番外編・2~精霊と俺と~
マリーと別れてから、俺は森を抜け、近場の街を目指して歩き出した。
あんなにさ迷ったのが嘘のように、すぐ森を抜けることが出来た。
本来、シュヴァルトの森とはこういうものだ。叔父上も、まさか俺があんな森の奥深くまで迷い込むとは思いもしなかったに違いない。
魔の森と言われるこの森には、多くの逸話がある。1度迷うと2度と抜け出せないとか、逆にすぐに出てしまい、奥へはいけないとか真逆な説もある。
魔物が出るとか、謎の光が森を包んだとかそんな断片的な噂もあった。
そういえば、魔女がいる、なんて噂も一時期上がっていたっけ。
あわよくば、その噂通りに、魔物にでも襲われて、2度と帰ってこなければいいと思っていたのだろうな。
なんともあやふやな賭けだ。
だけど、そんな賭けに出なければいけないほど、追い詰められていた、ということでもある。
俺は王宮の者には嫌われているが、対外的には良好な関係だ。
近隣の国とも交流を結んでいるし、隣国の第1王子とは、昔からの知己の仲だ。
あいつは変わり者だからな。
俺が国の中でどんな扱いをされているのかわかっているくせに、『友達だ』と真っ向から手を差し伸べてきた。
『もし、国に居づらくなったら、いつでもオレの国に来い!歓迎してやる』
そんなことを王宮のど真ん中で宣言した時はさすがに度肝を抜かしたな。
あぁ、話が逸れてしまった。
ともかくも、俺はこの国の第2王子としてあまりにも力を持ちすぎた。
そして、それと相反して、イル義兄上は、あまりにも何もしてこなかった。
第1王子という立場に溺れ、遊び暮らし、威張りくさった。
女遊びに始まり、街での豪遊。気に入らないことがあれば、すぐに暴力に出る。それでも収まりが聞かないときは、権力を嵩にきて、相手を貶める。
我が義兄上ながら、最低だな。
それでも、政に少しでも興味を示せば良いが、自分の都合の良いように動くばかりで、民のことなど考えもしない。
父上が頭を抱えるのも無理はない。
時々、父上が俺に政の一端を担わせていたのは、あの義兄上には任せられないと思ったからだろう。
俺も前々から感じていたが、あいつが治める国に未来はない。
少し前の俺だったら、それでもいいと思っていた。この国がどうなろうと、俺には関係ないと。
でも、彼女に出逢ってしまった。
今の俺は、彼女に相応しくない。
今のままの俺では彼女に顔向けすら出来ない。
だから、決めた。
俺はこの国を変える。
俺や彼女のような強い魔力持ちの人が、自由に生きられる世界を作る。
100年以上続くこの偏見の目を変えていくのは簡単なことじゃない。
それでも、俺は彼女と生きる未来を望んでしまった。だから、やる。たとえ、周囲に反対されようと。
全く。数日前の自分に見せてやりたいよ。
マリーに恋をして、俺の人生は180度変わった。
…今なら母上の言っていたことがわかる気がする。
今は一方的な想いでしかないけど、貴女に相応しい人になれるように努力する。
だから、それまで待っていて。
…そういえば、あの男、いや、あの精霊。ルイ、とか言ってたか。
あいつ、マリーに家族だと言われていたが、ほんとにあれが家族に対する反応か…?
マリーはまだ幼かったが、兄として妹を見るというよりは、1人の女性として見ているように感じたんだが…
俺は、気になっていたこと思いきって聞いてみた。
「あ、あの、さ。
君達精霊は、人に恋することがあるのか?
異種族で婚姻を結んだりとか…その」
「ま!!初めて話し掛けて下さいましたね!
私感激ですわ!
宣鬱ながら、私からお答え致しましょう!
ありかなしか、と言われたら、あり、ですわ。
過去にも人と精霊が結ばれて、子をなした例はあります。
と、言うより、貴方の祖先を辿れば、精霊に辿り着きますわよ?」
「…なっっ!!嘘、だろ!?」
「嘘などつきませんとも。精霊は基本的に意味もない嘘などつきませんわ」
茜色した髪をサイドでポニーテールにした精霊は憤慨して、頬を膨らませている。
俺は彼女の言葉を反芻した。
俺が、精霊の血を継いでいる…だと!?
父上からは聞いたこともない。
いや、もしかしたら、忘れ去られた歴史、もしくは意図的に隠された歴史なのかもしれない。
ーーーそれよりも、もう1つ大切なことが。
やはり婚姻は可能なのか!!
ぁぁああああ、早く大人にならねば!
あの男にマリーは渡すものか!ーーー
そんな高ぶった感情を一端落ち着け、冷静にもう一度先程の解答に思考を戻す。
彼女の情報のおかげで、1つ糸口が見えた気がする。
ぽつりと俺は言葉を紡ぐ。
「なぁ、俺はこの国を変えたいと思ってる。
以前のように、魔法が当たり前の世界。お前達精霊が生きやすい世界を作りたいんだ。」
そこで一区切りして、俺は周囲にいる精霊達を真っ直ぐ見据えてから、深く頭を下げた。
「だから、どうか俺に力を貸してほしい。
俺と主従の誓いを結んでくれないだろうか。」
「何を今更」
頭上で聞こえる少年の声にグッと息が詰まる。
そう、だよな。やっぱり今更だよな。
「そうね、今更ね」
「そう、今更だ。
オレ達はずっとそのつもりでお前の傍にいたんだから。」
「…………は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
言葉の真意がわからなくて、俺はゆっくりと頭を上げた。
そこにあったのは、精霊達の楽しそうな笑顔だった。
「ずっと、待っていました。
貴方が私達に気付いてくれるのを。
だから、私達にとっては今更なのです。
もしも一生気付いてくれなくても、すでに私達は貴方と生きる道を選んでいましたから。」
「ずっと待ってたぜ」
「さぁ、これ以上待たせないで下さいな。
お早く、我等の名を呼んでください」
「そうですわ!
私に可愛らしい名前を下さいませ」
それぞれが口ずさむその言の葉は、どれも暖かく、優しいものだった。
『私の大切な家族』
そう言っていた彼女の言葉を思い出す。
あぁ、こういうことか、と。
「ありがとう、これから宜しくな」
俺は、心からの笑顔で彼らに返し、どんな名前を付けようか、心を弾ませた。
こんな楽しい気分を味わったのは生まれて初めてだ。
俺はゆっくりと、この旅路を楽しむことにした。
今は、彼らとの時間を大切にしたいから。
帰ったら、父上と母上とちゃんと向き合おう。
俺の今の気持ちを伝えたいんだ。




