第90話「恐れ、待ち焦がれていた再会―3」(※挿し絵あり)
「コード1から各機へ。作戦プランを微修正、敵トール部隊に対する連携を取るぞ」
パチパチと、耳孔に軽やかな音が響く。各種レバースイッチを押し込む小気味よい音を響かせ、バルトは部下の二機に通信を送っていた。即ち、一号機が敵本陣へ接近する間、直接の時間稼ぎをするはずだった二機に対してだ。敵は一号機の接近ルートを看破していたらしく、地雷の敷設や自走砲群による近接砲撃を以て、バルトに本来課せられた役割の遂行を困難なものとしていた。そうなれば一号機とて接近は容易でなく、結果として一旦退かざるを得なくなったという現状がある。救いは、一号機単機による敵本陣への強襲というプランが、なにも作戦の本命では無かったと言うことだった。だからこそ素直に退けた、という見方も出来るだろう。
ここはまず、敵の体制に変化が見られるかを注視しているべき状況だった。
「――頃合いだな。各機は、長距離砲撃兵装で足止めの布石を打て。信管は延期信管を指定、延期時間の開始条件は着弾時に設定しろ。幾つかの予測進攻ルート上に撃ち込んで、誘い込むぞ」
『コード3、了解』
『こちらコード2、了解。装填も完了しています』
思ったよりも迅速な対応に、バルトは内心で満足感を覚える。既に考えは伝わっていたようだ。
「発射弾頭には曳光弾も混ぜておく。昼間用の高輝度タイプを選んでおけ。それと起爆までの延期時間はそう長くするな、短くていい」
その指示に、通信先で困惑するような気配があったのも一瞬。『ああ、つまり』と、ルーカスが納得気な声を上げる。
『敵の目を引く為か。大尉殿の考えてんのは、明らかに時限爆弾があると分かれば、そこに敵トール部隊は近付けないっていう……』
「そういう事だ。却って気付いて貰わないと、砲撃が無駄になりかねない」
『だから、これ見よがしに撃った方がいいんだ』とすかさずまとめたのは、最初からバルトの言いたい事を理解していたらしいリーグだった。ホエールという餌をぶら下げている利点を活かす為には、出来る限り敵の予測進攻ルートは絞り込めた方が良い。その為に有効なのが地雷、あるいは延期信管を仕込んで時限爆弾と化した榴弾の敷設だ。
だが、あまり早期に手を打ってしまえば大きく迂回されてしまう可能性もあった。しかし、二号機と三号機の誘導によって深く誘い込まれた敵トール部隊にしてみれば、今やそんな猶予は残されていないはずだった。そして敵が決めきれないと憶するならば、こちらから砲撃を仕掛けて殲滅。あるいは無理矢理にでも突破しようとするなら、それこそが第三世代型トールの対トール能力を発揮すべき状況となり得る。仕掛ける方でありながら、退路が無いという意味では敵も追い込まれている。
自動給弾装置に指定カートリッジの順番が設定され、火器管制システム〈FCS〉による弾道計算が着弾点を予測進攻ルートの一つに設定する。一旦、一号機の砲が発射炎を噴き出せば、榴弾は緩い弾道で次々と打ち出されていった。時を置かずして、遠方からも独特の砲撃音が聞こえて来る。すっかり透明になった朝の大気に、不自然に白く発光する軌道が幾つも描かれていく。付近で息を潜めている敵トール部隊にも、これ見よがしのアピールはしっかり捉えられているはずだ。そして遥か後方の自走砲部隊にも同じように――。
カートリッジ一つ分を使い切った頃、けたたましい電子音という形でバルトに警告がもたらされた。接近警報をがなり立てる索敵システムが捉えていたのは、上空から落下して来る弾頭の数々。サブモニターに表示されている分でも、十は下らぬ赤い光点――接近して来る脅威対象――が、間違いなく一号機に降りかかって来ていると分かる。
だが、これだけ目立つ砲撃を行えばそれも道理と、バルトは一号機を別の射点へと移動させる。曳光弾など撃ってしまえば、発射元の座標が割れるのは当然の事だ。先程まで居た地点が吹き飛ばされる様を横目に、射点を変えての発射は続く。二号機と三号機からの発射軌道も、やはり位置を変えて空に描かれていった。延期信管によって時限爆弾化させられた榴弾が、着弾点の地下表層に埋め込まれていく。
時限式というからには、今も各所で断続的に爆発する衝撃が伝わってきている。延期時間はそう長く設定されていない為、その度に敷設した榴弾が失われる。だが、未だに起爆されていない弾頭があるかもしれないというリスクを、敵に認識させる事が重要なのだ。作戦の進行状況を頭の中に呼び起こし、彼は再び二機に通信を繋ぐ。
「コード1より各機へ。敵の自走砲は、今やこちらを狙うので手一杯のはずだ。これから砲撃の薄くなった隙に、一号機は予定の接近ルートで再度アプローチを掛ける」
『こちらコード2。それは敵を一気に潰すつもりという意味ですか。こちらの動きに誘発されて、このタイミングで相応の隙が出来ていると』
言外に含まれていた意図はきちんと汲み取られていた。実際にバルトは、敵トール部隊の足止めが二機で充分ならば、一号機が抜けても問題無いはずだと考えていた。更なる保険も掛けた以上、尚更だ。なにより敵トール部隊を殲滅してしまえば敵は撤退するのだから、出来ればその前に敵本陣たる戦力は叩いておきたい。しかし、リーグの言う〝隙が出来た〟という表現には少し引っ掛かる部分もある。予期していたよりも随分と早いのだ。
「もしくは、敵が敢えてそう演出しているかだが……これ以上に機動戦力を割けるのだったら、初めから数を揃えて来ているはずだ。こちらの方が高性能だというのは、敵も分かっているだろうからな。なら、ホエールに仕掛けられる戦力はこれ以上増えないと見ていい」
『たしかにそうですね。ではお気を付けて』
『こちらコード3……も了解。戦闘が早く終わるに越した事はないからなあ。頼みますよ、大尉殿』
期待を滲ませる部下達の声を――そして再び鳴り始めた接近警報を聞き、アイドリング状態にあったホバーシステムを強めに吹かす。そのまま一号機は危なげなく着弾地点から離れ、推力の半分以上を加速分にまわして予定接近ルートへと突き進んでいく。第何波目とも知れない砲撃を避け切っていれば、照準変更の対応の遅さは目に見えて把握出来ていた。
群生する木々を抜け、トールの腰ほどの深さに抉られた谷を抜け、障害物という障害物を回避しながら一号機が更に加速を強める。平面的な回避で足りないのならば、メインスラスターの噴射炎を曳かせながら、飛び越える。一号機は砲撃特化型とはいえ、運動性もずば抜けている第三世代型トールだからこそ出来る芸当だ。数十トンを誇る大質量物体の着地が、森林の育んで来た腐葉土層を吹き飛ばし、更に深くの粘土層さえも砕き割る。が、着地の都度、瞬間的に出力を強められるホバーシステムが脚部の埋没を防いでくれる。動き始めてから実に数分。一号機は瞬く間に予定接近ルートへの始端へと辿り着き、敵本陣への接近を再び敢行しようとしていた。
座標はほぼ、敵本陣があると見られる地域から真東。敵自走砲群のある方角へ向かうように、一号機が火線の中を潜り抜けている形だ。機体を狙う砲撃の精度は距離を詰めるごとに増し、避ける方向を誤れば直撃の予感すら与える程になっている。だが、それも先程と比べれば随分と楽なものだった。二号機と三号機にも砲撃が分散されている今、数はさほど多く無い。
軽く空を見上げれば、センサーと連動するヘッドマウントディスプレイに脅威対象の存在が合成表示されている。コックピットの内壁を透過するように、幾つもの光点が確認できる。その赤い警告表示に囲まれる一つ一つが降って来る砲弾で、注視さえしていれば、ホバーユニットの偏向による軽い回避運動だけで事は済んだ。機体全体の不規則な回避運動を反映し、一つのベクトルに留まらない加速Gが、身体に抑え付けるような負荷を与え続ける。付近で弾頭が炸裂する度、高速で飛散する金属片が装甲を掠め飛ぶが、物の数では無い。
……この調子なら、いやあと一押しでこのまま突破する事が出来るか。
更にスロットルレバーを押し込み、着弾の土煙を振り切るように一号機が速度を上げる。この調子ならば、敵自走砲群を射程に捉えるまでそう時間は掛からない。正確には、そのはずだった。データリンク下にある索敵システムがまた一つ、接近する脅威対象を発見して警告音を鳴らす。上空からの接近物体では無い、地上から接近して来る物体だ。
まさか巡航ミサイルではあるまいと、不審に駆られてヘッドマウントディスプレイに視界を走らせれば、左の遠方に例の物体を発見する事が出来た。速度は巡航ミサイルほどでは無いが、機動戦力とすれば相当に速い。今は山一つを挟んで、その向こう側に居るものとして合成されているが、あくまで脅威対象である事を示す赤い光点で表示されているに過ぎなかった。仮に接近物体が既知の対象であったなら、合成画像にこんな光点が採用されているはずは無いのだから、全く未知の機体が迫ってきているという推測が成り立つ。一号機の戦闘支援システムもようやく掛かって〈Unknown〉の表示を出したとなれば、推測はもはや確信へと変わる。
「これだけの速度で接近して来る物体が、やはりトールだと?」
もしそうだとするなら、接近物体の巡航速度は第三世代型にも匹敵する事となる。いや、それ以上かも知れないと考え直したところで、バルトは全身からすうっと血が抜けていくような感覚に襲われた。冷えていく血液が感ぜられるのも、当然。あれだけの性能を誇るトールが襲い掛かって来ようとしているならば、今まで遭遇した敵機にそれが当てはまるとするならば。
「まさか……ここでフェンリルの機体が投入されるのか。このタイミングで」
考え得る限りでは最悪の――否、もしそうなってしまったら手の打ちようがないと、もはや作戦プランの想定外に追いやっていた可能性。敵追撃部隊とフェンリルとが、不自然なほどに連携していなかったという事実から、よもや投入される事は無いだろうと踏んでいたフェンリル機。それがもし、本当に迫ってきている対象と合致するような事があれば、更に戦力を削られた試験先行運用部隊が止められるはずは無い。目標との間で徐々に詰まっていく相対距離の表示が、バルトにとっては、執行台への十三階段に残された段数に重なって見える。一段、また一段と減っていく階段を昇る足音が、不吉なまでに明瞭に幻聴される。しかし、それでも最低限にやらねばならない事はあると自分に言い聞かせ、冷えていく指先で通信接続の操作を行う。繋いだ先は二号機・三号機と、電波障害で繋がるとも知れぬホエールだった。
「こちらコード1。予定接近ルート上で、索敵システムに〈Unknown〉を捕捉――」
距離が更に詰まる。残りあと数秒で、目標は直接視認できる位置にまで接近して来る。
一瞬、次に自分が何を報告するべきなのかも忘れ、バルトは望遠モニターに釘付けとなった。呼吸を忘れた事にすら気付かない、ごく僅かな時間。しかし、当人にとっては止まったかに思えるほど長い体感時間の中で、バルトは接近物体の姿を遂に視認し――。そして、心臓がドクンと不吉な鼓動に揺れた。
拡大映像に映る物の正体を把握した瞬間、心臓が止まったかに思えた。完全なる不意打ちに、鋭く打ちのめされた身体が動かない。メインモニターから呆然たる視線が引き剥がせない。知らず勝手に震え出す指先も、もはや遠い感覚でしか無い。まるで脇腹をナイフで抉られたような衝撃の中で、彼は意識するとも無く唇を動かしていた。
「俺は……俺はどんな形でも、逃げられないのか」
十二年前でさえ、そして今も存在してはいけないものが、そこにはあった。
どこか虚ろなバルトの目に映り込む機影は、間違いなく十二年前に見たトールに一致するものだ。接近警報たる鋭い電子音は遠くに聞こえ、全ての実感が遠い。望遠映像の向こうで見せ付けられる実在にはいっそ運命すら感じ、これまであの姿を思い返さなかった日は無いと心中に結ぶ。兵器にあるまじき艶やかな黒い装甲も、戦車などとは比較にならぬ敏捷さも、全てあの悪夢のような惨状から抜け出して来たとしか思えぬ程に、変わっていなかった。
脳髄の奥底に埋もれていた蹂躙の記憶。その陰画がこの期に及んで鮮明に蘇ると共に、心のどこかで何かが決壊するような音が聞こえて来る。またもどす黒い感情が噴き出すのを知覚すると同時に、何故か可笑しさまでもが湧き出して来る。気付けば、バルトはコックピット内に乾いた笑い声を響かせていた。その様をまるで他人事のように冷静に捉える自分も居たが、勝手に湧き出してきた声は止めようにも止められない。彼の中で何かが砕け始め、臨界に達した自制心は断末魔の叫びを上げていた。悪意を感じるほどに新鮮な〝過去〟を前に、自己矛盾の応力に晒された心が、壊れまいとして奏でる軋み音が響いていた。




