分の言葉に、レントはふと、妙な違和感を覚えた。
しかし、感覚はすぐに消えてしまった。
「……あんなん、俺のオヤジのダガーで一発で斬れるって。……山賊は、マズいけど」
「でしょ? 『公爵様の別邸』を探すのは、止めといたら? でないと、山賊に殺されるかもよ」
「もーっ!! うるせえよっ!!」
いつも、一歳上で気の強いフレアには気後れしてしまう。
しかし、今回ばかりは根負けしたくなかった。
十二歳になり、剣や弓の扱いも随分と上手くなっている。
何より、男として意地を張りたかった。
フレアの説教に、レントはムカついて河原の小石を思い切り川面に投げつけた。
「これだから女はさっ。男の冒険ってのを分かってねえんだからっ」
「なーに一人前ぶっちゃって。そんなセリフ、大人になってから言ったら? 今はまだ冒険より、命の方が大事よ」
フレアは腰掛けていた岩から立ち上がると、スカートの埃を払う。
「もうそろそろ宿の準備の手伝いだから、あたし帰るね。——レント」
「なんだよっ」
「行かない、と思うけど、本当に『公爵様の別邸』探しは、止めときなさいよね」
河原を、橋へと登って行くフレアの赤毛の三つ編みを睨み、レントは「ふんっ」と腕を組んだ——
******
「思った以上に結界が緩んでおるな」
深緑色の長いローブを着た男が、連れに言った。
「そのようですね」
連れの男は、白いローブのフードを外した。絹糸のように見事な金髪が、フードの中から滑り出る。
髪から覗く両耳は、細長く尖っていた。
彼ら二人が立っているのは、ファーグレリル村の入り口前。
しかし、入り口を示す木の門扉には、太陽神神殿の封印が施されている。
「五年前、わしらが王都の大神官推薦の騒動になどかまけておらんで、新月のもっと前に村を訪れておれば、村人は助かったはずじゃった……」
「まさか、グゥインデル公爵を封じた呪文があんなに劣化していたとは……。『薫風の森のエルフ』の同族として、住民達には謝罪の言葉もありません」
「気に病むでない、リューインよ。全ての元凶は、グゥインデルなのだから。あやつが欲に目が眩んで古の魔王の首飾りを手に入れたことが、間違いだったのじゃ。『薫風の森のエルフ』は、ようやった。百年は掛かったが、グゥインデルを封じることに成功したのじゃからな」
「サイフォス様」
呼ばれた老人は、深緑色のローブのフードを外した。
白髪混じりの亜麻色の髪が、ダウレイン河から吹き上がる涼しい風に靡く。
「五百年、グゥインデルが悪霊となって目覚めぬよう努力して来たが、わし達魔道士と神官達のちょっとした気の緩みで、村人全員を亡霊にしてしもうた。——許せよ」
サイフォス魔道士は、右手を胸に当て、かつてファーグレリル村の入り口であった場所に向かって深く頭を下げた。
『薫風の森のエルフ』の王子リューインも、同じように深く頭を下げる。
「さて。では最後の封印をしようかの。わし達の術があと二年効いておれば、エレニアが修行を終えこの一帯全てを浄化するじゃろうて」
「そうですね。失われていた大地母神の巫女がようやく現れて下さって、私達もこれで罪が少しは軽くなる思いです」
サイフォスは美しい友の肩を微笑んで軽く叩くと、右側の門の柱の前へと移動した。
リューインは反対側、左の門柱の前へ立つ。
二人は同時に、悪霊グゥインデルを封じる呪文を唱える。
詠唱を終え、結界内が安定したのを確認したサイフォスとリューインは、薫風の入江街に戻ろうと踵を返した。
「——あ」
「どうしたのじゃ?」
足を止めファーグレリル村に向き直ったリューインに、サイスォスが尋ねる。
「今、子供達の声が、聞こえました」
「ふむ」と、サイフォスは結界の奥を透かすように見詰めた。
「……居るの。元気な子供達が見える。自分達が五年前、グゥインデル公爵に殺されたのを知らんようじゃ。昔の夢を繰り返し見ておるのじゃな」
「憐れです」リューインは美眉を顰めた。
「仕方なかろうのう。じゃが、それもあと二年ほどのことじゃ」
そうですね、とリューインが頷く。
エルフの王子と老魔道士は、再び村に背を向けると、ゆっくりと河沿いの道を下って行った。
いかがでしたでしょうか?
もう、ほんとにもうちょっとホラーの書き方を勉強してから出直して来ます(汗)
お読みいただいてありがとうございましたm(__)m




