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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
8章:旧研究所
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第63話「その虚しさは、どこか幻肢痛にも似て―2」

「……またか!」

 敵機の反応が、大きな反射面を持つ構造物――――崖の奥で急激に弱まったのだ。敵機は一号機の射撃を避けるべく、遮蔽物の無い直線上に機体を置くことを防いでいる。こうなればバルトといえど射撃を当てる事は難しい。未だ足が健在である敵機に対して、曲射をしても避けられる公算が大きいからだ。足を止めるとすれば、敵機が多薬室砲の直線上に来る隙を狙うしかない。

 バルトがコンソールパネルを操作し、多薬室砲に装填する弾種を選択する。更にレーダーから得られる地形データや相対速度を基に、敵機が次に出現するポイントを予測。自機との概算距離を算出する。

「弾種、自己鍛造弾頭。時限信管を選択、起爆時間は――――」

 データを打ち込むバルトの手が止まった。直撃出来ない可能性を考慮して時限信管を選択したものの、その時間設定に必要なデータの確実性が足りないのだ。現状では敵機がどう動くかも分からず、地形データも詳細なものが得られている訳では無い。やはり直接の測的によって、距離・相対速度の精密なデータを得る必要があった。

「寸前にやるしかないということだな」

 すぐさま、測的システムと時限信管の設定を連動させるべくコンソールパネルを操る。しかしそれでも確実とは言い難い。敵機が直線状に姿を現すのは恐らく一瞬のみ。その瞬間に照準を定め、一撃で足を止めねばならないのだ。いくら有効範囲の広い自己鍛造弾であっても、照準や起爆のタイミングがずれれば意味は無い。信じるべきは己の腕だけであった。

 地形データに敵機の航跡をインプットしつつ、一号機は針葉樹林を突き進んでいく。幾度か敵機の姿を視界に捉えるも、多薬室砲を発射するにはあまりに時間が短かった。すぐさま地形を利用した遮蔽物の陰に隠れては、射線上に位置することを避け続けるのだ。その度に出現予測ポイントが消費されては、攻撃のタイミングが掻き消されていく。

「……これで最後か!」

 メインモニターに最後の出現予測ポイントが表示される。それは敵機の予想進路と、互いの相対速度を突合せた結果だった。そこでの会敵を逃せば、もう敵機を追撃する手立てはない。仇を逃すという、バルトにとって耐え難い屈辱を招くことになるのだ。

 ……絶対に逃がしはしない。

 レーダーシステムが捉えた機影は、まさに出現予測ポイントの直上へ差し掛かりつつある。そしてメインモニターに目を向ければ、徐々に端を見せ始めた崖面が眼前に広がっていた。機体との相対速度そのままに流れる景色は、まるで自身が動いていないかのような錯覚をバルトにもたらす。しかし、そんな錯覚もあと数秒で終わりを迎えようとしていた。

「あと9秒で一切の遮蔽物が無くなる……」

 トリガーを握りなおす手に汗が滲む。グローブを嵌めている為に滑る心配は無いが、それ自体、心理的圧迫をもたらす嫌な感触を含んでいた。狙撃も砲撃も数えきれない程こなして来た彼であっても、この一撃で狙う相手は特別なのだ。殊に私情が絡む相手であればこそ、心情の発露は抑え難いものとなっていた。

 秒針を刻むが如き幻聴が聞こえ始め――――

 遂に正面視界の大部分を塞いでいた崖が途切れる。谷のように開けた地形の先では、紛れも無いあの黒いトールが、損傷した背面部を晒していた。排熱フィン設置部の被弾痕は、抉り取られたというよりもむしろ圧し折られた際のそれに近い。多薬室砲がもたらす着弾の衝撃が窺われる事例であった。

「目標を捕捉した!」

 敵機を捉えた測距システムが、即座に砲撃諸元を射撃管制へと転送する。実測データを与えられた自己鍛造弾はすぐさま装填され、バルトがトリガーを引くと同時に第一薬室が点火された。人間には知覚出来ない程の短時間。その中で弾頭は極超音速にまで加速され、射出される。

 同時に時限信管内のタイマーが、極々短いスパンで起爆までの延期時間を刻み始めた。機械的駆動部分が存在しない為、弾頭が飛翔を続ける中であってもそのリズムが乱れることは無い。あくまで外界とは無関係に、ただ正確に起爆の瞬間を計るだけである。

 そしてバルトにとっての一瞬が流れ――――

 敵機が被弾箇所を晒す背面で爆轟が起こった。次の瞬間には、自己鍛造により形成された金属塊が目標めがけて撃ち出される。着弾したスラッグは背面の損壊を拡大させ、本命となる金属塊は敵機の右腕部を撃ち抜いた。被弾痕にショートを示す閃光が幾度か瞬いた後、右腕部は完全に動作を止める。自己鍛造弾による一撃は、敵機が携える得物すらも無力化したのだった。

 これで敵機は抵抗の手段すら失った事になる。しかし、バルトに有ったのは失敗したという焦燥感だけであった。いくら丸腰に追い込んだところで、そのまま逃げられては何の意味も無いのだ。現に敵機の脚部を吹き飛ばすという目論見は散り、望遠モニター上には未だ移動能力を残す姿が映し出されている。

「外した……! いや、あれを避けたというのか?」

 歯噛みを禁じ得ないバルトだったが、頭では冷静な分析が働いていた。彼の脳裏には、着弾の寸前に敵機が見せた機動がこびり付いていたのである。それはたしかに危険を予期した上での回避行動だった。狙撃の本来の狙いが外れてしまったのは、まさにそれが原因である。

 しかし、敵機が自己鍛造弾の発射を感知して行動したのだとすれば、反応までの時間があまりに短い。それこそ事前に攻撃を予知していなければ、説明が付かない程の反応速度であった。

 それは無論、一般常識に当てはめれば一蹴されるべき仮定である。だが、バルトにはどうしてもその可能性を捨て切れることが出来なかった。それは直前に浮世離れした話を聞き過ぎた影響であるのかもしれない。

 ……フラグマでも同じような現象があった。だとすれば、これもテトルが言っていた構想駆動炉とやらの力なのか? 

 多少論理の飛躍を伴う推測であったが、それは責められるべきものでは無い。何しろ彼にはあまりに情報が不足していたのだ。僅かに持ち合わせている情報でさえ断片的なものに限られ、それらを繋ぎ合わせる材料すらも彼の手中には無い。構想駆動炉、ザスフット、フェンリル……テトル=エリックという男が残した手掛かりは、今の彼にはあまりに遠いものだったのである。

 全ての事実を把握するには、やはり敵を直接尋問する必要があった。

 偏に彼がそう信じていればこそ、追撃を諦める兆候は微塵も表れないのである。既に初弾を外した敵機に対し再び狙撃を試みるのは、まさにその姿勢がもたらす行動と言えた。たとえ可能性が低くとも諦める訳にはいかないのだ。

 今度は成形炸薬弾を装填し、多薬室砲の照準調整を行うべく狙撃用スコープをのぞき込む。

 だが、トリガーが引かれることは無かった。それは多薬室砲がトラブルを起こしたからでも、敵機が射線上を離脱したからでも無い。目標そのものが来した変調が、彼にトリガーを引くことを躊躇わせたのだ。敵機は背面から小規模な爆発を起こした後、撤退の速度を急激に減じていたのである。

「さっきの砲撃が多少なりとも被害を与えたのか? まあいい!」

 多薬室砲の砲撃体勢が解かれ、鈍い金属音と共に長大な砲身が背面へ固定される。同時にメインジェネレータの出力が上げられ、一号機は敵機への加速を強めていく。狙撃では無く、より確実性の高い接近戦で無力化する算段であった。

 徐々に詰まっていく距離を嫌ってか、敵機は小高い山の麓を回り込む形で逃げていく。一号機からは死角となる位置取りであったが、速度の鈍った敵機とあればもはや砲撃に頼る必要は無かった。伏撃やトラップの類を警戒しつつ、若干大きな旋回半径で後を追う。相対速度から考えれば、敵機に追いつくのは時間の問題となっていた。

 レーダー上に映る機影の位置を確かめ、斜面の向こうに敵機の姿を捉える。メインカメラを通して得られたのは、動きを止めた敵機の映像だった。それは、直前の損傷で稼働不良を引き起こした様子にしか見えない。事実、バルトもそう考えていた。

 しかし、それが好都合と考えたのも束の間、敵機は出し抜けに爆炎に包まれた。伝播する熱が一瞬で周囲の木々を焦がし、一帯を舞い荒ぶ火の粉で覆い尽くす。爆炎が噴き出した中心点には、原型を留めない敵機の残骸が立ち尽くすだけだった。それは高温高圧のプラズマが噴出したかの如き光景である。

「なんだと!? ジェネレータには当てていない筈……何故だ」

 敵機から発せられる電磁放射を観測するに、高温箇所――――メインジェネレータは腹部付近に設置されていたはずだった。敵を捕らえるべくそこへの砲撃は避けていたのだが、現に敵機は爆発を引き起こしている。何かのミス、もしくは想定外の事態が起こったと考えるしかなかった。

 より詳細な情報を得る為に、一号機を敵機の残骸へと近づけさせる。機外を映す映像はいずれも赤色を帯び、爆発がもたらした被害の大きさを物語っていた。しかし、装甲表面の過熱や高強度の放射線といった危険は検出されず、警告表示も為されない。センサーの情報を信じるならば、たとえ機外へ出て行っても問題は起こらないはずだった。この状況は明らかに、メインジェネレータ損壊が引き起こすべき状況とは食い違っている。

 何かがおかしい。そんな違和感に突き動かされ、周辺を更に詳しく探査していた時だった。メインカメラよりもたらされる映像を見て、彼は息を呑んだ。

 赤熱する残骸からさほど遠くない地点に、一つの影を発見したのである。それは最低限のヘルメットとボディアーマーに身を包んだ、紛れも無い人の姿であった。それはエークス軍に所属するトールパイロットならば、誰しも見覚えのある装備だ。今まさにバルトが身に着けているものとほぼ同様の装備でもある。

 大きく異なる点といえば一つ。護身用に携帯が義務付けられているはずの拳銃が、離れた地面へと投げ捨てられていることだった。上へ挙げられた両腕と併せ、それは投降の意思を示すアピールに他ならない。全てを勘案すれば、その男が何者であるかは明白だった。

「こいつが……こいつがフェンリルのパイロットか!」

 力強くも儚い炎の照り返しが、敵の被るヘルメットに映り込む。それはバルトが考えていた以上に、普通と呼ぶべき人間の姿であった。黒きオオカミより這い出てきた敵は、身を以てフェンリルの本質を明かしていたのである。

 バルトは機外環境の安全を確かめ、パイロットシート背面部に備え付けられたアサルトカービン――――機外脱出時の携行武装を取り出した。それはあくまで予備武装である為、制式採用されているアサルトライフルに比べれば威力は低い。だが、衝撃吸収を主目的とし、耐弾性がさほど考慮されていないパイロットスーツ用セラミックプレートならば、一撃で貫徹する程度の威力は確保されていた。想定される使用環境が限定的である事も踏まえ、取り回しや収納性に優れているからこそのカービン銃なのである。

 そしてバルトはアサルトカービンに弾倉をセットし、最低限の動作確認を行った。続いて折り畳み式ストックが展開され、ガチャリとコッキングレバーが引き込まれる。

 直後、コンソールパネルからの操作によってコックピットハッチの解放が始まった。パイロットを保護する分厚い複合装甲は下方に、内部に設置された装甲群は上方を軸に展開されていく。この時、パイロット用装備で全身を覆うバルトは気付きようも無かったが、吹き込む風はきちんと夜の冷え込みを反映していた。しかしその事実に気付かれる事が無ければ、夜風はただ操作機器の間をすり抜けていくだけである。バルトの足はそのまま乗降用フックに掛けられ、巻き戻されたワイヤーが彼を地上へと降ろした。油断なく向けられた銃口は敵を捉え続け、何か不審な動きがあれば即座に撃ち抜く構えである。

 彼は一定の距離、敵が近接戦に持ち込めない距離ギリギリまで歩み寄った。敵を捕縛し軍へ引き渡す前に、彼自身が問わねばならない事が山ほどあったからである。

「抵抗はするな、貴様が死にたく無ければな。その上で答えろ……貴様はフェンリルの構成員か」

「……」

 ――――一発の乾いた銃声が轟く。敵の沈黙に対し、バルトは威嚇射撃を以て応えたのだった。僅かに逸らされた弾道は、敵のヘルメットを掠め伸びている。

「もう一度聞く。貴様はフェンリルの構成員か」

「……お前は昔から変わっていないようだな」

 バルトはその声に言葉を失った。無線で聞くよりも低く深みのある声。それがバルトに強烈な既視感を引き起こしたのである。

「任務とあれば頑なで、どこまでも軍人であろうとする。懐かしさすら覚えるな? だが、フラグマを放り出してまで追って来たとなると……そうとも言えんか」

「貴様は……!」

 すると男は両手をヘルメットに掛け、そのまま頭部を露わにする。振り払われた前髪の先には、バルトにとってあまりに馴染み深い顔があった。顔の所々に刻まれた皺は深く、数年という時間だけでは量り切れない辛苦の色が漂い出ている。だが、それは紛れも無くかつての戦友の顔だった。見間違えるはずは無い。


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