始まりの物語
その日、私、石井真理恵(28)は仕事を終え、帰宅している最中だった。
毎日残業三昧だったけれど、良い仲間にも恵まれ、とても充足した日々を送っていた。
そう、この日までは。
嫌な音の気配とでも言うのか、嫌な予感がして、私は後ろを振り向いた。
そこには、俯きながらハンドルを握るトラックの姿。
居眠りだったのか、はたまた病気だったのか、今となってはどちらか分からないけれど、その男性を乗せた車は一直線に私へと向かってきた。
『あぁ、私はここで死ぬんだなぁ。』
と、冷静に考えている辺り、私はどこかで予感していたのかもしれない。
こうなる未来が来ることを。
私は目を開けた。
仰向けになり空を見上げると、そこには雲1つない青空と、木々の木漏れ日が見えた。
一瞬夢を見ているのかと思ったが、直前に起こった事故の記憶が蘇り、考えを改めた。
あの時は仕事の帰り道。つまりは深夜の都内で起こった事故だ。
こんな景色はあり得ない。
(うん、きっとここは天国だ。)
そう思い、起き上がろうとして、身体に違和感を感じた。
おかしい。
手足が上手く動かせない。
もしかして、事故の後遺症かと思い、死後の世界でまで影響があるのかと憂鬱な気持ちを押し殺して左手を動かしてみる。
ぎこちないけど、動くことに安堵しつつ、顔の前に持ってきて視界に入ったものを見て先程の違和感の正体に気付いた。
「な、なにこりぇ!!」
っって、この言葉も何!?
思わず口を塞ごうとして手を動かそうとするも、上手く動けない。
これは何かがおかしい。
いや、ほんとは気付いてるけど、気付かないフリをしたいだけなのだ。
仰向けになっていた身体を必死で動かし、起き上がる。
周囲を見回すと、100メートル程先に湖を見つけた。
よろよろしながらも、ゆっくり近付いた。
その間、私はあえて1度も下を見なかった。
決定的なものを見るまでは認めたくなかったのだ。
そして、ようやく湖に辿り着く。
(まさか、この程度の距離がこんなにも遠くに感じるなんて…)
息を整え、ドキドキしながら、ゆっくりと水面に顔を映した。
「か…」
「可愛い…っ!!」
私は決してナルシストではない。
そんな私が何故こんな発言をしたのか、なんとなく察してくれる人もいるのではないだろうか。
生前の私は黒髪黒目に、至って平凡な容姿で、特別可愛い部類ではなかった。
どちらかと言えば、地味と言われるタイプのどこにでもいるような女だった。あえて言うなら、年齢より若く見られたくらいだろうか。
そんな私が湖で見たのは、腰くらいまである緩やかなウェーブがかかったプラチナの髪と、青空を映したようなコバルト色の瞳をした、それはそれは可愛らしい『幼女』だったのだ。