迷い子・2
「な…っ、お前。いきなり何するんだ!」
少年は、私にぶたれた左頬を手で押さえながら、ブルブルと身体を震わせた。
あ、怒ってらっしゃる。
でも、私にも言わせて欲しい。
「それはこちらのセリフです。
倒れている貴方を介抱して差し上げたのに、いきなり罵声を浴びせられたら、どんな人だとて、不快な気持ちになりますわ。」
嫌味な気持ちも交えて、慇懃無礼な言い回しで言ってやった。まさか、こんなところで地獄のマナー講座が役に立つとはね。
「そっ…………れは、わるかった」
私の発言を聞き、気まずそうに目線を逸らすと、ボソッと謝った。
あ、思ったより素直?
さっきよりイライラは収まってきた。
「解れば良いのです。」
その発言に顔を上げた少年とようやく目が合ったので、ニコッと笑ってみせたら、勢いよく目を逸らされた。
おいコラ、なんだその態度。
人の顔になんか文句あるのか。
やっぱりムカつく。
ふと何かに気付いたのか、少年は周囲をキョロキョロと見回した。
そして、自分自身の身体を抱き締めるように身体に腕を回し、顔を青ざめさせた。
もしかして、具合でも悪くなったんだろうか。
「……ここは、どこだ」
あ、なんだ。場所の確認をしてたのね。
「ですから、私が案内しようと思っていたのに、貴方がいきなり怒鳴ったりするから…」
「ここがどこかわかるのか!?」
「シュヴァルトの森ですわ」
「…うそ………だろ」
そう告げると、青かった顔色はさらに青白く、眉間にも皺を寄せ始めた。
少しすると、何かに気付いたように、こちらへ視線を向ける。
「…なぜ、お前が案内出来るんだ?
この森は立ち入り禁止になって久しい。
お前の立ち振舞いからしても、どこかの貴族の娘ではないのか。」
…………あ、しまった。
そう言えば、ここはあまり評判の良い場所ではなかったっけ。ここで当たり前のように日常生活を送っていたので、うっかりしていた。
そんでもって、慇懃無礼な態度をとっていたのが仇となった。
貴族令嬢と勘違いされてしまった。
ヤバイ、なんとかこの場を切り抜けねば!!
「"お前"ではありませんわ。
私にだってちゃんとした名前があります。
それとも、貴方は初対面の人間をお前呼ばわりするのが礼儀だとでも?」
「そっ、そんなことはない。
ただ、まだ名前を聞いていなかったから…」
よし。
方向転換成功!!
「私の名前はマリエリア。
皆にはマリーと呼ばれていますわ。」
「マリー、か。
俺は、ディー…だ」
「ディー、ですか?」
「……あぁ」
なんだか名を名乗るだけなのに、違和感があるのは気のせいか。
まぁどうせ2度と会わない相手なのだから良いか。
「では、ディー。
これから私が街まで貴方をお連れしますわ。
少しの間、目を瞑って下さいませんか?」
「……何故、目を瞑る必要がある。」
あ、不信感を与えてしまったかな。
ジト目で睨まれてしまった。
これはいかん。
私はディーに近付き、両手を握り目を合わせた。
一瞬、ビクッと肩を震わせた彼の手はとても冷たく、瞳は僅かに怯えを感じさせるように揺れた。その身体は、小さく震えていた。
私は、人懐こい笑顔を意識し、安心させるように笑って見せる。
「少しばかり、おまじないを掛けるからですわ。恐くなくなるおまじない。
大丈夫です。ここには、貴方を害するものは1つもありません。」
だって、ここにいるのは、私とその家族である精霊たちだけしかいないものね!
その言葉にハッとした顔でディーは私を見つめ返してきた。
あ、瞳に力が戻ってきたみたい。
少しは安心してくれたかな?
「………マリー、君を信じる。
おまじないをお願いしても…?」
ずっと固かった表情が柔らかく微笑んだ。
うっわ、そう言えば、この少年、モノスゴイ美少年だったんだった!!!
私は急に緊張してきて、握った手を離しそうになったが、逆に彼にぎゅっと強く掴まれた。
この空気をどうにかしたくて、さっさと次の行動に出ることにした。
「で、では!
ディー、目を閉じてくださいませ。」
「ん。」
そう言って、目を閉じたディーを確認すると、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で私はルイを呼んだ。
(ルイ!お願い。風の力で森の入り口まで連れてって。今すぐー!!)
『…お前ってホント…』
ルイが何事か呟く声が聞こえたが、今の私にはそれに受け答えする余裕なんてなかった。
程なくして、身体が軽くなる感覚におそわれ、風に乗って飛んでいくのがわかった。
突然のことに手を繋いでいた彼が驚きの声を上げ、叫んでいるのが聞こえたが、ここは軽く無視しておくことにしよう。
そうして、2人を連れて吹いた風は無事(?)に森の入り口まで到着したのだ。
ディーは、再び気を失っていた。
この後どう説明するか、頭を抱えることになりそうだ。