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呼び名

何がどうしてこうなったのか。

誰か説明して欲しい。


ああ、なんだかデジャヴ。


今目の前にいらっしゃるこの国の王太子様。

彼は何故か私のことがお好きらしい。


そして、あろうことか妃にと望んでいるという。

更に言えば、何処の馬の骨とも知らぬ私の為に、王太子になったのだと。



どーして!?


というか、記憶が確かなら、以前は第1王子が王太子だったよね?

まさかまさか、私のせいで1人の人間が死に…っ!?


ど、どどどどーしよう!!!


動揺した頭では何も考えられず、私は思ってた疑問をつい口にしてしまった。

ただし、目線は真下だ。

目を合わせてなんてとてもじゃないが聞けやしない。


「うぁの!!

以前は第1王子が王太子をされていた気がするのですが、その、イルバーノ殿下は今、どちらに…」


「…義兄上が気になるの?」


ひやっ。


なんだろう。

今目の前の彼からとてつもなく冷たい冷気が飛んできた気がする。


私は恐る恐る向かいに座る彼を見上げた。

そして後悔する。


何で見てしまったんだろうか。

絶対零度の眼差しで睨まれている。

こ~わ~い~!!!!


私も殺されるの!?

そうなる前に、ルイを連れてこの場から逃げ出そう、そうしよう!!!


どんどん動揺する一方の私は、テンパり最高潮で頭をぐるぐるさせた。今にも魔法を発動させそうな勢いだ。


その様子をみかねて、ルイが私に声を掛けようとした時だった。


先程から無言で彼の後ろに控えていた従者とおぼしき男性が殿下に声を掛けてきた。


「殿下、そんな怖い顔で睨んでいたら、マリエリア殿に嫌われますよ。」


その言葉を聞き、彼はハッとしたような顔をした。

さっきの怖い顔ではなく、申し訳なさそうな表情をした優しい顔になっていた。


「すまない。マリーを怖がらせるつもりはなかったんだ。

ただ、マリーの口から他の男の名前が出たことで、思わず嫉妬してしまったんだ。」


「なっ!」


なんですと!?

あれが嫉妬の顔!?

いや、そうじゃない。身内の名前を出しただけで嫉妬ってどゆわだけ!?


論点がずれていることにも気付かず、私は思考の渦に陥る。


この人、ほんとに私のことが好きなのかな。

ずっと冗談だと思ってきたけど、言動の端々から感じる"本気"の言葉に真実のような気がしてきた。


でも、だとしたらなぜ…?

たった一夜の出来事だ。


そんな会話をした記憶もない、10年も前の出会いの何が彼の心に響いたのだろうか。

聞いてみたい気もしたけれど、それを聞いてしまったらもう後には引けなくなるような気がして、私は口を閉ざした。



「…とにかく、殿下が本気のようなのは理解致しました。

ですが、私には受け入れがたいお話です。今すぐどうこうできる問題でもないでしょう。

一先ず保留に致しませんか?」


ほんとはお断りしたい。全力で。


だが、何が彼の逆鱗に触れるかさっぱりわからないのだ。

ここは一旦体勢を立て直してもう一度穏便にお断りしよう。


彼は思案するように口許に手を当て、その後、後ろに控えていた従者(?)に声を掛ける。


彼の指示に従うためか、彼はこちらに一礼してその場を離れ、何やら外にいる護衛に指示を出しているようだ。



「そうだな。今日は突然の出来事に驚かせてしまっただろう。

私としても、急いでいる訳ではない。

10年も待ったんだ。君の心が決まるまで、いつまででも待てるさ。」


いやいやいや!!

待たなくて良いから!

早く新しい人探してー!!


内心の困惑をどうにか押し込めて、苦笑するに留まらせる。

そんな様子を見て、彼はキラキラの笑顔を再び向け、向かいに座る私の手をそっと握ってきた。


「あぁ、でも、1つだけ。

お願いがあるんだけど」


「な、なんですか」


いきなり何だ!?


「マリーには、昔のようにまた名前で呼んで欲しいな。

ほんとは敬語もやめて欲しいけれど…」

「無茶言わないでください!

王族相手にそんなことできるわけないじゃないですか!!」



ハッ!


ダメじゃん!敬語だけど、決して王族に言っていい言葉遣いじゃないでしょ、これ!?


謝罪しようと立ち上がろうとすると、向かい側から声を上げて笑う声が聞こえた。

これ、もしかしなくても彼の笑い声…だよね?


「はははっ。

あー、ごめん笑ったりして」


彼は涙目になりながら、笑いを噛み殺している。


そ、そんなに笑うポイントだったかなぁ?


「そう、そっちのがいい。

難しいなら、敬語は無理に変えなくてもいいから。

さっきの"お願い"、叶えてくれると嬉しいんだけど」


王族からのお願いなんて、脅し以外の何物でもないと思うんですが。…しかたない。

ここで了承しないと、この人、このまま動かない気がする。


「わかりましたわ。…ディー。これで良いですか?」


「うん、マリーありがとう」


彼、ディーは本当に嬉しそうに笑ってみせた。

私はその笑顔に心臓がドクンと脈打つのを感じた。


いや、いやいやこれは違う!!

ただ、イケメンに免疫がないだけだ。



そう言い聞かせて、私は足早にこの部屋を出るべく動き出した。


「ああ、そうだ、マリー。」


扉の前まで来た私はディーの呼び掛けに反応して振り向いた。


「なんでしょうか?」


「この下に馬車を用意してある。

君が行くはずだった予定を変えさせてしまったお詫びだ。

今日一日好きに使ってくれて構わない。

何かあれば私の名前を出してくれ。責任は取るよ。」


「あ、ありがとうございます。」


さっきの指示はこのためだったのか!

さすが王子だと思わず感心してしまった。


「では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」


そう、この宿、私の目的地である加工屋さんから、だいぶ離れたところにあるのだ。

なので、素直に馬車に乗り込んでみたのだが…



正直言えばありがたい。

でも、これってディーに借りを作ったことになるんじゃ…?


乗ったあとに色々な後悔が渦を巻いていたけれど、もう乗ってしまったものはしかたがない。


私は今日1番楽しみにしていた加工屋さんへ着くも、全然楽しめないまま注文だけして、足早に森への帰路についたのだった。

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