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ファーグレリルの公爵邸  作者: 林来栖
3/4

3

「ば……、馬車が、通ってった」


 同じく岩陰から覗いていたキーリも、レントの隣に呆然とした顔で立った。


「通れっこねえとこを、馬車がっ、通ってったっ。しかも四頭立てのでかいのがっ!!」


「声が大きいわよっ」フレアがレントの革のベストの裾を引っ張る。


 レントはしゃがむと、フレア、シェン、キーリを順番に見て、言った。


「あの馬車が通れたってことは、もしかしたら、俺らもブナの木のところまで行かれるんじゃねえか?」


「バッカ言わないでよっ」押し殺した声で、フレアが反論する。


「今の馬車、ちゃんと見てた? あれ、絶対幽霊馬車よ。でなかったら、無い道を通れるはずないもの」


「でも、蹄の音も轍の音もちゃんとしてたし……。もしかしたら、僕たちが見落としてた迂回路があるのかもしれないよ?」


「それだっ」


 レントはシェンの意見に賛成すると、岩陰から飛び出した。


「危ないってばっ!!」


 注意するフレアを無視して、馬車の行った方へと走る。

 と。


「——あったっ!!」


 数本の倒木を回り込む先に、岩場の続きが、細々とではあるが見えていた。


 その時、レントはまだ、道が見えている不思議には気付かなかった。

 星明かりしかない薄闇で、どうして藪の陰の道がきちんと見えたのか——


 冷静に考えぬまま、レントとキーリ、シェン、フレアは、馬車が行ったと思われる道を辿った。

 やがて、とんがり岩の真下のブナの大木が現れた。

 ブナの木の前には、広大な敷地があり、大きな館が建っていた。

 館は、崖と岩を土台にして上手く積み上げられている。本館は平屋だが、馬車のアプローチから正面玄関までは緩い坂になっていた。

 土台が段差になっているため、壁の石積みも綺麗に非対称を描いている。


「……ここって、こんなに広い場所があったんだ」キーリが、囲いの無い石造りの館を見上げて、呆然と呟いた。


「そうだな。俺もオヤジと近くまで獲物を追って来たことはあったけど、こんな立派なお屋敷を見るのは初めてだ」


 レントの言葉に、フレアは「そうね」と頷く。


「行商人のおじさん、きっと慌ててて、自分がこの道を通ってファーグレリルまで降りて来たこと、忘れちゃってたのかもね」


 四人は、アプローチを登り、玄関前を横切って建物の近くの垣根に潜り込んだ。


「わっ……、この木、バラじゃあなくって良かった」


 硬い濃緑の細長い葉を間近に見ながら、シェンが呟く。


「ほんとにな。うっかり入っちまったけど、イバラだったら顔中キズだらけだったぜ」


 にっ、と笑ったレントに、フレアも「あー、あたしもうっかりしたあ」と苦笑した。


「あっちの方、明かりが漏れてる」


 玄関脇の壁伝いに生垣をそっと掻き分けて進むと、キーリの言った明かりが漏れている窓に辿り着いた。


「なんだか……、色の変わったロウソクだな?」


 通常、ランタンやロウソクの灯りは、仄かな黄色味を帯びる。

 しかし、窓から漏れる光は、不気味に青白い。


「ランプシェードが青色なのかも」と、フレアが窓の下へ寄って行く。


 そおっと頭を上げて、開かれた両開きの鎧戸から中を覗いたフレアは、「あっ!!」と小さく声を上げた。


「フレアっ、マズイだろっ」レントは小声で咎める。


「お屋敷の人に見つかっちまったら……」


「ごめん。それより見て。中」


 怒っているレントのことなどどうでもいい、というように、じっと屋敷内を見詰めるフレアに、レントは「何だよっ」と文句を言いつつ、言われた通り中を見た。


 そこは大広間であるらしく、大勢の人物が集まっていた。

 女性は、色とりどりの模様を織り込んだ上質なシルクのドレスを纏っている。男性達は、くるぶしまである古風な長い上着に、金糸銀糸で文様を縫った、革のブーツを履いていた。

 無論、女性達のドレスと同様、男性の上着も精緻な刺繍が施されたシルクである。


 青白いロウソクが天井付近に幾つも浮いており、その明かりを受けて、貴族達の豪華な衣装や美しい顔立ちは全て青白い。


「きっ、貴族の集まりだっ」レントは後ろに居たシェンに言った。


「それに、ロウソクが、浮いてるっ」


 レントと交代で窓を覗いたシェンが「舞踏会、みたいだね」と呟く。


「主賓は、あの、一番奥の椅子に腰掛けてらっしゃる若い男性……。金髪で長い髪の、エルフ」


「エルフっ!?」


 平然と解説したシェンに驚いて、レントは大声を出してしまった。

 案の定。


「誰だっ!? そこにいるのはっ!?」


 レント達が覗いていた窓の一番近くに立っていた男性貴族が、窓外を見に来た。

 レント達は慌てて生垣の根元へ這いつくばる。

 窓枠に手を掛け、男性貴族が身を乗り出してこちらを覗いているのを、レントは横目でそっと確認する。

 暗闇で、顔形や耳までは確認できない。しかし、肩を過ぎるほどの長い灰色の髪であることは、窓から漏れる明かりでぼんやりと分かった。

 レント達は身を硬くして、見つからないよう息を止めている。

 

しばらくして、やっと貴族が窓から離れた。


「——ふうっ」レントは下を向いたまま、深呼吸した。


「戻ろう、レント」シェンが言った。


「これ以上は危ないよ。……ここの人達、何だか変だ」


「あたしもそう思う」フレアが同意する。


「帰ろう。『新月の夜に公爵様の別邸』は本当にあった。それが分かっただけでいいじゃない」


「……俺、」と、レントが言い掛けた時。


「見つけたぞ、小鼠ども」


 眼前に先ほどの貴族の男性が現れた。


 レント達は、その姿に声を失った。

 先ほど見た灰色の髪から、エルフの特徴である尖った長い耳が出ている。

 シェンが言った通り、貴族達はエルフだったのだ。


 とうの昔にこの世からいなくなったエルフが、何故かここに居る。だけでも不思議であるのに、それ以上に目の前の男はレント達を震え上がらせた。

 纏っている長い上着——美しい刺繍が施された豪奢な上着だと思っていたものは、あちこちが引き千切られたように破れ、大量の血の跡がこびりついた、襤褸だった。

 履物も、上等なブーツなどではなく、素足で、しかも、足の指が全て無くなって赤黒く腫れている。


「なっ……、なん……!?」レントは、貴族の、どう見ても骸骨にしか見えない顔を見詰めて、後ずさる。


「『新月の夜に公爵様の別邸に行ってはならぬ』という言い伝え、おまえ達は守らなかったのだな?」


「おっ、俺……」恐ろしさに、腰が抜けて動けない。


「どうしても我らの舞踏会を見たいというなら、見せてやってもよい。——ただし、おまえ達も我らの仲間になるのなら、な」


 殺して、幽霊にする、というのだ。

 その言葉に、レントはようやく危機感が戻った。

 身体を起こすと、素早くダガーを抜き、エルフの亡霊に斬り付けた。

 がちんっ、と、骸骨の脛の骨に刃物が食い込む。


「うおうっ!!」


 エルフの骸骨が悲鳴を上げて前へと倒れた。


「立って、走れっ!!」


 レントは、戸惑っていた友達三人を急き立て、走り出した。


 ややあって、館の玄関が開き、大勢のエルフの亡霊や骸骨が飛び出して来た。振り返ったレントは、頭や足の骨だけ、服だけの亡霊の群れに仰天しつつ、それでもどうにか逃れようと必死に駆けた。


 緩いアプローチの岩道を下り、フレアが最初「崩れている」と言った辺りまで来た。


「レントっ、大変だっ!! 道がないっ!!」


 先頭のキーリの言葉に、レントは「ほんとかよっ!?」と叫んだ。


「だってさっきはっ!!」


 あった、と言い掛けて、レントはキーリの隣に立った。

 確かに、道は無くなっていた。

 レント達が居る崖の端から、ぱっくり口を開けた谷が見える。向こう側との間は、ざっと見て三メートル。

 レントは背後を振り返る。『公爵様』方の骸骨や亡霊は、もうすぐそこまで迫って来ている。

 このままでは、亡者に捕らえられ、自分達も同じ姿にされてしまう。

 あの不気味な館で、永遠に舞踏会を繰り返すことになってしまう。


「そうら、小鼠ども。我らと共に、館へ来いっ!!」


 顔の半分が腐り落ちている金髪のエルフの『公爵様』が嗤う。青白く発光した恐ろしい姿で、顎の骨を鳴らし、襤褸の上着を揺らして。


 どうしたら助かるのか? とレントは目まぐるしく頭を回転させる。

 その間も、亡者達を睨み付けていた。

 すると。

 おやっ? と思った。

 嚇す割には、あと一メートルほどのところなのに、近づいて来ない。


「シェン、あいつら、どうしてあとちょっとなのに俺らのとこへ来ないんだと思う?」


 レントの質問に、シェンは束の間首を傾げる。


「確証はないけど……、金属に弱いんじゃないのかな? さっき、レントがダガーで骸骨の脛を簡単に叩けたし」


「そっか。でも、ダガーは叩けただけだったし、それであいつら逃げた訳じゃないぜ?」


「魔物とか、亡霊なんかがもっと嫌がる金属があるけど」


「あっ!!」叫んだのはフレアだった。


「もしかして、これっ!?」


 フレアは、自分の首元のネックレスを引っ張り出した。チェーンもペンダントトップも銀製である。

 しかも、ペンダントトップはメイラウド国で広く信仰されている、太陽の女神の象徴を象っていた。

 ペンダントトップを亡霊どもに向けた途端。

 骸骨も亡者も皆、一斉に顔を覆って下がった。

 なんというものを持っているのだっ、という罵声が、亡者達から上がる。


「おっ、お守りにって、お姉ちゃんがくれたやつ……」


「銀製品は魔物が怖がるんだ。しかも、太陽の女神のお守りだし」シェンが、ペンダントヘッドを覗くように見た。


「それっ。しっかり奴らに向けといてくれ」


 レントはにっ、とフレアに笑って見せた。


「キーリっ、縄を寄越せっ!!」


 キーリは、レントが何をしようとしているのか、見当がついたらしい。すぐに自分の背から麻縄を下ろし、レントに渡した。

 レントは縄を全部解き、長さを確認する。


「……十分、ありそうだな」言って、縄をダガーで等分に切った。


「どうするのよっ!? そんな縄で、ここの崖は降りられないよっ!?」


 喚くフレアを無視して、レントは軽鉄の矢に二本の麻縄をしっかりと結び付けた。


「向こう側の太い木に矢を打ち込む。ちゃんと当たるように祈っててくれっ」


 綱の反対側を急いで近くの岩の出っ張りに括る。

 レントは弓を慎重に引き絞る。

 当たるものか、などと揶揄する亡霊達の声がする。が、不思議と落ち着いていた。

 十分引いた弓弦は、勢いよく大木と飛ぶ。

 節の穴の空いた部分に見事に通った。

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