第57話「構想駆動炉―2」
基地制圧を終えてより、同じく一時間後。
テトル少佐による尋問の開始と時を同じくして、バルトはエドモンドへの報告を行っていた。
しかし、現在バルトは基地周辺の警戒に当たっている為、ホエールに居るエドモンドと直接顔を合わせる事は出来ない。報告は通信を介してのものとなっていた。
当然話題に上がる内容と言えば、被害内訳や目標の達成如何といった作戦に関わるものである。しかし口頭での簡易報告に過ぎない今は、厳密な内容を求められている訳では無い。むしろ、作戦当事者の主観による状況分析こそが求められていた。これは正式な報告では排除されがちな要素であり、必ずしも正確な情報とは言えない側面がある。だが、情報の統括・取捨選択をすべきはより上位の軍人たるエドモンドであって、一部隊を率いるに過ぎないバルトの仕事では無い。無論、階級の違いは相対的なものに過ぎず、『上官』というものは状況によって変わる。だが現状、エドモンドの階級が上であるならバルトはそれに従うだけである。
「現在、基地周辺はYMX-01s、02、04の計三機で監視体制を敷いています。YMX-03は基地データバンクの解析作業に入っており、作業終了までは警戒網には加われず。当然索敵範囲は狭まりますが、配置ポイントによってそれもカバーできると思われます」
『報告ご苦労。ホエールの索敵網にも敵影は確認されていない。少なくとも特殊情報局が要求してきた作戦時間は確保出来そうだ』
「三時間ですか……特殊情報局は、初めから基地の制圧は重要視していなかったという事ですな」
『そうだな。旧研究所跡地に何か用事があるらしいが……テトル少佐はそれ以上を話さなかったよ。よほどのことらしいな、私には皆目見当もつかないがね』
バルトはその言葉に、若干の自嘲と皮肉が込められているように感じた。
敵地へ単艦潜入という作戦には多大なリスクが付きまとう。作戦の提案は特殊情報局だったにせよ、実際にホエールの徴用を決定したのはクローニン大佐自身だったという。その裏に特殊情報局の圧力があったのか、それはバルトには分からない。そこまでしなければならない理由もまた、バルトの与り知るところでは無かった。
いったい何をするつもりなんだ? ……テトル。
いや特殊情報局責任者テトル=エリック少佐。
「そうだ。私がここの存在を知ったのは、レオーツ事変以降の話だ」
カルサはテトルの質問に対し、答えを詰まらせる事も無く返答し続けていた。彼の言動には、情報を隠そうとする意図が全く感じられない。それにはテトルが若干の違和感を覚える程であった。だが、スムーズに進んでいる尋問をわざわざ止める必要は無い。当然その事を理解していたから、テトルがカルサを止めることも無かった。
「学術団体オーディンがゲルバニアン・レオーツ双方に出資者を抱えていたこと、それは知っているな? 名目上は双方の文化交流の一環として、だ。だがレオーツ事変以降衰退したオーディンを見限った者も多くいた……その中の一人、政治犯として収容された資産家に私は出会ったんだよ」
「なるほど、君が研究所を知ったのはそれがきっかけか」
「当時私は軍収容所に配属されていてね。彼に多少の便宜を約束した途端、知っている事の殆どを話してくれた。特に興味深かったのは、かつて出資していたという学術団体オーディンについての話だ」
テトルも自身の知識と照らし合わせ、カルサの言っている事が出鱈目などでは無いと確認する。たしかに学術団体オーディンは、エークス・ゲルバニアン両連合の公認のもとで出資者を募り研究をしていた。その研究内容の大部分が謎であったにせよ、世に送り出された成果の完成度は高い。その一つがW.A.L.L.と呼ばれるプログラム規格である。俗に『壁』と呼ばれることも多いこのシステムは、研究出資者を中心に世に送り出され、その拡張性の高さから瞬く間に普及することとなった。同時に研究成果を優先的に享受できる立場にある出資者たちは、学術団体より譲渡された使用権を利用し莫大な利益を得た。それこそが学術団体に多額の資金提供をした見返りであり、互いにとっての契約事項でもある。だがそれ故に出資者たちは多方面から妬みを買い、社会的に抹殺されるような事態も起こったという。カルサの言う資産家がその一人なのだとすれば、決して有り得ない話ではなかった。
「彼が政治犯として収容されていた理由、それはカルト的な宗教団体を立ち上げたからだ。教義は政治的な主張を含んだものばかり、それでいて下手に大きい権力で暴れられても困る。結局は政権に睨まれて捕まった訳だが、設立のきっかけはオーディンにあった。いや、その研究内容にあった」
ここでカルサは一息の間を置いた。それは、自身の話を盛り上げる為の演出である。意図的かそれとも無意識かそのどちらであるかに関わらず、演出が効果的である事は否定のしようが無かった。防弾ガラス越しにテトルは相手の話に引き込まれていたのだ。それはテトルが追い求めてきた情報、その行く末が目前に迫っていると直感したからでもある。
「それこそが構想駆動炉だ。尤も、その時の彼はそんな名称を知っていなかったし、そもそも勘違いしている点のほうが多かった。しかしそれを差し引いても、私は彼との出会いに感謝するよ。あれについての情報はまさしく私の人生を変えた」
尤もこれでは良い方向に変わったとは言えないな、とカルサは続けた。彼自身の現状を省みればそれも当然だ。しかしテトルには、カルサがそれを悔いているようには見えなかった。まるで自身が優位に立っているかのような、そんな余裕さえ見て取れる。
「それで君が集めた研究情報はどこにある?」
いつの間にか逸れた話を戻すべく、改めて最初の問いを投げ掛ける。
「大部分は基地のデータバンクに格納されている。ただし貴様が知りたがっているものは旧研究所内部だ」
「そこで設置した罠にでも嵌めるつもりか? そもそもどうして旧研究所内部に置き去りにしている。君にとっても重要なはずの情報だろう」
「特に重要なものだからこそ、外部から隔離したネットワーク環境内に置いておきたかった。基地内部に置いては、何の拍子にアクセスされるか分からない。幸い学術団体らしくパフォーマンスは優秀、現行規格のシステムとある程度の互換性まで備えている。不便は無い」
カルサから見て防弾ガラスの向こう、今まで腰かけていたテトルが立ち上がる。その様はまるで「聞くべきことは聞き終えた」とでも言うかのようだった。同時に今まで閉ざされていたドアーが開かれ、薄暗い室内に光が差し込んでくる。その光の中には逆光気味にテトルの部下の影があった。
「一応納得した、ということにしておこうか。尋問はこれで終わりだ」
その言葉を最後にテトルは足早に部屋を去っていった。代わりに尋問室へと入って来たのは数人の部下である。だが彼らに尋問を続けようとする素振りは見られない。尋問があれだけというのは本当だったらしい、とカルサは拍子抜けを禁じ得なかった。
依然、旧研究所周辺は試験先行運用部隊のトールによって警戒態勢が敷かれている。テトルがカルサへの尋問を続けている間も、そして尋問を終えた後もである。
その中にあって哨戒活動の指揮を執る一号機の役割は大きい。情報の統括はルーカスが担っているものの、部隊運用はやはりバルトに与えられた権限だからだ。したがって一号機には母艦たるホエールからの通信が優先的に割り振られるし、機会自体も他機体のそれと比べて多い。
現在一号機に繋がれている通信も、例に漏れずホエールからの通信である。しかしその内容・通信先は、普段とはまるで異なるものだった。
「こちらコード1。テトル少佐、何の用件だ? ホエールの通信回線を介して」
『バルト大尉、貴官にはこれからの行動予定を伝えておきたい』
互いに階級名で呼び合うことは、公式な場において当然と言える処置である。だがこの時に限っては、階級名が互いの距離を意識させていた。
『現在、特殊情報局実働部隊の大半は旧研究所敷地内に居る。基地制圧は第一分隊を中心とした人員にあたらせ、第二分隊は旧研究所跡地での調査を敢行する予定だ』
「了解した。試験先行運用部隊は引き続き周辺の哨戒にあたる……ところで指揮は誰が執るんだ? 以降の連携の為に把握しておきたい」
『指揮は俺が執る。第二分隊と直接、旧研究所の探索に向かう手はずだ』
「なに? お前が……貴官が直接行くのか?」
『その通りだ。と、これ以上は貴官に伝えるべき内容ではない。通信は以上だ』
その言葉を最後にブツリと途切れた通信は、それ以上をバルトに伝える事は無かった。代わりにスピーカーを震わせるのは特定周波数の途絶を知らせる電子音である。数秒の後にはそれすらも途絶え、自動的に通信回線が閉じられた。
そして何処と繋がるでもないコックピットで、バルトは人知れず息をついた。そこには疲れや不安、そしてある種の諦観が含まれている。
テトルは現地を直接調査するつもりか。おおかた部下にも見せたくない『何か』があるということだろう。
「やはり」と呟く。グルグルと駆け巡る思考は言葉となって漏れ出していた。
「……あの事故に関することなのか? MNCSの秘密まで手にして、その先にはいったい何がある、テトル……お前は何を知りたがっているんだ?」
「テトル少佐、第二分隊の人員・装備共に異常は見られませんでした」
「旧研究所内部に設置されていたトラップ類は全てが解除済みであります。少なくともゲルバニアンが設置した分のみではありますが」
部下たちの報告を受け、テトルはよしと頷く。準備自体は内部調査を通達してからものの数分で完了してしまった。その事実に、テトルは改めて部下たちの優秀さを確認させられる。
「第二分隊へ通達! これより内部調査を開始する。無人施設ではあるが周囲への警戒は怠るな、それから許可があるまで施設内部の機器類との接触は極力避けるように」
「「了解!」」
隊員たちの声が斜陽に照らされた空き地に響き渡る。山間において不釣合いなほどに開けたここはオーディン旧研究所敷地内であった。現在では剥離したアスファルトが痛々しい敷地も、かつては立派に舗装されていたのだろうと想像出来る。だが、保守管理の為されない人工物ほど脆いものは無い。剥がれたアスファルト、クラックの入った外壁、もはや刈られる事もない雑草群……。ゲルバニアンによる保守作業もなされなかった結果、約十年で研究所は廃屋と見紛うまでに荒れ果てていた。その敷地内が、二十名を数える隊員たちの行進によって踏み固められていく。
広い敷地内、とはいえ施設に辿り着くまでにさほどの時間は掛からないものだ。第二分隊は十分と掛からずに、複数の侵入口への待機を完了させていた。そして突入時間が訪れた瞬間、物理的・電子的な手段によって各々の侵入口が破られた。
次々に重装備で身を固めた隊員がなだれ込みその動きが止まる。それは予め訓練された動作でも無ければ、予定された挙動でもない。ただ、彼らは戸惑ったのだ。研究所内部が未だ機能を保持し得ていた事に。そして内部があまりに整然としていた事に。
施設内部へと通じる経路の一つ、大型機器搬入口に立つ隊員たちの前には埃一つ見当たらない廊下が伸びていた。未だ稼働し続ける機器は淡い光を放ち、不気味なまでに白い床面・壁面を照らし出す。日常離れした清潔さは精密部品製造工場を思わせ、異物の存在を拒んでいるかのようだった。
その様は十年もの間放置されていた施設のそれでは無い。
「どういうことでしょう、少佐。これはゲルバニアンが施設の維持管理を担っていたと……?」
予定通りに廊下を進みながらも、事前情報との違いに隊員たちは明らかな戸惑いを見せていた。実働部隊副官が発したその疑問は尤もなものである。
「恐らくはそうだろう。学術団体の解散後もここに研究員が留まる理由は無いからな。その後の管理はゲルバニアンが担っていたはずだ」
「いや」とテトルは心中で言葉を続ける。
管理だけじゃない。この施設はつい最近、それこそ昨日まで使われていたようだ。カルサは俺が思っていた以上に情報を掴んでいる。
そんなテトルの考えを肯定するものか否か……手にした端末がデータの着信を知らせる。それは別ルートで施設内部に侵入した班から発信されたデータであった。よく訓練された隊員たちからの報告はどれも信頼に足る。そしてそれら全てが、施設内部に関して同様の状況であると示すものだった。そうと決まればテトルが下す結論は決まっている。
研究室と思われる部屋の前を次々と通過し、そのペースを落とさぬままにテトルは通信機を口元にあてた。無論、隊へ命令を下す為にである。
「隊へ命令を通達、任務内容をプランDで継続せよ。繰り返す任務内容をプランDで継続せよ。合流ポイントは情報保管庫だ」
カルサの言うことが真実であるなら、研究データに関しての全ては情報保管庫に格納されている公算が高い。ほぼ確実に暗号化されてはいるだろうが、それも基地制圧を終えた時点で解決している。基地司令カルサの個人認証コードは既に把握しているからだ。
角を左、次の角を右、10m程行った突き当りを右……事前に手に入れた資料によって施設内部の構造も把握している。テトル達の前進を阻む要素はどこにも無かった。明るく照らされていながらも、どこか影を帯びた廊下が視界を流れて行く。
そして彼らは目的地たる情報保管庫の入り口に辿り着いた。入口は白い塗装が施され、不気味なまでに白い壁面に違和感なく溶け込んでいる。光沢の有無、そして暗いスリットが両者を隔てる視覚的差異であった。
「ここだ……」
テトルは状況報告を、湧き上がる感慨を以てその一言を呟いた。
迷う事もなく、無人の施設内へ潜入する。
それは時間にして20分、体感にして5分程で終わった任務の全容である。複数に分かれていた班が合流するにつれ、その事実は第二分隊の各々に実感をもたらしていった。彼らに通達された任務内容はここまでであり、帰還を控えているとはいえ緊張感の緩みは避けられない事だ。そんな彼らに緊張感を戻させるように、テトルは隊全体に号令を掛けた。一瞬で緊張感を取り戻した隊員たちは、軍人の表情を以てテトルの命令を待ち侘びる。
「諸君、通達した任務内容はここまでだったな? 実際その通りだ。第二分隊に残された任務は、研究所内部の警戒のみである。しかし気を引き締めろ! 各自、任務にかかれ!」
「「了解!」」
テトルの号令を機に、副官の指示に従って隊員たちが施設内部へ散らばっていく。通じる廊下を押さえておけば侵入は感知できる、故に室内での配置地点は最低限で済むのだ。その配置もあらかたが完了したとき、副官が若干の戸惑いを見せてテトルに尋ねた。
「……少佐、質問よろしいですか?」
テトル自身も部下に対する通達の不足を承知していたから、副官の質問を止めさせようとはしなかった。「なんだ」と短く反応を見せるのみである。
「任務はこれで終了だと仰いましたが、少佐はどうされるので?」
「俺はこれから情報保管庫で作業にあたる。貴官も警戒に加われ」
「は! ……重ねて質問よろしいでしょうか」
気まずそうに、それでいて遠慮するつもりなど無い様子で副官が尋ねてくる。テトルがそれに答えようとしたとき、副官は既に質問を口に上らせていた。
「任務内容は施設内部の警戒でありますが……いったい何の侵入を想定しているのですか? ゲルバニアン基地は既に制圧しましたし、自分には何が……」
「警戒するべき全て、だ」
副官の言葉を遮るようにいや、明確に遮る意図を持ってテトルはそう言い放った。
「たしかタレー特設基地、と言ったか? あの基地を制圧することには成功したが、他に増援が来るとも限らない。それに対して警戒態勢を敷くことは当然だな?」
至極まともな答えを返しきっぱりと副官を引き下がらせる。それ以上の質問を避けたかったのはテトルが多少の負い目を感じていたからだ。そう、テトルは質問に対し本当の意味では答えていない。
「俺は『警戒するべき全て』と言ったが……」
遂にテトル以外居なくなった廊下で、テトルは情報保管庫の入口へと手を掛ける。そして軽く引かれたドアーは、見た目から予想される以上の滑らかさを以て静かに開いていった。個人認証コードは既に入力しており、ここに来るまでに身元の保証はされたことになっているのだ。
「もちろんそれは嘘じゃない……だが、この警戒態勢は明確な対象を持ったものだ。真に警戒すべきは――――」
開き切ったドアー。その先には暗い部屋が広がっていた。壁面にずらりと並ぶ電子機器は燐光を放ち、仄かに室内を照らし出している。冷却器の音とてしない静謐さは現実世界から切り離されているようで……。まるで地下深くの洞穴を思わせる燐光、静寂、光の中でテトルは一瞬、自分が何を求めてここまで来たのかを忘却しかけた。
だが、自らが発しかけていた言葉で我に返る。改めて紡がれる言葉は、暗い室内に存在感を以て響いた。
「警戒すべきは、フェンリルだ」




