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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
8章:旧研究所
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第56話「構想駆動炉―1」

 景色は流れる。左右・前面のメインモニターには、頭部メインカメラが捉えた映像が映し出されていた。とはいえ、得られた映像をそのまま映し出している訳では無い。映像には各種センサーが捉えた非可視的な情報や、戦闘支援システムによって自動的に算出された危険強度といったデータも適宜添付されているのだ。

 中でも重要とされるのが、非可視光領域にある電磁波の情報である。そしてこの情報が戦場においてどれ程有益かは、パイロットならば誰もが理解していることだ。

「危険強度C……残骸だな。まだ熱量を持っているということは、リーグとナオトが壊滅させた小隊か」

 バルトが見やる先には数々の金属片、残骸と呼ぶに相応しい塊が散乱していた。撃破されて間も無いのか、未だ赤熱した装甲断面を晒すものもある。強い赤外線を放っていたものの正体を知り、バルトは警告表示を下げさせた。

 位置関係からして、恐らくこの残骸は彼らが二つ目に会敵した敵部隊のものだ。一つ目の敵部隊は現在地より更に北方向、別の渓谷で接触したと聞いている。

「リーグ達が二つの部隊を突破し、その後を通る俺への迎撃は無い……ということは、あとは基地内部へ展開する部隊のみだな」

 戦闘開始直前に配置されていた敵小隊は5つ、うち4つは全てを撃破した。もし敵が任務を放棄して逃げ出したのでも無ければ、残る一つは基地内部での迎撃にあたっているはず。そう考えるのが自然だ。そして――――

 機体を横に軽く傾けさせ、スピードを維持したまま緩い右カーブを抜ける。山間を押しのけ徐々に広がっていくかのような渓谷。そこを完全に抜けきった時バルトの目に飛び込んで来たのは、明らかに人工物とわかる施設群、つまりは目標基地の地上部分であった。

「こちらコード1(一号機)、目標地点へと……」

 部隊へ、そしてミッションレコーダーへ向けて行動を報告する。同時にメインモニターに映る二号機と四号機の姿が、バルトの目に飛び込んで来る。

 だが、その周囲へ視線を向けた時。明らかな脅威の存在がバルトの視線を引き寄せた。

「あれは!」

 そして報告を言い切らぬ内に、すぐさま多薬室砲を展開させる。数瞬と掛からずにつけられた照準の先には、四号機を長距離ライフルで狙う敵トールの機影があった。四号機は別の敵トールと格闘戦に入っており、背後からの脅威に気付いてはいない。

 本来なら測距レーザーが照射された時点で、四号機は砲撃を感知しているはず。しかしそれが無いということは、敵は測距レーザー、更にはレーダーをも使わずに砲撃を試みているということだ。手動での照準合わせなど、一般兵が行ったところで命中率は期待するべくも無い。だが実際にその砲撃を試みている以上、敵機のパイロットには相応の技量がある可能性が高い。あの距離から発射されてしまえば、四号機はほぼ確実に……。

「そうはさせん!」

 細かな姿勢制御の完了を待つ暇も無く、バルトはトリガーを引き込んだ。次の瞬間、多薬室砲から超高初速の弾頭が射出される。衝撃波すら引き離して飛翔する弾頭は、その運動エネルギーを以て敵機の両腕部を消し飛ばした。距離に比して大き過ぎる弾速は、装甲の貫徹のみで消費し切れるものでは無かったのだ。

 しかし破壊面から火花が飛び散る間もない出来事であった。

 支えを失い落下しゆく長距離ライフルが、火を噴く。



 ナオトにとってそれは突然の事であった。

 敵機と格闘戦を演じている最中、突然の激しい衝撃がコックピットを揺らしたのだ。明らかに眼前の敵機からでは無い攻撃を受け、ナオトはようやく自分が狙われていたと気付く。

 しかし、気付くにはあまりに遅すぎた。戦闘支援システムは左腕部の深刻な損傷を伝えてきている。既にナオトの視界にも、肘関節部の途中を抉られ、ただぶら下がるだけとなった左腕部が入っていた。一瞬の動きで勝負が決まる格闘戦において、それは致命となり得る隙だ。既に決して少なくない敵を葬って来たナオトには、その事がよく分かる。

「……!」

 しかし、半ば覚悟し掛けていた展開が訪れることは無かった。

 数秒の沈黙。その後、改めて状況に目を向けてみる。

 直後、ナオトは自身の目を疑った。それも当然の事と言えるだろう。目に飛び込んで来たものは、予想もしなかった光景だったのだから。

 彼が見たもの、それは胸部装甲をクレーターのように抉られた敵機(・・)であった。直後に背後から聞こえて来た爆発音とあわせて、ナオトは自身が脅威から解放されたと知る。

『こちらコード1(一号機)コード4(四号機)大丈夫か?』

「だ、大丈夫です……これは一体……」

 命を掠めていった危機に、今更ながら冷や汗が噴き出す始末だった。自分が居るのは戦場、命のやり取りをする場なのだと改めて確認する。

『お前を後ろから狙ってる機体が居た。そいつは俺がすぐに排除したが、直前には既に発射信号が出されていたらしい。それが四号機を掠めて、そのまま敵機へ着弾ってことだ』

 ナオトの中で、目の前の状況とその原因がようやく一致した。

 しかし、それでも釈然としない部分の方が大きい。ほぼ事故とはいえ、敵機の放った弾頭が運よく自分と戦っていた機体に着弾した? そんなことが……

 もやもやとしたナオトの心情を、バルトの言葉が引き取っていく。

奇跡的(・・・)に、な。戦場で奇跡に頼るなんてのは禁物だが、起こったものは仕方ない。有り難く受け取って終わりにしておけ……敵はまだ居る』

コード4(四号機)了解、作戦を続行します」

 左腕部は失ったが、それは作戦続行の支障にはならない。と、レーダーを確認したナオトは判断した。既に基地防衛にあたるトールは三機。その上、現在は二号機が交戦状態に入っており、防衛部隊殲滅も時間の問題となっていたのだ。

 そして、本来の自分の役割は――――

 ナオトがメインモニターに何かを見つけた、と思い切りフットペダルを踏み込む。操作のままに突き進む四号機の先には、基地防衛用のミサイル発射設備があった。

「これで6個目!」

 格納状態にある半地下式のミサイルサイロへ向けて、手にしたハンドガンの銃口を向ける。

 接近を許した今となっては役に立たないミサイルだが、依然危険なことに変わりはない。トールの無力化を担当しているリーグに対して、ナオトの役割はこうした固定設備の無力化にあった。

 四号機が引き金を引き、ミサイルサイロは周囲の隔壁ごと撃ち抜かれる。そしてしまい込まれた弾薬が派手な誘爆を引き起こした。

 一息をつく間もなく、ナオトは次の目標へと向かっていく。リーグ、バルトも同様に基地の戦力を無力化しつつあった。



「新たにミサイルサイロ23番が被弾……31番もです!」

「ルート小隊通信途絶、隊長機も含め沈黙した模様」

「警備システムが何者かに攪乱されています! 発信元不明。このままでは……」

 オペレータが届けて来る報告はいずれも被害報告ばかりで、カルサ少佐にとって良い知らせなどは一つも見当たらない。

「ああ……Dブロック格納庫損壊。予備隊出撃できません。少佐!」

「トールが使えないなら戦車でもなんでもいい! とにかく連中を蹴散らすんだ!」

 声の大きさとは裏腹に、その命令内容は実に乏しいものだった。だが、実戦など殆ど経験した事が無い彼に、現在の状況における最適解など分かるはずも無い。ただ声を張り上げ、部下に実の無い命令を繰り返すばかりである。

 しかし、彼に現状を打破する手段が無い訳では無かった。

 旧研究所に残されていたもの。研究の産物と言ってもいい存在。

 今、アレ(・・)を出してしまえば……恐らくは連中に対する時間稼ぎになる。ただし、同時に私自身の破滅をも呼び込みかねない。エークス軍にまで知られたとなれば、彼らが此処にやって来たとしても不自然ではないのだから。

 それではこれまで私が隠し通してきた意味が無くなる! カルサが恐れていたのは、エークス軍の捕虜となることさえマシだと思えるようなリスクである。そんな時に迅速な決断を下せる人間は極限られた存在ある意味で豊かさを忘れている存在なのであって、大多数の人間は破滅のリスクを目の前にすれば躊躇いもするし、逃げたくもなる。そして決断を下せないカルサがどちらに属するかは言葉にするまでもない。カルサは自身の、目的に徹する事の出来ない器の小ささを呪わざるを得なかった。

「少佐!!」

 カルサの思考を中断させたのは、嫌な予感を伴う部下の報告であった。しかし、その内容をオペレータに聞き返す必要は無かった。

 爆発によって吹き飛ばされる指令室のドアー。煙が晴れるまでも無く、ああ、終わったと少佐は脱力する。

 カルサ少佐が見つめる先にあったのは、基地指令室まで侵入してきたエークス歩兵部隊〈第二分隊〉の姿であった。例外なく重武装を施された隊員たちは、如何なる反撃をも許さない構えである。カルサ少佐以下ゲルバニアン軍には、降伏するより他に選択肢は残されていなかった。

 かくしてタレー特設基地攻略戦は、軽微な損害を出しながらも無事成功したのである。基地に居た大部分のゲルバニアン軍兵士は降伏、トール部隊とは異なりほぼ無傷での確保に成功した。尚これもテトル少佐の指示によるものであり、全ては彼の目論見通りに進んだと言える。



 基地周辺の銃声が消えてから一時間。

 当のテトル少佐はタレー特設基地へとその身を移していた。

 水力発電施設の掌握を終えた第一分隊との合流も完了し、既に基地の制圧は盤石と言っても良い。しかし、それとこれとは別の話である。一定の安全が確保されたからと言って、責任者たるテトルがわざわざ敵基地へ赴く必要は無いのだ。むしろ後方で指揮を執ることこそが、今のテトルに求められている事であるはず。

 それを自覚していないのか、はたまた敢えて無視しているのかは分からない。しかし、現にテトル少佐が行っている事といえば……カルサ少佐に対する直々の尋問であった。部下を間に入れる事も無く、敵基地で尋問を行う。それは全く以て異質な状況に違いない。

「さて、カルサ=ベルボット少佐。君には聞かねばならない事がある。だがまずは……」

 本来はゲルバニアン軍が使用するはずの尋問室、カルサはその中央に置かれた椅子に座っていた。無論武器の類は没収されており、その手には何も握られてはいない。尤も尋問者が分厚い防弾ガラスに守られているとなれば、反撃する気すらも起こりはしないのだ。

 そして黙秘を選択すればどうなるか。それは火を見るよりも明らかであった。たとえテトルが捕虜であるカルサの手足を撃ち抜こうと、それが誤射であれば(・・・・・・)条約違反になりはしない。

「君はここタレー特設基地の司令を務めていた。そのことに間違いはないか?」

「……そうだ。私はタレー特設基地司令を任ぜられている。しかし貴様、どうして部下に尋問をさせない?」

「言っただろう、聞きたい事があると。情報を広めたくないのは君と同じだ」

 意味を含ませた物言いに、カルサは思い当たる節を幾つも見出した。

 私が旧研究所の調査で得た情報といえば、その殆どが基地データバンクの最深層にある。上層部に報告すらしていないもののほうが多いくらいだ。それを……この男はどこまで知っているというんだ? 

「しかし、そんなに聞いてほしいのなら聞こうか、カルサ=ベルボット。構想駆動炉の研究情報(・・・・・)はどこにある? ……知らないはずは無いだろう」

 一瞬、何かの聞き間違いかと疑う。しかしそうでないと理解した途端、カルサは目の前の男に対してある種の興味を覚えた。同族あるいは同種の人間では無いのだろうか、彼が抱いたのはその類の関心である。

「……貴様、どこでそれを知った?」

「研究所はここだけでは無かった、とまぁそういうことだ。使える手段なら何でも使ったさ……恐らくは君と同じにな」

 構想駆動炉。それはカルサ自身が得た情報の中でも核心、それも最も他に知られている可能性の低い情報だったのだ。それをあっさりと引き合いに出されてしまっては、もはや彼に出せる手札は無い。質問をはぐらかそうとも、カルサにとってそれは無意味なことだ。それどころか下手に黙秘すれば、次に飛んでくるのは質問では無く鉛玉になるだろう。

「ともかく、その様子だと知っているようだな。俺も確証は掴めていなかったが……知っている事を話してもらおうか」

「……わかった。元より私にはゲルバニアン軍への忠誠心など無い。それに貴様に教えたほうが面白くなりそうだな?」

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