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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第89話「恐れ、待ち焦がれていた再会―2」

「ゲルバニアンのトール部隊は! こいつらなんていうしぶとさだ」

 コックピット内でリーグが呻く。半ば叫んだとも取れる言葉は、集音マイクを通してルーカスに向けられたものだ。そして二号機の動作は今、普段以上に重い。

 重装汎用型というコンセプトを体現する二号機には、砲撃戦・電子戦・白兵戦とそれぞれ先鋭化した他の三機には無いものがある。すなわち、大馬力を発揮するひときわ強靭な駆動モーターと、耐弾性の高い堅固な重装甲、なによりそれらに裏付けられた拡張性の高さが備わっている。故に両肩へ三連装ミサイルポッドを装備しようが、本来ならトール複数機での運用が前提であるはずの200mm対施設砲を装備しようが、自在に砲身を振り回す事さえ可能だ。地形の起伏に隠れる敵機を狙い、素早く砲身を向けて撃つ。たったそれだけで尋常では無い土砂が一気に吹き飛ばされ、敵機がまた次の退避場所を求めて、姿を現さざるを得なくなる。それを好機とばかりに、三号機も多薬室ライフル砲を難儀して構えたが、長物ゆえその慣性に逆に振り回されているようだった。三号機が砲身を安定させる間もなく、また別の起伏へと身を隠していた敵機が撃ち掛けて来る。ルーカスは砲撃を諦め、そそくさと射線から自機を退避させる。悪態を付く声を耳に入れつつも、リーグは射線の元に支援砲撃として一発を見舞った。

『ったく! こいつが重過ぎるんだよなあ』

 決して三号機が非力なのでは無く、四階建てビルに匹敵するほどに長い多薬室ライフル砲が重過ぎるのだ。砲撃システム運用に特化された一号機なら対応する事も出来ようが、電子戦に特化した繊細な三号機が持て余すのも無理は無い。「しかし」と、リーグは心のどこかで自機を頼もしく思う。この二号機、設計上ではまだ装備追加の余力を残しているのだ。

コード2(二号機)からコード3(三号機)へ。焦るな、ルーカス。そんなものを無理に振り回そうとすれば、いくらトルクがあっても足りないぞ」

『こちらコード3(三号機)。分かってますって、この機体に二号機みたいなパワーは無いから。それに、俺たちが敵を無理に追い立てなくても良いって、そう言いたいんでしょう?』

 若干苛立ちながらも、状況はきちんと把握しているという返答だ。「分かっているなら、そう前に出るなよ」と釘を刺し、リーグは対施設砲からの排莢を行いつつ二号機を後退させる。

 敵トール機動部隊は三機編成の変則一個小隊のみ、対するこちらは二号機と三号機による二機。一号機が後方の敵本陣へ向かった後は、この付かず離れずの砲撃戦がひたすら繰り返されている。敵トール部隊は多薬室ライフル砲と対施設砲による砲撃を恐れ、不用意に接近・突破を仕掛けて来ようとはしない。それは戦術的には全く正しい判断で、傍目から見ても攻め切れていない試験先行運用部隊の方が、明らかに劣勢を強いられているようにも見える。何と言っても、敵追撃部隊をこの戦闘で叩かなければいけないのは、ホエールの側であるはずなのだ。

 だが、リーグはさして焦る様子も無く敵からの距離を取っていく。敵追撃部隊を叩かねばならないはずの二機が、ホエールの展開しているスモーク壁の方角へと接近していく。加えて時折、片手に構えたアサルトライフルを三点バーストで撃ち掛けながら、弾幕で敵の接近を妨害しようとすらしていた。三号機も同様、左手に携えたサブマシンガンから幾分大雑把な弾幕を機体側方に張っている。それでも効果はあったようで、遮蔽物たる大岩から出ようとしていた敵機が、あわてて頭部ユニットを陰に引っ込める様子があった。

 敵トール部隊もまた遮蔽物を巧みに利用すれこそ、索敵妨害用スモークを展開するなどの策は講じて来る様子が無い。だがリーグやルーカスにとって、その展開は予め聞かされていた通りのものだった。あくまで今はこちらから敵に仕掛ける必要はない。味方になるのは時間(・・)だった。

「俺たちがこうして敵トール部隊を引き付けておく分だけ、ホエールは逃げられる。少なくともそう思わせておけば、スモーク展開域内でどんどん広がる行動予測半径に、敵も焦り出す」

『焦って仕掛けようったって、長距離砲撃の為の観測機器は既に潰されてる、トール部隊を向かわせるにも行動予測半径の分だけ部隊を分散しなきゃいけない。どっちにしろ時間を掛けてしまった時点で敵にとっちゃ詰みか。しかしよくもまあ、こんなホエールを餌にするような作戦を立てたもんですね、大尉殿は』

「敵が狙っている餌は明白なんだ。それを利用しないでどうする。そもそもホエールの位置を特定させない為に、三号機の電子対抗手段〈ECM〉装備が必要だったんだろう? 目標の座標が特定出来なきゃ、敵はすぐにでも行動しなければ結局目的は果たせないんだ。だったら、敵の作戦を逆にこっちが利用してやればいいという事だ」

 敵の一機が、崖に連なる大岩の物陰からアサルトライフルの銃身を突き出す。と、二号機のコックピットにレーザーロックされたと知らせる警告音が鳴れば、発射されるまでに殆ど猶予は無かった。マズルフラッシュがモニター中で花開くと同時に、獰猛な唸りをあげる駆動モーターが、横方向への敏捷な回避動作を実現してみせる。すぐさまリーグもアサルトライフルの照準を大岩のすぐ横に合わせ、トリガーボタンを押し込む。二号機のアサルトライフルから伸びる、僅かな放物線を描く弾道が、断続的に遮蔽物の影へと撃ち込まれた。

 次の瞬間には拡大モニター中で、暗い岩の陰にちらちらと硬質な火花が散る様を確認する。どうやら入射角の浅かった弾頭は敵機の装甲を滑っていったらしい。ライフルで仕留め損なったと理解すれば、次は遮蔽物ごと粉砕せんと対施設砲の照準を同地点に合わせる。

『それでこのもぐら叩きですかね、中尉殿!』

 データリンクで索敵システムの同期が行われている三号機も同様、今度は稜線射撃よろしく丘の上からこちらを狙っている別の敵機へ向け、先んじて高初速弾頭を撃ち出す。ほぼ同時に、二号機の対施設砲からも破甲榴弾が撃ち出された。

 一つは稜線に、一つはトールすら覆い隠す程の大岩へと着弾し、目にも留まらぬ速度で飛散する岩塊という形でその破壊力を示して見せた。そしてその手榴弾の如き炸裂が、隠れていた敵トールの一機、更に奥に居たもう一機をあぶり出す。残念ながら致命傷は確認できないし、爆発も無い。どうやら稜線から撃ち掛けて来た一機も仕留め損なったようだ、とリーグは判断する。三機はいずれも直撃弾を避けて、形勢不利と見るやすぐさま退く素振りを見せ始めている。全くしつこいと表現するに相応しい部隊だった。

コード2(二号機)よりコード3(三号機)へ。ここは退いて次だ。ポイントR762に後退しつつ、他の接近予測ルートを潰していくぞ」

『ん……コード3(三号機)、了解』

「ルーカス、どうした?」

 なんとも歯切れの悪い返事に、リーグはどこか引っ掛かるものを感じる。敵は一旦距離を取った、ならばルーカスが気を取られている事は索敵以外であろうという事だ。そこまで予測が付いたなら、リーグもサブモニターに注視すべき情報が表示されている事に気付けた。

『ところで中尉殿、一号機の位置座標がこっちに押し返されてるようで』

「そうらしいな。原因の方は大尉から――――」

 その時だった。通信状況を示すサブモニターの一角に、〈YMX-01(一号機)〉と書かれたアイコンが点滅し出す。噂をすればなんとやら、リーグはあまりのタイミングの良さに思わず通信接続先を間違えたのではないかと考えた。が、そんな事実は無い。淡々としたバルトの声が、部下たちに現在の作戦状況を報せる。

コード1(一号機)から各機へ報告。敵本陣への予定接近ルートは既に砲弾の雨で塞がれていた。自走砲群をまた用意していたようだ。また予備ルートを試みるも、地中に金属反応を多数検出。一旦、後退した旨を伝える。以上』

 リーグにルーカス、二人分の「了解」が重なり、それを合図にしたかのように一号機からの通信が終了する。相変わらず三号機との通信は確立したままなので、ちょうど元に戻ったと言ってよい状況だ。

「どうやら敵は自走砲の標的を変えて来たらしい。大尉の一号機もそれで接近できなかった、という事情だな。直接砲撃されるような位置取りをしていない点といい、一号機を追い返す策といい、機動部隊に対する対策の手際は良いようだな」

『こんだけ対策して来るってことは、敵も前みたいに砲撃陣地壊滅させられんのは勘弁って事ですかね。ホエールみたいなデカい標的に当てるってならともかく、偵察用ドローンも無しにトール相手の近接砲撃支援なんてよくやるぜ』

「恐らく、近くに自走砲とは別に観測班が居るんだろう。でなければこんな至近での砲撃が精度よく行くはずがない。自走砲のあんな無茶な使い方、聞いたことが無いぞ」

 旧研究所付近や今回の戦いぶりからするに、敵側にはよほど頭の柔らかい指揮官が居るのだろうとリーグは予想を付ける。陸戦の中核たるトール戦力は三機だけの寡兵、次点に控える戦車に至っては全く動員することも無く、最新鋭世代トールの試験部隊と母艦をこうも追い詰めて見せる。素直な言い方をするなら、(ひとえ)に恐るべき指揮官だった。だからこそリーグの(うち)では、この機に追撃の芽を摘み取っておかなければ、ホエールは確実に沈められてしまうという確信が強められていく。

 所定のポイント――R762に向けて二号機を後退させつつ、リーグは目下の脅威である敵トール部隊の座標を確認した。索敵妨害用スモークや位置欺瞞情報を垂れ流している現在、ホエールに仕掛けて来るとすればこの三機だ。ならば、敵が焦れて動き出すまでは自分たちが足止めをしておかなければならない。間違っても逃すような事があってはならないのだ、と彼は改めて自分自身に言い聞かせる。

『こちらコード3(三号機)。一号機が接近して来る座標は表示されてる通り、軽く迂回してくるみたいですよ』

 見れば、敵味方識別装置〈IFF〉に区別された光点の一つが、ちょうど二号機・三号機の布陣する戦域へ進入してくるのが確認できる。しばらくの間は、連携が取れそうな位置取りだ。彼らは――二号機と三号機はちょうど、敵の予測進攻ルートを塞ぐような位置を確保していた。

コード2(二号機)、了解。ルーカスはそろそろ弾倉のチェックをしておけよ」

「了解」と返してきた声を聞きながら、二号機をポイントR762の手前で停止させる。続いて間接射撃の指示に備え、対施設砲の仰角を高く取らせる。数秒ほど遅れて三号機もそれに倣った。各々に、大口径砲に見合うだけの――戦車砲弾など軽く凌駕する大きさを持つ――榴弾が装填され、安全装置が解除された。それが、一号機からの指示が届く一分ほど前の光景となった。


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