第一話 「転生しちゃいました!」
誰かの声がする。
綺麗な声音だ。聞いていて落ち着く。
「───・・───・・───」
日本語ではない。英語でもない。聞いた事のない言語だ。
何を言ってるのか判らないが、僕に向かって語り掛けているらしい。
目を開くも視界がボヤけてシルエットしか分からない。
頭の上に二つ、三角形の突起物がある。
変わった髪型だな。まるで猫耳のようだ。
徐々に視界がはっきりとしてきて、目の前にいる人の顔が見えてきた。
僕の瞳に写り込んできたその人は、美女と言って差し支えない程の美貌の持ち主だった。
白銀の髪に端整な顔立ち、僕を見詰める瞳はコバルトブルーだった。どれをとっても美しい。
視線を上に反らすとそこには、なんと耳があった。
獣の耳。ピコピコ動くそれは、間違う事なく獣耳だった。
被り物のような無機質な物ではなく、生気を感じる本物だ!
凄っ! 初めて見たリアル獣耳!
動物好きの僕としては、是非そのモフモフの耳に触りたい!
手を伸ばすと、美女が微笑みながら僕の手を握った。
「──・・──・・・」
何言ってるかさっぱり解りません。
そんな事より、耳触らせて!
「──・・・───・・──?」
獣耳美女の背後から、もう一人、男の人が現れた。
太陽のように輝く黄金色の髪、二枚目な顔立ちで如何にもイケメンって感想を抱いた。その男の人にも獣耳があった。
男の人が、美女に話しかける。
「・・───・・・──」
次に僕の方を向くと微笑みながら、語り掛けてきた。
だから、何言ってるか解らないっつーの。
取り合えず、言語は置いといてだ。
獣耳に我を忘れそうになったけど、まずはこの状況は何なのか把握するのが最優先だ。
あの奇妙な犬が転生させるとか言ってたけど、もしかして僕は既に転生しているのか?
では、目の前にいる二人は僕の両親ってこと?
まだ、十代後半に見えるけど…………。
ええい、分からないんなら聞けばいいことだ。
「あー、うぅー、ああっ?」
おかしい…………。
僕は「アナタ達は誰ですか?」と言った筈。
なのに、僕の口から零れ出たのは呻き声だった。
気付けば、体が思うように動かせない。辛うじて腕は僅かに動く。だが、首が動かない。
現状把握に思考を巡らせていると、女性が僕を抱き上げた。
いくら、僕が小柄だからって女の人に軽々と抱き上げれるほど軽くはない筈だ。さっき出した声も何と言うか、赤ん坊のようだし。て事は、十中八九僕は転生したんだ。
うぅ、訳も判らず勝手に転生させられた。
どこの誰が前世の記憶を持ったまま、赤ん坊に転生して喜ぶやつがいるんだよ。せめて、記憶位消してくれよ!
「・・───・・・───・・──」
ああ、美女の笑顔が眩しい。
諦めにも似た感情がこの時、僕の心中に渦巻いていた。
◇◆◇
時は流れて一ヶ月後。
抱き上げられ頭を支えられてやっと僕は自分の体を見る事が出来た。
お陰で、自分が赤ん坊だと実感せざるをえなかった。
それと同時に、衝撃的な事実が発覚した。
本来僕に在るべき物が無くなってしまっていた。
17年間、苦楽を共にした相棒がお伴のゴールデンボールと共に行方不明になってしまったのだ。
男の勲章を喪い、僕は女にジョブチェンジしてしまった。
こんなのあんまりだぁ…………。
一度も使うことも無く、大切な相棒を喪ってしまうとは。
やるせない気持ちで心が押し潰されそうだ。
僕は一人さめざめと泣いた。
気が済むまで泣くと、思いの外心がスッキリした。
喪ってしまった物は仕方ない。
女になろうと僕は僕だ。そうポジティブに考えたら男の勲章を喪った事など、どうでも良くなった。
この世界に転生して最初に目にした二人は僕の両親で間違いないようだ。
美女とイケメンの夫婦。現実でそうそうお目にかかれないカップリングだ。
そんな二人が僕の両親だとすると、僕の容姿も少しは期待できるものがあるかも知れない。
今は赤ん坊だからよく分からないが、成長すれば両親のような美貌の持ち主に…………。存外、今世も捨てたもんじゃないな。
あの犬に少しは感謝しても良いかも。
けど、あの犬。次見つけたら絶対とっちめてやる!
この世界、ええっと《アラウドルム》とか言ったけ? にあの犬は先に行っていると言っていた。
絶対この世界に何処かにいる筈だ。
犬の事はさて置き、この世界は僕のいた日本より文明が遅れているようだ。
両親の着ている服が現代物の洋服ではなく、冒険RPGの世界に出てきそうな服なことと。
電化製品の類いが全くない。然ってテレビや掃除機と言う物も存在しない。
テレビがないってのはつまらないな。
他にも照明器具も電球ではなくランプとかだ。
この家が単純に貧しいだけかもしれないが、いくら貧しいとは言え電気が通ってないのはおかしい。
文明が遅れていると考えれば合点がいく。
現代の便利な生活に慣れた僕は、この先うまく生きていけるのか心配だった。
◇◆◇
三ヶ月も経つと首も据わり、ハイハイも出来るようになった。
この体は凄い。
普通、首が据わりハイハイが出来るようになるまで長くて半年は掛かる。だが、僕は三ヶ月でそれらが出来るようになった。
残念ながら、言葉の方は少し理解出来るようになっただけ。会話を聞き取り理解するにはもう暫く掛かりそうだ。
ある日、僕は柵に囲まれたベビーベッドの上で暇を持て余していた。
母親が家の掃除をすると言うことで、僕はベビーベッドに入れられたのだ。
近頃、僕が家の至るところに行く為、目を離すと怖いのだろう。
別に何かやらかすつもりはないんだけども。
家の中を探索して分かった事がある。
この家は二階建ての一軒家のようだ。部屋数は一階二階合わせて八。
庭まで付いている。
決して裕福な家庭とは言えないが、そこまで貧しくはないみたいだ。
家の中は一頻り探索し終えてしまい、やることがない。
あるとすれば、お腹が空いた時に母親に声を上げて伝える事ぐらいか。
いや、一つあったな。
犬が“魔法”が存在する世界と言っていた。
魔法自体は前々から興味はあったし、覚えられるのなら覚えたい。
しかし、どうやって会得するのか分からない。
手段が分からなければ、会得しようがなかった。
結局、暇だ。
ぐぅ~~~。
腹の虫が飯を寄越せと鳴いた。
赤ん坊の体は難儀な物だ。数時間毎にお腹が空く。
こればかりはどうしようもない。
「あぅーーーあぁーーー!」
声を張り上げ母親──お母さんを呼ぶ。
僕の声を聞き付けたお母さんが居間からやって来る。
「──の─ら?」
少しだけ聞き取れたが、やはり何言ってるか解らない。
取り合えずお腹を擦り意思表示。
お母さんはそれを察し、服を肌蹴る。
そして、僕を抱き上げた。
三ヶ月経ってもこの食事にはなれない。
いくら肉親とはいえ、見た目少女と言っても過言ではない女性の乳房を目の前にすると羞恥心が込み上げてしまう。
母親相手に欲情とか変態染みてると思うだろうけど、前世の男としての記憶がある為ついつい反応してしまうんだ。
早いところ離乳食にしてもらいたい。
空腹の後に来るのは、満腹感から来る眠気だ。
食う寝る、今はそれだけを繰り返す日々が続いていた。
◇◆◇
三年の歳月が流れた。
掴まり立ちを経て、一人で立ち歩く事も出来るようになった。
言語の方も何とか両親の会話聞きある程度話せるぐらいにはなった。
まだ片言だけど。
この頃になってようやく僕の名前が判明した。
アイリスと言うらしい。アイリス・カリフォルンそれが今世の僕の名前だ。
両親の名前も分かった。
お母さんの名前はリカリス・カリフォルン。
そしてお父さんはルドリア・カリフォルンだ。
「アイちゃん、お買い物行くよー」
お母さんから声が掛かった。
「あい!」
暇潰しに遊んでいた積み木の玩具を片付けお母さんの元に行く。
最近の僕の日課はお母さんと買い物に行く事だ。
僕が住んでる村は様々な種族が住んでいた。
人族、炭鉱族、エルフ族、獣人族、鬼人族が暮らしている。
色んな人が居て、通りで会うとき挨拶するとみんな笑顔で挨拶を返してくれた。
近所の炭鉱族で鍛冶屋を営んでいるおじさんに挨拶すると、必ず飴が貰える。その飴が格別に美味しくて堪らない。
だから、つい飴目的で挨拶してしまう。挨拶自体は悪いことでは無いんだけどね。
「おじさん、おはよう!」
今日もそのおじさんに挨拶。
おじさんは僕の声を聞くと皺の寄った顔を綻ばせた。
「お、アイちゃん。おはようさん。
ほれ、良い子のアイちゃんにいつもの飴」
「わぁ-! ありがとう!」
作業着のポケットに入れてあった飴を受けとる。
そして、僕は空かさず包み紙を取り飴を口へ放り込んだ。
口の中でコロコロと転がすと、甘味と少しの酸味が広がった。
んーっ、おいひぃー!
「いつもすみません。ガイルさん」
「いやいや、奥さん。オラが好きでしてる事だ。
うちのガキもアイちゃんぐらい良い子だったら良かったんだけどもな」
鍛冶屋のおじさん──ガイルさんにはちょうど僕と同い年の息子がいる。
名前はドラン。息子と言っても実の子ではない、坑道に捨てられていたのを拾って養子にしたそうだ。ドランの種族は人族だ。
一度だけ会ったことあるが、髪は引っ張られるわ蹴られるわで散々な目にあった。
まだ三歳だが、すでにやんちゃ坊主になりつつある。
「ドランくんもちゃんと良い子ですよ」
「アイちゃんに比べりゃ、悪ガキさ」
悪ガキは言い過ぎだろ。まだ物の分別がついていないだけで、健全な子供だと僕は思うけどな。
髪引っ張られたり蹴られたりした時、苛っとして糞ガキと思ったりするけど。
「まぁ、あんな悪ガキだが仲良くしてやってな、アイちゃん」
頭を撫でられつつ、そう言われる。
もちろん、僕としてはそのつもりだ。
「うん!」
「アイちゃん、ドランくんと仲良くするのよ?」
「大丈夫だよ、お母さん」
やんちゃ坊主との接し方なら心得ている。
なんせ、前世の僕の弟がやんちゃ坊主だったから。弟と接した経験を活かせば雑作もない。
世間話もそれくらいに、僕達は買い物へと向かった。
買い物も済ませ、夕食までまた玩具で暇を潰す。
夕方にはお父さんが帰ってきて、家族全員で夕食を食べた。
その後、お父さんと一緒に今日あった事を話ながらお風呂に入った。
20時頃には疲れが出て眠気が襲ってくる。うっすらとした意識のままベッドに潜り込んだ。
眠る直前、ふと思った。
今後もこんな平穏な日々が続いて行くと思うと、幸せなだなと。
この平穏な生活を守るその為なら、何だって出来そうな気がする。
二度目の人生だ、前世のように後悔が残らないよう頑張ろう!
決意を固め僕は眠りについた。
そう言えば、何か忘れているような…………。