迷い子
~シュヴァルトの森~
私が住むこの森は、サンフェリオとムーンサルトという2大王国に挟まれた森だ。
私が生まれるまでは、この森を通り抜けお互いの国を行き来していた。
しかし、あの日あの場所で2国の巫女が消えた事件は人々の間で禁忌となり、自然とこの森へ立ち入ることが禁じられるようになった。
それだけではない。
私が3年間過ごしたあの異次元は、この森と深い繋がりがあり、精霊たち側でも人が立ち入れないように魔法を掛けていたのだ。
だから、興味本位で森に入ろうとするものがいても、気付くと森の出口に導かれ、決して森の奥深くには入ってこられないのだ。
ーそんな森の中に人の子がいるー
リリーの慌てぶりを聞けば、それが異常なことなのだと容易にわかる。
森の入口付近で倒れているなら、すぐに家まで帰れるはずだ。きっと、リリーも放っておくに違いない。
でも、リリーはとても近くで声を発した。
森の1番深い場所に住んでいるはずの、私たちがいる傍で。
「リ、リリー」
『あ、マリー。それにアリアも。
ね、この子なんだけど…見て』
そこにいたのは、私よりちょっと年上かと思われる、10歳くらいの男の子だった。
金の髪が光に透けて凄く綺麗だ。
伏せられた目元も睫毛が長くて、白い肌は透き通るよう。
目を開けてなくてもわかる。
ものすごい美少年だ!!!
この世界って、美形しかいないんじゃないかと思わず疑ってしまう。
それより、さっきから気になっていたことが。
「ねぇ、リリー。
これ、どういうこと?」
『だから皆を呼びにきたんじゃなーい!』
『これ』。
今私の目の前にいるのは、人間の少年。
でも、それだけじゃなかった。
彼の周りにはいくつもの光が飛んでいる。
そう、私はこの光景を知ってる。
「なんで、妖精が一緒にいるの」
『私が聞きたいわよ!しかも、その子たち、この森に住んでる仲間じゃないわ』
「ということは、この子に付いてきた…ってこと、だよね」
『た、多分…』
そんなやり取りをリリーとしているうちにルイとフェイも到着した。
『なんだ、こいつ』
明らかに眉間に皺を寄せて、ルイが言う。
「わかんない。リリーが見つけて知らせてくれたの」
『さっさと置いてこよう』
そう言って妖精の姿から人型になろうとするルイを慌てて止めた。
「ま、待って!!」
『どうした、マリー』
「あ、あのぅ、私が森の外まで送り届けたいの。
ダメ…かな?」
ルイやアリアたちは大切な家族だ。
今の生活にも不満はない。
でも、私はこの世界の人間に身内以外で会ったことがなかった。
彼が同年代だったからか、それとも、妖精に好かれているからか、綺麗だと思ったからか…
理由はさておき、どうしてだか私は話してみたかった。この少年と。
目を見て、話したかったのだ。
『お前がそれを望むなら』
呆れ顔をしつつも、容認してくれた。
絶対反対されると思ったのに。
ただし、皆の監視付きだ。
絶対付いてくると言うのでアリア含め、皆妖精の姿になってもらった。
関係性を問われても、どう答えていいかわからなかったからだ。1人の方が楽だから、とかでは決してない。
少年はなんだか顔色も悪く、魘されていたようなので、アリアに頼んで気付け薬をつくってもらった。
飲み込まなくても口に含ませるだけで聞くらしい。
意識がない人にどう飲ませようか悩んでいたから、すごく助かった。
少年の頭を自分の膝の上に乗せて、
そっと、口元に気付け薬を含ませる。
よし、これで大丈夫。
後は、目を覚ますのを待つだけだ。
ふと、好奇心が湧き、そっと少年の髪を撫でた。
やっぱりさらさらで凄く綺麗。
転生した今の私も、さらさらの綺麗な髪をしていると思うけど、やっぱり自分自身と他人のを触るのでは気分が違う。
それより、さっきまで魘されていた辛そうな顔が、撫でていると段々穏やかな表情になっていく気がして、ついそのまま撫で続けてしまった。
それにしてもだ。
どうしてこんなところにいたんだろう?
迷い込んだのかな。それとも、誰かに連れてこられたとか?
想像しようにもありきたりな考えしか浮かばない。
それにどうしてここまで入ってこられたのか、謎ばかりが残る。
「ん…」
考えに耽っていたら、何かが動く気配がした。
そうだった、少年を膝枕していたんだった。
ゆっくりと閉じていた瞼を上げた。
あ、空の色だ。
私は見惚れてしまった。
その瞳は綺麗なコバルトブルーの色をしていた。
「あ、あの、だいじょ…」
「お前は誰だ!!
俺をどうするつもりだ!?」
ガバッと起き上がると、空色の瞳をくっと釣り上げ、こちらを睨んできた。
…なんだ、コイツ。イラッとした。
はっきり言って私は気が長い方ではない。
バチーン!!
あ、やっちゃった。
時すでに遅し。
初対面の少年に平手打ちをかましました。