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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第68話「有効射程距離50km超の攻防―2」

 対するホエールは、事前に察知できなかった敵襲を前に混乱を極めていた。あまりに巨大な艦体は、狭い山間において回避運動を取る妨げとしかならない。避けることも出来ず、かといって陸上戦艦級の装甲厚を備えている訳でも無く、巨鯨は突き立てられる銛に対してあまりに脆かった。未だ致命的な損傷を負ってはいないものの、飛来する対艦榴弾の雨は確実に装甲板を吹き飛ばしていく。エドモンドが把握しているだけでも、艦体各所に被った被害は数え切れぬ程であった。その中には比較的浅い区画における、死傷者の発生も含まれている。

 いよいよもって差し迫った暴力の実感は、艦内に広がる緊張感を先鋭化させる一方だった。艦の中枢たる艦橋においても、その影響と無関係と言う訳にはいかない。各所から上がる被害報告がジワジワと、オペレーターや通信士の心持ちに変調をもたらしていくのだ。

 直前まで繰り広げられていたフェンリルとの戦闘にしても、エドモンド一人の尽力で、クルー全員に隠し通せるものでは無い。具体的な話題に上る事は無くとも、極めて高度な脅威と関わっているという事実は、既にクルー間における公然の秘密となっていたのだ。その危機感が、ただでさえ敵地に侵入している身には、大きな不安として圧し掛かる。

「やはりこれでは……満足に戦えん」

 エドモンドがフェンリルの事を乗員に伝えなかったのは、無論、上層部から緘口令が敷かれていたからである。しかし、それ以上に大きな要因としてあったのは、乗員たちの間に余計な不安を伝染させたくないという艦長としての配慮であった。だが、その判断は間違いだったのだと、艦の現状を目にしたエドモンドは今更ながらに悔いていた。実際に起こってしまった襲撃に対し、予め詳細を伝えていれば混乱の度合いも軽減されたのかもしれない、と。フェンリルが国境パトロール部隊と同じゲルバニアン陣営であるならば、それは猶更だった。

 そんな現状においての救いは、クルー達に恐慌を来す者が居なかったという事である。艦内要員に混乱はあれど、軍人としての働きを保ち得ている者が殆どであった。部下達の落ち着いた報告を聞く度、エドモンドは、自身にも平時の判断力が求められているのだと実感を深めていく。

「艦長。敵はここより50kmほど離れた地点から、砲撃を敢行している模様です。その射程や、トール程の機動性を持ち合わせていない事を勘案すると、一連の砲撃は恐らく自走砲を用いたものかと」

「こちらの直接砲撃で、捕捉する事は可能か」

「いえ、不可能と思われます。地形から見て、敵自走砲群は稜線を盾にして砲撃を敢行していると見るべきでしょう。本艦の兵装では対応が難しいと考えられます」

 索敵担当が出した結論は、正論にして、それ以上の可能性を感じさせないものだった。

 ――――貧弱な武装。それはホエールが輸送艦として設計されたが故に抱える、最も大きな弱点の一つである。元よりペイロードの拡充や、それに伴う艦体補強を主眼においた設計変更は為されているものの、戦闘向きでないという点においてはベース艦と何ら変わる所は無い。運用に際して追加された武装群とて、総合火力で見れば第三世代型トール一機にすら及ばないものだ。艦の防衛戦力は、徹底して艦載機に依存したものだったのである。後方ならばそれでも充分過ぎる程だが、最前線ともなれば話は違う。現に、ホエールには自走砲を直接叩けるだけの武装は無い。本来なら機動的に動かすべきトール部隊を、釘付けに――――艦の直掩にまわして初めて、ようやく敵自走砲群と撃ち合える状態となるのだ。

 そういった前提は隊内の誰もが共有しているものだったから、試験先行運用部隊は既にホエールへ向かいつつある。ただ、一号機を駆るバルトだけはその中に含まれていない。エドモンドがそれを把握したのは、急行するリーグから届いた暗号通信によってである。詳しい事情は彼の知る所では無いが、その欠落がもたらす不利は重々理解出来ていた。

 ……バルト大尉、試験先行運用部隊を分割してまで何をしているのだ。フェンリルが本艦を直接狙う事は無かったが、その襲来が有った事は決定的。となれば、その保有機に追撃を掛けていたとでも言うのか? 大尉らしくも無い。やはりあの時、研究所付近では何かがあったのだ……。

「艦長!」

 差し迫った事態を警告する声が、エドモンドを艦長たる立場へと引き戻す。

「誘導レーザーの被照射を確認……次いで高熱源体が発射されました!」

「艦のECM稼働率を最大限引き上げろ! 右舷チャフ放出弾頭も展開開始。スモークディスチャージャーは長波長・短波長遮蔽タイプを併用し、チャフの展開域内を避けて射出せよ。各員は早急に作業を進めるんだ」

 ホエールに搭載されたあらゆる防御システムが、オペレーター達の手によって起動されていく。艦のメインコンピュータを通して伝達される指令は、艦体側面部に設置された装甲板を展開。普段は装甲内部に格納されている射出筒を、敵誘導弾の予測進路へと向ける。更に、艦体上面部に直接外付けされたスモークディスチャージャーは、決して小さく無いはずの艦体を白い煙幕ですっぽりと覆い隠していく。展開された煙幕は、主にミサイルの終端誘導に用いられる赤外線、そして可視光を含む比較的短い波長領域の電磁波をも散乱、遮断するものだった。索敵を妨害するチャフの放出と合わせ、陸上艦どうしの戦闘では大いに用いられる装備だ。

 それら各種防御装備の殆どは、訓練以外では起動された事も無い機器の塊である。それでも、致命的なミスも無く全てを運用出来ているのは、偏にクルーの練度故だった。だが、エドモンドの中に楽観的な思考が入り込む余地は存在しない。否、ホエールの置かれた戦況を見れば、誰もがそうならざるを得ないというものだ。敵の通信・索敵妨害、射程外からの砲撃、分断状態にあるトール部隊……そして極め付けには、未だ回収の目途すら立っていない特殊情報局第二分隊の存在がある。内外から襲い来る数多の危険要素を、艦長たるエドモンドは自身の判断で切り抜けなければならないのだ。そして、その肩には艦のクルーを含めた、多くの部下の命が掛かっていた。殊に輸送艦に押し込められた命など、不用意な判断一つで消し飛ぶ程に危うい。

「地対艦誘導弾、数一、来ます!」

 オペレーターが、叫んだ。爆発の衝撃は榴弾のそれだけで止まぬ程だったが、一際大きな衝撃が艦体を揺らす。遂に到達した誘導弾が、内部に抱え込んだ爆薬を散らした余波だった。対艦用ともなれば高性能爆薬がたっぷり詰まっていた事は疑いようも無く、艦橋に直撃していればエドモンド達の命は消し飛んでいた事だろう。事前に展開した防御装備は、この場合においてたしかに効力を発揮したのだった。

 ……直撃はしなかったようだな。もし着弾していればこんなものでは済まない。ただし、爆発に伴う被害がゼロだったとは――――

「艦体への被害状況はどうか!」

「は! 飛散した大型の破片により、右舷中央エンジンブロックへ損害。ですが、被害は外部装甲第一層までに留まっており、艦の航行に支障はありません」

 ホエールはあくまで後方支援を目的とした艦であり、こうした敵の直接攻撃に晒される前提で建造されてはいない。今回のミッションも『見つからない事』こそが肝であり、彼らにとっては、充実した索敵装置こそがせめてもの頼みの綱だった。だが、突如として現れた敵が襲撃を仕掛けてきている以上、泣き言を言ってもいられないのが現状である。

「敵の使用している弾頭は、ゲルバニアン軍に制式採用されているS2タイプ対艦仕様と断定。やはり誘導妨害を恐れてか、実弾を中心にした直接射撃を敢行している模様です。しかし、地対艦誘導弾を更に装備している可能性が否定できません」

「敵とて弾薬を無限に持っている訳ではあるまい。そうならざるを得ないだろう」

 艦の外では、本格稼働し始めた防御装備の数々が激しい抵抗を見せている。時折炸裂する榴弾は短くも周囲を照らし出し、艦体を覆う白い煙幕の存在を露わにしていた。その度に煙幕には大きな空亡が生じるものの、発煙弾が尽きない限り、そう簡単に吹き飛ばせるものでも無い。

 そうであれば尚更、エドモンドには先程の攻撃が不自然なものと思えた。対艦誘導弾の類を一発だけ射出するというのは、セオリーに反する行動としか言い様が無いのだ。

 今日の対艦戦においては、飽和攻撃こそが戦術の基本。殊に誘導妨害手段――――ECMが発展した陸上艦艇に対しては、その対処能力を上回る攻撃を一度に浴びせねば、有効な打撃を与えるのは難しい。対艦誘導弾を本当に一発しか装備していないのならともかく、一度きり、一発きりで終わった発射は無駄弾を生む事にしかならないはずなのだ。無論、敵は素人などでは無いと判断している彼である。故にこれがただの愚策に留まる行動とは思えなかった。

 ……敵の目的は何だ。故意に、こちらが防げるだけの猶予を与えたというのか? いや、撃沈する手段をチラつかせておくことにあったのか? 

「弾道の解析により、敵砲撃元の概算位置を割り出せました!」

「よし、試験先行運用部隊に座標をそのまま送付しろ。艦砲射撃と共に、トール部隊に長距離砲撃を開始させるんだ。整備班には至急、所定の携行武装を用意させよ」

「了解。YMX-03を介し、各機とのデータリンクを確立します。こちら管制。メインコンピュータへのアクセス権限は、プロセス33にて譲渡が確認され――――」

「……ようやくか」

 襲撃を受けてから既に二十分弱が経過。試験先行運用部隊との再合流の目途が立つまで、掛かった時間としては相当に長いものだった。その裏に、トール部隊が相当の被害を被ったという事情があるのは想像に難くない。ただでさえ、トール一機あたりに掛かる負担が大きい局面にあって、その被害がもたらす戦力低下は無視できないものがあった。加えて、実質四機しか動かせない艦載機とて全てが揃っている訳では無い。こんな時にバルトが居ない事を、エドモンドはタイミングが悪いと呪う他無かった。

「報告! 砲撃担当より、弾頭の装填が完了したとの事です」

「順次、発射を許可する。射撃諸元は正確なもので無くともいい、牽制を目的にしていることを忘れるな」

 弾頭の装填を終えていた分、艦砲射撃の開始は迅速だった。指示の下った数秒後には、艦体後部に設けられた旋回式高射砲数基からの砲撃が始まる。しかし、エドモンドを含めたクルー全員は、それらが自衛用の武装である事。必然、敵に仕掛けるには威力不足である事を知っていた。長距離砲撃に特化した自走砲に勝る面といえば、装填速度・発射の際の取り回しくらいのものである。それでも発射を命じたのは敵軍の前進を牽制する為で、砲撃自体が戦局を打破するものでは無い。

 だが、それさえ出来れば自ずと道も見えて来る。切り札であろう対艦誘導弾に対しては、試験先行運用部隊の配置によって迎撃も可能だったからである。つまり自走砲群の砲撃さえやり過ごせれば、被害は少なくないにせよ乗り切る道は開けて来るのだ。しかし、その戦術を取らせる事こそが敵の目的なのだと、エドモンドの裡には不穏ともいえる確信が募っていく。

 ……そうか、敵の目的は試験先行運用部隊を展開させない事にあるのだな。しかしこちらの目的は撤退にある。最終的にはバルト大尉も含め、全ての人員を収容せねば話にならない。どちらにせよ、直掩にあたってもらう必要もある。忌々しくはあるが、敵の思惑に乗る他あるまい。

 それでも反撃に出る為には――――状況打開のためには、やはり一号機の長距離精密射撃能力が必要だった。敵の自走砲群を直接叩き、なおかつ敵軍の進出を阻止し得る砲撃性能は一号機にしか無い。

「バルト大尉……遅くなれば帰還すべき場所も無くなるぞ」

 巨鯨は耐える。

 その防人たるべき試験先行運用部隊は、未だ到着せず。しかし、間に広がる距離は遠いものでは無くなりつつあった。


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