一方的な攻防戦~王子に敵う気がしません~
これ、逃げちゃダメかな。
私の中に眠る本能がこの場から立ち去りたいと猛烈に訴えている。
でも、この世界に生きている以上、逃げちゃダメでしょ。
一瞬にも永遠にも感じられる無言の時間が過ぎ、私はようやく逃げ出したい気持ちを抑えて返事をした。
「…どうぞ。」
明らかに動揺している声が出てしまった。
え、これこそ不敬な態度なんじゃない?と内心思うけれど、もう出てしまったものは取り消せない。
カチャと静かに目の前の扉が開いていく。
いっそ一思いにヤってくれないかなぁとか物騒なことを考えつつ諦めの境地に入っていた私だが、とにかくまずは謝罪しようと土下座する勢いで頭を下げた。
「ディースレイド殿下、大変申しわ…」
「申し訳ありません、マリー。
どうか許してください。」
深く下げられた私の頭上に被せるような声が聞こえてきた。
え、何?今、殿下は何を言ったの?
必死に謝罪のことばかり考えていた私は、何が起きたのかよくわからなかった。
それきり黙ってしまったので、私は恐る恐る頭を上げた。すると、目の前には私と同じ、いやそれ以上に深く頭を下げたまま動かない殿下の後頭部が見えた。
え、何これ。私、今王族に頭下げさせてる…?
ちょっと待て。何がどうしてこうなった!!!
「ち、ちょっと待ってください!!
いえ、お、お待ち下さい、殿下。
ワタシのような一庶民に頭など下げてはいけません。」
その言葉にぴくっと彼の肩が揺れた。
そこからふふっと小さく笑う声が聞こえた。
「やはり、貴女達は【家族】、なのですね。
先程貴女の守護精霊にも同じようなことを言われました。」
そう言いながら、彼はゆっくりと身体を起こした。その表情には怒りの感情など微塵も感じられなかった。
私は拍子抜けしてしまった。
「あ、の、怒って、いらっしゃらないのですか…?」
「怒る…?何故?」
心底わからないといった、キョトンとした顔をしている。あれ?ほんとに怒ってないの…?
「それより、言葉遣い」
ビクッ!
え、何、時間差攻撃!?
怒ってないと見せかけて、実は内心イライラしていたとか!?
私は再び泣きそうになった。
「ご、ごめ…」
「ディーって呼んでって言ったのに。
また元に戻ってる。
タメ口でとまでは言わないから、そんな他人行儀な言い方はしないで、お願いだからさ」
「へ?」
言葉遣いってそっちかー!!!
心配して損した。
あからさまにほっと息を吐き出した私を見て、気付いたらしい。
「もしかして、誤解させた?」
もしかしなくてもその通りです!!
私は上手く言葉が出てこなくて、肯定するようにこくこく頭を縦に振った。
その様子を見て、彼は一歩ずつ私の方に近付いてきたかと思うと、目元に左手を当ててきた。
なんだか、私を見る彼の目が先程より熱っぽいように感じるのは気のせいだろうか。
「俺に怒られると思って、泣きそうになるほど怯えさせてしまったのかな。綺麗な空色の瞳が赤くなってる。」
「あ、えと、これはそうじゃなくて…っ」
なんだか嫌な予感がして、とっさに否定の言葉を口にする。
「俺のせいだね。
大丈夫、泣かないで。怒ってなんていないから」
彼の指が頬をなぞり、目元の涙を拭ったと思った次の瞬間。
ちゅ。
目元に感じる暖かい感触。
すぐに我に返った私は、思いっきりディーを突き飛ばした。
「…っなにしてんのよ!!
ディーのバカ!!」
突き飛ばしたとは言え、相手はれっきとした大人の男性だ。数歩後退っただけだ。
それでもその言動で正気に戻ったのか、ハッとした表情を浮かべ先程触れていた手を自身の口元に当て気まずそうに言葉にした。
「す、すまない。ダメだと頭ではわかっているんだが…あまりにマリーが可愛すぎて、手が出てしまった」
「っな、なんっ………!!!」
もうダメだ。
恋愛経験値0の私の脳内はオーバーワークだ。
きっと今の私の顔は真っ赤になっていることだろう。
動揺を隠せないまま、私はディーを部屋から追い出した。その間も顔を綻ばせながら可愛いとか口走る声を聞こえないふりをして、私は自室の扉を閉ざした。
扉の向こうで『ご飯の準備が出来たそうだから、落ち着いたら降りてきてくれ』という声が聞こえた。
どの口がそれを言うのか!と心の中で悪態をついたが、今の私はとてもじゃないがそれどころではなかった。
あぁ、先が思いやられる。
こんなんで、私本当にディーと縁を切ることが出来るのだろうか。
マリーが心の中でディーに対して、『殿下』『彼』『ディー』など時々によって呼び方が変わるのは、その時のマリーの心境によって変化しているからです。
紛らわしいと思われる方もいるかと思います。とりあえず、これで試してみて、読みづらいようなら修正していきたいと思います。




