求婚は往来で
段々見ていられなくて、私は項垂れる彼に向かって、声を掛けた。
「あのう、だ、大丈夫ですか…?」
「………………大丈夫だ」
うわっ、大丈夫じゃなさそう。
ものスッゴい間があった。
しかし、一国の王子がこんな辺境の街で地面にうちひしがれていては体裁が悪い。
周りを囲んでいた従者や護衛の集団が慌てて王子に声を掛ける。
さすがに外聞が悪いと感じたのだろう。
彼はやっと立ち上がり、私の方を向き直った。
その表情はまだ優れないようだけど。
うぅ、なんだか私が悪いみたい。
いきなり知らない人に抱きつかれてビックリしてるのは私の方なのに…理不尽だ。
でも、彼があまりにも落ち込んでいるから、私の方が悪い気分になってくる。
なんとなく、この王子様に会っただろう記憶を思いだしてはきたのだが、イマイチ確証が持てないので、私は1番詳しそうな人に聞くことにした。
「ねぇ、ルイ。
殿下と会ったときのこと、覚えてるんでしょ?
詳しく説明して!」
ルイの耳元で囁いた。
流石に、落ち込んでいる彼の耳に、私がちゃんと覚えていないことを改めて聞かせるのは、悪いような気がしたからだ。
だけど、その姿を見て、彼はなんだかどんどん機嫌が悪くなっている気がする。
あ、もしややっぱり覚えてないことに機嫌を損ねていらっしゃる…?
やだなぁ、怒られたり、罰を受けたりするんだろうか。王族って、そういうこと平気でしそうなイメージがあるし…
そんな私と彼の様子を交互に見つつ、ルイは呆れるようにため息を1つ吐き、教えてくれた。
「全く、いくら俺がわざと詳細を教えなかったからって、あれは、それなりに大きな事件だっただろうが。
なんで、それを覚えてないのかねぇ。」
そうして、約10年前に会った【迷い子事件】の話をルイに聞かされた。
「あぁ!!あの時の子供かぁ!
確かに、ディーって言ってたね。」
モヤモヤしていたものがスッキリして、思わず大きな声を出してしまった。
「やっと思い出してくれたんだね……マリー」
その能天気な私の返事を聞き、嬉しいとかより、何故か哀愁が漂っている気がするのは気のせいだろうか。
…深く考えるのは止めよう。
思い出しついでに聞いてみた。
「あ、そうだ。
ねぇ、彼らと【家族】になれた?」
あ、ちょっとフランクに聞きすぎたかも。
彼は一瞬驚いて目を見開いたが、次の瞬間、今まで見たことのないような、はにかむような優しい笑顔を見せた。
「あぁ。あのあとすぐに彼らに名前を与えたよ。
今では私の大切な【家族】だ。」
それを聞いて、私は嬉しくなって笑い返した。
「良かった!
皆もとっても幸せそうにしていて、私も嬉しい。」
私とルイやアリア達のように、彼と精霊達も仲良くなれたと聞いて、ほんとに良かった。
あの頃を思い出して最初に気になったのが、彼を守るように傍にいた少しだけ悲しそうな精霊達の姿だったから。
私にとって、精霊の存在は何より大きい。
産みの親より、育ての親、というか。
私の両親も大切だけど、ずっと傍で見守り、育ててくれたルイ達は、私にとって、特別な存在だから。
だから、私の家族じゃなくても、彼の精霊にも幸せになって貰いたかったんだ。
今も彼の傍には、精霊達が飛んでいるけれど、皆とっても幸せそうな顔をしている。
この状況を呆れ半分見守っている気もするが、それはまぁ仕方がない。
主のこんな姿を見れば、そうなっちゃうよね。
ルイ越しにちらちらと見える彼は、先程の落ち込んだ様子から立ち直ったようだ。
隙間から覗き見ている私のことをじっと見つめている。
うぅ、物凄い見られている。
居たたまれなくなって、私はルイの腕に掴まり、さっきよりさらに身を隠した。
彼の眉間のシワが、さっきより大きくなった気がする。
何故だ。わからないけど、気にしたら負けな気がする。よし、気付かなかったことにしよう。
彼は空を見上げながら大きく深呼吸すると、改めて私の方を向き直り、跪いた。
……って、ちょっと!?
王族が平民に跪いちゃダメでしょ!!
「重ね重ねになるが、改めて先程の非礼、謝罪させて欲しい。
そして、再度伝えさせて欲しい。」
そこまでいうと、彼はルイにしがみついていた私の左手をそっと、だがしかし逃れられないようしっかりと手に取り、手の甲に口付けてから熱い眼差しで見つめて私に言った。
この間、数秒の出来事だ。
私が何が起きたのか理解する前に、彼は言葉を紡ぐ。
「マリーが好きだ。
私と結婚してくれないか」
こ、こここここここれって、この国の正式な求婚だよね!!!?
デ、ディーのバカー!!!
こんな往来で求婚なんてされたら、なかったことに出来ないじゃないかー!
あぁ、私の平穏な日々が遠のいていく予感がします。
とりあえず、加工屋さんに行きたいなぁ。
あぁ、現実逃避だわ、これ。




