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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第76話「12年間の封印、目覚める巨神像―2」

 リーグが格納庫にて愛機の補修状況を見守っている中、普段ならば最も機体整備に関わるはずのバルトは姿を見せなかった。しかし、彼には彼なりにこなすべき用事があったのだ。現在、艦長室にて顔を突き合わせているのはエドモンドと、バルトの二人だけである。

「フェンリルに関する情報をクルーへ公開なされたこと、あれは合理的な判断だったと考えます」

「責任は全て私にある……とはいえ、君にそういってもらえると助かる。軍上層部や特殊情報局の考えは理解できん、最前線に立つクルーにさえ情報公開を制限しようとするなどと。誤った情報はともすれば、致命的な結果を招くというのに……」

 やはりエドモンド中佐は敢えて緘口令(かんこうれい)を破ったのだ、とバルトは今更ながらに察した。レオーツにおけるフェンリル戦――――12年前の出来事とは別に、他方面にも軍上層部からの圧力は掛かっていた、という確証を改めて得た形である。

 ……中佐を縛れる立場にある者、今の第四機兵師団長シーグ=ハルデン大佐が緘口令の出所か? いや、参謀本部会議の後も未だ、コプレン中将が戦死した混乱で試験先行運用部隊の実情は殆ど変わっていない。むしろドルテ=クローニン大佐から、という方がしっくり来る。しかし何の為に……? 

「ところで大尉。ルーカス=クレット少尉による基地データバンクの解析結果だが、これは信頼できる結果なのかね?」

 エドモンドの手には既に、バルトが提出した資料がある。それには、戦闘そのものの経緯や被った損害、加えてフェンリル所属機〈フラグマ〉襲来による混乱で今に至るまで報告されていなかった内容が含まれていた。ルーカスによる解析結果もその中の一つにして、最も懸念すべき材料を孕んだものだ。

「ええ、信頼に値するものだと自分は考えております。連鎖解析に関して、ルーカス少尉ほどの手腕を持つ者を他に知りません」

「ならば受け入れるとしよう。タレー特設基地と呼称される基地には、他のセキュリティーシステムからは独立した、全く異質な区画があった……それも相当巧妙な方法で隠蔽されていたと。あそこはオルテン前線基地とは違って、戦略的な重要性があったとは思えん。ではいったい何のために?」

「自分にもそこまでは……しかし、解析結果だけを見るならば、あの基地はむしろ地下区画の方が大規模だったように思われます。それこそ、地下区画こそが戦略拠点に匹敵するほどの重要性を持っていたのでしょう。残念ながら確証は得られませんでしたが」

「推測でも構わん、続けたまえ」

「ハッ……。秘匿されていたものには学術団体オーディンが何らかの形で関わっていた、と考えるのが妥当では無いでしょうか。現に、特殊情報局が付近の探索任務にあたったという事実もあります。あそこにはたしかに……何かがあったのです」

 生き残った特殊情報局第一分隊も流石に諜報部。任務内容に関してそう簡単に口を割るような真似はしなかったと言う。あるいは本当に、何を探索していたのかを知らされていなかった可能性もあるが、テトル亡き今どちらにせよ大した違いも無い。

 故に『何か』などとぼかした表現を用いなければ、バルトは地下区画にあったであろうものに関して言及を許されない。だが、意外にも思い切った踏み込みで、ここが非公式の報告場所である事を暗に示したのはエドモンドの方だった。

「たしかコウソウクドウロと言ったかね? 君の報告にはそうあったはずだな、フェンリル構成員やテトル=エリック少佐がその言葉を口にしたということだったが。タレー特設基地が抱え込んでいたものは、コウソウクドウロそのもの、もしくはその関連物であった可能性が高いようだな」

「自分も同じ見解です。ですが、テトル少佐の発言に関しては問題点も多数見受けられます。上への報告は控えたほうがよろしいかと――――」

 あくまで表情は崩さず、バルトは声を低めて意見具申を行った。尤も自身がそう感じているように、テトルの言葉を疑おうなどとは考えていない彼が言うには、白々しい内容でもある。

 MNCSによる精神汚染の隠蔽、加えて軍管轄精神病院の記録改竄(かいざん)に始まる機密暴露。テトルの発言が本当だったとすれば、軍上層部の実態は魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の巣食う魔窟である。入手した内容を素直に報告するのは、バルトでさえあまりに愚かしい行為と感じられた。公式の情報とは食い違う故に報告する必要も無い、というのは正論ではあるが口実に過ぎない。

「勿論、大尉の言いたい事も分かっているつもりだ、信じるかどうかは自分で判断すれば良い。しかし、いくら味方からとはいえ曖昧な情報に振り回されてはいけないな、大尉?」

「承知しております。時に部下、あるいは友軍に不要な犠牲を出すことにも繋がりますから」

「友軍に限った話では無い。もう下がって良い、ご苦労だった」

「ハッ!」

 敬礼を返しつつ、艦長室より速やかに退出する。そのはずだった身体はしかし、少なからぬ迷いを見せつつも踏み止まった。

 彼にとってもあまりに青臭い。が、けじめを付ける為には言わねばならない事があったからだ。この際、わざわざ責任を言及しないで居てくれているエドモンドの意図は、敢えて無視する。それが互いに責任ある立場の関係においてすべき行為でないという事は、彼にも分かりきっていたのだが。それでも、という心情は捨てられない。

「――それから中佐、私には先の戦闘における行動への懲罰が必要と考えられます」

「それは自身の為に、かね?」

「いえ……隊の規律維持の為にです」

「潔癖が過ぎるな。では聞くが、大尉は何故、懲罰が必要だと考えるのだ」

「私はあの時、隊としての行動を取らず、独断専行で敵砲撃陣地の破壊行動を取りました。自分は、戦闘時における指揮権限は与えられています。ですが、撤退作戦に多大な混乱をもたらした責任を取らねばなりませんし、相応の処罰は受け入れる覚悟です。もっと違う形で、何らかの行動は取れたはずだったのです……」

「つまり大尉が罰したいのは、軍隊としての原則を忘れた自らの判断にあるという事だな? だから私は、そこが潔癖に過ぎると言ったのだ」

「……」

「大尉が何故、そこまで軍人という形に拘るのかは聞かないとしよう。しかし、君の場合は私怨や私情を切り捨てられないからこそ、過ぎたる否定に走っているのでは無いのかね? ――いや、立ち入り過ぎたな」

 核心すら突いているのでは無いかと思わせる邪推(・・)。バルトはそれを否定する術を知らない。

 エドモンドにしてみれば、バルトの先程からの考えはあまりに過剰なものに思えた。それはまるで、何かに憑かれたかのような盲目さを感じさせたのである。ただし(いさ)める為に放った言葉は、エドモンドにとっては予想外にバルトの奥深くを抉ったらしい。弁解というほどでは無いが、続ける言葉にはある意味で謝意のようなものを含ませる。意図するところにバルトが気付いたかはともかく――。

「報告にあったミッションレコーダの内容は聞かせてもらった。テトル少佐は最期、大尉の友人として語りかけていたように聞こえたのでな」

「気になさらないで下さい。しかし、あんな死にせめてもの意味付けが出来るのだとしたら、テトル少佐は軍人として死んだのだと、私は考えたいのです」

「あくまで否定するかね、それも良かろう。だがな大尉、これだけは覚えておいて欲しい。その潔癖さはいつか、君自身を壊しかねないのだ。殊に純粋で正しい理想などというものは、時に鋭い刃となって掲げる者を裂いていく……私はそういう人間を知っている」

 現場主義たるエドモンドにはとても似つかない、そんな抽象的な表現が出て来た事にバルトは驚いた。驚くと同時に、エドモンドが向ける視線の悲しさに気付く。

 エドモンドも何かを抱えてここに居るのだと。初めて対面した時の事を思い浮かべつつ、彼は静かに悟った。

「……理解しました」

「なら良い」

 そして、視線が自身へ投影されたものだと理解した時、バルトは、眼前に控える初老の男の中に「屈折した何か」を見たような気がした。その種子たる挫折はエドモンド同様、バルト自身の裡にも根を伸ばしつつある。その事実を彼はまだ知らない。否、目を向けさえしなければ無いも同然なのだと、そう思い込もうとしていた。

「この状況で懲罰など希望するくらいなら、部下達の様子でも見てきたらどうだね。あるいはそれこそが懲罰になるのかもしれんな」


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