Code03『ぶれいくたいむ!』
「兄…そろそら起きないと…だめだよ…?」
恐らく妹の声であろう、耳元で囁くような、甘く、小さな声が聞こえた。まだ俺は完全には覚醒していなかったので、あまり良く聞こえなかった。
だが概ね「早く起きろ」という 類の言葉ということだけは良く分かった。
それに応じるように、「まだ少しだけ…」と弱々しい声でしばらくの睡眠を要求する。
すると、しばらくしてからまた。
「早く…起きないと…だめ…だよ…?」
と、耳元で囁く程の声量で甘い、とろけるような声が聞こえた。
妹がせっかく起こしてくれているのだ。
そろそろ覚醒せねばと思い、重々しい瞼をゆっくりと、されど確実に開いていく。
瞼を開いた、そこには。
その先には。
「なんで俺の妹が全裸で這い寄ってるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
ーーそう叫んだ直後、後頭部に激痛という激痛が光の速さで走った。
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未だに状況が理解出来ないまま、重い瞼を先ほどより慎重に開いた。
そこには、無機質な色をした壁がーー
ーーあれ?
と、そこでやっと状況を把握する。
「やっぱ…夢落ちか…。」
ふぅ、と浅くも、深くもあるため息を零す。
その「ため息」には安心と言う感情の裏腹に、残念、と言う男の子的感情もあった。
「なんて卑劣で卑猥な兄貴だ。」と言う世間一般的な『天使』の感情と、「本当でも良かった」と言う『悪魔』の感情の願望が混じり合い、何とも言い難い背徳感と罪悪感がそこには生まれる。
そこで済めば良いのだが、そこに「嬉しさ」が加わる事により、より複雑な気持ちになる訳なのだ。
(「俺は、兄貴失格…なのかな…」)
と、再度深いため息を零す。今回のため息は、正真正銘、罪悪感によるものだった。
(「有罪…だな…。俺が、あれだけ嫌い、されど憧れた、罪。」)
そう考えながら、そう呟きながら、俺は寝室を後にし、身支度をするべくまだ重々しい足に命令を伝達させ、クローゼットまで動かした。
支度と一言に言っても、どこぞのギアス皇帝が身につけていそうな煌びやかでほつれが無いようなそんな洋服ではなく、ごく一般的な洋服である。俗に言う部屋着だ。
薄茶色のチノパンに灰色のTシャツ。その上には、青いジャージを羽織り、と言った完全引きこもり装備であった。
この時点で「一般的」とは言いづらいのだが…
まぁ元々インドア派ではあったし、外に出る奴の気が知れない、と言う程ではないにしても、だが、それでも外は嫌いではあった。
「まぁ…こんなもんか。」
と、私服に着替え、身支度を済ませた俺はと言うと、重々しい足取りで今日も今日とて事務作業をすべく事務室へと向かった。
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「ん、兄、珍しく早いんだね」
珈琲を啜りながらノスフェラトゥが振り返る。まぁ、珈琲と言っても、MAXコーヒーではあるが…
「そうでもないだろ…ここ最近が遅かっただけだ。」
「そんな事ないですぅーwいつも私が起こしてあげてますぅーww」
んぐぬっ…
いちいち気に障る妹だこと。
「あ、そういえば兄」
と、上目遣いに可愛らしくこちらをのぞき込みながらノスフェラトゥが口を開く。
まったく…
たまにあるこういった仕草に男はキュンと来たり「萌え~!!」とかなったりするものなのだが…それをこいつは平然とやるのだ。
普段とのギャップも相まって、より攻撃性が増しているからよりタチが悪い。
まぁ、そんな事を言っていても妹は妹だ。
俺の、妹だ。
俺の、愛おしき、唯一無二の、妹だ。
流石に立場は間際えている…はずだ。
あ、あれ…?大丈夫…だよね?俺。キモイとか思われてない…よね…?
まぁいっか。
と、そんなくだらない。と分かっていながらも、本心では真逆な事を考えていることに憤る自分がいる。
そう、今考えてみれば「可愛いは正義」とは何と傲慢な考え方なのだろうか。
一種の「押し付け」でもあるとも思える。が、故にそれを容認、許容、受け入れる者がが世間体でいう「オタク」なのだろうか。
と言うと、違う気もしないでもない。
その理論で行くと、俺の側近ーー
現在唯一の日本人にして「暗殺者」と呼ばれ、畏怖された男。
コードネーム「暗殺者」、本名「煌」。
それ以上は俺には言ってくれなかった。
何かしらの事情があるのだろうーーそう考えると、悩ましい部分がある。
その煌は、その…先程の理論上で行くと、「オタク」という分野になるのだ。
彼は重度のシスコンで、その度は一線を越え、遂には家から追放されるーー
即ち、実の両親に勘当されるまでになったそうだ。
これは、後に聞いた話だが、その後の彼は何を思ったか戦場に赴き、獅子奮迅の活躍をしたそうなのである。
元々初めて会ったときからわからない奴ではあったが、そんな衝動的な理由で入れるものなのか、とも思った。
そこは、彼の『昔』の戦闘経験等から来ているのであろう。
何を隠そう、彼は「たった独りで」ソ連の精鋭部隊を殲滅し、「たった独りで」オスマン帝国を破滅にまで追い込んだ男だ。
ところで、ここで気づいた方も居ただろうか。
そう、彼はただの日本人ではない。
『怪物』の日本人。
『吸血鬼』の日本人。だったのである。
が故に、その『能力』、『吸血鬼』を駆使し、オスマン帝国と言う昔むかしの帝国が現存した時代に彼は存在した、生きていた、と言う訳なのだ。
当然ながら『能力』から分かるところではあるが、その身体能力は言わずもがな凄まじい。
今は亡き、最強にして伝説の吸血鬼ーー
《アーカード(Alucard)》。
その伝説の吸血鬼に匹敵する程の『能力』であり、『身体能力』であり、『技能』であり…
っと、少し語り過ぎてしまった様だ。この話はまた、今度にしよう。
というと、先程から妹、ノスフェラトゥがこちらをあからさまに嫌そうな顔で睨みつけているからだ。
妹がその重々しい口を開いた。
「あのさ」
「なんだ?」
と、俺はキラッキラに澄み切った笑顔で返す。
「なんだ。じゃねぇだろうがんのやろぉぉ!!」
「ぐぼぅふッ!!」
みぞおちに!!みぞおちにィィィ!!
みぞおちキックは無いって!まじで!!
「ちょ、おまっ…いきなりなにするんだよっ!!」
「なにするんだ。じゃねぇだろうがぁっ!」
妹の華麗なストレートがみぞおちに埋まる。
もう一度言おう。みぞおちに『埋ま』った。
「ぐぶッ…に、二発目…」
おい…妹よ…兄はサンドバッグじゃ…ない…
俺はみぞおちを手で抑えながら必死に妹に脳内で問いかける。
だが、そんな試み虚しく妹は第三波をぶち込まんとばかりに拳をグーの形にして仁王立ちしている。
さすがに身の危険を感じ、静止させようと試みる。
「ご、ごめ、ま、まず、落ち着け…」
第一段階、ゆっくりと息を整えたせいか、やっと言葉を発することが出来た。
「まず、だ。まず椅子に座ろう。うん。そこから始めよう。」
第二段階、俺は椅子を引き、妹に座るよう促す。
「ふん、兄のばーか!」
「へいへい、すいませ…るふぅッ!?」
綺麗なフォームでノスフェラトゥの手から投げられたフォークが飛んできた。何が気に入らなかったのだろうか、俺には年頃の女の子心が全く理解出来ない為、何に怒っているのかさっぱりわからん。
「はいはい、座って。」
「ちょ、おま、フォーク投げといてそれは」
「座れ。」
「あい…」
何この威圧感。親父にもこんな威圧感無かったぞおい。俺の妹がこんなに怖いわけが無い。
「では本題に」
「そのまえにさ、ちょッ」
「本題に。」
「あい…」
何この威圧k(以下略
「なんで私たちの武装が『高圧粒子砲』しか無いわけ?」
「うぐッ」
痛い所を付かれた。非常にまずい。
俺の脳内で「エマージェンシー!エマージェンシー!」と、警告音が鳴り響いている。
恐らく彼女は高い確率でーーと言うか絶対みぞおちを突いてくるだろう。
だがそんな予想とは違い、彼女から発せられた言葉は「説教」、「暴力」とは程遠い、「提案」であった。
その提案はーー
「これから『ナイトメア』を元に、大規模『異能力』集団、名を、「罪」。ここに、設立しようと思います!」
ーー再度珈琲が空に舞った。