第53話「目指すは旧研究所跡地―2」
他の者に聞こえぬよう更に声を潜めて、それでありながらある種の確信を持ってテトルは答える。
「アスドック大将……または彼を動かせる存在」
「!!」
それはエドモンドの予想を超える名前だった。
実質的にエークス軍の実権を握る軍人。たしかに彼が軍内部情報を知っていることは当然だ。その気になれば、情報の流出などは容易いだろう。だが、果たしてそんな事があって良いのか? 配下の者を抹殺する為に、敵対組織を利用するなど……。
テトルの出まかせである、と断定してしまえればこう戸惑う事も無い。しかしアスドック大将という名前は、出まかせにしては大きすぎる名前である上、テトルの表情にもそんな色を窺うことが出来なかった。
引き込まれるように、エドモンドは更に問いを重ねる。
「アスドック大将にG.K.companyまで暗殺に関わっていると、そう言いたいのか?」
「直接の証拠は有りません。ですが、彼らが中将を消すに値する理由は掴んでいます」
テトルのその言葉さえ、ポーズである可能性は捨てきれない。だが彼の確固とした表情は、エドモンドに疑念を抱く事を許さぬ程に真っ直ぐだった。
「それこそが、我々の目的地にある。ですから中佐もあまり首を突っ込まない方が良いでしょう」
そして「あなたも分かっているでしょう」とでもいう様に、剰え忠告まで言いのけてみせる。
結局、任務について何もつかむ事が出来なかったと悟り、エドモンドは大きなため息をついた。
「首を食い千切られたくなければ……か」
事件の裏に何か大きな力が働いていることくらいは、現場に張り付いている自分にも分かっていた。だがここまでとは……。
自らが属する組織、エークス軍。それが抱える業の深さを知りエドモンドの表情は曇る。彼が視線の先に見るものは、いずれ訪れる破滅か。それとも
この時、目の前の現実もまた彼に訪れようとしていた。
索敵システム担当のオペレータが声を張り上げる。
「レーダー、中規模敵施設と思われる反応を捉えました! ポイントはS664! 繰り返します、ポイントS664です」
「なに!?」
その報告内容を耳にし、エドモンドは反射的に艦長席から立ち上がってしまう。常に冷静さを保つ努力さえ、この時に限っては忘れ去られていた。
「そんな地点に敵基地だと? 馬鹿な」
目的地を目前にしての、敵基地発見である。
そもそも現地点はゲルバニアンの勢力圏内であり、敵部隊と遭遇しても何の不思議はない。しかし、それは国境付近を巡回するゲルバニアン部隊〈国境定期便〉を想定しての事であって、このような辺境地域における拠点の設営などは聞いたことが無い。
無論、拠点を設営するからには何か目的がある。領土戦争に於いて、その目的の多くは重要地域・施設の防衛だ。
そして現状に当てはめて考えれば、その〝重要施設〟を指すものは一つしか無い。
「まさか、旧研究所防衛のための基地なのか?」
立ち上がりこそしていなかったが、テトルもまた予想外の報告に驚きを隠せていなかった。
「総員、戦闘配置に付け!」
艦橋にエドモンドの声が響き渡る。それを合図にしたように、固まっていたオペレータ達は慌てて各部署への指示を出し始めた。
艦橋に満ちる空気が、戦闘の予感を受けて一気に熱を高めていく。
『総員、戦闘配置に付け! 繰り返す、総員』
幾度目かも分からぬアナウンスが艦内中に指示を伝える。
アナウンスを聞いたナオトがパイロットルームに駆け込んだ時、そこには既にバルトの姿があった。トール操縦時に着用が義務付けられているスーツは、その耐久性と引き換えに重く、着用が難しい。そんなスーツを手早く着用していく様は、やはりバルトがベテランである事を示していた。
「ナオトも来たか。ルーカスとリーグは機体の調整中だったから、すでにコックピットで待機している筈だ。お前も急げ」
「了解!」
返事の勢いそのままに、数あるロッカーのうち一つが開かれた。ナオトに割り振られたそれは、中にパイロットスーツ一式とヘルメットを収めている。私物は殆ど無く、ルーカスと比べれば地味で規範的な中身と言えた。
「……あの、聞いても良いでしょうか?」
取り出したばかりのスーツを着用しつつ、ナオトは尋ねた。
「何だ。作戦内容なら出撃準備の間に通信で伝えるが」
殆どの装備を着用し終えたバルトは、すぐにでも格納庫へ向かう準備が整っているようであった。バルト大尉にこれ以上時間を使わせる訳にはいかないと、その姿を見たナオトはすぐに思い至る。
「……了解しました」
「そうか、俺は先に格納庫へ向かう。四号機の発進は最後だ、通達はされるが一応伝えておく」
返事を待つ時間も惜しみ、バルトは走って格納庫へと向かっていった。ナオトも取り残されないように、スーツ各部セラミックプレートのチェックを行う。いつの間にか手馴れてしまった作業をこなしつつも、ナオトは先ほど自らが発しかけた言葉を反芻した。
「俺は出る必要がありますか、か。言っても仕方ないのにな」
それを聞いて、自分はどんな答えが返ってくることを望んでいた?
一瞬前の自分の心境さえ、完全に理解することが出来ない。だがそれをじっくりと考える時間も、与えられてはいなかった。
着込んだスーツの重さを感じつつも、腕を伸ばしてヘルメットを手に取る。透明ディスプレイ内部には既に各種情報が投影され、四号機への搭乗が可能である事を知らせていた。
「これ以上遅れる訳にはいかないな」
自分は本当に必要なのか。結論の出ない問いを胸に、ナオトは戦場へと駆けていく。その答えは戦いでしか見つけられないと信じて。
「ええ、ですから基地への接近は止めて頂きたい!」
通信機に向かって怒鳴る声量は、まるで周囲への迷惑など考えられていないようであった。だが彼が注意されることは無い。何故なら、彼こそがここ〈タレー特設基地司令官〉だったのだから。命令を聞く部下こそ居れども、彼を窘める上官は不在である。
しかしカルサ=ベルボット少佐は苛立っていた。部下達に、では無い。|通信機の向こう側に居る無能者にだ。
「カルサ少佐、再三に渡って言われてきただろうが。友軍の受け入れを拒むなんて何考えてんだ、おい」
無能者〈オフド=トーカス少佐〉は恥ずかしげも無くその口を動かし続けていた。基地を陥落させられ、挙句の果てに国境パトロールなどという閑職に回された身分で、である。その上、タレー特設基地への立ち寄りをしようというのだから救えない話だ。
……この男は何も分かっていない。自分たちがわざわざ立ち寄りを拒んでいる事情を。上層部にすら報告していないものが有るというのに、誰が立ち寄りなどを許可すると思うのか?
だが、それは隠匿の事実が、少なくともオフド少佐には知られていないという事だ。カルサ少佐はそう考え直し、再び端末を手に取った。
「基地の裁量権は私にあります。それに拒否しているのも、基地の補給物資に余裕が無いからというだけです」
「そんな大層な守備隊抱えといてよく言うぜ、まったく。まあいいさ、また近くになったら連絡させてもらう。こっちにも余裕が無いんでね」
その言葉を最後に、オフド少佐から掛けられた通信が切られた。始まりも終わりも向こうの都合という訳だ。近くに来たら連絡すると言っていたが、位置座標から見てあと2時間といったところか。それまでに、また新たな口実を考えておかなければいけない。
ともかく、カルサにはようやく司令席に深く腰掛ける余裕が出来ていた。
「旧研究所の警備はどうか!」
比較的狭い指令室内では、たいして声を張らずとも命令はよく届く。部下からの報告も迅速だった。
「全ての動体センサー、トラップに作動した痕跡は無し。現在まで研究所への侵入形跡は見られません」
「よし、警備は引き続き行え。付近への警戒も怠るな」
通常通りの報告に通常通りの指示である。誰もが重要な事である理解していながら、緊張感の欠落が否めない。そのような類の作業ではあるが、それもまた彼らに課せられた任務の一つであった。軍人といえども常に戦闘下にある訳では無く、単調と思える作業こそが彼らにとっても日常なのだ。
その日も、通常の一日が過ぎていくと誰もが思っていた。
しかし、運命の転換点というものは唐突に現れ、そして去っていく。大抵の者はその事に気付きもしないし、気付けたとしてもそれは過ぎ去った後の事だ。タレー特設基地に居た者達もその例外では無かった。
パチリという軽い音と共に、突如として指令室内部の電源が落ちる。そして即座に照明が切り替わり、室内は予備電源による赤い光で満たされた。通常、基地中枢部の電源は優先して確保される。それが落ちたということはつまり、基地全体の電源供給もが止まった事を意味していた。
その状況は紛れも無く基地の非常事態を知らせるものである。言葉に出すまでも無く、指令室にいる誰もがその事を理解していた。そんな彼らを鞭打つようにカルサの指示が飛ぶ。
「何があった! すぐに原因を割り出せ」
「報告! 基地電源システム、急激な電圧低下を感知し予備に切り替わった模様!」
「そんな事は分かっている! 原因を報告しろと言っているんだ」
敵襲だ、カルサ少佐は真っ先にそう確信した。基地の電源システムは確実性の高い装置・ソフトウェアで構成されており、エラーによる被害がここまで拡大する事はほぼ有り得ない。しかし現実にメイン電源は落ちた。これが意味するものは、意図的な電源システムの破壊に他ならない。だとすれば次は
「少佐!!」
止まぬ報告の中、一際大きな声を響かせたのは索敵担当のオペレータだった。
「エークスのトールが二機出現!! 本基地を捕捉している模様です!」




