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その十三

推理とか前回言っておきながらこいつら全然推理しない……。

 口元に笑みを浮かべながら返答を待つ。

 なんと答えるだろうか。

 フェニルが皆を集めたのだということは伝えていなかった。おそらくリタもフェニルはまだ小屋でロープを外すことに苦労していると考えていたはずだ。そこに突然フェニルが現れたのだ。

 となれば誰かと打ち合わせることもできないだろう。

 ならばどこかでぼろを出す。そこをついて彼らの持論を打ち崩せばよい。

「それは……」

 リタは一瞬の見逃してしまいそうな間に眉をひそめ、その後に答えた。

「ドレッサーの上に……」

 そう言うリタの目線が右下を向く。

「本当に?」

 微笑を浮かべたままリタの目を見つめた。リタは視線を外すことなくフェニルに返す。

「はい。確かにこの目で見ました。

 ドレッサーの右奥に置かれていたんです」

「では何故私は小瓶を隠さなかったのでしょうね?

 ベッドの中に隠すでも、できたでしょうに。あなたは何故だと思う?」

「そのようなことフェニル様が一番ご存じでしょう。私は何もわかりません。ただ小瓶を発見したというだけで……」

「答えなさい。能書きはいらないわ」

 我ながらなんと意地の悪い質問かと苦笑したくなる。

 けれど、今緊張やストレスで判断が鈍っているリタならば答えを間違うかもしれない。矛盾のおこる答えを返すかもしれない。

 だからこそ彼女(リタ)には答えて貰わねばならなかった。


「……粥の入った盆で手が塞がっていたのではありませんか」


 フェニルの口の端が三日月型に吊り上がる。

 リタはフェニルの望んだ矛盾のおこる答えを返した。


「何故手が塞がっていたのかしら?

 あの部屋には机もドレッサーも椅子もあったというのにわざわざ盆を持ったまま動く必要もないでしょう?」

「ッ……」

 リタは慌てて口をおさえる。

「それに、おかしいとは思いませんの?

 この小瓶に栓をしているコルクに埃が積もっていたこと。

 何時間か前に一度開けられたとは到底思えないのだけれど、ねえ?」

 カタカタと震え始めるリタ。

(よくこんな穴だらけの計画で私を陥れようとしたものね)

 自然と口に嘲笑が浮かんだ。

「リタ。あなたの処分は後よ。

 ……次に、どのようなやり方で誰が粥に毒を混ぜたのか、ということだけれど。

 私が毒を混ぜたのではなく、またジュークの自作自演とも考えられませんわ。つまり使用人の中に毒を混ぜた者がいると言うこと。その中でも一番自然にそれが可能なのは料理人ではないかしら?」

 その時、背中越しだがジュークの体が強ばったのがわかった。

(どの言葉に反応したのかしら。

 『自作自演』? それとも『使用人』?)

 ジュークが粥に口をつけるまでフェニルはそれを見ていたのだから十中八九後者とは思われる。

 しかし確実ではないので念のため頭の隅に入れておくことにする。

「ねえあなた、心当たりはない?」

 料理人と思われる男に視線を向けた。

 うつむく料理人の男。

「答えないということは、罪を認めたの?」

 わざと決めつけたようにフェニルは言い放つ。

 その時だった。ラフィットが一歩前に出て口を開いたのは。


「その者に罪はございません。私が命じたのです」

 フェニルは予想外のことに動揺したが、無理やり表情を固めた。

「……そう、あなたが命じたの。けれど彼の罪が無くなったわけではないわ。

 彼はジューク以外の者の命令に応じたのでしょう。ラフィット、あなたの命令に」

 弁解にもならない。フェニルは鼻で嗤う。


 しかしフェニルは内心驚いていた。

 なにゆえラフィットは己が罪を被るようなことを言ったのだろうか。浅慮としか思えない。

 わざわざ料理人の青年をかばう必要があったというのだろうか。

 まさか理由もなくかばったということは無いだろうが。しかし、もしそれが正しかったとするのなら。


(なんて、ちぐはぐなのかしらね)


「まあ、いいわ。

 ……ジューク、彼らの処分は私が決めても宜しい?」

 後ろを振り向き、問う。

 ジュークは呆然としてラフィットに視線を向けていた。

 揺れる黒曜石の瞳は、景色を反射している。そこに映るラフィットの口が『申し訳ありません』と動いたように見え、フェニルは彼の方を見たがラフィットは無表情を保ったままだった。

「ジューク……?」

 それを見なかった振りをしてもう一度呼びかける。

「わ……かっ、た」

 過呼吸で息を荒くしてジュークが応じた。


(ラフィットなどただの使用人でしょう。

 だというのに何故そのように悲しそうな目をするの)


 罪人を裁くというのは上に立つ者としての義務と言える。

 だが今のフェニルにはラフィットらを無情に裁くことなどできなかった。

(だってジュークが悲しむでしょう?)

 今の自分はどこかおかしい、とフェニルは思う。ジュークが悲しむからなんだというのだ。裁くべき者には罰を科する。けれどそんな当然のことが今はできない。


「……ラフィット、あなたへの罰を言い渡します。

 ――――……今後は私に誠心誠意仕えなさい!

 この城での家令の職を解くことは致しませんわ。……せいぜい感謝なさい」

「……は?」

 ラフィットは虚を突かれたのか、『は』の形に口を開いたまま固まった。

 これまで見たことのない表情にフェニルは驚きを禁じ得ない。

「……お、お戯れを。私はあなたを陥れようとしたのですよ?」

「そうね。けれど私も、『嫉妬で判断が鈍った負け犬』にわざわざ罰を与えるほど意地が悪くはないわ」

「嫉妬……!?」

 目を見開きこちらを見る。その顔があまりに間が抜けていたのでフェニルは口元をおさえてくすくす笑った。

「私にジュークを取られて悔しかったのでしょう?」

 フェニルはようやくラフィットの動機についてわかったような気がした。

 おそらくジュークにとって側近であるラフィット以上に親しい者はいなかったのだろう。

 ジュークの母親も父親もこれまで見かけたことがなく、そしてジュークがこの城の主であることからもそれはうかがえる。

 そこに妻としてフェニルが現れては面白くない、ということだったのだろう。

(本人は無自覚のようだけれど)

 まあそのほかにも様々な理由はあったのだろうが、フェニルに対する嫉妬が引き金を引いたのだろうとフェニルは推察している。

「私も異性に嫉妬されるなど初めてですわ」

 高笑いをしながらフェニルは言った。

「……そのようなこと……」

「あら、では『やきもち』とでも言った方がよかったかしら」

「……ッ」

 何も言い返せなくなったのか黙り込むラフィット。

「あなたの処分について異論は認めないわ。次に、リタ」

「は、はい」

 未だ震える声で答えた後リタが進み出た。

 しかし、フェニルは困ってしまった。

(……どのような罰を与えればいいのかしら?)

 首謀者であるラフィットへの罰を軽くしすぎたために、リタに科するべき罰がわからない。

 それにフェニルはリタに怒りの感情を抱いていなかった。

「……決めたわ。

 あなたを監視するために、今後は私の専属侍女として働いて頂戴。怪しい動きをしたら、クビよ」

「……え」

「へとへとになるまでこき使ってあげるわ」

 口をポカンと開けてこちらを見るリタに、フェニルは言葉を飛ばす。

「返事をなさい、リタ」

「は、はい……!」

「他の者の処遇についてはジュークに任せますわ」

 返事はない。

「ジューク。聞いていますの?」

 訝しく思い、振り向こうとした瞬間後ろから抱きつかれフェニルは息をのんだ。

 フリーズするフェニルにジュークは「すまなかった」と囁いた。

「ラフィットの企みに気がつかず、迷惑をかけた。それと、ラフィットへの罰を軽いものとしてくれたこと、感謝している。ありがとう」

 フェニルは『感謝される筋合いなどありませんわ』と答えようかと思ったが、考えた末に別の返事をした。


「まだ、許しませんわ。夜通し私に謝り続けなさい!」

 それは自分の部屋に来るようにという意味を含む言葉だったが、おそらくジュークは言葉通りの意味に取るだろう。

 "ジュークは"。

 男女が一晩同じ部屋にいる、ということが他人からみてどういうことなのかフェニルはわかっていた。

 だからこそ、皆の前で言ったのだ。とくにラフィットの前で。

(ふふふ。反省なさい、ラフィット)

「ではジューク、部屋で待っているわ。

 誰も覗かないようにリタは見張っていて頂戴ね」

 思わせぶりな台詞を残し、フェニルはそこを立ち去る。


 心中では高笑いをしながら――――……。

お読み頂き、ありがとうございます。

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