第72話「有効射程距離50km超の攻防―6」
敵部隊の三機を追っていた四号機を、突如巨大な衝撃が襲った。まるで空気の塊そのものが硬化したかのような衝撃は、分厚い装甲越しにもナオトの身体深奥を揺さぶる。それが、複数の対艦地雷が誘爆させられた余波である事を彼は知らない。ただ、突如として立ち昇った火柱と、その爆発規模の異常さには注意を向けざるを得なかった。
「これだけ大きな爆発がホエールの方から……!」
その隙が致命的となった。衝撃はナオト同様に敵パイロットにも届いており、彼らにとってのそれは戦闘離脱の好機と映ったのである。四号機のセンサー範囲から抜け出すように、三機のトールは一気に森林地帯からの離脱行動を開始した。
「しまった……しかも向かう方はホエールか!」
敵が去り際に撃ち掛けて来た中へと突っ込み、尚も四号機は加速を続ける。だが、敵トールのそれを若干上回る程度が、今の四号機にとっての最高速度である。障害物を避ける反応速度の遅延は言うまでも無く、足枷となって本来の機動性を縛っていた。このままであれば追い付けるはずは無い、とナオトの判断は早急に固まる。
「こちらコード4。すみません、敵機を取り逃しました! 三機がそちらへ向かっています!」
『コード2、了解した。これ以上、ホエールへ近づけさせる訳にはいかない』
「さっきの爆発はやっぱり……」
『ああ、大型地雷の爆発に巻き込まれたようだ。艦体が接触して起爆させた訳では無いから、まだマシなようだが――――』
『数3! ナオトの報告通り敵が来たぜ!』
『分かった! 迎撃にあたるぞ』
地中の金属反応は避け、出来得る限りの最高速度を以て四号機は突き進む。森を抜けた時、真っ先に前方視界へ飛び込んで来たのは敵部隊の背後であった。同時に、その三機を迎撃しようと待ち構える二号機と三号機の姿も視界に捉える。
『コード2より各機へ、このまま敵部隊を包囲・殲滅する!』
長物をそれぞれに抱える二号機と三号機。敵部隊の進行方向へ回り込みつつある彼らの機体もまた、先程の爆発による損傷を抱えてしまっていた。損傷は特に外部装甲において顕著なもので、再び合流したばかりのナオトに不安を抱かせる程だ。しかし、外見の損傷に比して内部は健在であるようで、予想に反して敵部隊の半包囲は難なく成立しつつあった。
互いの射線上に位置取る事が無いように、また敵の狙いを絞らせないように攪乱機動は続く。敵が放つそれと同程度には牽制射撃を加えつつ、ナオトの目は二つの大口径砲が構えられる様を捉えていた。
……あれさえ発射出来れば一撃で片が付く!
もはや確信と言っても良いレベルで、彼は敵機の爆散を予想する。だが、大口径砲がそれぞれに砲火を噴き出すよりも早く、敵部隊が動いた。
敵機の肩部に数本、明らかに外付けされたと見える円筒パーツがホエールへと射出される。大型の筒状であったそれらは敵部隊から一斉に発射され、二号機がとっさの判断で放った一射と交差した。うち複数が対施設砲の大口径弾による迎撃に巻き込まれ、放物軌道を上りきる前に炸裂。残余の発射物はホエールの装甲から離れた所で炸裂した。キラキラとした大量の何かが空中に撒かれた以外、何ら影響を見て取ることはできない
続いて、敵機へと向けられていた三号機の砲が放たれる――――そうあって当然の流れであった。だが、敵部隊の策により状況は混乱の様相を呈す。
「索敵モニターがやられた⁉」
『こちらもだ! データリンクがダウンしている』
ナオトが捉える敵部隊は間違いなく、目視できるだけの相対距離に位置している。しかし、索敵モニターはその悉くがダウン、あるいはエラー表示で使い物にならなくなっていた。同時に、本体側索敵とリンク下にあった火器管制FCSも機能不全を起こしている有様である。その間にも敵部隊の機影は、何度見たかも知れぬスモークの前に再び掻き消されていった。
ナオトは再起動を試みるも、相変わらず索敵システム、FCSが正常に動作する気配は無い。同様の異常は、ホエール付近に布陣していた三機全てに現れている。だが、原因は機体側のトラブルでは無かった。三機を襲った事態――――その原因を含め、全貌を真っ先に理解し得たのはルーカスである。
先程、敵がばら撒いたものの正体はチャフの一種であり、通常装備では無い。中でも反射率を高く加工された特殊なものであった。仮に、そうした物体が艦体の至近に晒されればどうなるか。最も悪いケースで言えば、『大量のチャフ片がそれぞれ脅威対象として認識される』が答えである。そして場合によっては、大量の目標を抱え込んだシステムは〝飽和〟を引き起こすに至ってしまう。つまり、処理し切れなくなった情報がシステム全体を停止させる事すらあるのだ。更に悪い事に、ホエールを頂点として構築されていたデータリンクは、その影響を末端のトールにまで波及させてしまった。それが、三機の索敵システムがダウンするに至った全貌である。
いっそ三号機を中心としてデータリンクを強制的に切り離し、再度構築する必要がある。そう結論付けたルーカスは早速、操縦桿から手を離す。そして、専用入力モードとして起動されたコンソールパネルが彼の前に展開された。
『連中、こんなところでチャフを撒きやがったのか! そのせいでデータリンクの影響がこんなところにまで……とにかく索敵はこっちで引き継ぐぜ、二人は早く!』
「コード4、了解!」
今や三号機の動きは完全に止まり、棒立ちとさして変わらぬ姿勢を取っている。パイロットが、データリンクの切り離し・再構築作業を最優先とするからには、操縦の方を放棄せざるを得ないのである。無論、戦場で棒立ちになるなど本来あってはならない。が、そうせざるを得ない程の緊急性が、この時はたしかに存在した。三号機のコックピット内で奮戦するルーカスも、それを理解しているからこそ我が身を危険に晒すのだ。
三号機の脇を抜けつつ、ナオトは改めて四号機にサブマシンガンを構えさせた。機体右前方には、同じくスモークの壁へ相対する二号機。視界の端に位置する僚機を確認し、サブマシンガンによる掃射はとにかく広範囲に亘って行われる。
二号機は片腕のみで対施設砲を保持し、もう片方の手を以てアサルトライフルを撃ち掛けた。さしたる感触は無く一カートリッジ分撃ち切った後も、予備弾倉へ交換する暇は無い。まだ使えると分かっていながらも、ライフルはそのまま二号機の手より投げ捨てられた。
『コード3! まだなのか。これ以上の近接を許すとマズい!』
「こちらコード4、流石に限界だ!」
またも煙幕に隠れた敵部隊がいつ、大型発射筒からミサイルを撃つとも知れない。そんな恐れがナオトの手を嫌な汗で濡らしていた。
既にホエールとの距離は気休め程度にしか空いておらず、誘導妨害ECMを展開した所で避けられる保証は無い。誘導距離の大幅な減少を差し引いても尚、敵部隊の推定射程距離を表す円はどんどんホエールを呑み込んでいった。データリンクの回復を待つ間にも、ミサイルの着弾は刻一刻と更に確実な未来へと変わっていく。
『やっとホエール側とのリンクを切れたぜ! データリンク回復!』
エラー表示に埋め尽くされ、あるいは全く更新のなされなくなったサブモニターが、途端に索敵表示を回復させる。そして微かではあるが、スモーク展開領域の中にある熱源反応が検知されていた。
『居たぜ! 左方、距離53。三つの熱源反応を検知!』
『四号機も直ちに迎撃しろ!』
部下へと指示を飛ばしながら、リーグは反応地点への照準を確定させる。そして二号機が構えた対施設砲に続き、四号機もまたサブマシンガンの銃口を向けた。それぞれの砲撃はほぼ同時に、同一の地点へ向けて放たれる。
「早く……当たってくれ!」
対施設砲からは破格の威力を誇る破甲榴弾が、サブマシンガンからは多数の小口径弾頭が撃ち出された。それぞれはすっぽりと煙幕に飛び込んだ後、一瞬で自らの軌跡に沿った空隙を生みだす。トンネルの如く穿たれた煙は、ほぼ一直線に反応地点へと伸びていた。熱センサーに捉えられた目標物は、その空隙の中にある。
だが、衝撃波を受けて晴れた先に敵部隊の姿は無かった。代わりに有ったのは、大小様々の被弾痕を晒す直径一メートル程度のパーツである。視認できるだけの僅かなラグを挟み、そのパーツは内部に仕込まれた酸化剤を反応させての誘爆に至った。
ほんの一秒にも満たない出来事である。自らが撃ち抜いたパーツは囮であった、という程度の情報しか彼らは確認できなかった。だが、それ以上の情報に意味は無い。その正体が、敵機から分離されたもう一対の追加装備であった事など、何ら事態を好転させる情報には成り得なかったからだ。
『対熱探知のアクティブデコイだと⁉各機は現在地より散開、敵部隊の再捕捉を急げ』
歴戦を潜り抜けて来たリーグも含め、試験先行運用部隊の三機は今までになく変則的な戦いに翻弄されていた。相手が只者で無いと確信するのに、それ以上確かな根拠は存在しない。
『こちらコード3、敵機再捕捉! くそ、間に合わな――――』
ルーカスの言葉が最後まで発せられるより早く、それはナオトの視界に飛び込んで来た。煙幕の端から、複数の飛翔体が高速で射出されたのである。塊の如くたちこめるスモークを突き破り出でたそれらは、ゲルバニアン軍における対艦攻撃用オプションの一つ、対艦誘導弾であった。誘導弾の後部からは誘導用ケーブルが伸びており、射程を犠牲に確実な誘導性を求めた仕様である。大型発射筒を経由し、機体側から直接に着弾地点を操作できる為、誘導妨害が行われていても視認出来さえすれば外しようは無い。
真っ先に反応出来たのは、僅かなラグも無く敵部隊を捉えた三号機であった。咄嗟に機体操縦を回復し、未だ扱い馴れていない多薬室砲を誘導弾の予測進路へと向ける。多薬室砲特有の高い砲口初速は即ち、この場合において動体目標さえも貫く武器となった。最も先頭を進んでいたはずの誘導弾は、三号機より伸びた火線によって火球へと変えられる。
しかし、それだけであった。
続いてリーグやナオトがトリガーボタンを押し込むより早く、撃ち漏らした誘導弾は内部より多数の子弾頭を射出する。瞬く間に驟雨と化した誘導弾はもはや、誰にも止める事は出来なかった。迎撃も空しく多数が着弾。ホエールの艦体側面には、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の爆轟が発生する。
「ホエールが……‼」
発生した閃光と衝撃波に耐えつつも、ナオトの意識はホエールへと向けられていた。だが、今更何ができる訳でも無い。敵部隊の反応は爆発を背に遠ざかり、既に護衛すべきホエールは対艦誘導弾の直撃を受けてしまったのだ。敗北感と、悔しさ。それ以上に自身の心情を言い表すに相応しい表現を、ナオトは知らない――――。
「艦体左側面への被害甚大! エンジン区画までの貫徹はありませんが、外部装甲の三割を喪失」
「敵トール部隊が一時退却したとの事です。試験先行運用部隊の三機も健在との事でありますが……」
対艦誘導弾の直撃による衝撃は生半可なものでは無かった。艦体側面区画に位置していた第二格納庫の一部は使用不能、更には爆発そのものによる被害が死傷者を多数生み出すに至っている。ホエールにとっての救いは、あれだけの攻撃を受けたにも関わらずメインエンジンへの被害が無かった、という事だけであった。
もし使用された対艦誘導弾が子弾頭を放出するタイプでは無く、単体で装甲を貫徹、内部で起爆するようなタイプであったなら――――。そう考えるエドモンドにとっては、『救い』の意味合いは多少皮肉めいても聞こえる。だが、そうでなくともホエールの現状は危険を極めていた。
彼の指示により、既にダメージコントロール班は被弾区画へと向かっている。だが、そこで出来るのは応急処置であって、二回目を耐えきれる程のものでは無い。もし外部装甲を失った区画に被弾するような事があれば、今度こそ艦は沈むのだ。しかし、現在地が敵勢力圏である以上、彼らに脱出以外の手立てが残されているはずも無い。何とか自走砲の砲撃を凌ぎ切る、といった選択肢が唯一取れる方策なのである。
自らが貫かんとする愚策を嗤いつつも、彼はそれ以上の自虐を止める事とした。
……立てた方策がいかに愚かしいものであったとしても、それに命を預ける乗員が居る限りは全力を通すべきなのだ。もしそれすら踏みにじるような事があれば、冒涜と言う他無い。そして私は、艦長としての責務を果たさねばならんのだ。だが、このままでは……。
心中の独白であったはずのそれは、彼にしては滅多になく独り言として漏れてしまっていた。幸いであったのはそれを聞いていた乗員が誰も居なかった、という事である。彼の独り言には覚悟と同時に、訪れる結末を受け容れようとする姿勢が含まれていた。それを老い故の達観と言うのは容易い。だがそれ以上に、エドモンドの中で〝報い〟という言葉が明滅を繰り返していた事が大きい。なにも乗員を巻き込もうと言うのではない、ただ、それが来るべき運命ならば受け入れようと考えていたという事である。
しかし、決定付けられたかに思われた結末は、徐々に綻びを見せ始めていた。
まず、ホエールを襲っていたはずの自走砲による砲撃が止んだ事。そして、しばらくの間行方知れずとなっていた一号機から、敵砲撃陣地を壊滅させたとの通信が届いた事である。自走砲の存在した地点には照明弾が上がり、一号機の健在・敵陣地の壊滅が確かなものである事を知らせていた。
砲撃陣地の壊滅とほぼ時を同じくして、通信妨害の強度は格段に下がりつつあった。ようやく安定した通信環境が確保出来た中で、エドモンドへの報告文は簡潔な暗号形式で送付されていた。それを手元のコンソールパネルに表示させ、目を通す。その頃には、彼の中で最高潮まで高まっていた危機感はようやく引きつつあった。無論、戦闘の被害を忘れた訳でも油断していた訳でも無いが、それもまた事実である。
しかし、報告文の中に『ある内容』を見つけ、彼の胸中は不安感に騒めき始める。
「……敵自走砲に人員の姿を確認する事は出来ず。自走砲自体は有線で遠隔操作され、ある段階で敵部隊は撤退したと推測される……か。我々も把握していなかった一号機の襲撃が事前に予期されていたか、あるいは――――」
敵部隊はホエールの撃沈を諦めた訳では無い。そして、彼らと再び砲火を交える機会は遠からずやって来る。そうエドモンドが確信した瞬間であった。
「オフド少佐。タレー特設基地内部の掌握作業、完了しました。エークス軍は基地要員を拘束するに留めていた模様であります」
「よぉし、じゃあカルサ少佐の顔を拝みに行くとするか。通信妨害は打ち切らせた事だ、あとはあのデカブツもそのうち引けるようになった頃合いだろう」
「では、予定通りに監視を続けるという事でよろしいのですね?」
「ああ、くれぐれもちょっかい出して火付けるようなマネはさせるなよ? こっちにも手を出せねえタイミングがある」
「了解しました」
隙の無い部隊員の敬礼は、紛れも無くオフドに向けられたものである。その所作自体、誰にとっても違和感を覚えさせるものでは無い。だが、問題はその場所にあった。
タレー特設基地司令部。本来なら基地責任者たるカルサ少佐が、主として居るべき場所である。だが、現実には客人たるべきオフド少佐が基地指令室に陣取っていた。それが何を意味するのかは、彼の引き連れて来た部隊員程度にしか知らされてはいない。
だが、全ては彼の進めて来た通りに導かれた状況であった――――。




