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その七

 椅子が一つだけ置かれた薄暗い部屋の中でフェニルは静かに壁に寄りかかっていた。

(まるで牢獄……いえ、『まるで』ではないわね。ここは罪人を閉じ込めるための牢獄代わりになる場所だもの)

 

 粥を食べた後、突然倒れたジューク。驚き焦りつつも誰かを呼ぼうとしたが、その必要はなかった。すぐにラフィットが部屋に入ってきたのだ。

 それについて深読みすることはできなかった。とても焦っていたから。

 ジュークが倒れたという事実に不安を感じていた。母親のようにまたいなくなってしまったらどうしよう、と。もう二度と会えない者となってしまったらどうしよう、と。

 他の者ならそう取り乱すことはなかった。フェニルは誰に対しても同じように接することのできる聖女ではない。一度も会ったことのない父親の友人や親戚が亡くなろうと、一粒も涙を流すことはないだろう。『どうでもよい』の一言で片づけられる。

 だがしかし、何故かジュークのことはそれで片づけられなかった。その理由にフェニルは気づかないふりをする。

「医務官によるとジューク様の命に別状は無いそうです」

 とのラフィットの言葉にジュークの部屋で血色を失っていたフェニルがどれほど安堵したことか。

 けれどそれに続く台詞に、フェニルは胃の中から酸っぱいものがこみ上げてくるのを感じる。

「しかし毒物を飲まされたようです。恐らく粥に混ぜられていたかと思われますが……」

「ッ……!」

 声にならぬ悲鳴をあげたフェニルにさらに追い打ちがかかった。

「フェニル様。あなたが手を下したのですか」

「ちっ違いますわ! 何を……」

 血相を変え、フェニルは叫んだ。

 正直、許せない。なんて慮外な物言いだろう。

 フェニルは選民意識の塊ではない。しかしそれでも貴族らしいプライドは持っていた。

「あなた以外に誰がいるのです?

 動機も、状況証拠も十分でしょう」

「私を愚弄する気ですの?」

 唇をわなわなと震わせ憤るフェニル。

「まさか。事実を申したまでですが」

「どこが事実ですの!?」

 悪意や害心が見え見えのラフィットの言葉にフェニルはさらに憤り、それまで血の気が引き白かった顔は真っ赤に染まる。

 証拠などない。粥に毒物を混ぜることができたのは決してフェニルだけではないのだ。状況証拠さえそろっていないこの場面でフェニルが咎人であるなどと、決めつけるのは間違っている。

「他にジューク様を害する理由がある者がおりませんので」

「それは……ッ」

 対抗できる言葉がなかった。

 自分はやっていない。私は違う。フェニルがいくら主張しようとそれを証明する者は誰ひとりとしていないのだから。

「私は……違いますわ……私ではない……!」

「そうですか。それを証明する者は?」

 フェニルは唇をかんでラフィットをにらむ。

(そんなことを言うあなたが咎人なのではないの?)

 そんな思いがあったのも相まってラフィットが己を疑うことは許せなかった。

「……そろそろジューク様が意識を取り戻される頃でしょう」

 フェニルの怒りをよそに、うそぶくラフィット。

 そうして部屋を出て行こうとする彼にフェニルはついて行く。

 不本意であったし、屈辱的だがフェニルは医務室の場所など知らぬので仕方が無い。

 しばらく歩いたところでラフィットが立ち止まる。左を見ると、木でできた扉が目に入った。おそらくここが医務室なのだろう。

 ラフィットがきぃっと音を立ててドアを開き、中に入る。フェニルもそれに続いた。

 中はそこまで広くはなく、正直一瞬使用人の部屋かと思ってしまうような質素な場所。しかしそんなことはどうでもよいのだ。

「ジューク……」

 ジュークは部屋の右隅に置かれたベッドに横たわっていた。その顔はいつもより白かったが、先ほど倒れたときほど血の気が引いてはいない。

 それでも心配だった。

 なぜ心配をするのか、なぜ彼がいなくなることに不安を抱くのか。その答えを具体的に見つけることはできない。

 なぜならそれは、『なぜ眠るのか』などという問いをすることと同じであるから。

 そこにきっと答えを見いだすことなどできない。無理やりそこに答えを当てはめることは可能だが、それは『結果』があっての『答え』である。つまり『結果』があっての『原因』なのだ。

 いくらこの思いに理由を見つけ出そうとしたとて、それは後付けにしかならない。

「ジューク、早く目を覚まして頂戴。そうして私のこのおかしな感情をどうにかしなさい……!」

 その声に応えるようにしてふるりとジュークの瞼が揺れる。

 果たして、ジュークは目を覚ました。フェニルは微笑を浮かべる。いや、もしかすると満面の笑みになってしまっていたかもしれない。

「おはよう、か?」

「……全く早くなんてありませんわ。

 私に心配をさせるほど長く眠っているなんて全く早くありませんわよ」

 つっけんどんな態度を返しつつも声色は笑っている。わざと高飛車に振る舞うフェニルに、ジュークもほほえみ返した。




なんだかきりは良さそうですが全然よくはなかったり……(まあそれはこのページの一番始めのところでわかっていますかね)

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