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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
8章:旧研究所
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第64話「その虚しさは、どこか幻肢痛にも似て―3」

「ロズエル! 行方不明になっていたはずのお前が何故――――」

「どうして俺がフェンリルに居るのか、か? よもやエークス軍に属するお前に言われようとはな」

「……どういう意味だ」

「エークス軍上層部、いやG.K.companyの意向で消さかけたということだ。フェンリルが引き抜きに来なければ、俺は間違いなく殺されていただろう。尤もそのおかげで首輪を嵌められることにもなったがな」

「だが当時、お前は特殊情報局に在籍していたはず。一企業の意向で軍人が抹殺されて良いはずは……無い」

 バルトは自らの口から出た言葉に空寒さを覚えた。G.K.companyが軍需を支える一企業であるなどと、エークス軍に属している身なら言えるはずが無いのだ。軍主力兵器トールの独占生産、他軍需企業体の吸収、もしくは子会社化。これらの点だけを取ってみても、同会社が政治的・経済的に大きな根を伸ばしている事が分かる。またこうした横暴とも言える供給体制は、いわゆる国防族議員との癒着によって維持されているものだと噂されていた。企業母体が巨大である為に、それ自体が組織票の源たり得るのである。また下請け先を変えるだけで、政治家の支持層となる地域経済を困窮させる事も容易かった。実際にそういった行為が行われたかどうかはいざ知らず、G.K.companyが極めて大きな発言力を持つ企業であることは疑いようが無い。

 無論、同企業の特異性はバルトも理解していた。しかし、いくら巨大な企業だからといっても、圧力を掛けて軍人を抹殺させるような事があって良い筈は無い。そういった建前があればこそ、彼はロズエルの言葉に反論せざるを得なかったのである。

 当のロズエルは意外そうな表情を浮かべた後、呆れとも憐憫ともつかない目をバルトに向けた。

「ヘルト=アスドックにドーズ=ヘンデル……G.K.companyの影響力で成り上がった高級軍人は数多い。今や参謀本部会議に出席する輩は、その殆どが同じようなものだ。少なくとも、テトル=エリックは軍の腐りようには勘付いていたようだったがな?」

 テトルを殺した男の口から、あまりに容易くその名が発せられている。

 その事実を認識した途端、バルトの内で燻っていた憎悪が再び首をもたげた。トリガーに乗せられた指は強張り、無意識の内に込められる力が辛うじてせき止められる。

「何故お前はテトルを……!」

「学術団体オーディンの根幹に近づき過ぎたからだ。それにかつての俺以上には、研究の情報を掴んでいたようだった。フェンリルが動かなくとも、いずれは軍上層部が手を下していただろう」

「そこまでするほどの何が有ったと言うのだ、オーディンに! 構想駆動炉とは……いったい何だと言うんだ」

「ほう、聞いていたか。ならば改めて俺に問う必要は無いはずだ。テトル=エリックが言っていた通り、『望んだ結果を直接生み出す装置』としか言いようがない」

「そんなものがあったとして、いったい何が起こる。まさかアインドが本当にそんなものを搭載しているとでも」

「――――結果による、原因の支配」

 唐突な一言だった。ロズエルが言わんとしていることは、既に常識では計れない域に達している。そんな直感だけがバルトにもたらされた。

「……なに?」

「原因と結果の逆流現象とも言える。アインドが起こしている現象も、フラグマが引き起こしている現象もそういうことだ。パイロットが望む結果に後付けとしての過程が付いて来る。切断したり防いだり、引き出されるのはそういった結果のみ(・・・・)だ……お前たちに、あの現象を引き出す原因が理解出来ないのは当然だ。本質的に、そんなものは初めから無い」

「……馬鹿な。そんな物が在るとすれば、因果律は意味を為さなくなるぞ」

 ふと目の前に居る男――――ロズエルが歪んで見えた。まるで蜃気楼でも見ていたかのような、あるいは錯視を見ていたかのような感覚が彼に降りかかる。だが瞬きをする前に、彼自身の思考がその感覚を否定した。世迷言としか思えない言葉を聞かされ続けているせいだと、自らを納得させたのである。

 彼とて軟な部類の人間では無い。だが、次々に突き付けられる真実を受け容れる事は、彼が彼である限り不可能であった。若者の柔軟な思考というものは、既に失われて久しいものの一つになっていたからである。それよりも彼にとって重要な点は、目の前の男が旧知の仲であると信じられなくなっている事にあった。底知れなさ、とでも形容されるような不気味さだけがロズエルという人物を覆っているように感じられるのだ。

 ……お前は誰だ? 

 そう吐き出したい衝動を堪え、仇たるフェンリル構成員へ向け改めて銃を構える。

「いいや真実だ。目の前でアインドやフラグマの戦闘を見ても尚、それでも信じないとでも言うつもりか? お前は構想駆動炉の存在を信じるに足るものを見て来たはずだ」

「ならお前は、どうして構想駆動炉を使えた? お前にMNCSによる精神異常は見られない。ましてやザスフットと同等のステージにまで進んでいるはずが無いだろう。何故だ」

 ふとロズエルの口元が歪んだように見えた。

使えた(・・・)、か。今からでも遅くは無いのだがな?」

 そう言い放つと同時に、彼の左手が何処からともなく手榴弾を取り出す。ロズエルの余裕を帯びた態度が何に起因していたかを思い知った時、既にそのピンは勢いよく引き抜かれていた。キンッという軽い金属音と共に、起爆までの延期時間が刻まれ始める。

 ……武器は無かった筈だ。いつの間に! 

 もはや遅いと知りつつも、バルトはロズエルの左腕へ向けて引き金を引いた。牽制として単射モードにセットされていたアサルトカービンであったが、それ故に狙いは正確だ。ましてやそれを放つ者がバルトであれば外す道理は無かった。近距離といっても差し支えない距離を飛翔し、弾丸は狙い違わすロズエルの左腕へ着弾する。

 しかし、バルトにとって予想外の事が起こった。着弾した途端、左腕が黒く鋭い破断面を晒して砕けたのである。それはプラスチック繊維を硬化樹脂で固めた素材――――繊維強化プラスチックが破損した状況に酷似していた。それが腕に使われているとなれば、義手の構造材としてでしか有り得ない。だがロズエルが義手である兆候などは一切見られなかった。そもそも義手で乗りこなせるほど、フェンリルのトールが易しい筈は無いのだ。

 次の瞬間、思わず顔を上げたバルトは今度こそ絶句した。ロズエルが立っていたはずの地点に、軍服に身を包むテトル=エリックの姿が在ったからである。その左腕は砕かれ、無惨な損壊箇所を見せ付けるように正面へ突き出されていた。それは直前にバルトが与えたダメージを、誇示しているようにも見える。ほんの数秒、一瞬とも言える間でバルトは混乱の極みに立たされた。吹き飛ばした左腕が足元に吹き飛んできたことにさえ気付かず、彼は敵前で無防備な隙を晒す。

「……馬鹿な!!」

 反射的に発した無意識の言葉が、ようやくにして彼を現実へ引き戻した。こんな事は有り得ない。あって良い筈がない。そんな常識にしがみ付く様に、彼はトリガーを数回に渡って引き続ける。その全てが過たず目標の眉間付近を貫き、バルトの目は今度こそ着弾の瞬間を捉えた。弾丸はまるで素通りするかのように、何事も無く目標を貫通していったのである。彼の知る範疇であれば、それはホログラムに弾丸を撃ち込んでいる光景によく似たものだった。途端にバルトの中で考え得る限り様々な可能性が検討されるが、そのどれもが状況を説明するには決め手を欠く。

 ――――ただ一つを除いては。

 テトルの形を取っていた姿は、再びロズエルのそれへと一瞬で変化する。見えているものが幻影だと理解しても尚、バルトは彼に向けて(・・・・・)問い掛けた。

「これは……これも構想駆動炉の力か」

「そうだ。構想駆動炉ディエスト……フェンリルが保有し、俺が行使する力だ。そして今お前が見たのはテトル=エリックの最期を再現したものだ。奴は最期まで抵抗を諦めようとはしなかった。奇跡的に神経接続用のケーブルが残った義手で、俺を道連れにしようとさえしたのだ。自分が助かる道も提示されていたというのに、な」

 ロズエルが幾分芝居掛かった仕草で指を鳴らす。

 その小気味よい音が響くと同時に、周囲に広がっていた全ての火が消え去った。いや、それは最も目立った効果であって全体像では無い。ロズエルが指を鳴らすと同時に、周囲がごく普通の夜景へ変化させられたという方が正確な表現であった。それすらも幻影と理解しかけるバルトだったが、そうでは無いと直ぐに思い直す。

 今の風景こそが本物で、ディエストは初めから爆発などしていなかったのだ。幻影の背後に依然そびえ立つディエストの巨大な機影を見れば、そうと理解するのに時間は掛からなかった。今やディエストの三つ目には緑の光が宿り、複数の破損したフィンからは冷却ガスが噴き出している。そしてロズエルの幻影は、巨大な影を背に従え悠然と佇むのだ。

 一連の動作でロズエルが見せた余裕は、バルトの激情を煽り立てた。しかし何より彼が許せなかったのは、ロズエルがテトルの幻影を以て惑わしたという一点である。二重の侮辱を与えたとも捉えられかねない行為は、彼にとっての一線を遂に踏み越えたのだった。幾ら身が危険に晒されていようとも、それは今の彼にとってもはや重要な事では無い。軍人としてあるべき思考は、彼の中から殆ど消え失せているのだった。

「ロズエル……貴様アアァッ!! どこまで愚弄すれば気が済む!!」

 幻影へと銃口を合わせ、幾度も幾度も射撃を加える。激情を吐き出すかのような銃撃は、しかし何の戦果ももたらすことは無かった。時折、幻影をそのまますり抜けた弾丸が、ディエストの装甲表面で甲高い着弾音を響かせるだけである。吐き出すべき弾丸が弾倉から無くなるまで、意味の無い銃撃は続いた。

 無論、それが危険をもたらす行為でしかない事はバルトも理解していた。しかし、憎悪や激情といったものは引き金となったに過ぎない。これまで積み上げて来た選択こそが彼を縛り、同時に突き動かしているのだ。もはや彼自身には制御の効かない『何か』が噴き出しつつあった。無謀ともいえる行動はその尤もらしい表出である。

 遂に対抗手段を失い、バルトの手には弾を切らしたアサルトカービンのみが残された。仮に今から一号機のコックピットに戻ることが出来れば、ディエストに対抗するどころか撃破すら可能であろう。しかし、そんな猶予が与えられる事を期待するくらいならば、彼自身が地上へ降りた事を呪うほうがまだ生産的と言えた。

 ディエストによる幻影を見抜けなかった時点で、彼は敵の策に嵌ってしまっていたのである。一方的にトールから降りてしまった今、バルトの生殺如何は完全にロズエルの手中にあった。トールを用いて生身の人間を殺す為には、なにも武器を使う必要はない。腕部を軽く振り払えば、交通事故時の比では無い運動エネルギーが発生するのだ。その上で人体を引き裂くことなどは容易い。

 その事実を承知した上で、あくまでバルトはディエストを睨んだ。依然、彼の中に屈服の意思は微塵も無かったのである。そして煮え滾る様な憎悪を抱えつつも、彼は半ば死を受け容れようとしても居た。それは圧倒的な力を前にした時に、人が選び得る道の一つである。

 だが結果的に言えば、ロズエルがバルトを殺すことは無かった。完全にバルトの命を握っていたにも関わらず、さも興味を失ったかのようにディエストは撤退を始めたのである。

 ホバー推進に巻き込まれた風がバルトの周囲を強く薙ぎ払う。咄嗟に構えた為に軽くふら付く程度で済んだが、ただ立っていたならば吹き飛ばされかねない勢いであった。

「……撤退したか」

 風を切る音が止んだ時、ディエストの姿は周囲のどこにも見当たらなかった。ただでさえ入り組んだ山間地帯である。一号機の索敵システムをもってしても、姿の見えない敵影を探し出す事が困難であることは分かり切っていた。念の為にコックピットへ戻り機影を探査するも、やはり敵機の足どりを掴むことすら出来ない。彼はとうとう、フェンリルにして友人の仇――――ロズエルとディエストの捕縛に失敗したのだった。

 しかし、彼の胸中にあったのは悔しさでは無い。より深く、悔恨の成分が色濃い無気力さであった。自らの無力さを思い知った者が抱える、ある種の罪悪感とでも言うべきものである。

「……俺はいったい何をしていたんだ。仇も殺せず、情けまで掛けられたとでも言うのか」

 ようやく静寂を与えられた耳だったが、その中には未だにテトルの声がこびり付いていた。死を覚悟した者が放つ空気は、誰であれそう簡単に忘れられるものでは無い。それがたとえ声だけであったとしても、込められた覚悟は生者を縛り続けるだけの重さを含んでいた。それに応える事が出来なかったという罪悪感は、やはり重大なものとして受け止めねばならない。バルトがそう考えていたからこそ、残響が消え去ることは無かったのであろう。

 しかし耳を塞げど、今度は瞼の裏にロズエルの姿が浮かぶようであった。行方不明になっていたかつての戦友が生きていたという事実は、当然祝福を以て受け入れねばならない。しかしロズエルがフェンリルに所属しているとなれば、それは互いが敵同士であることを意味している。その事実は、ロズエルがテトルを殺したことで明白にされてしまった。彼にとってもはや引き返す事は不可能である。たとえロズエルが彼自身を見逃したとしても、だ。

 ……なぜロズエルは俺を見逃した。それがフェンリルの目的だというなら見上げたもの(・・・・・・)だがな、ロズエル。しかし、そもそもフェンリルの目的とは何だ? 

「構想駆動炉……やはりフェンリルの目的に関係しているか」

 テトルやロズエルが構想駆動炉と呼んでいた装置が、学術団体オーディンと深く関わっていた事はもはや疑いようがない。だが『原因と結果を逆転させる装置』であるとも、『望んだ結果を直接生み出す装置』であるとも説明されたそれは、あまりに現実離れして理解に苦しむものだった。少なくともアインドやフラグマ、ディエストといったフェンリル保有機が搭載し、且つ超常的性能をもたらす装置だという事は確かである。しかし、構想駆動炉というパズルの一ピースを手に入れてさえ、彼の問いへの答えは出そうに無かった。

 彼は疲弊した身体をなんとか動かし、満身創痍といった様相で一号機を動かし始める。普段より幾分始動の遅いメインジェネレータは、そんな彼の状態を反映しているようでもあった。モード巡航(クルーズ)を維持したまま、一号機はホエールへ帰投するべく進み行く。

 ディエストが撤退した今、依然フラグマが試験先行運用部隊と戦っている可能性は著しく低い。第二分隊壊滅という悲報こそあれど、彼が巡航速度以上の速度で帰投する必要は無い筈であった。だが、事態は二重三重の展開を以て彼らを待ち受ける。バルトの場合、それを知ったのは突如入った緊急の通信によってであった。

「――――ホエールがゲルバニアン軍部隊に襲撃されているだと! いったいどこの部隊が!」

 一転、戦闘支援システムをモード戦闘(アサルト)に切り替え、一号機は最大速度を以て夜の森を突き進む。急加速に機体が軋み、砕け散る岩石が装甲を叩く音が聞こえるようであった。

「持ってくれよ、ホエール。今度こそ俺は……!」


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