第55話「敵地にて、制圧作戦開始―2」
既に多薬室砲に接続された弾倉からは、選択された弾頭〈徹甲榴弾〉が供給されていた。それは第一射の後、極めてスムーズに給弾装置が動作した証である。今回が初めての実戦運用となる多薬室砲ではあったが、今のところ運用上のトラブルは見られない。
第一射の弾着をセンサーで確認しつつ、バルトは第二射以降の砲撃シークエンスを順調に進めていた。彼の出力・射撃体勢の調整によって、導出データと実測データとのズレが瞬く間に補正されていく。同時に、バルトは作戦の推移を振り返ってもいた。
敵砲撃部隊が展開していた方向に友軍機は居なかった。それは、二号機・四号機の進軍に敵部隊が接近して応じると想定していたからだ。が、何事も想定通りには行かない。どうやら敵側にもこちらの情報が広まっていたらしい。あの二機に敵が寄り付いて来ないのは、多分そういう理由だろう。敵とて人間だ。命は惜しいはずだし、命令に抜け穴を見つけて、明らかな脅威から逃れようとする気持ちも理解出来る。だが――――
データ補正の完了を知らせる電子音。バルトの指がコンソールのデータ入力画面から離れ、操作レバー横にあるトリガーへと掛けられる。そして脳裏にこびりつく思考を振り払うように、トリガーが目一杯引き込まれた。
直後、第一薬室内で装薬が燃焼。燃焼ガスによる急激な圧力上昇に伴い、大重量を誇る弾頭が目にも留まらぬ勢いで押し出されていく。そして砲身内のガス圧は低下する事も無く、弾頭を加速し続けていった。他の砲なら避けられないはずの圧力低下は殆ど起こっていない。
それこそが多薬室砲最大の特徴、即ち高初速・長射程を生み出す要因であった。砲身に沿って設置された薬室が次々と作動し、ガス膨張のエネルギーが弾頭の運動エネルギーに転嫁され続けているのだ。そして、砲身の端まで達した徹甲榴弾は音速を遥かに超える初速を得、射出された。
大きな仰角を取られた砲身からは、ほぼ放物線に沿った弾道が伸びていく。見る者によっては、ある種の美しくささえ感じる程だ。しかしそれは兵器であり、破壊という目的を持たされた存在。人から奪うものは命『敵』と呼ばれる一人の人間の命に他ならない。
そして、あの鉛玉は確実に敵を殺す事になる。バルトにはそう確信するだけの自負があった。同時に、その事を悲しいと感じた自分を見つけ微かな安堵を覚える。しかし、そんな感情を抱いても尚、トリガーを引く手が緩められることは無かった。
二発、三発と砲撃は続く。過熱による暴発を防ぐ為の放熱を交えながら、多薬室砲の連射は更に数発に亘って続いた。不意打ちだった第一射の時とは違い、敵が散開行動を取ると踏んでの行動だ。数秒後、バルトはその方策が功を奏したと知る。敵機撃破を示す反応をセンサーが捉えたからであった。
「……こちらコード1」
すぐに通信を入れる。情報の共有は連携行動の基本だ。素早い報告こそが、円滑な部隊行動を実現させる。ベテランにも関わらず、いやベテランだからこそバルトは基本に忠実であった。
『こちらコード3、隊長でありますか。戦果ならばっちり見てましたよ?』
通信した用件の半分をルーカスに言われてしまった。だが、用件はもう半分ある。実際のところ、どちらかといえばこちらの方が本命の用件だった。
「ルーカス、|複合カメラポッドのコントロール《・・・・・・・・・・・・・・・》を一号機に回せ。処理に関してはこっちが引き受ける、三号機は干渉しなくていい」
『了解、あんまり長くはしないで下さいよ? さっきの砲撃で隊長の位置がばれたみたいなんで。あと30秒くらいで敵グループの射程圏内に入るんじゃないかなぁ』
口調こそ不真面目だが、ルーカスの情報処理能力は確かだ。時間が無いということに異論をはさむ余地は無い。
だが、それでも今しか無いのだ。作戦発動からしばしの時間が経った今しか――――
次の瞬間、コックピットのメインモニターが外部からの入力映像へと切り替わる。未だ機外カメラに接続されているサブモニターを除けば、それらは全て複合カメラポッドから得られた映像であった。
ここまでの道中で、三号機は複合カメラッポッドを電子的に破壊していた訳では無い。いつでも自分たちが使えるように、ポッドそのものの管理権限を掌握していたのだ。現在YMX-01sがポッドの機能を利用できているのは、その権限をYMX-03から一時的に委譲された事に依る。
可視的・非可視的なデータが混在する映像の中、バルトはあるものを探していた。今回ばかりは複合カメラポッドの性能に感謝しなければならない。散布範囲の広さも相まって、探していたものがすぐに見つかったからだ。
「実働部隊〈第二分隊〉の座標ポイントは基地の裏側……ここまでは予定通りに動いているか」
今作戦は二段階の陽動作戦から構成されている。まず最初にYMX-02 , 04が真正面から基地を目指し、敵部隊を一方面に引き寄せる。これを陽動として、射程圏内に入った部隊に対しYMX-01sが可能な限りの長距離砲撃を加える。最後はトールの基地突入と同時に、作戦の仕上げとして第二分隊の歩兵戦力が基地内部を直接制圧するというものだ。尤も敵部隊の行動がやや予想を外れていた事から、第一段階の陽動自体は即席となってしまい、ナオトとリーグが把握するものでは無くなっていたが。
作戦の役割上、言うまでも無く第二分隊は隠密性を求めらており、作戦の終盤まで通信を取ることすら出来ない。だからこそバルトはその行動を把握しておきたいと考えた。
エドモンドがテトルに抱く不信感。それとほぼ同じ類の考えがバルトの胸中には有る。個人的な友情とは別に、特殊情報局ひいては責任者としてのテトルの行動に疑念を感じていたのだ。彼自身、それが裏切りと言われれば甘受しなければならない事は理解している。だが罪悪感で疑念までは消し去れない。それは、どうあっても現実に生きざるを得ない男の性であった。
目的を果たしたのも束の間、鋭い警告音が注意を喚起し始める。それはバルトに与えられた猶予が尽きた事を意味していた。一号機の位置に気付いた敵グループの一つが、こちらを射程圏内に捉えたのだ。
「時間切れか!」
すぐさま戦闘支援システムが「狙撃」から「戦闘」へと移行。それに伴い、モニターが広範囲の情報表示へと切り替わる。視線を向けたサブモニター中の同心円には、既に赤い光点が4つ示されていた。敵部隊の動きは予想していたよりも迅速だ。
レーダーから位置関係を見て取ったバルトは、温めておいたホバー推進システムを起動させる。直後、機体を固定していた脚部アンカーが巻き取られると同時に、一号機は敵部隊への突撃を始めた。
無論、射程距離なら一号機に利がある。相手の射程距離外から砲撃を行えば、対応はそれで済むはずだった。そうしなかったのは、基地制圧の為に多薬室砲の弾を温存しておく必要があるからだ。
アサルトライフルは腰部ウェポンラックへと固定され、一号機の右手には代わりにコンバットナイフが装備される。同時に多薬室砲の第一薬室基部がレール上をスライドし、バックパックへと固定。接続された砲自体も機体に背負われる形となった。これは長大な砲身が極力格闘戦の妨げにならない為の措置である。一連の作業に掛かる時間はものの数秒であり、敵と接触するまでには既に砲身の格納が完了していた。
「敵部隊を視認、数4……フォーメーションを組んでいるのか?」
接近するまでに充分な時間が確保出来た為だろう、視認出来た敵小隊はきっちりと突撃陣形を組んでいた。平坦では無い地形のはずだが、接近する敵小隊の位置関係はずれることが無い。
時間の余裕という事を抜きにしても、パイロットの練度はそれなりに高いと見える。
「数といい、パイロットの質といい、何故こんなところにこんな部隊が……」
やはり、旧研究所にそこまでする必要のある何かがあるとでも言うのか。
思い浮かぶ疑問は、ある種の魅力を以て思考を占有しようとする。しかし、バルトは努めてそれ以上を考えないようにした。
今は目の前に敵が居る、いくら性能差があるとはいえ一号機とて絶対では無い。生き残りたければ目の前の脅威に集中することだ。自分は今までこうして戦って来たのだから。
フットペダルを思い切り踏み込み、敵部隊へ更なる加速を掛ける。片側のスラスターへの出力配分を抑えている為、敵小隊から見て機体は左方向に大きく迂回していった。そのままフォーメーションの正面を避けて距離を詰めていく。
だが敵の対応も早かった。軸線上の味方機体への誤射を恐れてミサイルこそ撃ってこないが、代わりに小回りの効くサブマシンガンで濃密な弾幕を形成して来る。仮に直撃したところで、第三世代型トールの装甲にはそれを充分に防ぐ耐弾性能がある。だが、被弾は避けるに越したことは無い。
「コード1、まずは各個撃破で数を減らす!」
そして一号機のスロットルレバーを緩める事も無く、左脚部のパイルバンカーを展開。鋼鉄の杭が地面へと撃ち込まれた。突き刺された杭は地面を引き裂き、機体左側に大きな抵抗を生じさせる。途端に暴れ出そうとする機体はバルトによって抑え込まれ、その進路方向は急激に転換された。目指す先は一つ、フォーメーション最左翼の一機だ。
バルトが行った機動に対し、敵小隊の対応は一瞬の遅れを見せた。互いがカバーしていたはずの空間に明らかな隙が生じてしまったのだ。
そして再びフォーメーションを回復した時、一号機はその隙へ向けて飛び込んでいた。
ほんの腕を振るえば届く距離。過剰とも言える接近に、敵トールに対応する術は無かった。サブマシンガンを放棄する間も無く、斬り飛ばされた前腕部が宙に舞う。更に一閃、無駄の無い刺突が敵トールの稼働を止めた。ガクンと落ちた頭部カメラは地面を見据える。
しかし、力なくうな垂れるトールの姿も敵の戦意を削ぐには至らなかった。友軍機の無力化を見て取った敵小隊は、すぐさまフォーメーションを崩し散開を始める。
「このまま包囲する気か。良い判断だ……!」
その予想通り敵小隊は包囲に向けて動いていた。斜め後方から一機、右前方から二機が迫る。しかし、バルトには敵の意図に乗ってやる義理も、その場に止まる必要も無かった。機体後方のメインスラスターが点火され、一号機を一気に前方へと押し出していく。
進行方向に居るトールは二機。未だ近いとは言えない距離にも関わらず、既に各機の手にはナイフが装備されていた。それは不意の攻撃に対応する為の行動に他ならない。つまり先程のような奇襲は使えないという事だ。しかし、そうと分かっていても尚、バルトはフットペダルを踏み込み続けた。進路はそのまま、二機のトールへ向けて一号機が突っ込んでいく。
正面から衝突する
そうとしか認識出来ない一瞬だった。直後に響くはずの衝突音が既に聞こえ始めているような、そんな光景が展開される。
「もらった!」
ゲルバニアンのパイロットは自身の勝利を確信し、そう叫んだ。突っ込んで来た敵機の進路上には、右腕部から繰り出したナイフが置かれている。ここまで近づいてはもはや避けようも無い。
しかし、予想された衝撃が訪れる事は無かった。敵機の装甲を切り裂くはずだったナイフは空を切り、接近していたはずの機体自身もすり抜けるかのように消えたのだ。手応えの無さだけが、レバーを握る手に気持ち悪く残る。
敵機接近の警報は相変わらず鳴り響くが、見えない。苛立たしさと焦燥感は一瞬でピークに達した。血が上った頭は恐怖を忘れさせ、同時に冷静な判断力をも失わせる。レーダーを確認するという基礎中の基礎すら、この時のパイロットには浮かばぬ方策だ。必死にメインカメラを操作し、有視界モニターに敵機の姿を捉えようとする。
ただただ、僚機のパイロットが叫ぶ声さえが煩わしかった。
「うるさい!」
集中出来ないだろうが。パイロットがそう続けようとした言葉は、軽い衝撃と共に唐突に断ち切られた。いや、そのように錯覚したのだった。突然ダウンしたモニターや計器類が、あたかも五感すら失ったかのように感じさせたのである。
未だ理解の追い付かぬ思考で、パイロットはようやく理解した。
自分は撃破されたのだと。
眼前に居たもう一機のパイロットなら、その一部始終を認識していた事だろう。
接触する瞬間、一号機が身を捻るようにして敵機の背後へと回り込んだ事。それを悟られぬままコンバットナイフを突き刺した事。その両方を、である。
しかし反撃は出来なかった。無力化されたトールが、あたかも盾のように一号機の姿を隠していたからである。友軍機ごと撃ち抜けばあるいは恐怖に駆られたパイロットにそんな考えが浮かぶ直前のことだった。胸部装甲継ぎ目を貫徹した弾頭によって、そのトールもまた沈黙させられる。
倒れ込むトールの視線の先、そこには一号機の姿があった。先程まで空いていた筈の左手には、新たにハンドガンが握られている。そして未だ薬室にくすぶり続ける装薬は、銃口から発射煙を立ち昇らせていた。まるで存在を誇示するかのように漂う白煙は、生み出した戦果を隠そうとはしない。
「……残るは一機か」
ここまでで三機のトールを撃破した。残るは先程まで斜め後方に居た一機のみ。
その現在地は……確かめるまでも無い。
警告音は、すぐ背後にまで迫っていた敵機の存在を知らせていた。やはり友軍機への誤射を恐れてか、先程と同様に銃火器を撃ってくる気配は無い。しかしその速度は大きく、こちらと刺し違えるような気迫さえ感じられる。
だが、無造作に投げ付けられたコンバットナイフの一撃が、迫る敵トールの制御系中枢を貫いた。途端に自身の機動を制御できなくなった敵機は膝から姿勢を崩し、数十メートルに亘って地面を抉った後、停止する。
もはや一号機の周囲に稼働するトールは居なくなっていた。例外なく沈黙させられた四機のトールは、ただ鉄塊として存在するだけである。
「こちらコード1」
通信先はやはり、コード3ことYMX-03だ。
「敵小隊の1つを壊滅させた。俺もこれから基地の制圧に向かう」
『コード3、了解。えぇと、コード2・4は二つめの敵小隊と交戦中……いや、今終わったみたいですね。進路上に敵影無し』
アイドリング状態にあったホバーを再度点火。スロットルレバーをゆっくりと押し込む。
『もう基地に突入する準備しといたほうが良いですよ』
「コード1、了解」
動き出した振動で微かに揺らぐ音声が、スピーカーから届く。戦闘支援システムはモード「巡航」に切り替わっており、振動は「戦闘」時に比べればかなり軽減されていた。
しかし、それは束の間の休息に過ぎない。基地制圧に入るとなれば、モードは「戦闘」のまま固定せざるを得ないからだ。お世辞にも乗りやすいとは言えない乗り心地で、コックピットに縛り付けられる事になる。
だが、バルトは思う。そんな乗り心地さえ今では馴染み深いと。
傷跡残す山並を抜け、一号機は疾走する。
部下が戦っているから、そしてバルトが軍人であったからこそ、その足は止まらない。




