猫舌喫茶の小話『野花』
とある街のビルの2階
『猫舌喫茶』という看板を下げた小綺麗なお店がありました
中に入るとカウンターでくつろぐ看板猫と、初老の優しそうなマスター
メニューはコーヒーは紅茶、トースト等一見普通に見えますが、この喫茶にしか無いメニューが一つだけあります
それはマスターのお話。今日もマスターのお話を聞きにお客さんがやってきます
――いらっしゃいませ
『猫舌喫茶』へようこそ
本日のおすすめは当店特製猫舌コーヒーとツナとハムのトーストサンド、それからちょっとしたお話が一つ。
今日のお話は小さな花のお話
道端に咲く花を見て、あなたは何を思いますか?
そんなことを考えながらお聞き下さい――
人通りの少ない道路に
小さな小さな野花が咲いた
風にふわふわ揺れながら
小さな小さな命が咲いた
1
深夜の駅 終電を待つ幾人かの人
その幾人の中にに私はいた。
私の名前は嘉納友梨、なんの変哲もないOLである。
今日も残業だなんだといってこんな深夜に駅で電車を待っている。
ほどなくしてやって来る電車に乗りながら思う。
(私は何がしたいのだろうか。今の自分は決して私の"なりたい自分"ではない
私はなんのために生きているのか。私は必要とされているのだろうか……)
最近はこんなことばかり考えている。
五月病というのに近いかもしれない。
電車を降りて、自宅に向かう道の途中――
小さな花を見つけた
普段なら気付かないような、路の隅に咲く、黄色い花を。友梨はその場にしゃがみ込み、しばらくその花を見ていた。
10分程度だったが、友梨はその花に見とれていた。
2
次の日、友梨は普段通りオフィスで仕事をこなしながら物思いに耽っていた。
(あの花はあんなところに咲いてしまって、それでも――あんなところでもしっかり生きている。もし、私が花だったらあんなところで咲きたいとは思わないのに――)
そんなことを思っている内に文字入力をしている腕が止まっていた。
言うまでもなく、この日は部長に怒られたのだった。
その日の帰り道、またあの黄色い花を見ていた。
アスファルトの裂け目に咲いた小さなその花は、友梨が子供の頃によく見た花だった。
この花の花飾りを良く作ったことを友梨は思い出していた。
花の時期も終わりに差し掛かり、その花もしおれそうになっていた。しおれた花はみずぼらしく、見る影も無いように見えた
友梨はその花を
可哀想だと思ったのだった。
3
その週の週末は3連休だった。
友梨はこの連休を利用して実家に帰っていた。
少し見ない内に両親は老けているように見えた。
友梨は子供の頃によく訪れた空き地に行った。しかしそこは既に空き地ではなく、マンションになっていた。
そのエントランスの植え込みの中に、あの黄色い花が咲いていた。
その植え込みの花ももうしおれていて、次の子孫を残す準備をしていた。
(あの花は何のために生きたのだろうか。あの花には、生きる理由はあったのだろうか……)
友梨はふと気がついた
(生きる上で理由は必要ではない。あのアスファルトに咲いていた花のように、生きることを諦めずに。
いや、私は『生きる理由』を探すために生きていよう。やりたいことができなくても、毎日がつらくても。)
そうして彼女は自宅に帰った。
その胸に意志を秘めて
そして彼女がその後、成功したかどうかは定かではないが
彼女が自分の生き方に添って生きたことは確かだろう
coffee break...
いかがでしたか?
野花から生き方を学んだ一人の女性。
あなたも帰り道をよく探してみてください
誰も見ないような場所に、あなたの生き方を教えてくれるモノがあるかもしれません