地獄のレッスン~その後~
貴族令嬢のマナー講座なる地獄の日々が始まってから、早半年。
ダンスもテーブルマナーも様になってきた…はず。
だいぶ怒られることはなくなってきた。
アリアは、昔母様付きの侍女をしていたことがあるらしく、こういったことには詳しかった。
ふとある疑問が脳裏に浮かび、アリアに訊ねてみた。
「なんで、母様と名の誓約をしなかったの?」
精霊は、基本的に人とそんなに一緒にいることがない。
というか、姿を見ることが出来る人というのが稀で、ましてや、祝福をうけることはさらにレアなのだ。
名前をつけて主従の誓いまでした私は、やはりチートだったということだ。
おっと。話がずれてしまった。
母様の側で侍女をしていたくらいだ。
少なくとも、母様のことを気に入ってたはずだ。
それなのに、何故私と出会うまで名の誓約をしていなかったのか、不思議だった。
あ、名の誓約は、かなり重要な誓いで、生涯で唯一人にしか誓えないんだって。
「う~ん、そうですね。
たしかにジュリー様は好きでしたよ。
とても、個性的でパワフルで。見ていて飽きませんでした。
闇属性をお持ちなのに、まるで光魔法の使い手のように明るく皆を照らす存在でしたわ。
でも、それだけだったんです。」
「それだけって…」
聞いてる限り、誓約結ぶのに良い条件そうに聞こえるのに、何が違うんだろう?
不思議に思ってることが伝わったのだろう。
アリアは苦笑しながら、続けた。
「…理屈ではないのです。あの方に感じなかったものをマリー様には感じました。だから、誓ったのです。」
マナー講座を度々するようになり、アリアは様付けをするようになった。
私としては、堅苦しいのは苦手だから、やめてほしいんだけど、言って聞く人ではないのは、ここ最近痛感したところだ。
それに関しては諦めることにした。
「そっかぁ。それならいいんだけど。」
「はい」
腑に落ちないことは色々あるけど、まぁいっか。
とりあえず、言いたかったことは今のうちに言ってしまおう。
「ね、アリア。主従の誓いをしたけれど、やっぱり私は皆が大好き。
友達…ううん。皆のことは家族のようなものだと思ってる。それはどんなことがあっても変わらないわ」
改まって言うと、結構テレるわ。
私は顔を赤らめ、はにかみながら伝えた。
「…あなたのそういうところですわ…」
「え、何?」
「何でもありませんわ」
風の音にかき消され、聞こえなかった声を問えば、アリアは満面の笑みで言葉を返す。
アリアが何でもないというのなら、きっと大したことではなかったんだろう。
そう思い、午後のレッスンを再開しようと思っていたら、遠くからリリーの珍しく焦った声が聞こえてきた。
『大変、大変ーーー!!!
シュヴァルトの森の中で人間の子供が倒れてる!!』
え、マジですか。
私はアリアと共に、リリーがいる場所へ急ぎ向かった。