第71話「有効射程距離50km超の攻防―5」
『――――少佐、敵艦は依然移動を続けています。敵トール部隊もその周辺へと展開しており、艦の直掩にまわっている模様です。恐らく別働隊との合流を試みているのでしょうが、進路は少佐が予想された通りに』
酷いノイズ混じりの通信に、オフドは思わず渋い表情を浮かべる。よく注意を払わなければ内容の半分も聞き取れないであろう通信は、未だ指揮所に詰めているオペレーターからのものだった。経年劣化甚だしい車内備え付けのインカムは、オフドをして民生品以下と評される代物であり、ノイズの要因として絡んでいる事は間違いない。だが、一番の要因は送受信機以外。つまり、オフド自身の部隊がこれでもかと展開している通信妨害にある。作戦中は止めさせる事など出来ない以上、彼が出来る事と言えば、努めて大きな声で返答を試みるくらいのものだった。
「あれだけの図体を抱えてりゃあな! 当然、進路もそれなりに限られてくるさ」
『自走砲群による砲撃も継続しますか? 敵側も砲撃を開始したようでありますが……』
「当然だろうが。奴らも、自分らが出した目くらましのせいで、砲撃地点の正確な観測は出来ないはずだ。それにあのトール部隊を艦に釘付け出来れば、こっちが相手にしなきゃいけない戦力も減る。あのデカブツには出来る限り、お仲間を引き連れて行ってもらうのが良いんだよ」
『了解しました。以降、次シークエンスに移るまで砲撃を継続します』
以前、手痛い敗北を喫したオフドの中に、慢心などは欠片も無い。だが、彼は不敵の笑みに顔が緩もうとするのを敢えて止めようとはしなかった。現状で把握し得る限り、全ての事態は彼の思惑通りに進んでいる。
「あとはこのままケツを叩いてやれば……奴らにも多少の礼は出来るかね?」
誰ともなく語り掛けた彼の目には、かつて陥落まで追い込まれたオルテン前線基地の惨状が思い浮かんでいた。そして、自軍を追い込んだ三機の敵機動部隊の存在もまた、格別な脅威として脳裏に刻み込まれている。異常なまでの突破力、高度な連携戦術、どれを取っても忘れる事は無い。『敵側が問題のトールを装備した部隊である』と観測班より報告を受けてからというもの、オフドの指揮が慎重を極めていた要因はまさにそこにあったのである。
……今の敵艦には対艦榴弾だけじゃなく、敢えて撃ち落とせるだけの誘導弾を撃ち込んでいる。そんな状況で対空火器もロクにない艦から、トール部隊が離れるはずはねえ。なにせ対処しようと思えば可能な範囲の攻撃だからな。まともに動けず釘付けになっていれば、トール部隊の投入によるプレッシャーも響く事だろうよ。今回の作戦……前回のようにはいかねえぞ?
作戦の進行度合いから見て、敵艦にはいずれ致命的な損傷を与える事も出来るだろうと、彼は読んでいた。しかし、それは作戦の本命を意味するものでは無い。むしろ敵艦をこのまま沈めた場合、本来の目的が果たされるかどうか怪しくなる可能性もある――――
オフドと彼が率いる部下達を乗せ、なおも進み続ける兵員輸送車。その前方視界には既に、タレー特設基地の閉鎖ハッチが捉えられているのであった。
――――タレー特設基地へ一つのアプローチが試みられている頃。
追い立てられている当のホエールにとって、ゲルバニアン軍からの砲撃は非常な脅威である。故に輸送艦なりの全速を以て切り抜けようとはするものの、そう簡単に照準がずれる訳では無い。それでも前進を止めないのは、敵包囲を脱する為には足を止めない事が重要だという認識を、クルーが共有していたからであった。無論、その重要性を誰よりも知っているのは艦長たるエドモンドに違いない。実際、艦を取り巻く状況を誰よりも把握しているのは彼であった。
そんな艦長に対する報告がまた一つ、オペレーターよりもたらされる。
「YMX-02 , 03は本艦からの観測データ提供を受け、長距離砲撃を継続中。YMX-04は本艦を若干離れ、敵トール部隊三機と交戦を続けている模様です」
「YMX-01の現在地は?」
現状における最大の懸念事項を、エドモンドは再びオペレーターに問い掛けた。依然として艦への砲撃は止まないものの、このまま距離を引き離していけば、いずれは砲撃を脱することも出来る。その中ではやはり、最も懸念すべき状況と言えば一号機の消息が掴めない事が挙げられた。何より撤退作戦の展開そのものが、一号機の健在如何で変わりかねないのだから当然の判断ではあったが。
「それが……通信状況は更に悪化しており、安定した報告が困難な状況にあります。位置特定は困難です。原因については、本艦が稼働させている各種の誘導妨害手段、加えて敵からのジャミングの影響によるものかと」
「そのせいで友軍機の消息は掴めず、正確な砲撃地点の算出もままならないか……」
「YMX-01側が敢えて通信を断っているという可能性もありますが」
「こちらが把握できていない事には変わりないのだ、理由はあとから報告させればそれでいい。それよりも本艦への接近を掛けて来た敵トール部隊、あれからは目を離すな。データリンクの管制は密に取っておくんだ。なんとしても艦体に取り付かせてはならん」
現状、ホエールは敵砲撃元を直接捉えきれている訳では無い。それは、砲撃元が比較的小型の装備――――つまり、トールのように大きな投影面積を持つ兵器で無い事を示していた。ただでさえ高低差が激しい山間の入り組んだ地形を利用し、且つ遠距離から仕掛けられては発見も難しいのである。しかし、そういった運用性の低い装備群は通常、補助的に用いられるのみで戦闘の主役とは成り得ない。少なくとも、まとまった数のトール部隊・機甲部隊と共に投入されるべきものである。だからこそ、原則を無視するかのような戦いを繰り広げる敵軍を前に、エドモンドは歯噛みを禁じ得なかった。まさに「してやられた」といった体を晒すホエールは、最も素直にそれを表していると言えよう。
……我々が大規模部隊の襲来を想定している間に、敵はこんなゲリラ紛いの戦術を仕掛けてきたのだ。だが、たしかに装備が小型であれば発見もし辛い。これは私の失態だ……。
艦周辺で奮戦する三機の姿は、艦長席手元に設けられたコンソールパネルからも見て取る事が出来た。彼らの働きが、ホエールの撤退援護を担う重要なものである事は間違い。そう理解するエドモンドにとってはやはり、敵トール部隊の接近は艦への多大な脅威と映っていた。艦を沈める為にトール部隊を肉薄させるのは、対艦戦術の基本とされていたからである。
しかしそれは逆に捉えることも出来る。つまり、決着を付ける為の敵トール部隊を足止め出来さえすれば、敵がそれ以上何かを仕掛けて来る可能性は低いとも言えた。実際、状況の打開方針として彼の脳裏にあったのは、そういった展望である。だが、たった一つの状況報告が、熟練者の立てた展望を引っくり返していく事も決して珍しいものでは無い。
殊にここは戦場である。一艦長にとっての想定外など、さも当然の如く襲い来る現実の一つに過ぎなかった。
「艦長‼艦前方に多数の金属反応を検知。これは対戦車――――いえ、対艦クラスの大型地雷と思われます!」
「同地点に掘削跡を確認! 何らかの埋設物が存在しているものと……推定されます」
一つ二つに留まらず、無慈悲にもオペレーターの報告は積み上げられていく。刻々と変化し行く戦況はまたしても、彼の予想を軽々と粉砕していったのである。それでもエドモンドから下される指示は迅速を極めていた。
「なに⁉直ちに制動噴射開始。並びに面舵40、針路を変更せよ! 目標物との接触は絶対に避けろ‼」
……まさか! 初めから本命はこちらだったとでも言うのか?
命令を出すに及んでようやく、エドモンドの中にあった疑問は急速に氷解していった。ここまで積み上げられてきた不自然な戦況に納得すると同時に、自身がとんだ思い違いに乗せられていたのだと理解しつつあったのである。
急激な制動に伴い、ホエールにとっては滅多にない程の減速Gが発生する。それによって艦を構成するフレームは無理な応力に晒され、悲鳴とも取れる軋み音は艦内各所で発生していた。乗組員へ急制動を告げるアナウンスも、その喧騒の中にあっては聞き取れたものでは無い。尤も、立っていられるかどうかさえ怪しい程の振動が艦内各所を襲っている今、異常に気付かぬ者などは居なかった。事前に身構えられなかった艦内要員は壁に叩き付けられ、あるいは床に這いつくばる他に無い。数百キロは下らない大型機材もまた、固定が甘ければ、格納庫の床に火花を散らしながら滑っていく始末であった。艦の巨大な慣性を受け止める大型ショックアブソーバーは、もはや全ての衝撃を吸収し切れてはいなかったのである。
急激に変わり行く進路は、ホエールに迫った緊急の事態を最も分かりやすい形で表していた。
それは『艦外に居る者でさえ、何かしらの異変を想像付けるのが容易な程に』である。特に艦近くへ布陣し、その影響をもろに受けたリーグ・ルーカスが異変に気付くのは早かった。
周囲に吹き荒ぶ高圧空気の噴流は、砂嵐よろしく大量の砂塵を轟々と舞わせる。そして二号機・三号機は両手に長物を抱えたまま、砂塵を抜け出すように回避行動を取りつつあった。
鬼気迫る程の急激な機動を前に、たまらず艦へと通信回線を開いたのはリーグである。
「こちらコード2。ホエール、この制動機動はどういう事なんだ? 何が起こっている」
『艦前方に多数の金属反応が発見されたのです! 中尉と少尉は付近から退避を』
「ここまで仕掛けられていたのか! ルーカス、通信は聞こえていたな?」
『ええ……これはヤバイですかね。ちょっと見てみたけど、三号機のセンサーでも金属反応を確認。とっとと退避するしか!』
「それでいい、ただしアクティブセンサーからは目を逸らすなよ」
了解の旨を伝えたルーカスも含め、二人の警戒は空と艦前方へと向けられる。あくまで対空砲火を続けつつも、二機は艦周辺から一定の距離を取るべく動き始めた。ホバーを用いて慎重に、且つある程度の相対距離を維持しつつ回避運動は続く。その間にも、ホエールの制動噴射は艦の進行を押し留め、なんとか進路変更が可能なまでの減速に至っていた。
ホエールの進路変更を横目に確認しつつ、二機は再び地に足を付けての砲撃を再開する。強烈な衝撃波は二度、三度、艦体周辺の広範囲に渡って轟いた。対艦・対トール用問わず、夜空には迎撃成功を知らせる火球が幾つか花開く。相変わらず周辺へ弾着し続ける榴弾を始め、トール自身が発する被弾警告は相当なレベルとなっていた。それでも、二人のパイロットは大口径砲を誘導弾の予測進路目掛けて発射し続ける。
「こちらコード2、敵発射元に動きは?」
『……少しだけど、敵の砲撃目標がずれてる? 着弾地点はホエールの前方だ、奴ら榴弾で強引に起爆させるつもりかよ!』
「なんとしてもホエールを無傷で帰したくないようだな、敵の連中は!」
二号機が抱える対施設砲の砲身には、砲撃目標のずれに応じて向き修正が加えられる。だが、それが殆ど無駄な努力である事は明らかだった。
『中尉殿! 誘導弾はあれのメインじゃない、相手が榴弾じゃ意味ね――――』
「分かっている!」
それでも対施設砲の巨大な砲弾は、敵弾頭へ向けて発射されていった。そして、そう時間も経たぬ内に砲撃音は倍化して周囲に響き渡る。それは同じく迎撃の構えに入った多薬室砲が、二号機の後を追うように迎撃を再開させた証左であった。
だが、やはりと言うべきか。敵の砲撃は、二機の長距離砲撃兵装で対処し切れる量では無くなっていた。そもそも砲撃で撃ち落とせる誘導弾ならともかく、榴弾などは対処のしようがない。その上で二機とホエールが捉える飛来物は、自身の対処能力を超える数である事は明白だった。
そして遂に、一発の榴弾が地雷敷設ポイントの上空数十センチへと迫る。だが、果たしてその光景を直視した者があっただろうか。トールのメインカメラは上空へと向けられ、艦の索敵担当に窓外を見る余裕などは無い。誰もが恐れていた事態は、たしかに目と鼻の先で起こってしまったにも関わらず――――。あるいは、それこそが手の打ちようの無い事態に対する、当然の帰結であるのかもしれなかった。
地雷原近傍で作動した近接信管は、抱え込んだ炸薬へと躊躇なく点火信号を送った。その判断に慈悲は無い。次の瞬間、ホエールをも呑み込まんとする火柱は高々と夜空を焼き上げた。




