第75話「12年間の封印、目覚める巨神像―1」
タレー特設基地周辺における戦闘終結から、長い一夜が明けた。二度三度と目標を変えて行われた連戦は、ホエール・試験先行運用部隊共に深い傷を残した。よって補修作業は一晩に亘って行われ、多くの作業員たちはそのまま朝日を見るに至ったと言う。
ホエールは戦域から既に遠く離れ、撤退ルート上のある森林地帯を航行している。だが、その実態は平常とは言い難い。稼いだ距離にしても、それは一晩中動力機関に鞭を打ってなんとか絞り出したものであって、出せる速力自体は普段よりも大幅に落ちている。至近で炸裂した対艦地雷によるホバー機構の損傷、装甲損失による艦体強度の低下を懸念していては、艦に大きな負担を掛ける全力航行などとても出来ないのだ。
それでも、優先して補修作業が行われた区画――――主に第二格納庫では、なんとか整備員本来の仕事が回り始めるようになっていた。空けられた大穴は耐弾性など全く保証されない補修材で塞がれたのみだが、敢えてその事実を頭に浮かべて作業する者などは居なかった。もし、そこに新たな弾頭が着弾したなら次は無い。そう知っていて尚、部隊全体の生存率向上だけに目を向けられる胆力は、彼ら整備員にこそ宿っていたと言えよう。そして、比較的損傷が少ないと判定された二号機と三号機は、多くの作業人員に囲まれて第二格納庫に格納されていた。
「中尉、これが現段階での補修計画案になります」
「ありがとうございます、軍曹」
機体周囲に集う一人。二号機の補修状況を確認すべく機体前に立っているのは、リーグである。コリンドから渡された整備情報にくまなく目を通すのは、やはりパイロットとしての責任に由来する行動だ。しかし、その顔は険しいとは言わないまでも、渋いままで固まっていた。
「軍曹、補修自体は各部アクチュエータの調整が中心とのことですが」
「外部装甲の補修も出来る限りはしたいのですが、なにせナオト少尉やバルト大尉の機体が、ああですからなぁ。最低限、四肢を揃える程度には補修しておかないといけませんので……。その点、ちゃんと腕もくっ付いている中尉の機体には人員を割けないのです。申し訳無い」
「ええ分かっています、そういうことなら納得しなければ」
リーグはとりあえずの事情を理解し、整備班にこれ以上を要求するのは酷だと考える。だが、理想論だけを言うのなら、命を預けるものだけに機体は万全にしておきたい。どうにも噛み合わない事情はぐるぐると頭を駆けて、なかなか抜け出そうとはしなかった。自己認識の中で所在を失ったと見える手は、無意識に軍帽へと伸びていく。それが何かに悩んでいる際の癖であると、彼自身も半ば承知はしていたが止めようとはしない。
「昨晩も整備班が動員されっ放しだった、というのは聞いていますから」
「ご理解いただけて幸いです」
ほっとしたような、それでいてすっきりとはしない笑みがコリンドの顔に広がった。妥協せざるを得ない事情であっても、プロとしての誇りには傷なのだ。
「しかし、こういうのもなんですが……我々整備班も、まさか一号機まであれほどの損傷を負ってくるとは考えていませんでしたよ。第三世代型トールとバルト大尉の技量を以てしても勝てないというのなら、もうそれに対抗できる相手は居ないでしょうな。『フラグマ』とか言いましたかね? フェンリルという連中の保有機体というのは?」
識別コードネーム――フラグマ。それは紛れも無く、リーグ達の戦ったフェンリル所属機を指す名称に他ならない。つまり、整備班長の口からは出るはずの無い言葉が飛び出してきたのだ。リーグはその事実に一瞬驚きかけた後、自らのまだ新鮮な記憶を掘り起こして納得する。
未だ混乱冷めやらぬ今朝の事、エドモンドの独断による情報公開措置は行われた。端的に言えば、エドモンドが全ての乗員に対し、フェンリルと呼ばれる敵対組織の存在・機体の識別情報を明かしたのである。曰く、フェンリルは少数ながら比類なき戦力を持ち、「非常に高度な脅威として」警戒すべき対象という事だった。同時にその発言は、かねてより囁かれていた噂に裏付けを与える結果にも繋がった。即ち、最新鋭であるはずの第三世代型トールが激しく損傷したり、度々開示されない戦闘記録があったりするのは、何らかの脅威にホエールが関わっているからだという噂である。パイロットたる試験先行運用部隊の面々も敢えて話そうとしなかった事から、それは半ば肯定されたものと受け止められていたのだが――。それでもやはり、艦長という責任ある立場の人間が公にそれを認めたという事実は、少なからぬ衝撃を乗員に与えた。
そして敷かれていたであろう緘口令を敢えて破り、全乗員に情報を伝えたという事実の重さはリーグにも理解できる。そして、同じような覚えがある身ゆえに、エドモンドがそう決断するに至った覚悟すらも理解出来る気がした。重大な軍紀違反に他ならないが、それでも非難する気など微塵も湧いてこない、というのが彼の素直な心境である。何も知らないままではロクに戦えない。その点において両者の考えている事は確かに一致するものだ。
「尤も、これまでも何かおかしいとは思っていましたから、新たに知る事が出来たのはフェンリルという名前くらいのものです。第三世代型とは次元の違う戦闘力……もはや第四世代型とでも言いましょうか。第三世代型の本格配備すら始まっていない現状で、よもやそんな化け物が複数出て来ようとは」
やはりコリンドも何か思う所があったのか。機器を操作しつつも、まるで心から漏れ出して来るような言葉が止まる様子は無い。リーグもまた、今まで事実を隠す立場に居た人間として、それを聞き届ける義務があると考える。
「たしかに。連中の保有する機体は尋常では無い性能を誇っていましたよ。四対一で掛かってもこの様です。特にナオト少尉の機体が酷い損傷を受けてしまって」
「四号機ですか。あの機体は今、とりあえず共食い整備でも何でもするより他にありません。尤も機体特性が殺されていては、本来のポテンシャルの半分も引き出せていない事でしょう。なまじ制御系の応答速度だけが生きているせいで、駆動系とのリンクに微妙なずれが生じているのですよ。そのせいでMNCS制御系に掛かる負担がいつも以上に大きくなっているんですが、こればっかりはどうしようも……。新しく機体を設計するか、四号機の四肢を再建造するくらいでないと解消は出来ませんな」
コリンドはリーグに背を向け、整備用端末へのアクセス並びに各部の自己診断作業に入る。誰の返答を求めるでもない調子で紡がれる言葉は、もはや独り言のそれに近い。
「このYMXシリーズでも駄目となれば、あとはかつて建造された試作機群しか残らないでしょう。いかにエークス製トールがゲルバニアン製のそれに優るとはいえ、第三世代型に比肩する機体などはそうそうありません。それこそ、あのフェーデシリーズを引っ張り出さなければ……」
「今はなんと?」
聞き覚えの無い単語を耳にし、つい質問が口走る。対してコリンドは困ったような笑顔を浮かべ、その質問がなされた事への小さな驚きを表した。コリンドとしては、まさかそこに関心が向けられるとは思っていなかったのだ。しかし、丁寧にも答えようとする辺りはやはり、技術者らしい律義さの表れだと言えよう。
「ああ、中尉はお気になさらず。トール技術者なら知っている、というだけの機体群ですので。それもあまり良い評判ではありませんが」
「察するに試作機か何かですか?」
「そうです。この四機のYMXシリーズも試作機ではありますが、フェーデシリーズは更にその前。正確に言えば第三世代型トール開発の先駆けとなった、フェーデ計画と呼ばれるプロジェクトによって建造された初期試作機群です。たしかに先進的なものもありましたが、挙げるべき欠点は数えきれないほどだったとか……つまりは妄執が生み出した欠陥機です」
「……」
これまでパイロットとしてのみ、トールと関わって来た者などは知る由も無い。
一度、規格を握ってしまえば多様な権益が動く高度工業製品としての性質ゆえ、第三世代型トールの開発においては多数の暗部が存在した事。そして、個人の妄執すら具現化を許される開発環境が存在した事を。その最たるものが、かつてプロジェクト「フェーデ」と渾名された新世代トール開発計画なのである。たしかに成果の一部は第三世代型を含むトールに受け継がれた。とはいえ暴走した計画の反省から来る教訓は、技術者には深く刻まれているのであった。
一方で、やはり現場のパイロットにまで知られた話では無いのも事実である。しかし、リーグにとっては全く心当たりが無い訳でも無い。たとえ縁遠い説明であったとしても、微かな反応を見せる記憶は存在した。あれはまだ第三世代型が配備される前だったか、と彼は朧げな記憶を辿っていく。
「そういえば数年前、大尉が何かの試作機に乗ったとは聞いていましたが……もしかしたらそれが?」
「恐らくそれはフェーデシリーズの一番機、フェーデアイン。YMX-01本来の仕様に比較的近い機体だったはずです。あれはとびきり扱い辛い機体でしたね。それでも今の四号機よりは……少なくとも今、この状況でフェーデシリーズの一機でも持って来られるのなら、そっちに代えた方が良いのかもしれませんなぁ」
昨晩から休みなく働いているであろうコリンド。そんな彼から飛び出して来たのは、冗談とも本気ともつかない発言だった。その真意を知るには、リーグに向けられた背から読み取れるものはあまりに少ない。
「実戦で動ける機体があるのですか」
「いえ、まさか。動態保存ならされているかもしれませんが、信頼性などあってないような代物です。どんな風になっているかは、兵器管理局かG.K.companyにでも聞くしかありませんなぁ」
ついに端末のケーブルが整備管理用機器から引き抜かれる。二号機に行われていた簡易なストレスチェックは、大きなトラブルを見つけるには至らなかったらしい。簡易とはいえ専用設備で行われた検査結果なので、リーグにとってもその結果を不信とする要素は無かった。
「ともかく、二号機自体の稼働は引き続き可能になりそうです。戦闘機動で蓄積されたストレス値は許容範囲内ですので」
「では、一号機と四号機の整備も頼みます。こんな状況では、いつゲルバニアン軍が追撃を仕掛けて来てもおかしくはない」
了解しましたと返すコリンドの声は、たしかにプロとしてのそれだった。




