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その五

 あれから一月程が経ちジュークも人間の基本的な常識は覚え、またフェニルもここでの暮らしにだいぶ慣れてきた。

 着替えを手伝う侍女などは一応いたが、過干渉はしてこない(ほぼ放っておかれる)のでフェニルとしては助かっている。別に好き好んで竜人と話そうなどとは思わない。

 ジュークは本当に毎日フェニルの部屋へ通いつめ、初めのうちはフェニルも『ジュークは何日間真面目に自分の部屋に通うのだろう』などと考えていたが、最近は『今日はいつ来るだろうか?』という思考に変化している。

 ジュークは竜人だ。それは判っていたけれど、それでも自分の中にジュークが来ることを期待する者がいた。

(ジュークは竜人なのに、ね)

 自分で思ったそれに苦笑することもある。

 そんなある日のことだった。


「本日、ジューク様はお風邪を召されたらしく、こちらにはいらっしゃいません」

 ノックの音がしたのでジュークかと思いドアを開けると、立っていたのはラフィット。

「そうなの……」

 と言いながら、フェニルはここへ来て初日のことを思い出していた。

(風邪……ねえ。私も何かできれば良いのだけれど……)

 その時……

「フェニル様。本日は貴女様がジューク様の元へお渡りになればよろしいのではありませんか?」

 とのラフィットの進言。フェニルは面食らってしまう。

(この人(ラフィット)って、私がジュークの傍にいるのに反対しているのではなかったかしら?)

 不審に思いラフィットをじっと観察するが、その口元だけで笑った顔(ポーカーフェイス)は崩れず、

(有能な執事なのに……私に反感を持っているところは勿体ないところだわ)

 などとフェニルは考えるのだった。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


(これは嫌がらせかしら……)

 女性が持つには少々無理のある鍋を持たされ、フェニルはジュークの部屋へ向かう歩廊を歩いていた。

(せめてワゴンを使わせてくれれば良いのに、気が利かないのね! もし嫌がらせだったらどうにかしてやり返してやるんだから!)

 と心の中で悪態をつく。

 ラフィットに笑顔で持たされた鍋は熱く、誤って落とせば確実に火傷をするだろう。

 カッカッと靴音を立て、疾くフェニルは歩いた。にもかかわらず鍋を落とさなかったのは年頃の令嬢として嗜んでいたダンスで鍛えた体幹のおかげであろうか。

「ジューク、入りますわよ」

 ラフィットに教えて貰った部屋の前で立ち止まり二度『コンコン』とノック。ラフィットに聞いた部屋の場所が嘘だということもあり得るが、その時はメイドにでも問えば良いだろう。

 美しく磨かれた扉を押し開く。

 フェニルの少女趣味な部屋とは(当たり前だが)違い、中には必要な物だけが置かれていた。四方が十歩ほどの部屋にあるのが椅子と上に花瓶の置かれた小さな机、そして白いシンプルなベッドだけ、というのは殺風景である。けれどそのぴかぴかに磨かれた調度品がその部屋を『感じの良い』という表現の似合う部屋にしていた。

 しかしジュークの姿はない。部屋にはおらず、白いベッドの上にも同じ。

 やはりラフィットの言葉は嘘だったのか、と肩を落とし一歩下がったところで後ろから声をかけられた。

「ここにいたのだな」

 驚き、鍋を落としそうになりつつも振り向くと、そこにはジュークが。

(嘘をつかれたわけではなかったのね)

 軽く息をついたフェニルはにこりと目を三日月形にして微笑み、ジュークを見つめる。

「あら、体調を崩したと聞いたのだけれど……どこにお出かけだったのかしら?」

「体調も良くなったのでお前に会いたくてな。探していたのだ。見つかって良かった」

「そ、そうなの……」

 熱のせいか上気した顔で、素直に言われてしまうとフェニルもそれ以上は諷せず、また自分を探していた、と言われたのだ。もしもジュークに対して好意を持っていなかったとしても態度は軟化するだろうし、フェニルはこれまでのことでジュークへ好感を持っている。

 嬉しい、と感じたのもさしておかしな事ではない。

 しかし感情を悟られたくなかったフェニルは『嬉しい』ということは伝えず、「へ、部屋に入っても良いかしら?」と言って誤魔化した。

「ああ、悪い」

 とジュークが答える。

 フェニルはツンとすました顔でさっと部屋に入り、そして重くて気疎く思っていた鍋をダンと小さな机に置いた。

「フェニル、その鍋の中身はなんだ?」

「粥、だそうですわ。私の作ったものではないので味に問題はないでしょう」

「そうか。ありがとう」

 にこりと笑って言うジューク。その笑顔を見て喜ばしく思ったが、その想いを自分に対してもジュークに対してと言う意味でも誤魔化そうと、つっけんどんな態度を返す。

「別に……あなたに感謝されるようなことはしていませんわ」

「いや、好きなんだ」

「――――ッ!?」

 何がですの、と言おうとしたのだが、咄嗟のことに声が出ずまるで池の魚のようにぱくぱくと口を動かす。

 しかし動転したフェニルは次の言葉で怒り心頭に発した。

「幼い頃から粥が好きでな。厨房に忍び込んで作り方まで覚えたのだ」

「紛らわしい言い方をやめて頂戴! 言葉の順番をもう少し考えてくださいまし!」

「紛らわしい?」

 ジュークはフェニルが何を怒っているのかがわからないらしく、首をかしげている。それによってフェニルの怒りが増した……と言うことはなく逆に(この人の常識知らずはまだまだ矯正出来ていないみたいね)と、怒りが萎んでいった。


タイトル変更しました。11/2。

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