プロローグ 駄犬注意
犬だ。
道路の真ん中で堂々と寝転んでいる。
犬がチラリと此方に顔を向けた。
そして、フスンと鼻で嗤いまた眠りに付いた。
ムカァーッ! 犬に鼻で嗤われた! 何で!?
ふてぶてしい犬だな。車に轢かれてもいいのか。
まぁ、自分の犬じゃないし放っておこう。誰かが退かすだろうしな。
犬から視線を外し歩き始める。
…………。
さっきの犬が気になり振り返る。
まだいた。
犬は、今だ道路の上で寝ている。
誰も退かそうとしていないみたいだ。
このまま放置して車に轢かれては、目覚めが悪い。
僕は引き返し犬の所へ向かった。
「おい、こんな所に居ると轢かれるぞ」
犬の胴体を掴み持ち上げようとする。
しかし、持ち上がらない。
決して僕の腕力が弱いとかではない。犬自体が重いと言うわけでもない。犬は小型犬なんだろうがよく分からない犬種だ。見た目は秋田犬に似ている、多分雑種犬だろう。
見ると、犬が路面にしがみついていた。
必至の形相で踏ん張っている。
何で頑なに動こうとしないんだ、こいつは。
梃子でも動かんと言った感じで抵抗を続ける犬。
「グヌヌヌヌゥーーーーーーーッ!」
思いっきり引っ張るもびくともしない。
まるで、大きな鉛の塊を持ち上げようとしているみたいだ。
腕に力を込める度、犬も抵抗を強める。
全然動かねぇ! この犬、ここから動いたら死ぬ呪いでも掛けられてんのか!?
──ブワァァァァン!
犬を路面から引き剥がそうと奮闘していると、大型トラックが真正面から迫ってきた。
お約束ですねぇ!!!
「ぎゃぁーーーー!? 死ぬぅーーーー!!」
死が迫る瞬間、僕は瞼をギュッと瞑った。
襲いくる衝撃と痛みを覚悟する。
ああ、僕の人生17年か。短かったな。
父さん母さん、先立つ親不孝者をお許しください。
まだ読破していないラノベあったのにな。積みゲーも消化出来てないし、ガ⚫プラだって作りかけのがまだあるってのに…………。
こんなことになるなら、学校数ヵ月休んで全てやっとけば良かったな。
それに、山田に借りたまんまのゲーム、中古屋に売ったの謝ってなかった。あと、彩ちゃんに好きって伝えられなかった。せめて、彩ちゃんに僕の気持ち伝えたかったな。
はぁ、色々と思い残しが有りすぎるよ。
仕方ない、悔やみきれない思いは沢山あるが神よ! 僕は腹を据えた! さぁ、遠慮なく僕の命を持って行くがいい!
………………………………。
……………………。
…………。
───あれ?
待てど暮らせど、トラックが僕にぶつかる事はなかった。。
目を少し開けてみると、トラックが見えた。
僕に迫ってきたトラックだ。真正面ではなく、真横を向いている。
え? どうしてトラックが真横を向いて?
目をしっかり見開く。
ウソ…………。
トラックの向きが変わったんじゃない。
僕の居る位置が変わったんだ!
さっきまで道路の上に居たのに、今は歩道の上に居る。
信じられない出来事に頭が付いていかず、混乱する。
僕がいた場所からこの歩道まで約4メートル離れている。トラックは目前まで迫ってたし、移動できるわけない。
考えられるとしたら───
「僕が瞬間移動した?
て事は、もしかして、僕超能力に覚醒した!?」
「何戯けた事を言うておる。馬鹿者」
声がした。少年のような声だ。
辺りに視線を巡らせてもそれらしい人は居なかった。
「何処を見ておる。此処だ、こ・こ」
声のする方へ首を向ける。
そこには、僕が道路から退かそうとしていた犬がいた。
「まぁったく、お主、痴呆じゃのぅ。
妾の事なんぞ放って置けば、死に目に遇わずとも済んだと言うのに…………。
妾の昼寝を邪魔するからじゃぞ?」
──は? ちょまっ、え?
「ん? なんじゃ、呆けた顔して」
い、犬が…………しゃ喋った!?
僕は仰天し尻餅を突いた。
これは、夢か。それとも日頃の妄想が引き起こした幻聴か!?
僕はいつの間にか幻聴が聞こえてしまう程、心を病んでいたらしい。
犬がはぁと溜め息を吐き近寄ってくる。
「お主、何とか言うてみぃ。
先程から黙りこけよって。
妾がお主を助けてやったのだぞ?
礼の一つも言えぬのか?」
「ウソだ…………こんなの嘘だ!」
心理的ショックが大きすぎて周りからの音が耳に入ってこない。
無音の世界とはこの事だろう。
世界から僕だけを残して人が消えてしまったようだ。
「ええい! 話を聞かぬか!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
右頬に強烈な痛みが走った。
犬(?)が鋭い爪を立ていきり立っている。
「話を聞け! 戯けめ」
「す、すみません…………」
つい勢いで犬に謝ってしまった。
なんで僕、こんな得たいの知れない生き物に謝ってんだ?
「判れば良い」
「あ、あの…………君、犬だよね?」
「しかし、よもや妾の姿が見えようとは…………。
もしや、こやつが…………」
「おーい、聞いてますかぁ?」
「間抜け面ではあるが、存外役に立つかもしれんな」
まぁったく聞いてないよ。
人に話を聞けと言った癖に、自分は無視ですか。
犬は勝手に一匹で何やら考え込んでいる。
考えが纏まったのか犬が此方に振り返えった。
「お主、今から妾と共に来い」
「え、来いって何処に? てか、君は一体…………」
「お主に拒否権なんぞない。行くぞ」
「ちょ、まっ─────」
地面に円が描かれ、眩い光が僕達を包み込む。
視界が完全に奪われた。
次第に視界が戻り、辺りを見渡せるようになった。
そこには、町の風景はなくただ何もない真っ白な空間だった。
「ここは…………」
「しまった…………妾としたことが」
犬が額を押さえ項垂れている。
「ど、どうかしたの?」
「済まぬ。
お主の肉体ごと連れてこようとしたのだが…………。
手違いで魂のみ連れてきてしまった」
「ちょっと、言ってる意味が…………」
「つまりじゃ、お主は死んでしまったのじゃ」
……………………はぁ?
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
自分の体に触れる。
手は体を素通りするだけで、触れる事が出来なかった。
気付けば、若干体が透けている。
「まいったのぅ…………肉体を失ったのでは、向こうで用意せねばならぬか。ちと面倒臭いのぅ」
「なに呑気にしてんの!? 嘘でしょ、僕死んじゃった!?」
「ああもう、五月蝿い。
少し黙っとけ」
「むぐっ!?」
口がファスナーのように塞がり声を出せなくなった。
抉じ開けようとするもがっちり閉まっていて開けれない。
「致し方無い。本来であれば肉体ごと転移させるつもりじゃったが、肉体を置いてきてしまったのでな、お主にはこれから《アラウドルム》へ転生してもらう」
転生? ちょ、なに勝手なこと…………。
「《アラウドルム》はお主の認識できるように言えば異世界じゃ。お主が居た世界には存在せぬ“魔法”と言うものがある」
なんか説明始めちゃってるよ。
「お主はそこに転生する。
種族などが幾つかあるが、容姿や性別も含め何になるかは運次第じゃ」
何になるか分からないってこと!?
せめて、種族につて教えてよ!
ああ、喋れないから意思を伝えられない。
「お主には期待しておる。
なんせ、妾の姿が見えるのだからな。
妾の姿が見える──即ち、神力の持ち主と言うこと。
その力を用いて《アラウドルム》を救うのじゃ!」
勝手なこと言うなぁ!
いきなり変な空間に連れてこられたと思ったら、僕死んでるし! しかもその理由が手違い! 極めつけは、口を塞がれ有無も言わさず世界を救えときた。
ふざけるんじゃないよ!
僕は、ただの高校生だよ? 世界を救うなんて大それた事出来る訳ないし!
「では、妾は先に《アラウドルム》に行っておるからの。
武運を祈る!」
言い終えると犬は陽炎の如く歪み、消えていった。
言うだけ言って消えやがった!
その直後、僕は意識が朦朧とし気を失った。