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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第77話「12年間の封印、目覚める巨神像―3」

 三十分と経たない内には、既にバルトの姿はルーカスに割り当てられた士官室にあった。決して強引に入室を行った訳では無いが、彼が一歩足を踏み入れたその時から、ルーカスがどことなくピリピリとしている様子は感じ取っていた。

「大尉殿、俺なんかのとこに来てどうしたんです? もしかしてまた陽電子砲のシミュレーションを……? あれをやるんだったらせめて――――」

 ルーカスはどこか警戒するような口調で予防線を張っていく。以前、一号機の調整に駆り出した事を根に持っているらしいと分かり、バルトはどこか安心すると同時に一抹の悲しさも覚えた。未だ、彼は本題について欠片も触れてはいないのだ。

 これは今まで、ルーカスに様々な雑務を任せて来たツケが回って来た結果なのだ。彼はそう考えて納得するに至る。実際、これまで任せて来た解析作業の量は、ルーカスで無ければ手に負えないほどのものだったと言えるだろう。傍から見ればルーカスの態度は軍人として不適格とはいえ、全く理解出来ないというモノでも無いのだ。バルトもそれを理解し、彼なりに今回の誤解を解くように努める。

「いいや、今回はそうじゃない。その……なんだ、戦闘データの解析の進展はどうなっている?」

 どう転んでも任務に関する事しか喋れない自分を、バルトは恨んだ。これだからルーカスに警戒されるのだ、という自覚は更に強められていく。

「はぁ、やっぱそういう事で……。ちょっとよく分かんないとこもあるですが、アインドやフラグマとかいう機体の解析結果は色々とあがってきましたよ」

 バルトの小さな失態など特に気にするでも無く、ルーカスの報告は淡々と述べられていく。

「とりあえず結論から言うと、フェンリルの機体そのものは俺たちの乗ってる第三世代型トールと大して変わんないらしいですね。そりゃあ、基本性能はって意味ですよ?」

「なんだと……それは間違いないのか」

「俺の解析が正しければ、ですがね。ともかく巡航速度、加速力、駆動モーターの推定出力や応答速度、あとは装甲強度の概算値くらいか。調べられる範囲で言うなら、連中の機体は『ちょっと脆くて速い第三世代型トール』みたいなもんですよ」

 解析結果の表示された端末がルーカスから渡される。その意図は明らかで、バルトはルーカスの言葉が冗談でもなんでもない事をその目で確認した。それでも尚、彼は今しがた聞いた結果を信じる事が出来そうになかった。同時に、今までその事実に気付けなかったということには何らかの裏があると察する。

「ただ、どう考えても不自然なのはあの訳分かんない現象と、それから――」

「――パイロットの反応速度だな?」

「ああ、最後に言おうと思って取って置いてたのに……」

 ルーカスは改めてモニターに向き直り、フェンリル機を中心に置いた簡易なシミュレーション映像を展開する。そして戦闘で得られた反応パターンに基づき、あらゆる攻撃が様々な角度から繰り返されては、驚異的な回避率がみるみる更新されていく。その様は、実戦データを基に構築されたとはとても信じられないような代物である。

「そう、まずはパイロットの反応速度……あいつら尋常じゃないですよ? 下手するとこっちが撃つ前には既に回避動作に入ってるくらいだから。というか、回避を開始するまでの時間がどうシミュレートしてみてもマイナス値になる時が多いんですな、これが」

「つまり、本当にこちらが撃つ前に回避動作に入っているという事か。しかも、連中は当てずっぽうに避けている訳じゃない。たしかに攻撃される先を読んで回避をしていた……それは戦ってみて分かった」

 攻撃をわざわざ避けようともしないアインドはともかく、彼の脳裏にはフラグマやディエストが見せる回避運動が浮かんでいた。時折発揮された反応速度はたしかに尋常では無く、多薬室砲による狙撃でさえ避けられる事例があったほどだ。特にディエストなどはそのせいで足を止める事に失敗したのだから、バルトが忘れるはずは無かった。

「それに、一番大事なのはあの訳分からん現象ですよ。こっちも結論から、と言いたいとこなんですがちょっと順を追っていかないと駄目そうで」

「ああ、構わない」

「じゃあ、ちょいとこれを見てください」

「これはアインドの……攻撃回避パターンか?」

「俺もどう呼べばいいのか分からんですけどね。とりあえずは、アインドが攻撃を防ぐにあたってどんな現象が起こったかのリストだと思ってください」

 端末の画面表示がスクロールし、リストが上から下へと流れていく。事例自体はそれなりに数が揃っているものの、その原因と推測される現象はまるで定まっておらず、判然としない。

「なんというか、見事にバラッバラなんですよ。原因が分かる範囲でまとめてみたんですが、空間歪曲から大電流の誘発、極め付けには四号機の駆動不良なんてのもあったなぁ。アインドに斬りかかる時、たまたま駆動信号が届いてなかったらしい……なんていう記録がミッションレコーダに残ってたり。何をどうやって防いでるのかはもうさっぱりですよ」

 瞬間、バルトは戦慄を覚えた。「原因や方法に囚われず、結果だけを実現する装置」そんな絵空事の如きテトルやロズエルの言葉は、今、急速に実態を以てバルトに迫って来ていた。

 ……ある結果を起こす為なら、どんな事が起こっても許される。構想駆動炉の真価とは、まさかそんなところにあるとでも言うのか? 

「ルーカス……お前はどう考える。このアインドの周囲で起こっている事の意味を――」

「んー。これらに共通してんのは、『攻撃が届かない』っていう結果だけですよ。原理だの方法だのはまるで分かんなくて。いっそ未知のバリアー発生装置を使ってる、くらい言ってくれた方が気は楽なんですがね――――大尉殿?」

「……いや。面倒を掛けたなルーカス。感謝している」

 最後にそれだけを言い残し、バルトはルーカスの士官室を後にした。残されたルーカスにしてみれば、それはどこか思い詰めたバルトがそれを隠そうとして立ち去った、という様にしか見えないのも事実である。もはや聞こえないとは知りつつ、ルーカスはバルトの後に語り掛ける。

「はぁ……あの様子は大丈夫なのかねえ。どう見たって普通じゃないのは大尉殿もそうですよ――と」



「バルト大尉?」

 第二格納庫へと現れたバルトを見て、リーグは驚きの声を上げた。実際はなにもそこまで驚く事では無いのだが、一号機が格納されているのは第一格納庫。バルトもその事は既に知っているはずだった。にも関わらず、わざわざ第二格納庫へと足を運んだ彼の意図はリーグには分からない。

 そして、バルトはリーグを二号機の前に見つけるや否や、特に急ぎもしない足取りで、しかし確実に彼の(もと)へと向かって来た。目的については、リーグは薄々ながらも気付いていた。

「リーグ中尉、ここに居たか」

「大尉がどうしてまたここに?」

「どうして、か。さっきルーカスにも同じような事を言われたな。なにも命令を持ってきたっていうんじゃ無い、安心してくれ」

 誤解に至る前にと、バルトは事の顛末をリーグに語った。任務報告の席で自らに懲罰を与えるよう進言した事。そしてある意味、やり込められるような形で隊員達の様子を見て回ることになったという事。バルト自身にとっても格好の付かない話ではあるが、十年来の戦友たるリーグだからこそこうして話すことも出来る。それは彼にとって救いだった。

「懲罰をわざわざ望んだのですか。しかし、まあバルト大尉らしい行動だとは思います」

 バルトより階級こそ低いリーグではあるが、その言動に憶するところが無くなってから久しい。そして、素直な感想をぶつける間にも彼は微かな違和感を感じ取っていた。

 終始、バルトの顔は苦笑とも取れる表情が覆っていたが、それが僅かに強張っていることにリーグは気付いたのだ。作り笑いだとか、無意識下に感情を押し込めるだとかで誤魔化せるほど、二人の付き合いは短いものでは無い。そして、その直感は九分九厘、真相を外したものでは無いという確信がリーグにはあった。ただし、そこで無理に聞き出そうと考えないのは、互いに持つ信頼が既に成熟の域にあったからである。

 しかし彼が、バルトの言動に気になる所を感じなかったと言えば嘘になる。特に、話題に上がって然るべき内容が敢えて避けられている、といった感触を感じたからだった。

 ……隊員たちの様子を見て回るということなら、まだ全員では無いだろうに

「では、ナオト少尉のところには行って来たのですか」

「リーグ中尉……まだ知らないのか」

「――――知らないとは、どういう意味ですか?」

 その静かな口調にも、不穏な予感は多分に含まれている。バルトとしても言い出し辛そうに表情を歪める様は、まるで何かを悔いているかのような印象をリーグに想起させた。そこに含まれていたのは、彼でさえもあまり見たことの無い悔恨の色である。

「ナオト少尉は昨日、戦闘後に頭痛を訴えて倒れた。今は、というよりも今日は鎮静剤を打っての精密検査が行われているはずだ。今見舞ったところで、返答は間違いなく帰って来ないだろうさ」

「そうだったのですか……! てっきり第一格納庫で四号機の補修作業に立ち会っているものだとばかり」

「知らなくても無理は無い。俺とエドモンド中佐が精密検査の許可を出した後は、そのままずっと医務室だからな。軍医としては、出来るだけ脳波の乱れを鎮めてからゆっくりと検査をしたいらしい」

「ナオト少尉はそこまで酷い状態なのですか」

「分からん。分かっているのは、ルーカスが抱えていかなければならないほど意識が混濁した状態で、医務室に運ばれたっていう事だけだ。これからパイロットをやれるかどうか、後遺症が残らないとも言い切れない」

 バルトは、自身の判断を今更ながらに悔いていた。もし自分があのまま戦闘指揮を取っていたなら、などと仮定しても意味が無い事は分かっていたし、リーグの指揮に不手際があったせいで現在の状況を招いたとも考えてはいない。だが、自身が責任を果たすべきタイミングで何も出来なかったという事実は、たとえ彼の能力が及ばなかったにせよ省みるべきものであった。それは持てる能力に対する評価を肥大させた末、失敗の要因を全て自身に求めるような性質のものとは少し違う。軍人としての冷徹な自省であり、自責であり――――しかし、やはり後悔という形で紛れ込んでしまう私情のひと塊である。

「俺が先の戦闘で、独断行動をしていたという事もある。本来、隊を監督すべき者ならあってはならない事だ。……済まなかった、リーグ中尉」

「いえ、自分は隊長を信じて付いていくだけです。謝るだなんてそんな」

 戦場においての運命共同体たる部下からの信頼は、バルトにとってこの上なく重く、また心地良いものだった。そして彼はこの時、軍人としてあるべき理想像はまさに、こういった信頼によって支えられるものなのだと信じる事が出来た。



 信頼によって繋がる運命共同体というものが成立する一方、ここでは全く別の意味でのそれが成立しようとしていた。あくまで暗く、微かに対流する空気の冷たさが感ぜられるこの場所は、言うなれば地下遺跡のような雰囲気を醸し出している。

 横に長く広がるこの空間には、人の背丈を遥かに超える二十メートル程度の構造物が幾つも設置されている。しかし、容積に対して照明の量が圧倒的に不足している為に、それなりに高いだろうと予測される天井は暗闇に沈んで見る事が出来ない。代わりに視認できるのは、壁を覆う硬質な金属の反射だった。そして、その鈍い反射によって確認できる範囲に限って言えば、この空間には格納庫としての設備が備わっていると分かる。規模は一般的な基地施設のそれを超え、充実度はむしろ研究施設としての水準に近いものだ。しかし、それにしてはあまりに不自然だった。

 その不自然さを感じ取る事が出来たのは、この場所においてはオフド少佐その人だけである。なにも周囲に控える人員の感覚が狂っているのではない。むしろ、この光景に不慣れなオフドが未だに違和感を拭えていないだけと言う方が正しい認識だった。彼の前に控えるカルサなどは、全く落ち着いた様子を保ち得ていて、幾度となくこの場所に足を運んだことが分かる。

「こんだけ馬鹿でかい格納庫を抱えておいて、肝心の機体が一機のみとは豪華な仕様だなおい……。カルサ少佐よ、あれがそうなのか?」

「そうだ。尤もこんなものは貴官にとっておまけに過ぎないんだろうが。こんな辺境基地に来てまで目にするのは、あれという事になる」

 二人の視線は、ともすれば何もないように見える暗闇の一点に収束している。しかし、微かに――ほんの微かに照り返す黒い装甲をそこに見て取ったならば、二十メートル程度の人型たるシルエットを判別する事が出来ただろう。それはある種の神像に近しく、兵器然とした人型や、狼を象る人型などとは一線を画す存在感を放っていた。艶やかな照りを帯びた装甲、すらりと伸びる四肢などは存在の補強でしか無く、もっと奥深く、更に根本的な部分に神性が宿っているのでは無いかと思わせた。本来ならばこれを兵器として使う方が間違っているのかもしれない、そんな考えがオフドの脳裏にさえ(よぎ)っていく。

「これが12年前に軍が接収したという、通称ヴァルノート……。あの、不吉極まりない呪われたトールって訳か。まさか大層にしまい込んである物が機体そのものだったとはな」

「不吉、というのはヴァルノートのMNCSに適合する人間が居なかったからだ。専任のパイロットは既に確保されている――――ヴァルノートのコックピットを開放しろ」

 開放されていくコックピット。地上十数メートル程度に設けられた整備用ブリッジに居る二人には、少し見上げる程度でその全貌を見て取る事が出来た。幾分細長い三日月を切り取ったような胸部装甲がスライドし、コックピット内部からモニター類に起因する光が溢れ出す。その抑え目の光から湧き出すように、今度こそ等身大の人影がゆっくりと姿を現した。

 下から照らされる形となった人影だが、凹凸を抑え込むようなパイロットスーツとヘルメットのせいでそれ以上の情報は得られない。そう思われたのも束の間、人影は決して滑らかとは言えない手つきで自身の頭を覆うヘルメットを取り去った。

 瞬間、否が応にもオフドは言葉を失った。まず最初に挙げるべき特徴は幾らでもあったのかもしれない。だが、彼は真っ先にパイロットが予想外に若い女だという事に驚愕し、それ以外の特徴を捉えることは後回しとしてしまった。それでも強いて言うならば、彼にとって特に印象に残ったのは彼女の持つ黒髪であったと言える。戸惑うように俯きかける彼女の横顔は、後頭部下あたりで素直にまとめられた髪の一束をアクセントに、一人の儚げな乙女として完成するものであったからだ。

「ほう……あのお嬢ちゃんがねえ? ま、ただの人間がこんな所に居られる訳はねえわな」

 オフドは正直、一連の光景に自身の認識が追い付くのが遅れていると痛感していた。事前にこの基地に関しては調査しており、自身の頭の回転が決して遅い方では無いという自負もある。しかし、それでも失われたかに思われたトールが保管されていたかと思えば、その専任パイロットたる少女までもが既に確保されている。そういった現状は、彼にとってでさえ目眩のするような非現実感をもたらしていた。

 ……掘り返せば掘り返すほど、あっちゃならないものがわんさか出て来る。こいつらの存在を知ったのは本当に、朝の出来事だったのか? 

 ――――そして彼は今朝、カルサを連行して地下区画へと潜って来た時の事を思い返す。


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