母上の苦悩
専属の護衛武官に連れられ、母上の私室の前に辿り着く。
護衛武官は、無言でスッと一歩引き、扉の横で待機の姿勢を取る。それを横目で見ながら、俺は扉をノックする。
「母上、ディースレイドです。
お呼びと伺い、参りました。」
「お入りなさい。」
声はすぐに返ってきた。
「失礼致します。」
俺は断りの言葉を口にし、中に入った。
扉を開けると、ソファに腰掛ける母上の姿があった。俺の顔を見て、ぱっと華やいだ笑顔を見せて立ち上がると、その足で俺の元に駆け寄ってきた。
「ディー!!
あぁ、会いたかったわ。
元気にしていた?」
「母上こそ、お身体は宜しいのですか?
あまり無理せず、お座りになってください」
そう声を掛けながら、母上をソファに促す。
座ったのを確認し、俺もその隣に座った。
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サラディーネ・ウィリアム・サンフェリオ。
俺の母上の名だ。
第2王子である俺の生母であり、現王の第2妃である。立場としていうのなら、妾だ。
このサンフェリオ国は一夫多妻制度をとっている。何人でも妻を取ることが出来るが、正妃になれるのは唯1人。
現王の正妃は、第1王子イルバーノの生母である、クリスティアーノ・ウィリアム・サンフェリオその人だ。
彼女は自己顕示欲が強く、自分が1番じゃないと気がすまない。
公爵出の彼女に対し、俺の母上は元侍女で子爵出だった。
しかし、王の目にとまり寵愛を受け、俺を産み今の地位を得た。
政略結婚で正妃の座についた彼女にとって、俺の母上は邪魔者だったに違いない。
ことあるごとに、母上はネチネチと嫌味を言われたり、命を狙われたりした。
身体もあまり強くない為、よくベットに横になっている。そんな様子を見て、現王、俺の父上がさらに過保護に守るものだから、結局は悪循環で、また妬まれるのだ。
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母上は、透き通るような銀色の長い髪に、赤い目をしている珍しい容姿を持っている。
元々、線の細い人だと思っていたが、ここ最近の母上はさらに儚げで、見ていると不安で仕方なくなる。
俺なんかを産んでしまったがためにこんなにも苦しんでいるのだと思うと、心が痛んだ。
いっそ俺がいなければ…と何度も思ったが、母上が俺の存在を生きる希望にしているのは知っていたから、死ぬことは出来なかった。
「…私のせいで、ごめんなさい」
「…?母上、一体なんの話ですか?」
俺の手を両手でぎゅっと握りしめながら、母上が辛そうに顔を歪めた。
「聞いているわ、最近のディーの行動。
私がちゃんとディーのことを守れなかったから、苦しませてしまったのね」
「っっ、それは違います!!
母上のせいじゃない、俺自身の問題です。」
そう、これは俺自身の問題だ。
母上のせいなんかじゃない。
「それよりも、俺のせいで母上の方こそ苦労されているでしょう?」
俺を身籠ったから、こんな目にあっているのだから。
俺は母上の手を握り返し、目を合わせる。
母上は首を横に降り、また俺に笑顔を向けた。
「私は大丈夫よ。何の問題もないわ。
ただ、母として、貴方の力になれないことが苦しいの」
「そのお気持ちだけで充分です。」
10歳にも満たない年齢で、俺は既にどこか達観してしまっていた。
このまま、何事もなく大人になったら、母を連れ、臣に下り、静かに生きていこうとさえ思っていた。
その気持ちが伝わったのだろうか。
母上は、笑顔を消し、真剣な表情で俺を見つめて言った。
「貴方にも、いつか、貴方自身を見てくれる子に出逢えるわ。私にとってのあの人のように。
…だから、信じることを諦めないで…」
俺は、是とも否とも言えず、ただ曖昧に笑った。
この時の母上の台詞は、ずっと俺の胸に突き刺さったまま、また日々が過ぎていった。




