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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
8章:旧研究所
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第59話「予期せぬ襲撃は、新たな黒狼と共に―2」

『おいおいおい……! こっちに来るのかよ!』

コード3(三号機)下がれ! 距離を詰められるんじゃないぞ!』

 焦るルーカスに対し、バルトから後退の指示が飛ぶ。無論、バルトが援護するつもりでいるという事はナオトにも理解出来た。だが、それでは間に合わない。

「こちらコード4(四号機)。ルーカス、俺が援護する!」

 フラグマを阻むべく、後退を掛ける三号機に四号機を追従させる。半歩遅れる形で三号機の軌道を追う四号機は、後進する格好のままサブマシンガンを放った。三号機自身も含め二機による厚い弾幕が展開される。

 だが「やはり」と言うべきか、フラグマは速度を緩める事も無く接近を掛けて来る。この程度の弾幕はフラグマにとって、例の黒い帯を使うまでも無いようだった。

 二機は山の周囲を駆け、そのまま円弧を描くようにフラグマからの後退を続ける。三号機より少し小さい旋回半径で回る四号機は、崖沿いギリギリのところを驀進していた。時折トールが起こす振動で岩が崩れ落ちては装甲に当たって砕ける。その様はナオトに一つの策を思いつかせた。

「ルーカス! 側面の崖はどこまで続いてる!」

『なに? 崖だって……ああ、回り込むんだったらここから距離680までは続いてるぜ』

「分かった。ルーカスお前はこのままの進路で進んでくれ!」

 ナオトはそう言うと崖側から機体を離し、山を中心とする旋回半径を大きく広げた。必然そのまま進み続ける三号機からは離れ、逆に追い縋るフラグマとの距離は縮まる。その様は傍から見れば、四号機が三号機の直掩に付くことを諦めたかのようだった。だが、ナオトの意図はあくまでフラグマの足止めにある。

 フラグマの一歩先を並進する形となった四号機は、手にしたサブマシンガンを斜め後ろの崖に向け発射した。叩きつけられた弾頭は着弾箇所を抉り、吹き飛ばしていく。そして自重を支えるべき部分を失った岩石は、地上へ向けて落下していった。雨のように降り注ぐ岩石は、フラグマの進むはずだった進路を不整地へと変え、進攻スピードを格段に鈍らせる。

「フラグマ自体を巻き込めれば」というナオトの意図は、華麗な回避運動で落石を避けていくフラグマの前に砕かれた。だが、それでも足止めとしては十分だった。三号機とフラグマの間には大きな距離が空き、バルトたちの援護が来るまでの時間的余裕を確保することが出来たのだから。

『ナオト、お前よくやったよ』

 増速し、三号機に追いついた四号機に対しルーカスからの通信が入る。

「いや、そんなことは」

『こちらコード1(一号機)! 二人とも退避しろ!』

 今度こそ応える間もなく、三号機と四号機の目の前を超高速の何かが通過した。一拍遅れて発生した衝撃波が、外部マイクの経由無しにコックピットを振動させる。

 そして、二人がその正体に思い至った時には既に、背後の崩れた岩石が派手に吹き飛ばされていた。またしても一拍の時を置いて到着した爆音が、その事実を彼らに伝える。

 だが、二人は背後の爆発に注意を向けてはいなかった。目を向けていたのは前方、ホバーシステムによって巻き上げられた土砂が視認できる方向だ。それは三・四号機とは逆の方向から山を回り込んで来た一・二号機の接近を知らせるものである。

『こちらコード3(三号機).隊長、予告はもう少し早めにお願いしますよ! でないと俺らが吹き飛んじまう』

『こちらコード1(一号機)。それは悪かった。さあフラグマを包囲だ。奴が退かない以上、こちらから仕掛けて潰すしかない!』

「「了解!」」

 一号機、続いて二号機がナオト達の間を通過する。すぐさま機体の進行方向を転換した四号機は、三号機と同様に二機を追従し始めた。

 進む先には間違いなくフラグマが居る。その確信は、包囲陣形を組み終えた彼ら全員の胸に存在していた。「先程の砲撃で撃破出来ただろう」などという楽観はもはや誰も抱くことが出来ない。第三世代型トール、そしてベテランパイロットたるバルトを圧倒し得たその性能は、そう評価されて然るべき域にあった。アインドやフラグマといったフェンリル保有機が発揮する超常的性能は、彼らの脳裏に強い危機感としてこびり付いていたのである。

 そして土煙の中に感知された熱源反応が、予想の的中を彼らに知らせた。

 粉塵の向こうにうっすらと光る緑の単眼、その横に開かれたスリット状の双眸。その存在は紛れも無くフラグマの健在を示してもいる。彼らは認めざるを得なかったフラグマは未だ無傷であろうということを。

 試験先行運用部隊が観測する中、フラグマは携えた刀を横一文字に振るった。風圧に伴い振り払われた煙は、もはや黒いトールの姿を隠し得ない。

 その機影を認めるのと、バルトからの号令が届くのは殆ど同時だった。

『各機、牽制射始め! プランBで行動せよ』

『了解! ったってねぇ……あいつ相手に何分持つんだか!』

 プランB。それは先ほどの合流時に送付されてきた作戦プランの1つだ。その中で優先されるべき事項は「特殊情報局が撤退するまでの時間を稼ぐ」こと。撤退戦の一環である本戦闘からすれば、それは至極まっとうな優先事項である。だが、時間稼ぎが出来るかすら怪しい相手が目の前に居る今、ルーカスの弱気はある意味でまともな反応と言えた。

 ナオトがチラリと左前方に目を向ければ、左手部を失いつつもフラグマに応戦する一号機の姿が目に入る。その損傷を見れば、否が応でも相手が強敵であると認識せざるを得なかった。

「でも、やらないと!」

 既に他の三機から銃火を浴びせられているフラグマを照準に捉え、ナオトもトリガーを引く。だが四号機に残るは右腕のみ。片手で構えている分ブレも大きく、着弾地点はなかなか収束することが無かった。普段以上に命中させ辛い得物に、ナオトは反射的に苛立ちを覚える。

 その苛立ちが彼にミスを犯させた。殆ど無意識に、フラグマへの距離を詰めてしまったのである。常に移動し続ける戦闘にあっては間合いが非常に重要である。一歩でも相手が得意とする間合いに入り込んでしまえば、即ち自らの不利を招くことになるのだ。

 この時ナオトは、まさにフラグマが得意とする間合いへと踏み込んでしまっていた。到底、刃が直接に届く距離では無いものの、その一歩は致命的だった。

「!!」

 一号機へ重点的に攻撃を仕掛けていたフラグマが、突如四号機に向かって接近を掛ける。ナオトにとって格闘戦を仕掛けるには遠い間合い。だがその高い機動力を以てすれば、ほんの瞬き程度の間で詰められる距離だったのだ。

 瞬く間に詰められた間合い。自身の牽制射も、他機体からの援護射撃もその全てが用を為さない。ナオトの目に、フラグマはまさに黒い狼そのものとして映った。

 獣のようなしなやかさで銃弾を避けながら、フラグマがすっと剣先を上に向ける。一見派手にも見える構えだが、その動きには洗練された呼吸があった。ナオトを、まるで生身の人間と対峙しているかのような感覚が押し包む。それは、自分に向けられた感情が収束する感覚であった。しかし、ナオトが真っ先に感じたのは敵意でも無ければ殺意でも無い。何か敵対意識とは違う感情が向けられているという、戦場にあっては不釣り合いな奇妙さである。

 だがその正体に思い至る前に、鈍い剣先は袈裟懸けに振り下ろされていた。さほどの気負いも無く振られたであろう刀は、音も無く風を切り、四号機の装甲をも切り裂く。衝撃も無いままに自機を切り裂かれる感覚は、いっそ不気味なものとしてナオトには感じられた。

 刀が届く寸前に作動したMNCSも、機動性が格段に落ちている現状ではさほどの意味を持たない。ようやく機体が動き始めたと体感できたのは、左腕部を切り裂かれた直後の事であった。もはや誰が見ようとも、機体がフラグマを捉えきれていないことは明らかである。しかし、パイロットたるナオトの目はしっかりとフラグマの挙動を捉えていた。

 振り下ろされる刀の軌道もそして眼前で大きな隙を見せる敵の姿も。

 奇しくもバルトと同じタイミングで、ナオトは敵機に隙を見出したのだった。そして彼は思い切りフットペダルを踏み込み、モニターを埋め尽くさんばかりにまで接近したフラグマにタックルを試みる。うるさくがなり立てる左腕部全損の表示は、いささかもナオトの注意を引くことは無かった。彼の目にはフラグマしか映ってはいないのだ。

 しかし、それはトレイクに益するところとなった。左腕部を断たれた影響で若干右に逸れる軌道を、トレイクは予見していたのだ。恐るべきは、重量バランスの補正が間に合っていないことを瞬時に見抜いたその観察眼である。四号機のタックルが捉えるはずだったフラグマは、既に半身を入れて受け流す体勢へと移っていた。

 まずい……! 

 このままタックルを避けられれば背後から一閃。自分にとって致命的な隙を晒してしまうという事はナオトにも分かっていた。相手を吹き飛ばせれば良し、そうでなければ……。

 瞬間、右方へ流れつつある四号機の機体を引き戻しながら、全神経をフラグマに向けた。自機の勢いはもはや止められるものでは無い、と本能的に理解した末の行動である。

 徐々に左方へと機体を立て直す四号機、尚も受け流す構えのフラグマ。ナオトは徐々に詰まっていく両者の距離をスローモーションのように体感していた。それが主観的な錯覚なのか、それとも作動するMNCSによる影響なのか、それは分からない。だが全ての意識が黒い機体へ向けて収束している今、その答えは彼にとってどうでも良い事だった。

 そして、一秒と経たない攻防が終わりを迎える。

 鈍く、硬質な金属の衝突音が大きく空気を震わせ、コックピット内は舌を噛み切らんばかりの振動で満たされる。それはトールという20m級の巨大物体どうしが激突した結果であった。四号機のタックルがフラグマの胸部を捉え、未だ健在の右肩部で構えごと吹き飛ばしたのである。未だスローモーションの影響を引きずるナオトの視界には、衝撃を受けてよろけるフラグマの姿が映っているはずだった。

 だが、彼の頭は状況を理解し得てはいなかった。

 高められていた集中が彼を鋭敏にしていたのだろう。フラグマに接触した途端、彼は機雷か何かに触れたような衝撃を受けたのである。それは、衝突時の物理的な衝撃とは性質を異にするものだった。

 まるで氾濫した河川のように、次々に溢れる情報が脳内を埋め尽くしていたのだ。その勢いは尋常ならざる域に達し、ナオトの思考を現実から引き離す程に膨れ上がっている。それは彼にとってデジャヴを感じさせる現象だった。

 ……ああ、これは初めてアインドに傷を負わせた時と同じだ。

 妙に他人事のような視点で、ナオトはのろのろと当時の状況を思い出す。リミッターを解除した後、自分が気絶した事はルーカスから聞かされていた。気絶の原因は恐らくMNCSによる過度の脳への負担だろう、と軍医に言われた事も覚えている。

 ……でも、そうじゃない。

 同じ状況を体験しているこの期に及んで、彼はようやく思い出した。

 ……俺があの時最後に感じたものは、今と同じ情報の氾濫だった。

 判然としない情報の海、その中に沈み込んでいく感覚の中でナオトは意識を失うに至ったのだ。その後には未だ会ってすらいなかったはずのテトル少佐を、彼は夢で見ている。だがその意味を理解する時間は、彼に与えられなかった。

『ナオト!!』

 横からの衝撃がナオトもとい四号機を突き飛ばす。突然に引き戻された現実では、未だ戦闘が継続していたのだ。ナオトが慌ててモニターを確認すると、自機の真正面に取り付く形で二号機が大きく映し出されていた。咄嗟にフラグマから引き離してくれたらしいという把握に至ったのも束の間、斬り飛ばされた二号機の肩部装甲が宙を舞う様が目に入る。自分の盾になってくれたのだと理解するのに、時間は掛からなかった。

「リーグ中尉!」

 だが叫ぶ間も無く、二号機は切り飛ばされた装甲パーツへ向けてアサルトライフルを発射した。それが幾多もの徹甲弾に貫かれた直後、一拍置いてフラグマとの間に大きな爆発が引き起こされる。切り離されたパーツの中には、未発射のミサイルポッドも含まれていたのである。リーグはそれを誘爆させることで煙幕代わりにしたのだが、ナオトはそう思い至る余裕も無かった。

『こちらコード1(一号機)。ポイントB354へ撤退しろ! 一時やつと距離を取る!』

 一号機から全機へ向けて通信が届く。それは爆発を利用しての撤退命令だった。無論フラグマも追っては来るだろうが、一時体勢を整える時間が必要だとバルトは判断したのである。

『こちらコード1(一号機)、ナオト少尉、どうして敵の目の前で棒立ちになっていた。死にたいのか!』

 それは上官として当然の叱責であった。ナオトもそれに対して言い訳しようなどとは考えてない。だが、どうしても伝えねばならない出来事はナオトにもあった。

「こちらコード4(四号機)。すみませんでした……しかし隊長!」

『こちらコード3(三号機)。どうしたんだよナオト?』

 ただならぬナオトの様子に、ルーカスまでもが口を突っ込んでくる。普段ならば応えるところだが、今はそれどころでは無かった。

「これは……陽動です! フラグマは陽動なんです!」

『なんだと? ナオト少尉、もっと詳しく話せ』

「口では上手く言えません……でもフラグマと接触した時に感じたんです。自分でもなんでそう感じたのかは説明できません、でも何故かそういう確信があるんです」

 筋道立てて話せないことが、この時ほど恨めしいと思う事は無かった。伝えたいと思う事ばかりが先行して、どうしても話が先走ってしまうのだ。元来、口が達者でないと自覚するナオトにとっては非常にもどかしい問題であった。

 だが、伝えんとしている事は事実に他ならない。フラグマからの情報の氾濫が収まった後、ナオトの中にはその残滓とも呼ぶべき思考が、断片的に残っていたのだ。それは恐らく「トレイク」と名乗った男のもの。内容や状況からすれば、それはフェンリルの作戦目標だと考えられた。

 ……でも、これじゃ伝わるはずが無い。

 そう思ったナオトの諦観は、意外なバルトの言葉によって覆される。

『……こちらコード1(一号機)。ナオト、お前の言葉を信じよう。フラグマは陽動なんだな? なら本命はどこだ?』

「……!」

 バルトからの信頼を感じたナオトは、自分が肯定されたかのような心地よさを感じた。認められたいと思う相手からの信頼ほど、人を心強くするものは無い。心地よさを感じたのはナオトが、そんな実感を求める一人だったたからであろう。

 確信そのままにナオトは目標を告げた。

「フェンリルの真の目標は、テトル少佐です」


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