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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
8章:旧研究所
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第54話「敵地にて、制圧作戦開始―1」

 旧研究所から数km程離れた地点に存在するダム。そこはかつて学術団体オーディンの管轄下にあり、同団体所有の研究所への電力供給を担っていた施設である。オーディンが自前の発電施設を持つに至った経緯は諸説あるが、最も有力とされるのは「外部勢力の介入を嫌ったから」というものだ。同学術団体はエークスで発足したものだが、その研究内容は秘匿されているものが多く、その全容を把握する者が居るかどうかさえ今となっては分からない。その徹底した秘密主義こそが、自前の発電用ダム建設の大きな要因になっていたと言えよう。

 しかし、12年前のレオーツ事変を機に状況は激変した。最も大規模な研究所を失ったことで、オーディンはその体制を急速に弱体化させてしまったのだ。結果として解散まで追い込まれてしまったオーディンは、国境付近の各地に研究施設の跡地を残す事となる。水力発電用ダムもまた、その一つであった。

 タレー特設基地が建設される際、ゲルバニアン軍が目を付けたのも同施設である。接収された後、現在まで現役で稼働し続けていることから設計の堅固さは照明されていると言えるだろう。元より安定した発電性能を見込んでの転用であった以上、それはゲルバニアン軍の期待に応えているという事でもあった。

 しかし、軍施設として欠点が無い訳では無い。民間施設として設計された為に、施設の防衛上脆弱な点が存在したのだ。敵の侵攻時においてこれは重大な弱点となる可能性が高く、ゲルバニアン軍としても放置はしなかった。とはいえ付け焼刃的なレベルの対策である事は否めず、

 根本的な解決には至らなかったのである。

 そして、まさにその弱点の一つを突いて侵入した者たちが居た。エークス軍第四機兵師団所属・軍特殊情報局―実働部隊―である。彼らはもとより施設の潜入・破壊工作訓練を受けており、発電所管制室の占拠などはお手の物だった。施設が無人で運営されているとなれば尚更である。実働部隊の破壊工作は見事成功し、タレー特設基地への電力供給は遮断された。

 ここにタレー特設基地攻略作戦が幕を開ける。



『……こちらコード2(二号機)、ミッションタイムクリアー。システムオールグリーン、障害は発見されず。コード4(四号機)へ報告を要請』

 コックピット内部のスピーカーから、若干の雑音を含んだ音声通信が発振される。時折走るノイズの音は鋭く、時折耳朶を打ってはナオトの顔を顰めさせた。無論、トールの電子設備であればいや、トールで無くとも通常のノイズを消し去る事は出来る。だが、ナオトにそれを行う気配は無かった。こればっかりは仕方ない、そう知っていたからだ。

 聞き取りづらさの要因は偏に通信の暗号化方式にある。極力データ容量を抑えて送る場合などは、転送データへこのように修正不可能なノイズが走ってしまうのだ。その為、命令伝達の確実性が重視される状況などでこの暗号化方式が取られることは無い。したがって使われる状況は限定的だ。例えば、敵が目と鼻の先に居て、通信一つでこちらの位置を気取られる危険性がある時など…

 つまりは現在のリーグ、そしてコード4(四号機)ことナオトが置かれた状況である。

「こちらコード4(四号機)

 YMX-04の索敵システムは現在稼働していない。その代わり、限られたデータ転送容量の殆どを使って、三号機からリアルタイムのデータリンクが為されていた。三号機に搭載された高性能索敵システムの恩恵で、四号機は自身のレーダーシステムを稼働させなくとも敵の動きが手に取るように分かる。それは傍らに待機する二号機も同様であり、別の地点で待機している一号機もまた、三号機からの索敵データを受け取っているはずであった。

「システムオールグリーン、自己診断システムに警告表示認められず」

 カチカチと駆動系のレバー類を操作し、ナオトは一つ一つチェック項目を潰していく。手順が多く、明らかに洗練されきっていない操作系統は、YMX-04がまさに試作機であるという証であった。その操作機器類も手動調整もしくは半自動調整のものが多く、第三世代型トールの機体チェックに時間が掛かる原因になってもいる。

 本来なら敵の目前で悠長に時間を割いてまでやることでは無い。それはナオトも分かっていた。しかし、手順を省く事も無く確認作業を進めるのは、ナオトが愛機を信じたいと思っていたからだ。四号機に以前ほどの性能は無い、それでも俺は信じられるのか? 

 自分の命を、本当に預けられるのか? 

「全ての項目に異常なし……いつでも行けます」

コード2(二号機)、了解。よしナオト、仕事の時間だ!』

 払い切れない雑音と共に、返答はすぐに返って来た。時間(・・)が来たのだ。

 次の瞬間、YMX-02、そしてYMX-04が山間の球稜線から飛び出す。敵基地の目前でこんな事をすれば索敵網に引っ掛かってしまう、それは二人ともが理解している事だ。

 今まで二機を隠していた赤外線遮蔽用マントはその必要性を失い、強烈な噴射炎に煽られ吹き飛ばされていった。ヒラリと舞う陰を背に、二号機と四号機は敵前へとその姿を晒す。

 姿を隠す必要が無くなれば、アクティブモードでのレーダー使用に制限は無い。敵に確認されると同時に、ナオトは四号機のレーダーを稼働させ始めた。ボゥと低い音を立て、モニター上に自機を中心とした同心円状の模様が描かれる。同時に表示された赤い光点こそが敵守備隊を示す目標だ。しかし、改めてナオトに示された敵の位置は、先程までの位置と比べても殆ど変わりがない。三号機が提供してくれていたデータの正確さに、ナオトは改めて舌を巻いた。

 確認できる敵グループは5つ。どれも小体規模の護衛部隊に見える。内、こちらの進路上にいる敵グループは2つ。ただ基地を強襲するだけならこの2つを相手にすればいい。

 でもと、ナオトの脳裏には通達された作戦内容が思い浮ぶ。奇しくも、丁度入って来た二号機からの通信は、改めてそれを確認させるものだった。

『こちらコード2(二号機)コード4(四号機)分かっているな! 敵守備隊は――――』

「把握しています。敵守備隊は殲滅(・・)ですね?」

 それはテトル少佐の指示によるものだった。もしゲルバニアン基地への襲撃が把握されてしまえば、付近の基地からはホエール撃破の為の部隊が送られてくる。敵守備隊の殲滅というのは、少しでもその増援到着を遅らせる為の措置らしい。

 聞いた時から微かな違和感を覚える命令だった。だがそれは自分が考えるべき事では無いし、何より自分には違和感の正体が分からない。

『わかっているなら良い……コード4(四号機)、俺が突撃する。お前は援護にまわれ』

「了解!」

 一段と加速した二号機が、手にしたアサルトライフルを前方へと構える。目標は無論、敵グループの一つ。ほぼ全ての防衛部隊がこちらの迎撃にむかってくる中で、最も接触が早かった集団だ。各機の手には例に漏れず長距離ライフルが握られ、中にはミサイルポッドらしきものを携行している機体も見受けられる。他ではあまり見られない程の重装備だ。一度こちらに火力が吐き出されれば、第三世代型とはいえ無傷では済まないだろう。

 だが、すべては敵に反撃する時間を与えなければ良い事だ。

 山間部独特の足場の悪さをホバーで制し、四号機の手にしたサブマシンガンが敵集団へ向けて火を噴く。空間へ撒くように放たれた銃弾は、射撃ターゲットと周囲とを問わず万遍なく降り注いだ。敵の長距離ライフルの1丁を破壊し、装甲表面を抉った弾は地面へ大きな弾痕を残し、止まる。

 戦果だけで見れば与えた被害は少ない。だがナオトの狙いは直接の破壊には無かった。燃焼温度の高い炸薬による赤外線センサーの攪乱。それを引き起こす弾頭が、なおもフルオートモードで敵に向けて撃ち込まれ続ける。無論、二号機の突撃を支援する為だ。

 立ち昇る粉塵が、四号機・二号機から伸びる火線で切り裂かれていく。次々と粉塵に生じる空隙は、古式の戦車砲弾にも匹敵する弾頭の軌跡そのものだった。そして、先行する二号機から叩き込まれた徹甲弾が一つの戦果を生み出し、爆発に伴って粉塵を一気に吹き飛ばす。

『こちらコード2(二号機)、一機を破壊! ナオト気を抜くなよ』

「了解です! ……残存機体、数2を確認――――前だ!」

 一転、視界が確保された空間には生き残った二機のトールの機影が見て取れた。そうナオトが確認した途端、うち一機が肩部に担ぐミサイルポッドが二号機・四号機へと向けられる。敵が躊躇う理由などあるはずも無い。リーグ・ナオトが牽制射をする間も無く、ミサイルポッドから全弾が一気に吐き出された。同時に噴出された推進剤が白く尾を伸ばし、空間を瞬く間に煙で塗り潰していく。

 接近していた二号機だけでは無い、比較的離れていた四号機にまでミサイルの脅威が迫っていた。フットペダルを踏み込み、ナオトは咄嗟に横方向へと避けようとする。しかし、機体の姿勢変更は予想よりも遥かに重く(・・)、スラスターノズルの偏向タイミングと致命的なまでのズレを生じていた。まるで一秒前の操作で機体を操っているような感覚。もし、ナオトがそのまま回避を選択していたならば、飛来したミサイルが四号機の装甲を吹き飛ばしていったかもしれない。

 身体が動く間もない刹那。

 しかし、ナオトの思考はMNCSを介して四号機を反応させた。操作系統上位の介入を受け、マニピュレータの駆動モータが作動。駆動した指関節がサブマシンガンのトリガーを引き込む。既に向けられていた銃口からは、接近するミサイルへ向けて次々に弾頭が撃ち出された。被弾したミサイルは装甲の薄さも相まって、まるで引き千切られるかのように四散する。

 だが、ミサイルなどの飛来物への対処として、直接の迎撃は最上の手段とは言い難い。

 結果として直撃はなんとか回避出来た。しかし、持っていた運動エネルギーを打ち消すには至らず、最も大きな破片が衝突。そのはずみで装備接続用コネクタの一部が吹き飛ばされてしまった。瞬時に機体保守システムが作動しダメージコントロールの概要を伝えようとするが、ナオトはすぐに警告表示を下げさせた。この程度の被弾は気にしていられない。

 先行する二号機は、放たれたミサイルをそのまま回避運動でやり過ごしたようだった。遠目から見る間にも、ミサイルポッドを携えた方の機体へ向け、二号機のアサルトライフルが火を噴く。着弾の衝撃が目標を大きく震わせた後、メインコンピュータを破壊されたらしい敵機はそのまま地面へと倒れ込んだ。

『残り一機だ、ナオト!』

コード4(四号機)、了解!」

 残る一機の得物は長距離ライフル。懐に飛び込めば撃破は容易い。そしてその一機はまさに、こちらに背を向ける格好で二号機へ向けてライフルを発射しようとしていた。

 スラスターを後方へと偏向させた四号機が、敵トールへ向けて加速を強める。そして背部へと到達する瞬間。衝突の強い衝撃と共に、コンバットナイフの刃が目標の装甲を貫徹した。冷却系内部へ損傷を与えたのか、装甲に出来た裂け目からは急激な圧力低下で気化した冷却材が噴き出す。だが、それでも敵機を完全に沈黙させるには至らなかった。なおも駆動する右腕部がぎこちなく動き、手にしたライフルの銃口を四号機へ突き付けようと試みる。

 そのまま撃てば至近距離にいる敵機自身の身も危ういはず。それでも撃とうとするのはせめてもの反撃のつもりなのだろうか。いまいち実感の伴わぬ理解が、ナオトに敵の意図をそう推し量らせた。しかしそれが分かったからと言って、自分がやられる訳にはいかない。再び突き立てられたナイフは敵機のコックピットを貫き、今度こそその行動を止めた。

 もし初めから駆動系・動力系中枢を狙っていれば、最小限の一撃でトールの息の根を止めることが出来た。それが出来なかったのは偏にナオトの技量不足によるものだ。しかし、大きなダメージも無く目標を行動不能にした事に変わりはない。訓練中ならともかく、敵が迫っている現状でその事実が指摘されることは無かった。

 進路上の敵小隊を壊滅させた二機は、その場を後にしようとする。無論、撃破したトールが稼働していないと確認した上でのことだ。自分たちが攻めている時に後ろから撃たれてはたまったものでは無い。迫る敵は、正面方向からだけでも多いくらいなのだ。

 だがこの時、彼らに迫る脅威は正面以外に有った。敵機の動きを捉えた索敵システム、そして機体周囲への弾着が二人にその脅威を意識させる。次々と降り注ぐ弾頭は、明らかに二号機・四号機の居る地点を狙ったものだった。直撃弾が無ければ周囲の地面を抉っているだけに過ぎないが、直撃すれば看過できない損害を被る事は避けられない。2人は対応を迫られていた。

『こちらコード2(二号機)、よっぽど俺たちが目立っているらしいな。山越しに曲射とは……』

「こちらコード4(四号機)、今から攻撃にむかいますか? でもそうすると基地への突入が」

 防衛部隊を務める敵グループの1つ〈山を挟んで基地北西方向に居たグループ〉の行動は、ナオト達にとって都合の悪いものだった。任務内容が基地の制圧だけならいざ知らず。現実に課せられた任務内容には「防衛部隊の殲滅」が含まれている。こちらを遠距離から砲撃してくる敵の存在は、厄介以外の何物でも無かった。

 考えている間も砲弾の雨が止むことは無く、地面自身が爆発するかのように次々とクレーターが刻まれていく。

『くそ! 防衛部隊が本陣から離れて砲撃なんて、連中は何考えているんだ。仕方ない……こちらコード2(二号機)、ルートを迂回して敵砲撃部隊を』

 だが、リーグの言葉が最後まで発せられることは無かった。それは前触れも無く、周囲への弾着が唐突に減ったからである。今まで装甲を震わせていた爆発音はその勢いを弱め、二号機・四号機は束の間の静けさにその身を置くこととなった。

「砲撃が弱まった? ……どうして」

 その答えは、直後に山を越えて響いて来た爆発音(・・・)、そして数秒後に真逆の方向から聞こえて来た砲撃音(・・・)そのものであった。二つの轟音を基に、いち早くその意味を理解したのはリーグの方である。

『敵砲撃部隊を撃破したか! それにあの方向からということは』

 その言葉に一足遅れて、ナオトもリーグと同じ結論にたどり着く。

 ついさっき撃破された敵砲撃部隊、あの方向に友軍は居なかった。それなら誰が、どうやって破壊に成功したのか。

 答えは明白だ。敵砲撃部隊の射程圏外に居た誰かが、恐るべき精度の狙撃を成功させたのだ。現状、そんなことが出来る機体・パイロットの組み合わせは、たった一つしか有り得なかった。


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