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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第74話「ただ一人の勝利者―2」

 戦闘終了より更なる時間が経過。タレー特設基地周辺の闇もより深まり、夜の(とばり)はただ、仄かに輝く月の舞台足り得ていた。そしてすっかり吹き流されたはずの硝煙は未だ、(ゆめ)(うつつ)か定かでない、戦場の熱気とでもいうべきものの残滓を感じさせる。それも夜風によって徐々に冷やされていくのであるが、その実、非常に厄介な熱量に関しては冷やし切れずにいた。即ち、敵対する者同士の心に燻る(ほのお)である。現在、ある男に覗く敵意は弱まることも無く、不信感や警戒心を燃料に徐々に温度を高めていた。

「さてと、ようやく会えたな? カルサ=ベルボット少佐。一度はタレー特設基地への立ち寄りも拒みやがって」

「基地司令ならばそういった権限も与えられているはずだ。それよりもこの状況を貴官はどう――――」

「そう真面目腐って軍法論を語れる立場かよ」

 痛い所を突かれたと、カルサ少佐は目を逸らす他ない。現在、友軍によって拘束状態に置かれている彼にとって、この状況は異常そのものだった。

 エークス軍の現れるはずの無い地域において守備隊を殲滅されたかと思えば、対人部隊にあっさりと基地を占領される。そこまではまだ、不測の事態には違いないがそれ以上の意味を持つものでも無かった。彼が自身の無能を棚に上げさえすれば、運の悪い出来事だったと言い切る事も可能であろう。しかし、不可解だったのは彼自身の扱いについてである。テトル=エリックと名乗る将校に尋問された後は、突如として撤退し始めたらしい対人部隊に連行されることも無く放置された。基地周辺におけるフェンリルの出現を知る由も無いカルサにとっては、わざわざ捕虜とした者を連行しない理由が分からない。当時、指揮官との通信が途絶した特殊情報局第一分隊が相当の混乱に置かれていたという事実もまた、彼の知るところでは無かったからだ。故に友軍たるオフドが現れた時、目的は他ならぬエークス軍の駆逐にあると考えもした。その結果が、タレー特設基地内部へ突入して来た部隊員なのだとも。

 だが、オフドは基地を解放するどころか、基地要員の大半を拘束状態に置いたままカルサへの面会を行って来た。そこには自分に対する脅しの意味もあるのだろう、と直感は告げる。もはや彼がオフドを見る目は、敵に対する時のそれと大して変わらなくなっていた。ただ、対する人物がテトルからオフドへと入れ替わっただけである。更に厄介な事に、下手をするとエークス軍より友軍の侵入の方が不利な事態を招く可能性は高かった。多大な危険を冒してゲルバニアン軍勢力圏まで潜って来たエークス軍とは違い、解析にはいくらでも時間を掛けることが可能なのだ。『内通の疑いアリ』などとして、軍内部調査という正当性さえ通ってしまえば、後に咎められる可能性も低いと言える。

 ただし、オフドと彼が率いてきた部下とて、友軍たるタレー特設基地要員に対し特別の調査権限が与えられている訳で無い事は明白である。重大な軍紀違反である事には違い無いのだ。だが、それを告発する事は即ち自らの首をも飛ばしかねない行為であると、カルサは理解していた。まだ、そんな事態を引き起こすような失態は避けなければならないのである。

 分厚いガラスを挟んだ向こう側。先程から、オフドを囲む部下たちの様子はにわかに活気を帯び始めていた。相変わらず抵抗の手段を持たないカルサは、座して見ているより他に無い。ただ、恐れていた事態の一つがとうとうやって来たのだという予感だけはあった。

「ふん……やっと取っ掛かりを見つけたようだぜ? ご大層にも最深層に沈めてあった情報のようだが、既に防壁が幾つか破られていた後だったらしい。さあどうする、基地司令殿の判断が賢明な事を祈るが」

「どうする、とは? 基地を強引に占領してまで貴官らは何をしに来たんだ」

「この状況ですっ呆けるとは、こりゃまたおめでたい思考回路をしてるなあ? この基地に隠してある宝箱(・・)を見せろと言っているんだ、それはもう……取って置きのやつをだ」

 もう逃げる事は出来ない。この男は既に決定的な証拠を掴んでいる、とカルサは確信した。

 彼に言わせれば、すっ呆けているのは他ならぬオフドの方だ。こんな辺境にまでわざわざ足を運ぶからには、既に何らかの裏を取っていると考えなければ不自然なのである。たとえオフドが命令によってこの地に配属されたものだと説明されても、それを素直に信じられるほど、カルサは軍部が清廉であるとは考えていない。そう考えるに足る信頼など、ゲルバニアン軍に対しては微塵も持ち合わせていなかった。

 しかし最低限、自身が軍人であるという自覚はある。そうでなければ、仮にも基地司令などを名乗ることは出来ない。

「――――分かった。ただし基地要員は解放してくれ。拘束された者たち全てとは言わない、そう多くは無いならば」

「条件もなにも言える立場じゃねえだろ……だが、良いだろう。俺たちはなにも親愛なるカルサ少佐殿の敵になりたい訳じゃあないからな」

 カルサも流石に「感謝する」などと呑気な返事は返せない。

 オフドがしきりに宝箱と呼称するものに関して言えば、確かに彼はそれを最も良く知る人間の一人であった。つまり、オフドの勘あるいは裏付けは、この場合において正しいものだった。

 ただし、当の本人――カルサは降って湧いた思わぬ脅威の存在に心底、警戒心を向けていた。基地要員を人質同然の状態に置かれ、下手をすれば事態の顛末さえ隠蔽されかねないような状況である。それは当然だった。唯一出来る事と言えば、大人しくオフドの要求を呑む事だけであろう。尋問室に放り込まれ、敵友軍問わずに要求を突き付けられる立場を思えば、彼自身にもそれが最善の策と感じられるのである。

「開けてやれ」

 オフドがそう指示を出す。すると二人の部下が対人装備を解くことも無いまま、堅い尋問室の扉を開放した。尋問室側の出口は直接、廊下へと続く。方形に切り取られた中に映るのは、何の変哲もないただのコンクリート壁。それでも、防弾ガラスを通した際のそれとは違う、曇りの無い風景がそこからは覗いて見えていた。そんなものですら今のカルサにとっては、久しく見る外の世界である。長時間の拘束ですっかり重くなったカルサの身体は、ここに至ってようやく外へ出る事を許された。だが無論、それは彼の自由を意味するものでは無い。

 脇を二人の部隊員に固められたカルサ。オフドからの言葉は背後より投げかけられる。

「俺は非常に疲れた、カルサ少佐も今日はもう休む事だ。そうだな……五時間後、明朝には閉鎖区画を開放しに出て来てもらおうか。親切な案内を期待してるぜ」

 カルサは応えない。オフドもわざわざ反応を促すような真似はしない。ほぼ連行されるような形で歩かされるカルサは、自室へ入るまで口を開こうとはしなかった。

 見慣れた自室は昨日までのそれと全く変わりなく存在している。が、部屋に配された基地内全ての回線は切断され、部屋の前には武装状態の部隊員が控えている事を彼は理解していた。少数で基地を占領せざるを得ないオフドにとって、カルサに基地司令として動かれては非常に厄介なのである。安易ではあるものの、オフドが講じた策は軟禁だった。

 だが、五時間後に再び呼び出される身においてはもはやどうでもいい事実である。基地司令としては無責任とされるかもしれないが、それは現段階での抵抗が完全に無意味である事を知っているが故の認識なのだ。既に幾つもの未報告案件が発見されたであろう今、背任の立場を問われかねないカルサは動くことを許されなかった。何より、彼もまた相当に疲労していたのである。与えられた休息に沈み込むように、その意識は眠りという形でゆっくりと閉じていく。

 それは、ある人間にとっての長い――とても長い一日が心ばかりの安息を以て終息していく光景でもあった。

 タレー特設基地における戦闘勃発から実に十数時間。エークス軍に始まりゲルバニアン軍の両部隊、果てにはフェンリルの思惑をも呑み込んだ混乱の一日は、オフドによるタレー特設基地の占領、並びにホエール・試験先行運用部隊の撤退という形で幕を閉じようとしていた。まさにその締めを飾るかのように、山間におけるある渓谷――ちょうどディエストと一号機が対峙した地域周辺では極々小さな爆発が複数起こった。自然現象では無い、かといって本格的な炸薬の引火でも無いほんの小さな規模である。タレー特設基地を占領している部隊員でさえ、誰も気付きはしなかった。これが何の意味を持つものなのか、知り得る者はここには居ない――――。

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