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覚悟【ディー視点】

王太子様を全力で平手打ちをするという所業を繰り広げた私は、その勢いのままその場を立ち去り、自室に籠ってしまった。


後で冷静になって我に返るのは、もう少しあとの話。


************************************


2階への階段を勢いよく駆け上がり、バターンと扉が閉まる音がした。


それを聞き届けると、俺は視線を彼らに戻し、じっとみつめた。


最初に気づいたのは、アリアという水の精霊だった。

ハッとしたかと思うと、直ぐ様頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。


「ディースレイド殿下、大変失礼致しました。

例えこちらに非がないにしても、王族に手をあげるなど、もっての他で御座います。

我が主のことは我らのことと同義。

どうかお怒りは全て私たちに」


そう告げる眼差しは、少しも笑っていなかった。


言外に『お前が悪い。何か言うつもりなら私達が相手だ』と言っているようなものだ。


面白い。

そうでなくてはな。


俺は思わず、口許が緩んだ。


「何を笑っている。

マリーの唇を強引に奪っておいて、謝罪の1つもないのか。例え王族と言えど、我らの主を侮辱することは許さない。」


おっと、もっと厄介な奴がいたんだった。

こいつのことは本気で気に食わないが、間違ったことは言っていない。


これ以上心証を悪くしてはたまったものではない。

俺は改めて彼らに謝罪をした。


「侮辱なんてとんでもない!

あれは、マリーが怒るのも当然だ。

"緊急事態"だったとはいえ、あんな方法でしか気を逸らすことが出来なかった。

本人には後で直接謝らせて頂くが、貴殿方にも謝罪したい。申し訳なかった。」


頭を深く下げる。


しばらくすると、頭上からはため息が零れた。


「随分と簡単に頭を下げるんですね。

そんなことでこの国の王太子が務まるのか甚だ心配ですよ。」


それはルイという風の精霊から初めて聞いた真っ当な言葉遣いだった。


まぁ、内容はあれだが…


「彼女に関することだけはね。

こんなこと言っても説得力はないかもしれないが、これ以上嫌われないよう、好きになってくれるようにどうすればいいか必死なんだよ」


きっと今の俺は情けない顔をしているだろう。


だが…


「政務に関しては誰にも隙を見せたことはないし、侮られる心配など無用だ。

心配してくれてありがとう。

抜かりはないさ。」


「そのようだな。」


俺の雰囲気が変わったのを察したらしい。

ルイは呆れ混じりの声で返してくる。



この男、嫌いじゃない。

マリーのことさえなければ、の話だが。


「それより、貴殿方に聞きたいことがある。

さっきの【あれ】は、一体なんだ。」



そう、俺がマリーを追わず、ここに残ったのはその事について話したかったからだ。


「やはり、貴方は気付きましたか」


眉を寄せて、憎々しげに呟く。

触れては欲しくないと態度が告げていた。


だが、黙って見過ごすことなど出来ない。

マリーのことなのだから。



先程、マリーと話をしながら途中で様子がおかしいと感じた。


何が彼女の機嫌を損ねたのかと声を掛けようとして違和感に気付く。


彼女の周りには黒い靄のようなものが見えた。



それが次第に彼女の中心部、心臓の辺りにじわりじわりと集まるを感じて本能的に彼女に抱きついた。


このまま放置していたら、彼女がどこかに行ってしまうような気がしたんだ。


虚ろな瞳は、誰も映していない。

まるで、マリーと出会った頃の俺のようだった。


だから、俺はあの時の言葉を彼女に告げた。



『独りじゃない。俺がついてるから。

だから、行かないでくれ!』

そう強く思った。


何故か目の前の彼女が消えていきそうだと思った。

そんなことあるはすがないのに、何故か俺の本能が警鐘を鳴らす。


だから、俺は少しでも引き留めたくて、泣いている彼女の頬に口づけをし、次第に瞳に光を灯していく彼女の唇にキスをした。


マリーが何に囚われていたのか俺にはわからない。だから、少しでも良い。

彼女の心にそれを上回るだけの衝撃を与えようと思った。


思惑通り、いやそれ以上の反応で彼女は意識を覚醒させ、思いっきり平手打ちをされたが、心底安堵した。


一先ず、彼女はもう大丈夫だと。


勿論、下心がなかったとは言わないけれど。

彼女の唇は、もっと違う形で貰いたかった。



先程まで2人だと思っていたが、いつの間にか彼らの後方にはもう2人、人の姿になった精霊がいた。


彼らがマリーの守護精霊なのだろう。

俺が思案している間に、彼らで話をつけていたのだろうか。


見知らぬ男の精霊が前に進み出た。


「ディースレイド殿下におかれましては、ご機嫌麗しく…」

「そんな固くなる必要はないよ。

いつも通りにしてくれて構わない。」


そう告げると、赤毛の短髪を掻き上げ、砕けた笑顔で話しかけてくる。


「そう言って頂けると有難い。

俺は火の精霊フェイと言う。

あいつらは、ことマリーのことになると気が短くなるんでな。俺から話をさせてもらおう。

構わないだろうか。」

「勿論だ。ありがとう。」


なんと、好戦的な者以外もいたのだな。

全員が全員喧嘩っぱやいのかと思っていた。


「ただし、語れることは多くないぞ?」

「それでも構わない。」


少しでも彼女のことを知りたいんだ。


「マリーのあの状態は、生まれながらの性質によるものだ。」

「…生まれながら、だと?」


あんな深い闇を彼女は生まれながら背負っているというのか?


「そうだ。今までは、彼女の強い魔力と精神力で抑えてきたから、暴走という暴走はほぼなかった。」

「ほぼ…」

「そう。ここいらの噂話であるだろう?シュヴァルトの森で昔魔力の光が森全体を覆ったと。

あれも、マリーによるものだ。」

「そうだったのか!」


なんとなく察してはいたが、改めて聞かされると驚かされる。

マリーはどれだけの力を内に秘めているというのか。


「身体が成熟し、余程の事がない限り暴走などしないと思っていたんだが、予期せぬことが起きた。」

「予期せぬこと…」


嫌な予感がする。


「そうだ。

ディースレイド殿下。

貴方と出会ったことですよ。」


「俺と…出会ったから…だと?」


「そう。

詳しい原理はわからない。

だが、魔力の強い者同士、ひかれあうのか、それとも反発しているのか。

貴方という存在に出会い、彼女の力が暴走をしたのは間違いない。」


「どう…して…」

「これ以上は語れることはない。」


まさか、彼女のさっきの現象が俺が原因だったなんて。どうすればいいんだ。


「さて、これを聞いて殿下はどうします?」



俺が彼女を諦めたら、彼女は平穏に暮らせるのだろうか。そうして、マリーは俺の知らないところで知らない男といつか結婚をし、子供を産むのか…?

否、俺はもう、彼女のいない生活なんて考えられない!

ならば…

俺は覚悟を決めた。



「…だったら、俺は彼女の暴走の原因を突き止める。そして、必ずや彼女の心も手に入れてみせる!」



火の精霊フェイは、ニヤリと口角を上げた。


「お手並み拝見、ですね」



そうして、俺たちの話し合いは一先ずお開きになった。

夕飯にするから、マリーを呼んでくるというアリアの言葉を受け、俺が彼女を呼びに行くとかって出た。


俺はマリーに謝罪すべく、彼女の部屋に向かうのだった。








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