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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第69話「有効射程距離50km超の攻防―3」

 まるで海原の如く、夜風に揺らめく森林。その只中、高速で移動する物体群が存在した。数は三つ。単縦陣を組み一直線に連なって進むそれらは、紛れも無く巨大な人型そのものである。樹上をいくカメラアイは淡い赤色の残光を引き、機体頭部を覆う装甲を微かに照らし出す。そこに構造上の特徴を見出せたなら、機種が第三世代型トールYMX系列であるという事は推定するに難くない情報だろう。しかし、居れば最も目立つはずの機体――――一際長い砲身を携えた機影をそこに見出す事は、やはり出来ないのだった。

『こちらコード3(三号機)。ホエールとのデータリンク確立と! 最初からこうしてりゃ良いのにさ』

『こちらコード2(二号機)。そうは言っても、メインコンピュータへの負担が大きい。艦は艦の方で迎撃システムを稼働させなきゃならんし……その辺に関してはルーカス、お前の方が詳しいんじゃないのか?』

『いや、まあ中尉殿の言う通りですがね。それにしたってマズイんじゃないのか? 隊長もまだ戻れそうに無いようだし』

 ……バルト大尉から送られて来たのは了解の報告だけ。やっぱり、敵の通信妨害がそれだけ酷いってことなのか? 

 たしかに、先程までルーカスは通信状況の悪さを愚痴っていた。そう思い返すナオトである。ホエールとの距離程度で通信に大きな支障が出ているのは、間違いなく敵が通信妨害を仕掛けてきている証拠だ、と。実際、三号機が備える強力な発振装置を介さなければ、リーグがホエールへ通信を届けることさえ難しいという有様だったのだ。バルトとの連絡が付かない一因として、彼が通信妨害の影響を考えるのは当然の状況であった。

『まぁそれもあるだろうなぁ。でも、細かい事情は隊長殿しか知らないだろうぜ』

『俺たちがフラグマに掛かり切りになっていなければな。あの戦闘力は何と言うか……次元が違う』

「フラグマにトレイクとかいう男。あの強さは何なんだ。バルト大尉でさえも敵わないなんて……」

『お前まで弱気になるなよ、ナオト。そりゃ準備も無ければ、隊長殿だってやられる事もあるだろうさ……ねぇ?』

『……』

 三機のトールはスピードを緩める様子も無く、悪路たる森林を突っ切ろうとしていた。母艦の危機という状況にあっては、彼らに道を選ぶ自由など与えられなかったのである。その上で機体を酷使するのは致し方無い事だと、三人のパイロットは皆が理解していた。たとえそれが満身創痍に近い状態であっても、である。三機の外部装甲に刻まれた創痕は鋭く、且つ一つや二つといった数でも無かったのだ。

 フラグマとの戦闘が機体に与えたダメージは、通常であれば考えられない程のものだった。二号機は肩部装甲を大きく切断。追加兵装にしても、誘爆させた分を含めれば全ての固定式ミサイル弾頭は失われてしまっている。四号機は当初より左腕肘部から下を吹き飛ばされており、辛うじて残っていた上腕部も、フラグマが振るう刀の一閃で斬り飛ばされてしまった。突進した際の衝撃も、機体挙動の補正へ更なる悪影響を及ぼしている。途中で離脱した一号機とて無傷では無く、接近戦を挑んだ際に左腕前部が切断されている。ほぼ無傷と言えるのは三号機だけで、試験先行運用部隊の殆どにLevel3〈一部機体機能の喪失〉程度の損傷発生が確定していたのである。

 多数の第二世代型を蹂躙し得る機体性能を以てしても、フラグマを前にしては活躍の余地など与えられない。それどころか四対一、三対一などという圧倒的優位がありながら、試験先行運用部隊の方が逆に追い詰められたという事実があった。戦った当人達にしてみれば、それはまさに次元が違うとしか形容できない戦闘力である。仮に唐突とも思える撤退が行われなければ、自分達はあのまま撃破されていたかもしれないと、最新鋭機のパイロットたる彼らがそう認識せざるを得ない程だった。

 更なる懸念事項は、別働隊の存在を仮定して第二分隊の救出に向かったバルトが、未だ試験先行運用部隊やホエールへの合流を果たせていない点にある。最低限、ホエールからの通信に応えた形跡はあるものの、その際に確認できた座標は旧研究所を離れた地点。作戦予定地域を離れ、山間部へ更に深く入った地点であった。当然、ホエールにも試験先行運用部隊にも、そこで具体的に何が起こったかを知る者は居ない。しかし、そこで本当に別働隊と遭遇したという可能性は、状況を鑑みれば否応なく至ってしまう結論の一つであった。離脱前、フラグマによって機体を損傷させられていた事と併せ、彼らの中には不安と、それを打ち消さんとする心情ばかりが募っていく。

『……せめて複合カメラポッドとのリンクが回復すればなぁ』

「こちらコード4(四号機)。ルーカス、あのポイントからバルト大尉が合流するとしたら、どのくらいの時間が掛かりそうなんだ?」

 二号機と三号機の通信に割り込む形で、ナオトの質問はルーカスへと向けられる。ルーカスとて正確な予想を立てられる訳では無いと知りつつも、聞かずには居られなかったのだ。

『そうだなぁ……一号機があの後どうなったかも分からないし、それは何とも言えないな。むしろ、俺たちはホエールの方を心配すべきだと思うぜ? さっきから艦周辺がえらい事になってる』

 暗号化済みの短距離通信を介し、三号機の索敵システムが得た観測データは各機に共有される。殊、遠距離となれば最も正確な情報を得られるのは三号機である為に、広範囲索敵においてルーカスの働きは重要なものだった。それはやはり、この場合においても同様である。四号機の索敵システムは三号機に連動した情報を示し、ナオトはルーカスが言わんとした事の意味を知るのだった。

 合成された望遠映像には、時折の発光に抉られるホエールの艦体が映っている。赤外線映像解析によって色味の低減した映像中にあって、その輪郭は激しくぼやけているものだった。それは電磁波の遮蔽効果を帯びたスモークが、敵味方の別を問わずに効果を発揮している証拠でもあった。だが、そうであるだけに、そこまでの措置を取らねばならないホエールの状況が如何に不利なものであるか。それすらも一目で推察出来てしまう映像である。

「……ホエールがここまでの砲撃に晒されている?」

『ああ。しかしこりゃ初めての事じゃないか? どうも迎撃システムをフル稼働させてるみたいだ』

「それだけ敵からの砲撃が激しいって事なのか。はやく大元を叩かないとマズいんじゃ……」

 ナオトには、ホエールへ浴びせられる砲撃が、通信で報告されていたよりも更に密度を増しているようにさえ思えた。実際、母艦がこうした危機に晒された経験が無い彼にとっては、対艦戦の何たるかは未だ理解出来ぬ事だったのである。だが、そんなナオトであってもホエールが相当に危険な状況に置かれている事は充分に把握出来ていた。であれば当然、『何か手を打たないと』などといった焦りも持ち上がって来る。だがそれは、彼が口上に上らせるまでも無く、リーグからの通信によってひとまずの解消を見る事となった。

『コード2から各機へ。丁度、ホエールからの作戦案がようやく届いた。やはり第二分隊の回収を試みるようだ……その間、試験先行運用部隊の長距離砲撃を主として、敵の砲撃元を牽制するつもりらしい。つまり、俺たちは早急に直掩任務へ移行しろとの事だ』

「直掩任務ですか」

『そういう事だ。バルト大尉が居ない今、この三機で何とか援護しないと艦は沈む』

『そして、俺たちの帰る足も無くなると……ったく! フェンリルが撤退したかと思えばこれだよ。疫病神にでも憑かれてるんじゃないのか? 俺たちは』

『その為にも、まずは長距離砲撃用武装を補給しないと話にならん。各機へ、まずはホエールの格納庫へ入るぞ』

コード4(四号機)、了解」

コード3(三号機)、了解。ちゃっちゃと受け取りに行きますか。ホエールまでの距離500、そう時間は――――』

 そのまま続くかに思われた言葉は、しかしルーカスの発声器官を震わせるには至らなかったようで、歯切れの悪い宣言だけが半端に漂い続ける。通信先でもそれに気づかぬはずは無く、釣られる形で、無視出来ない不審がナオトの中に浮き上がって来るのだった。

「こちらコード4(四号機)。ルーカス、どうしたんだ?」

コード3(三号機)から各機へ。このまま進めば敵トール部隊と遭遇する……というか、これからホエールを襲撃しようとしてる別働隊だぜ! なんでこんな地点に……』

コード2(二号機)より各機へ、先制して攻撃を仕掛ける! 残っている装備を撃ち込んだ後、そのままホエールに接触するんだ。強行突破で構わない』

コード3(三号機)、了解!』

コード4(四号機)も了解! 先鋒を努めます。敵トール部隊はこのまま俺が!」

 言うが早いが、ナオトの足はフットペダルを目一杯に踏み込んでいた。他の二機の突出を抑えるように、四号機は単縦陣を抜け出して隊の先頭へと踊り出す。ホエールとの接触を控え徐々に減速をかける二機とは対照的に、四号機の取った行動は加速だったのである。隊の副長たるリーグが敢えて止めようとしないのは、彼がナオトの意図を察していたからであろう。

 元来、高機動格闘戦を主眼に置く四号機は、重火器に分類される長距離砲撃兵装を運用する事が出来ない。それはFCSの未対応といったソフト面の問題では無く、瞬発力に特化した駆動モータや軽量化の施された外装が、長距離砲撃兵装特有の巨大な慣性を受け止めきれないというハード面の問題にある。試作機としての先鋭化した設計が、悪い方面に効果を発揮してしまった結果とも言えた。

 しかし、最大の不幸は、その本来の仕様すら発揮できない四号機の状況であろう。ともすれば合理的には違いないナオトの行動も、そうした歯痒さへの反抗であるのかもしれなかった。それを半ば自覚の上で、それでも彼は――――四号機は突出を止めようとはしない。

『こちらコード2(二号機)。ナオト、補給の間は任せたぞ!』

 四号機の右方を、二号機の右肩部から発射された4つのミサイル弾頭が通過していく。三号機からの索敵データを入力された弾頭が、発射機構本体からのレーザー誘導によって、敵部隊の予測位置へと発射されたのだ。敵部隊の挙動には回避といった様子が見られない事から、それは有利な立場における先制攻撃に違いなかった。比較的遅い――――とは言っても、目にも留まらぬ速さで進む誘導弾が、瞬く間に前方へ着弾の炎を上げる。

 だが、ホエールがチャフやスモークの類を散布している事もあって、既に艦の風下へ展開していた敵部隊へそれらが着弾する事は無かった。爆炎に照らされる敵部隊の姿は四号機のカメラも捉えており、その健在はすぐさま判明する。しかし、牽制の為に発射されただけに外れる事自体は想定の内であり、むしろ彼らの関心を引いたのは敵機の装備だった。

 肩部に載せられた円筒状のパーツは、明らかに一般配備用とも拠点防衛用とも異なる装備であり、迷彩塗装も施されていない規格外品である。他にも幾つかの追加点はあるものの、中でも目を引いたのは左腕部に備えた大型の箱状パーツだった。下腕部よりも長い全長を誇る装備は、その最後部にスリットと思しき板構造を備えてもいる。それが排煙用と想定するならば、大型箱状装備の中に何が収められているか――――想像するのは難しくも無いことであった。

「大型の発射筒か……? リーグ中尉、あの装備は何ですか」

『また厄介なものを持ち出してきて……あれは間違いなく対艦戦闘用装備だ。規格に合わないものまで引っ張り出してきたようだが』

『機体照合……やっぱり正規品じゃないな、あれは。今まで確認された中にもあんな装備パターンは無いぜ。ゲリラ紛いの部隊なら機体の装備も、ってか? とことん面倒な部隊だな!』

「牽制射撃を!」

 ほぼ不意打ちの攻撃だったにも関わらず、敵部隊は動揺を見せる事も無く進攻を続けていた。反撃を避け、あくまで試験先行運用部隊との接触を控えるべく進む彼らが、応戦よりも攻撃目標への更なる接近を図った形である。そんな敵に向けて発射されるのは、三機の携行火器からそれぞれ放たれるHEAT弾・徹甲弾の数々であった。それらは重装甲を誇るトールにとっても、無視できる威力では無い。だが、艦体へ更なる接近を果たした敵機達は、見る間にも手にしたアサルトライフルを以て艦体側面へ着弾の火花を散らし始めた。

 ホエールとて多少の装甲は施されており、短時間であればトール用携行火器に晒されても耐えられるだけの耐久性は確保されていた。しかし、最も装甲の厚い区画でさえ充分とは言い難い以上、艦体側面がそれ程の耐久性を持っているはずは無い。仮に一度でも――――一発でも動力部に到達しようものなら、試験先行運用部隊を含めた全員の脱出は絶望的となる。

「沈ませる訳にはいかない!」

 殆ど減速をする事も無く突っ込んだ四号機は、その火線を敵部隊へと向ける。もはやその意図は牽制に無く、即座に撃破せんとする気迫を以て弾頭の数々は吐き出されていった。後方からは二機の牽制射撃が加わり、弾頭は艦体周辺の地面を次々に抉っていく。敵部隊はそれを見て取ると同時に、散開しつつ後退。ホエールが被った被害は外部装甲の貫通に留まり、試験先行運用部隊は艦に取り付きつつあった敵機を排除する事に成功したのだった。

 敵機の排除を受けようやく開放された艦後部ハッチからは、整備用クレーンに吊るされた大型火器の複数の砲身が姿を覗かせる。それらはエドモンドの命令により、整備班が急遽使用可能状態とした装備の一部であった。ハッチへ到着した二号機と三号機は、周囲へ警戒を巡らせつつそれらと砲本体とを組み立てる作業へ入る。しかし、そういったトールによる組立作業などは緊急避難的側面の強い手法に過ぎない。引っ張り出された大型火砲にしても、本来は作業機器を用いた組立・調整作業を前提とした装備なのだ。だが、そんな装備すらものの数分で汲み上げてしまうトールは、やはり作業機器としても優秀なポテンシャルを秘めたマシンなのであった。

 本来の長大な全長を得た大型火器は、二号機のものがオーバーホール中だった200mm対施設砲。三号機のものは携行化を前提として開発中だった多薬室砲の一門である。其々のグリップが二号機と三号機のマニピュレータに接続され、腰だめに構えられた砲は夜空へと向けられる。トールの全長にも並ぶ程の威容はいよいよ、砲としての機能を存分に果たそうとしていた。その光景を見届けたかのように、四号機のメインカメラは改めて艦体周辺の森林へと向けられる。敵機が逃げ込んだと思われる地点。先程から牽制射撃を撃ち込んでも、敵部隊の反応は一向に見られないままだったのだ。


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