迷い子・3
サンフェリオ国側にある森の入り口にて。
私はディーにどう言い訳をしようか頭を悩ませていた。良い案を考えようにも何も浮かばない。
なので、隣で腕組みをしているルイをちらっと見た。
「ねぇ、ルイ」
『なんだ』
「全部夢でしたー、でなんとかならないかな」
『それはどう考えても無理だろ』
「…ですよね」
『お前と違ってこいつは頭の出来がいいだろう。
…というより、たちが悪いタイプにしか見えん。』
「ちょっとそれどういう意味よ」
なんか色々聞き捨てならない台詞が混ざってたんですけど!
どうせ私は馬鹿ですよ!
くそう、これでも前世は優秀なキャリアウーマンだったのに、ルイの前では失敗ばかりで頭があがらないなんて…
そういえば…
「私のことはともかく、ディーがたちが悪いって、どういうこと?
ちょっと生意気…とと。我が強いくらいでそこまで悪い感じしなかったけど…」
『だから……、しっ!』
「ん?」
急にルイが黙って口に人差し指を当てる。
そして、後ろを指差した。
後ろを振り向くと、僅かだが、彼の身体が身動ぎする。彼が目を覚まそうとしていた。
どうしよう!!
結局何も考えられなかったー!!
まだ朦朧としているのか軽く頭を振り、自分の手を見つめていた彼は、先程のことを思い出したのだろう。
ハッと気付きマリーに向かって叫んだ。
「おい!!お前、今のはいったいなんだっ…た……て……。
おま…その光………」
(俺と同じ…)と呆然と呟くと、その瞳は私の後ろを見つめたまま、固まってしまった。
あ、ルイたちに離れて待機してもらうの忘れてた。
こりゃもうバレたかな。
そんなことを思っていたら、何故か彼は痛ましげな顔をして、そっと私に声を掛けてきた。
「おま……あぁ、いや。
…マリーも、【異端者】…なのか?
だから、こんなところに…?」
「ふぇ!?
"いたんしゃ"って、何それ?」
【異端者】
初めて聞いた呼び名だけど、あまり良くないものなのは、彼の様子を見ていれば伝わってくる。
もっと街の様子も定期的に確認しておくんだったと後悔してももう遅い。
彼は、私の言葉を聞き、怪訝な顔で聞き返した。
「…知らないのか?」
「う…はい、すみません」
「いや、謝ってもらうようなことじゃないんだが…」
私が素直に謝ると、苦笑して言葉を返す。
そのやりとりで少し落ち着いたのか、眉間の皺はなくなった。けれど、先程の辛そうな顔のまま、自嘲するように言葉を続けた。
「【異端者】っていうのは、俺のように普通と異なる力を持つ者のことだ。
昔いたという巫女がこの世から消え去り、人の間からは魔力持ちが極端に減った。
そんななか、たまに強い魔力を持つ者が生まれるんだ。
俺のような、異常な奴が…な」
そう言って、彼は手の先に力を集中すると、それに呼応するように、彼の周囲に飛んでいた妖精たちが、ひらひらと舞を舞うようにキラキラと光輝いた。
「わぁ~、綺麗ーー!!!」
「綺麗………?」
あ、思いっきり素を出してしまった。
というより、さっきから猫かぶりがとっくにとれていた。
「マリーは、これが綺麗だと思うのか…?
怖いとか、気持ち悪いとか思わないのか…?」
再び呆然と呟く彼に、私は開き直って本音で喋ることにした。
「うん、だって綺麗なものは綺麗だし。
むしろ、羨ましいよ!私はそんな風にルイたちと幻影を出したことがないから。
ほんとにすっごく綺麗だった!」
私の魔法の大半は生活に活用されてるからね。
こういう使い方をしたことがないのだ。
それに、コントロールもまだまだだしね。
「ルイ…たち?」
「え?ああ、彼らのことよ。
ルイ!」
私が名を呼ぶと、ルイは人型に変化した。
目の前で起こる不思議な現象に、彼は今日何度目かわからない驚愕の表情をして、口をパクパクさせている。
「彼は風の精霊でルイ。
私の大切な家族なの」
私がそう言ってルイを紹介すると、ルイはディーの方へと近づいていく。
「お前は気付いていないようだが、お前の周囲にいるのは、俺たちと同じ精霊が人の形を成したものたちだ。
お前が自らの力から目を逸さなければ、もっと早く認識できたはずだがな」
どうしたんだろう。今日のルイは、なんだかいつもより怖い雰囲気を醸し出している。
ディーはその言葉を聞き、改めて自分の周囲を見回し、妖精の存在を認識したようだ。
これまた驚きの表情をしている。
私はといえば、場の緊張感に耐えられなくて、ルイの後ろから顔を出し、思わず口を挟んでしまった。
「あ、あのね、ディー!
あなたの周りにいる妖精たちは貴方のことがとっても好きなの。だから、もし、ディーが彼らを受け入れてくれるなら、名前を付けてあげて。
きっと彼らもそれを望んでると思うの」
「名前を…」
「無理に、とは言わないわ。
名は契約だから。貴方も彼らも共に縛られることになるわ。
それでも、ディーがほんとに彼らと共に生きたいと思えたら、その時は…」
「共に生きたい、と……」
「うん」
ディーは私の言葉を1つずつ噛み締めるように単語単語を呟く。
きっとまだ気持ちが追い付かないのだろう。
私も異次元で記憶を全て思い出したとき、とても動揺した。
すぐに受け入れるのは難しいだろう。
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ディーは、マリーの言葉が自分の奥深くにある暗く澱んだ気持ちを少しずつ溶かしていくのを感じていた。
ーもっと、その言葉を聞きたい。触れたい。
彼女のことが知りたいー
ディーの瞳には先程までとは違い、確かな熱情を宿していた。
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ルイはその様子を傍目で見て、大きなため息をついた。
(だから言ったじゃないか)
これはさっさと終わらせるに限る。
そう決意し、ルイはディーに向き直る。
長身のルイが10歳の少年を見下ろす姿はかなり威圧感があったのだろう。
「ディー、と言ったな。」
「あ、あぁ。そうだ。」
ディーはビクッと身体を強張らせる。
「ディー。無知は罪だ。
お前は自分自身の力を知る必要がある。
それが結果として、自分自身を守ることにも繋がる。
この言葉がどういう意味か、お前にならわかるだろう?
……ディースレイド・ウィリアム・サンフェリオ。
彼の者の血を継ぐ者よ。」
「お前っっ!!!
何故知っている!?」
ニヤリと不敵な笑いをディーに向けると、ルイは私を抱えてひとっ飛びに森の奥深く、私達の住む一帯まで移動した。
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1人残されたディーは、彼らを追おうと森に足を踏み出そうとするが、思い留まり、街への道を歩き出した。
今追いかけていったところで、きっと何も出来ない。 それよりも、今、やらなければいけないことがある。
ここに来たのは、きっと運命だったのだろう。
「待っていろ、マリー。
いつか必ず、君を迎えに行く」
決意を新たにシュヴァルトの森を出た。
そこにはもう、迷い込んだ時の弱い少年はいなかった。
ディー、10歳。
マリー、7歳。
2人の出会いはここから始まった。