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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第70話「有効射程距離50km超の攻防―4」

『こちらコード2(二号機)。ナオト、引き続き敵トール部隊の足止めを頼む。ただし必要以上の追撃はするなよ』

「了解!」

 いつ襲撃を掛けて来るかも知れない敵部隊に対し、四号機は止むを得ず接敵機動へと入る。森林へと突入した機影は瞬く間に、平均してトールよりも高い樹高の木々に覆い隠されていった。

 時を置かずして、四号機が離脱したホエール周辺には強烈な衝撃波が伝播する。トール携行火器としては破格の威力を誇る対施設砲が、巨大な砲口から破甲榴弾を発射した余波であった。

 破甲榴弾とは主に軍施設の堅固な外壁を貫くために用いられる榴弾であり、対艦榴弾以上の貫徹力を発揮する徹甲弾の一種でもある。通常は、その大口径故に自走砲や固定砲からの射撃が為されるのみだが、二号機が備える強靭な駆動系は単機での発射を可能とした。その上、ある程度の連射をも続ける二号機は、重装・汎用型に相応しい性能を発揮していると言えよう。

 しかし、すぐ横に控える三号機は未だ射撃を開始する事が出来ずに居た。電子戦に特化した機器を多数搭載する機体だけに、長距離砲撃兵装が引き起こす反動との相性が悪かったのである。FCS設定環境の再調整も含めたマッチング作業は、まさに今ルーカスの手で行われている最中だった。

『これも試作品かよ……そもそも三号機は、大口径砲の運用を想定していないってのにさ。反動でセンサー感度がだだ下がりになるぜ、これは』

『そうなったとしても、他のトールよりは索敵範囲も精度も勝っているだろう。今はさっさとマッチング作業を進めてくれ!』

 ホエールからのデータ提供を基に、対施設砲の照準が遥か遠くの自走砲群へと調整される。そしてまた一つ、強烈な衝撃波が発生したかと思うと、巨大な薬莢が砲身基部から排出されるのであった。炸薬の燃焼に伴う高熱を帯びた薬莢は、落下した先の土を焼き、蒸発した水分が金属塊の周囲を霞ませる。薄く頼りない蒸気は二機の足元に漂い、発射の度に吹き飛ばされ、あるいは掻き消されていく。

 その中に半ば沈むような形で、携行式多薬室砲発射の為の最終段階――――すなわち弾倉から薬室内への装填作業は完了した。準備を終えて二号機と同じ視線まで立ち上がった三号機。ルーカスは更なる慎重を期して、衝撃緩和用シリンダーの内圧にも微調整を掛ける。

『了解であります、中尉殿。こっちは自力で照準を合わせられない……ホエールの索敵班は頑張ってくれよ!』

 一応のマッチング作業が完了した携行式多薬室砲は、三号機の手によってようやく発射体勢へと入る。数秒後、二号機と同様に照準固定を終えた砲が、弾倉に収められた弾頭の一つを射出した。そして対施設砲のそれと異なる発射音は、ホエール周辺へと瞬く間に拡散していく。

 その衝撃波は無論、ホエールよりさほど離れていない四号機の元にも届いていた。コックピット越しに伝わってくる発射音は、ナオトに敵自走砲群への砲撃が本格的に始まった事を知らせるものだ。

「ルーカスもやっと砲撃を始められたのか。なら、俺が何とか足を止めないと!」

 サブモニターには、障害物たる木々の陰に潜む敵影が映し出されていた。数はやはり三、先程までホエールへ攻撃を仕掛けていた敵機の数と一致するものである。直接に姿は見えなくとも、メインモニターへ合成された熱源反応を見間違えるはずは無い。

 障害物越しに仮想表示された敵影を確認し、ナオトの指は何の躊躇いも無くトリガーへと掛かった。いくら左腕を斬り飛ばされたとは言え、メイン火器たるサブマシンガンは健在。これまでも多数撃破して来た第二世代型を前に、ナオトには訓練通りの操作を実行するだけの余裕があった。障害物による射程の減少を考慮し、出来る限り接近して攻撃する。基本戦術を忠実に守らんとするパイロットの操縦によって、四号機は敵部隊の内の一機を射程に捉えようとしていた。敵機は接近を回避しようとアサルトタイフルを撃ち掛けるものの、今も辛うじて残る機動性を武器に、四号機は射撃を回避しつつ追い縋る。既にロックオンしていた敵影はまさに四号機の手の内にあり、遮蔽物が邪魔をしようとも今更サブマシンガンの銃口が外れてしまう事は無い。撃てば当たると言った状況で、トリガーへ掛けられた指は引かれるはずだった(・・・・・)

 しかし、絶好の機会を迎えても尚、敵機を砕くはずの弾頭が発射されることは無かった。まるで石像の如く固まった四号機は、敵の動きに対応しようともせずに進み続ける。その光景は機体の部分的異常と言うよりも、制御そのものが失調したかのような印象を与えるものだった。

 そう――――他ならぬナオトが、またしても身体の異常に襲われていたのである。

「……この程度の機動で、何が!」

 前触れは、無かった。

 気付けば視界は端から暗くなっていき、見ていたはずのモニターがグラリと闇に呑まれていく。溶暗、とでも形容すべき視界の浸蝕はいつしか、陽光を弾く雪原の如き白さを帯びてナオトを包み込んでいた。目は開いているのかどうかさえ分からず、身体を動かしているという意識が辛うじて開かれた瞼の存在を知らせるのみ。しかし、自身がブラックアウト様の症状を起こしていると自覚出来た時には既に、普通の目眩と同程度には視界が回復してもいる。問題は何ら激しい機動をしていないにも関わらず、視界不良が起こってしまった事であり、その間に敵機へのロックがほぼ完全に外れてしまった事にあった。

 ほんの数秒間の失態。その間にもナオトにとっての悪い事態は、更に畳み掛ける。

 今やメインモニターの大半、機外メインカメラの映し出す光景はその殆どが白く塗り潰されていた。木々に差し込む微かな光によっても、それ(・・)が瞬く間に占有する体積を増やしている事は確認できる。四号機自身にも迫って来るそれの正体は、大量の白いスモークだった。無論、ただの煙であるはずは無く、敵部隊によって展開されたスモークが彼とその乗機を取り囲んでいたという事である。

 ……索敵妨害用のスモークか? でも、これだけの量はトール用の装備なんかじゃない。まさかあの装備は艦艇用のものを……? 

 再び合わせようとする照準は、しかし一向に定まる気配が見られなかった。そして彼自身、通常の光学映像だけでなく補助センサーの情報も投影するはずのモニターに、何ら敵影を見出せてはいない。それは敵部隊の展開した煙幕が艦艇用装備であり、強力なジャミング効果を付与されたものであるという事実を示唆するものだった。ナオトは今更ながら、敵機の装備追加が意図するところを知ったのである。

 敵影を見失った四号機には、容赦のない射撃の雨が待っていた。火花と共に次々と抉られていく装甲表層は、剥離する金属片として周囲に飛散していく。特に脆弱となった損傷部を庇うべく、自然と機体姿勢は低く取らざるを得なくなった。片膝を突いた姿勢を保持しつつ、四号機は耐える。コックピット内ではナオトが機体の損傷表示と睨み合い、火器管制の調整を行っていた。その手に滲む汗は、彼自身に向けられた意識の鋭さが、否応なく感ぜられていたという証左でもあろう。

「火器管制の自動追尾は機能不全……なら無理矢理にでも突破するしか無いのか。それでも四号機の装甲なら耐えられるはず、だから!」

 これしかない、と意を決したナオトの行動は早かった。右腕に装備されたサブマシンガンを腰背部へ装着し、唯一残された腕部を空き手としてしまう。徒手空拳よろしくマニピュレータを握り込んだ四号機は、膝立ちの姿勢から一気にホバーを用いての突撃姿勢に転じた。とは言え、索敵装備を悉く妨害用スモークによって潰されている今、ナオトには敵部隊の位置など把握出来ていない。ただ彼とその乗機は、火線の伸びてきた方へ向けて突撃するのみである。

 先程よりも倍化して襲い掛かって来る銃撃は、進めば進むほどに激しさを増していった。仮に切断箇所に弾頭が侵入しようものなら、機体内部から甚大な損傷を負ってしまう恐れがある。それでも四号機はスモークを切り裂き、自身の発する風圧を以て道を造っていく。更に密集していく火線は装甲表面を確実に抉り取り、戦闘支援システムの警告表示も徐々に段階を上げていった。四号機の突撃はあくまで真正面からであり、回避の為の機動は含まれていないのだから当然の結果である。

 それは傍から見れば無謀としか思えぬ行動であった。ナオト自身、焦りが無いかと問われれば否定は出来なかったであろう。しかし、彼とてただ闇雲に突撃を選択した訳では無いし、自身の判断を支えるに足る根拠は持ち合わせていた。

 ……正面から射撃を受け止めるのも、あと少し。それまでは持ってくれ! 

 そして遂に、ナオトが待ち望んだ一瞬がやって来る。

 唐突に晴れる視界、それは煙幕の散布範囲から抜け出した事を意味していた。途端に索敵システムが三機の機影を確かに捉え、その全てをロックの対象と認識する。そしてコックピット内では一人、場違いながらも安堵の表情を浮かべるナオトの姿があった。

 ……やっぱり全機がここに居たか。

 本来、交戦距離の短い戦闘において煙幕が展開される事は珍しい。それは煙幕の展開によって多数側に同士討ちのリスクが生まれてしまうからであり、少数側にとっては自身の存在を晒すも同然の行為になるからでもある。要は、戦闘の優勢を握る側にとって邪魔になってしまうのだ。現状に当てはめれば、数に勝る敵部隊が煙幕を展開したのは不相応の行動と言えた。それでも、同士討ちの危険が発生するにも関わらず、敵部隊が煙幕を展開できたのは何故か。

 その答えはまさに、四号機が飛び出した先の光景にあった。

 煙幕の範囲外に密集して展開する三機のトール。そう、広くは無い煙幕の範囲外に全機が居たからこそ、ただ一機取り残された四号機へ向けて火力を集中出来たのである。それは一度煙幕から抜け出してしまえば、却って対処もし易い位置取りと言えた。だからこそ敵部隊は尚更火力の集中を試みたのだが、既に煙幕を脱した機体の前には意味を為さない。

 万一にも破損しないようにと腰背部に装着していたサブマシンガンを引き抜き、四号機の標的は手近に居た一機へと向けられた。敵部隊もまた、先程まで四号機の詳細な位置取りを把握出来なかった事が仇となり、その対応は若干遅れ気味である。

 ……まずは一機を片付ける! 出来るだけ少ない弾数で仕留めて後に繋げないと――――

 既にトリガーは半ばまで引かれており、今更敵機が動いた所で対応出来るものでは無い。

 しかし、ナオトはここまである一つの点を見落としていた。それは何故、敵部隊がわざわざスモークを展開したのかという理由についてである。発砲すると同時に発生した突然の衝撃は、その答えを如実に表すものだった。

 突如として衝撃に巻き込まれた機体は、照準を調整出来ないままに足元からバランスを崩してしまう。堪え切れずに発射されてしまった巨大な弾頭は、敵機とは見当違いの方向へと着弾し、幾本かの決して細く無い幹を一瞬で抉り取っていった。発火するまでも無く吹き飛ばされた跡は、まるで射線に沿ってくり抜かれたトンネルの如き様相である。だが、激しく揺られるナオトがそんな事に構ってはいられるはずは無かった。

 突撃の勢いで地面へ叩きつけられた四号機は、十数メートルに渡って地面を掘り起こした後に停止。完全に地面へ突っ込んでしまった機体を起き上がらせつつ、ナオトは戦闘支援システムを見やった。表示されるデータによれば、駆動系やフレームへの目立った損傷は無い。無論、実際に被弾箇所を確かめない事には断言出来ないものの、衝撃の原因が比較的小型の地雷である事はナオトにも予想が付いた。しかし、小型とは言っても走行中のトールを転倒させる規模であり、対人用のそれとは比較にならない爆発力である。敵部隊の設置したであろう地雷が、明らかに対トールを意識して敷設されたものである事は明白だった。

「トラップ⁉それも対トールを考慮した規模の……。まさか、最初から仕込んであったのか!」

 敵は四号機への攻撃よりも距離を取る方を優先させたようで、起き上がるまでに飛んできた弾頭は少ない。気休め程度に牽制射をばら撒きながらも、ナオトは四号機のセンサー群を地上、あるいはさほど深くない地中へと振り向けさせた。悪い方向へと働いていく予感は、彼に更なる厄介な事態の到来を感じさせていたのである。数秒後、得られた結果は限定的ながらも、ある事実を彼に突き付けた。

 多数の金属反応。森林に埋設されたそれらは、数メートルの間隔を以て四号機の周囲を取り囲んでいたのである。敵部隊がここまで周到に事を運んでいたという事実に対し、ナオトは驚きを禁じ得ない。と同時に、彼の手からは薄ぼんやりと力が抜けていくのだった。

「これ全部が……! ここまでの準備をゲルバニアン軍はしていたんだ。俺たちはまんまと誘導されていたんじゃないのか?」

 再び全周へと振り向けられたセンサー群は、埋設部を避けて展開する敵部隊を捕捉する。それは追い掛けて来る機体を陥れる為の配置で、不用意に追おうものなら先程の二の舞を踏みかねない。そして、一回の爆発に耐えられたからといって二回目以降も耐えられるとは限らない。これは、そういったリスクを多分に匂わせる状況なのであった。

 それでも、四号機は敵部隊に向けての一歩を踏み出す。フットペダルを踏み込むナオトの足もまた、紛れも無く彼自身の判断の下に操作をしていた。

「四号機……悪いけどもう少し踏ん張ってくれよ」

 自分が退く訳にはいかない。心中でそう愛機に言い訳を立てつつも、ナオトは自身の行動を合理的な理由で埋め立ててしまっていた。直後に再開される銃撃戦の応酬が、彼とその乗機を傷つけていこうとも――――取るべき行動は決まっていたからである。


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