表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

その三

「ところで、ジュークは何故私を妻にと望んだのですか?」

 場が十分和んだところでフェニルは疑問をぶつけた。問うた理由はただの興味である。

「……――――だ」

 何故か顔を赤らめた後にボソボソと答えたジューク。

「ごめんなさい。もう一度言ってくださるかしら?」

「だから……その……ひ、一目惚れだ」

 フェニルは全く予想をしていなかった答えに目をむく。政治的な理由だとかではなく一目惚れとは……。

 知らず識らずのうちにじっとりとした目を向けていたようで、縮こまるジューク。フェニルは自分のペースがどんどん崩されているのを感じた。

「ラフィットが早くどこかの娘と婚姻を結べ、とうるさいのでな。誰か良い娘はいないのかと探していたらフェニルの絵姿を見つけて……」

 だんだんと小さくなっていく声から反省していることが読み取れる。彼なりにフェニルは半ば力尽くで花嫁としてしまった、ということを申し訳なく思っていたのだろう。

「私は『竜人』の娘と婚姻を結べ、と言ったのですよ?」

 執事が口をはさんだ。彼がラフィットかと推測する。片眼鏡(モノクル)をかけた姿はいかにも執事、という風貌だ。改めてまじまじと見ると彼も相当な美形に入る。王太子以上ジューク以下、というところ。しかし美形といえども今の言葉は聞き捨てならない。

「それではラフィット、あなたにとって私は望まれた者ではないと?」

 優雅に口元を抑えて『せっかく来てやったのにその言いぐさはないだろう』と牽制すれば、ラフィットもそれに応える。

「ええ。そもそも人間などをこの王宮に入れることすら汚らわしい」

 二人は口元に微笑をたたえながら、けれど目はまっすぐに相手を睨みつけて笑い合った。

 さて、フェニルは彼の態度に不満を持たぬ訳ではない。だがラフィットの言うことにも共感できる自分がいる。フェニルだって公爵家へ竜人が入ったなら同じように思った。

「お、おい。ラフィット……」

 ジュークはラフィットの無礼な態度に驚きつつも叱責したが、フェニルは「良いのです」と遮る。

「余所者で、種族も違うような者を受け入れられるような心の広い方ばかりでないのは予想していませんでしたもの……」

 儚げにつぶやいてうつむく。ついでにラフィットへの皮肉も忘れずに。それを見たジュークは慌ててラフィットに謝罪をするように促した。その時のラフィットの苦々しい顔を見てフェニルはしめしめとほくそ笑んだのだった。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


 あの後ジュークから謝罪を受け、「少し部屋で休むといい」と自室となる場所へ通された。そこは何とも少女趣味(ロマンティック)な部屋であった。天蓋付きのベッドにピンク色のドレッサー。もともとこんな部屋を使っていた人間、いや竜人がいるとは思えないのでフェニルのためにそろえたのだろう。

 ベッドは見た目が良いだけではなく、王族が使うような最上級の物だ。さわり心地でわかるのだから、もしかしたらもっと良い物かもしれない。

 ベッドの上に腰掛けるとドレスがふわりと広がる。そしてはしたないとは思ったが、そのまま後ろに倒れ込んだ。ベッドがフェニルを包み込む。

 今日のことで思いの外疲れていたのだろう。一気に眠気が襲ってきた。

(少しくらいなら、構わないわよね……)

 そんなことを考えながら少しの間、フェニルは夢の世界へと沈み込んだ。


『どんなことがあっても、ずっと覚えていて欲しいことがあるの。

 行動しなければ、何も良い方向には向かわない。だから後悔しないためにも、今できることをしなさい。だけど絶対に――――――――――――――――――――。』

 優しい声。だが最後の方はよく聞き取れない。いや……覚えていない。

 これは夢だとわかっていた。母親がフェニルに笑いかけてくれているから。いくら望もうともう見ることの叶わない笑顔が目の前にあるから。

 つうっと涙が頬を流れていく。

『フェニル、どうしたの?』

 心配そうな母親。これはフェニルが作り出した幻想に過ぎないと知っていても嗚咽が漏れそうだ。

『こんどのなつ、は。べってい、いきたくないな……』

『何故? フェニルも楽しみにしていたでしょう』

『だって、おかあさまが、いなくなる……』

 夢の中だけでも母親が生きていてくれたら、という願望が夢を編んでいく。

 無意味。そんなこと知っていた。それでも……夢の中でくらい幻を見せてはくれないだろうか。

『いやぁね。私はいなくならないわ。ずっとフェニルの傍にいるもの』


『うそ…うそ……。だっていま、となりにおかあさまはいない!!』


『フェニル。どうして嘘だなんて言うの? フェニル、ねえフェニル……』

 母親の声が遠ざかっていく。

(やっぱり夢は、覚めてしまうのね……)

 そんな虚しさを残し、意識が浮上。けれど『フェニル』と自分を呼ぶ声は消えない。

「フェニル、どうしたんだ? フェニル……」

 奇しく思い、ゆっくりと瞼を上げる。初めは寝起きのせいか朧気だった視界が少しずつハッキリしてくるにつれ、むしろフェニルは自分の目が信じられなくなっていた。

「……何故ここに?」

「うなされていたようだが大丈夫か?」

「会話が成り立っていないことと、私に与えられた部屋にジュークがいること以外は大丈夫ですわ」

 ……何ゆえ当然のようにジュークは女性(フェニル)の部屋に入っているのだろう。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ