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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
2章:演習
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第4話「荒野、たった二機の演習戦―2」

『こちらコード4、指定ポイントに到着』

「コード1、こちらも到着した」

 せいぜい2kmと離れていない距離にあっては、互いの機影をはっきりと見て取る事が出来る。バルト機と全く同様の装備を携え、ナオト機は正面から相対する構えを取っていた。もはやその場に足りないものと言えば、バルトが発すべき号令だけである。

「これより――――演習を開始する!」

 バルトの足がフットペダルを踏み込み、ホバーシステムが一気に稼働状態にまで引き戻される。また同時に行われた手動調整により、左右外側のホバーユニットが後方へと向けられた。半ば強引な形で偏向させられた推力が、強大な反動を以て機体全体を前方に押し出していく。徐々に加速された機体は、巨大な慣性を引き連れたままに戦闘速度へと達した。

 彼が接近すべきはメインモニターに表示されている敵機(・・)である。演習に際して敵味方識別コードを変更した結果、ナオト機は一時的に敵機として処理されているのだった。そうしなければ火器管制に掛かったロックの影響で、半自動で為される補正機構の悉くが機能しないのである。友軍誤射を防ぐには有効な安全装置と言えるが、演習においては邪魔なだけだったのだ。

 目標との距離を見計らって、機体に保持させたサブマシンガンの電子式安全装置を解除する。それに応じて第一弾が薬室内へと装填されたが、それはあくまで演習用ペイント弾であった。弾頭の被覆部を構成する金属は敢えて脆弱に作られ、装甲貫徹能力の殆どを無くされている。同時に装薬も燃焼時のガス圧が低いものへと変更されており、銃口初速も通常と比べれば八割程に抑えられていた。この措置によって、脆弱となった弾頭が発射時に自壊しないよう図られているのだ。だがそれでも弾頭の飛翔速度は大きく、数値ほど速度の低減が体感されることは無かった。したがってバルトといえど気を抜くような真似はせず、ヘルメットに投影される拡大映像を注視するより他に無い。

 じりじりと距離が詰まっていく中、メインモニターにナオト機がサブマシンガンを構える様が映る。と、銃口に小さなマズルフラッシュが瞬いた。ともすれば見逃しかねない輝きであったが、バルトはそれを認めると同時に機体を更に加速させた。連射に対し敢えて横方向への回避運動は取らず、射線に真正面から突っ込んでいく形である。突撃する中にも細かい曲折を織り交ぜ、バルト機は瞬く間にサブマシンガンの使用適正距離内部へと飛び込んだ。幾多もの弾頭が散らされた空間を突き進んで来たにも関わらず、装甲表面には一切の被弾痕が見当たらない。

 そしてナオト機とすれ違いざまに単射モードで一射。その射撃は、空いている左腕の肘関節部を正確に捉えるものだった。もしそれが演習弾でなければ、脆弱な簡易装甲区画は吹き飛ばされていたであろう。代わりにナオト機の被弾部へ与えられたのは、鮮やかなピンクの蛍光塗料だった。機体色が全体的に濃い茶であるために、それは非常に目立つマーカーとなっている。



『どうしたコード4、足が止まっているぞ! 戦闘中に突っ立っていても危険を招くだけだ』

 バルト機は通り過ぎた後方でターンを掛け、ナオト機へ背を向けた上で東方向へと突き進んでいた。その進路上には、演習場の中でも比較的起伏に富んだ地形が控えている。剥き出しの岩石がさらさらとした表土層から頭を出している地形は、岩石砂漠の特徴を体現したかの如きものであった。

「りょ、了解!」

 ナオト機はホバーユニットを後方へ偏向させると、バルト機を追うべく始動を掛ける。

 再び機体が進み始めたのは良かったものの、コックピット内部では被弾を知らせる警告音が鳴り続けていた。それは先程の一撃を装甲表面の圧力センサーが感知し、本来受ける筈だったダメージを疑似的に再現している結果だ。再現されるのは警告表示に留まらず、戦闘支援システムと呼ばれる機体保守システムが実際に被弾箇所へ駆動制限を掛けてもいた。破壊されたと判定された肘関節より先は、ただぶら下がっているのと何ら変わらない状態である。

 サブモニターに投影された情報によれば、損傷度合いはLevel 3〈一部機体機能の喪失〉。合わせて四段階まで存在する損傷度合いのうち、上から二つ目に深刻な損傷を意味するものである。初手から左腕が制限されてしまったというプレッシャーは、彼にとって大きいものだった。

 しかし彼は、バルトが意図的に(・・・)武器を保持する右腕を狙わなかった事に気付いても居る。それはバルトがナオト機の戦闘力を残さんとした結果であり、彼が発揮するであろう実力に期待しているという証拠でもあった。そんなバルトの意図を薄々感じていたからこそ、ナオトの心はまだ戦意を失わない。スロットルレバーを押し込み、先行する目標が入り込んだ複雑な地形への突入を試みる。

 だが所々に露出した岩石が足場を取り、思うように速度を取ることが出来ない。無論、強靭性で言えばトールの複合装甲は岩のそれを遥かに凌駕する。なにも戦闘速度まで加速せずとも良い。よほど巨大なもので無い限り、衝突すれば砕けるのは岩の方であった。しかし衝突の際にもたらされる衝撃は如何ともし難く、戦闘速度を保とうとすれば照準を定める事もままならない。やむを得ず進行速度を落とし、特に目立つ岩の間を縫うようにトールを進めていく。

 ――――その時だった。

 索敵レーダーが敵機の接近を捉え、ナオトの視界の端を何かが通過する。彼が咄嗟にモニターの端を超えて振り向いた先には無論、無骨なコックピットの内壁が控えていた。しかしヘッドマウントディスプレイ上にはあたかも壁を透過するかのように、機外の光景が投影されている。その映像中に映っていたのは、高速で移動し続けるバルト機の姿であった。

「あれは! この中をあのスピードで……!」

 直後、目標の捕捉を知らせる電子音でナオトは我に返った。レティクルと重ね合わされた機影目掛け、機体にサブマシンガンのトリガーを引かせる。軽い放物線を描き発射された弾頭は、射線上にあった岩を砕いてなお射線を伸ばしていった。だがそれらが届く前に、バルト機は稜線の陰へと退避してしまっている。地形の段差そのものを遮蔽物とされたのでは、余程の破壊力を持つ火器でない限り命中弾は望めない。せいぜいサブマシンガン、それも演習弾を装填されたもので出来る芸当では無かった。手持ちの武器でダメージを与えるには、あくまで後を追う必要があったのである。

 生まれたばかりの砂塵を突き抜け、ナオト機は些か強引に最短距離を踏破しようと試みる。当然、進路上に控える岩を砕きながらの進行は、決して効率的とは言えない。だが次に現れた時に再び捕捉できるとも知れない相手に対し、出来るだけ早期にダメージを与えようとするのは自然な心理であった。数歩進むたびに牽制射を行いつつ、遂にナオト機は稜線を超える。

 不用意にも機体を進ませれば、その先にレーダー管制に捕捉されたままのバルト機を視認する事が出来た。しかし一方から見えていれば、もう片方からも見えるのは道理である。殊に牽制射を撒き散らしながら進んだナオト機が、バルト機に捕捉されていない筈は無かった。ナオト機が遮蔽物を超えた途端に、敵からロックされた事を知らせる警告が注意を喚起し始める。それは測敵レーザーの照射による、直接照準を受けた事を知らせるものだった。

 咄嗟に機体を引っ込めさせた直後、メインカメラの目前を薙ぐように弾頭が飛来して来る。瞬く間に形成された弾幕は、ナオト機の接近を阻むように展開されたものだった。これ以上の被弾を重ねる訳にはいかないという事もあり、ナオト機は手ごろな地形を盾にして演習弾の雨をやり過ごす。

「これじゃ近づけない。どうすれば……」

 遮蔽物から少しでも頭部を出そうものなら、即座に着弾が予想される程の弾幕だった。その射撃精度は驚異的で、連射時における反動の影響などを一切感じさせないものである。しかしいくら優秀な安定化装置を用いたとしても、そこまでの射撃精度を維持するのが困難である事に変わりは無い。そういった事実を踏まえれば、連射時の補正がバルトの手によって行われているのだと彼にも理解出来た。それはナオトにとって未知としか言いようの無い次元の話である。せいぜい今の彼に出来る事と言えば、遮蔽物たり得る岩の後ろで連射が止む事を祈るだけであった。

 バルト機に背を向けるような姿勢では、自然と自らを通り越していく弾道が見て取れる。それは隠れている岩石を掠め飛んでいく、演習弾のものであった。しかしそれが唐突に消え失せると同時に、敵機接近の警告が鳴り始める。咄嗟に背後より迫りくる敵機を視認しようと振り返るが、機体の背後にある岩が邪魔で映像は得られない。当然、ヘッドマウントディスプレイに機体の背後が投影されることは無く、代わりにナオトの目はレーダー索敵を表示するサブモニターへと向けられた。レーダー円上には、ナオト機へ向けて急速に接近しつつある機影がある。

 ……もう隠れさせてはもらえないのか!

 ナオトは機体を勢いよく遮蔽物の陰から飛び出させた。どちらにせよ陰から出るのであれば出来るだけタイミングを誤魔化そう、と試みた結果である。だが、推進力を目一杯使って飛び出したはずの進路は、バルト機のそれとまさしく時間的にも鉢合わせるものとなっていた。彼の目論見はバルトに見抜かれていたのである。

『タイミングを計られたく無ければ、予備噴射は抑え目にしておくことだ!』

 みるみる距離が詰まっていく間に、バルト機は手にしていたサブマシンガンを放棄した。そして流れるような所作を以て振られた右手には、いつの間にかコンバットナイフが装備されている。それは左前腕部アタッチメントから引き抜かれたものだった。しかしその刀身ばかりに気を取られていた隙に、ナオト機の装備していたサブマシンガンが叩き落とされる。バルト機は敢えて派手に武器を見せ付けることで、空いている左手への注意を逸らしたのだった。その格闘術の中には、ナオトの予期しなかった柔軟さが多分に含まれている。

『それに地形の把握が甘い。俺を追っていたつもりでも――――』

 得物を失ったナオトは必死に距離を取ろうと試みた。しかし同じ加速性能であるだけに、バルト機を引き離すことは出来ない。

『自分の方が追い込まれていたことには、気付けなかったようだな』

 その言葉を前に、ナオトはようやく自機の置かれた地形に目を向けた。位置しているのは依然、露出した岩石群が目立つ砂漠地帯である。そして機体の予定進路を伸ばしていった先には、ホバーでも走破し切れないであろう過酷な地形が広がっていた。他の分岐を探っても結果は同じ、彼は自ら退路しか用意されていない道へと入り込んでいたのだった。

 ……マズい!

 ただでさえ戦闘に馴れていない彼である。普段の移動方法でもあるホバー推進ならまだしも、純粋な二足歩行による格闘戦はハードルが高かった。そもそも複雑な重心移動を伴う格闘戦自体、パイロットにとってのハードルは高いのだが、足を止めてのものとなれば尚更難易度は上がる。一撃離脱のようなプロセスを踏む前者に対し、後者は常に相手と相対し続ける必要があるからだ。経験を積んだパイロットであっても、格闘戦において足を止める事は極力避けるのが通例であった。

 しかし今のナオトには、格闘戦の形態を選択する余地は無かった。このまま進めば必然的に足を止めねばならない以上、彼はその前に進路を変更しなければならない。だがその為には来た道を引き返さなければならず、いずれにせよ機体の進行を止める必要があるからだ。そんな隙をバルトが見逃すはずは無く、ましてやナオト機は追われる立場にある。それでも出来るだけ有利なうちに格闘戦に入るとすれば、そのタイミングは今を除いて無かった。

 一時的に加速を強め、気休め程度にバルト機との距離を空ける。だが、それはあくまで一時的なものだ。コンバットナイフを取り出すまでの間合いを取る為、ホバー推進機構に多少なりとも無理をさせた結果に過ぎない。

 次の瞬間、後方へと振り向いた機体の右手には、コンバットナイフが順手に握られていた。進行速度を急激に落としつつ、ナオト機はそれを一直線上に突き出す。バルト機が追って来る勢いを利用し、そのままコックピットブロックへの被弾判定を与える算段であった。このまま戦っても勝てない、そう考えたナオトの窮余の策である。

 溜められた肘が解放され、可動域の限界と思えるほどに腕部が伸ばされた。その動作と連動して突き出された刀身は、確かな狙いを以て空を切り裂く。

 しかし、それだけであった。

 折れるかもしれないと危惧した刀身も、衝撃で異常を来すかもしれなかった駆動モータも、何も起こらなかったかの如く無事なままである。つまるところ、窮余の一手は避けられてしまったのだ。

 予備動作からナオト機の動きを見切ったバルトは、腕の外側へと刺突を躱していた。彼は刀身を掠らせもせず、最低限の動きで回避運動を済ませている。それは回避を次の動きに繋げるための布石だった。ナオトが速度差を刺突に利用しようとしたのと同様、バルトもまた両機がすれ違う瞬間を打撃に利用したのである。タイミングを合わせて放たれたパンチは鈍く機体を揺らし、空振りした姿勢を突き飛ばすように働いた。

 背後から突き飛ばされたことにより、ナオト機の機体バランスは大きく崩れる。それでもなんとか機体姿勢を回復し終えた時、メインモニターには周囲の砂を巻き上げて接近するバルト機が大写しになっていた。手にしたナイフは煌きを放ち、刺突姿勢にも無駄と呼ぶべきものは一切ない。堅実な動作の中にも殺気を感じさせる光景であった。

「うっ……!」

 たとえそれが演習であっても、コンバットナイフに高周波振動が付加されていなくとも、ナオトが感じた危険は本物である。あらゆる機能的な安全が保証されていようと、己に向けられた殺気を受け止めるには彼の戦闘経験が足りなかったのだ。メインカメラを通じて視認出来る刃先は、装甲の存在を感じさせない気迫で迫って来ていた。


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