第51話「MNCSの真実を知ったなら」
「バルト、ここに居たか」
テトルが姿を現したのは、大型陸上輸送艦ホエールの艦中央に位置する食堂ブロックだった。
清潔感溢れる室内には幾つかの大きなテーブルが並べられ、座した兵士たちが食事をとっている。今でこそシャッターで閉ざされた窓からは、自然光が取り込める造りにもなっていた。
何も知らぬ者が見れば、民間施設の食堂と言っても通じる事だろう。その実戦部隊を抱える艦らしからぬ構造は、ホエールの想定された運用方法に依るものだ。陣地後方での支援には、兵士たちが精神的な安息を得られる設備が必要不可欠と考えられたのである。現在、比較的前線に近い場所で運用される事も多くなったホエールであるが、その充実した設備は有効に使われていた。
ホエールに乗り込むバルトもまた、その恩恵に与る一人である。特別支給食ほどでは無いが中身の詰まった食事が、彼の前のテーブルに置かれていた。
「ああ、テトル。お客さん〈特殊情報局〉のほうにもきちんと食事支給の時間は伝わっていたか。尤もここじゃ他の艦ほど厳密でもないがな」
「らしいな」
支給時刻という割には空席の多い食堂を見渡し、テトルは言った。トール二機の改修作業ともなれば、多少の食事時間のずれが許されることも事実だ。
「お前も食事を取りに来たなら、そこから――――」
「いや、今はいい。それより」
受け取り口の方を指すバルトを制し、テトルの声は潜められたような調子へと変わった。
「あとで格納庫まで来い」
やはりか、という思いがバルトの中に浮かぶ。
何故、わざわざ食事時になってから伝えてきたのか。それは分からないが、その言葉はバルトの予想に違わぬものであった。だから今更答えに悩む必要はない。
「分かった」
その短い答えだけで充分であった。
テトルが食堂を訪れた頃。
食事の支給を受ける兵士がいる一方で、未だに作業に追われている兵士も多くいた。その多くを占めるのが、固定された四号機の周囲に取り付いている整備員たちである。
もとより四号機は専用駆動モータの搭載を前提としているだけに、規格の異なる第二世代型用とでは相性が悪い。それでも作業が進みつつあるのは、整備員たちの技量の賜物と言うべきものだ。しかし、掛かる時間は如何ともしがたく、作業の遅延を招いていた。
その様子は、第一格納庫上部に設けられた高所通路からも見る事が出来る。尤もそこに居るのは、ナオトとリーグの2人だけであったが。
二人の眼下では大型クレーンが動き始めていた。それは作業が最終段階〈四肢の再組立て〉に進んだことを意味するものだ。それに戦闘支援システムの最適化調整が済んだ以上、パイロットが出る幕では無い。だからこそ、こうしてリーグと話す時間も取れているのだった。そしてナオトはようやく、本題であるザスフットの名を出すに至ったのである。
「ザスフットが何者かって? どうしてそんな事が気になるんだ」
部下が話したことも無いはずの人物について教えて欲しいと言うのだから、リーグの戸惑いは至極当然と言えよう。しかし、ナオトはそれに構わず話を進めようと試みる。経緯を話せば余計に不審がられる事は目に見えていたからだ。
「いえ……その、割と前に中尉が話していたので少し気になりまして」
我ながら苦しい言い訳だと感じる。
「ん? まあ別にそれは良いんだが」
だが、幸いリーグ中尉にさほど気にする様子は無かった。そして彼の口から『ザスフット』という人物が語られ始める。
「レビア=ザスフットは、俺たちトールテストパイロットの最初期メンバーの一人だった。そしてテトル中……テトル少佐が左腕を失う事になった事故の加害者でもある」
ホエール後部に位置する第二格納庫、その高所ハッチから出られる屋外デッキに二人は居た。
「基地なんかよりも美味いくらいだ」とは、ホエールの支給食を食したテトルの言葉である。去ろうとしたところをバルトに引き止められ、結局彼自身も食堂での短いひと時を過ごしたのだった。
しかし食堂にいる間、肝心の内容について一切口を開くことは無かった。そこに何かの事情があると察せない程、バルトも鈍感では無い。だからこそそれ以上の追及をすることも無かったのである。
だが、ここなら遠慮なく話す頃が出来るだろう。バルトは不吉な匂いを感じ取りつつも、努めて気を楽にしていようと試みる。しっとりとした夜の風が、心地よい涼しさを運んでいた。
「それで俺に伝えたいことは何なんだ? 他に知られるとまずい事でもあるのか?」
「そう一度に質問するな、お前らしくも無い」
たしかに自分らしくも無かった。言われて初めて、バルトはその事に気付かされる。
自分でも気付かない不安がそうさせるのだろうか。妙に他人事のような視点で、バルトは自分を見つめる。
「まずは、知られるとまずいか? についてだ。そりゃ大いにまずいさ、特に俺の立場からするとな」
「それなら何故、ここで俺に話そうとする」
「それはバルト、お前に関係することだからだ。試験先行運用部隊にナオト=オウレンというパイロットが居るな? 彼はパイロットを一刻も早く止めたほうが良い」
テトルの言葉は驚きに値するものだ。だが、不思議とバルトの心境が乱されることは無かった。その理由が夜の静寂にあるとすれば、ここを選んだ意義もあるというものだ。
「まずは理由を聞かせてもらおうか」
「これだ」
その簡潔極まりない一言と共に、バルトの手に一束の紙資料が渡された。ややくたびれた表紙ではあるものの、署名欄を一見しただけでそれが機密情報を取り扱った文書だとわかる。数年前に使われなくなった文書形式ではあるものの、依然秘匿性の高い情報であることは容易に想像がついた。
そして促されるままに書類の束をめくると、一編の報告書が目に飛び込んでくる。機密文書指定の印が施されたそれは、今度こそバルトの驚愕を引き出すには十分な代物であった。
「……これは!!」
そして今まで外を見ていたテトルの視線が、ようやくバルトへと向けられる。
「そうだ。長年前線に居たお前のことだ、とっくに気付いていたんじゃないのか?」
それ以上は言わなくても良い、そんな気持ちさえバルトの中に湧き上がる。まさに今、テトルから突きつけられようとしている事実を、自分は知っている。知っていても尚、認められなかった。
認めてしまえば、俺は10年以上に亘って部下を――――
「上層部はこの事実をひた隠しにしてきた。それはそうだ、こんなのが知られればトールなんてものが普及するはずが無いからな」
一旦、話の区切りを迎えたリーグに代わって、ナオトはその内容を言葉でまとめてみる。それには話を整理する目的と同時に、確認の意味合いも含まれていた。
「つまり、その時は錯乱状態になっていたんですか」
リーグ中尉の話によれば、レビア=ザスフットは最初期のトールテストパイロットの一人だった。理性的で落ち着きがあった彼は、その特に高い適性も相まって同僚からの信頼も厚かったという。
しかし例の事故は起こった。トールの操縦訓練中、突然意味不明な言葉を発し始めたザスフットは、近くに居たテトル少佐のトールへ向けて攻撃を始めたのだ。武器は保持していなかったものの、コックピット付近の装甲は陥没。それに巻き込まれたテトル少佐の左腕は、切断せざるを得なかったという。
「そうだな、とはいえ俺が実際に見た訳じゃない。バルト大尉から聞いた話だ」
そして付近には更にもう一機のトールがあった。それは当時バルト大尉が乗っていた機体だったという。しかし事故を防ぐには至らず、暴れるトールを抑え込んだ時には既に遅かった。
バルト大尉が見たというのは、その時のザスフットの様子だったのだろう。
「どうしてそんな事になったんでしょうか」
「それについては数日後に発表があった。パイロットの過労らしいっていう話だったな」
「過労ですか……」
たしかに過労が原因で統合失調症などを患う事はある。それによって幻覚・被害妄想などを発症する事も珍しくは無い。
しかし、ある一人だけが発症するというのも不自然な話だ。同じような条件であれば、他の最初期メンバーに同様の事故があってもおかしくないのだから。
それに何故テトル少佐が彼の名前を出したのか、その理由が余計に分からない。
何かがずれている。それはナオトの直観であった。
本当に過労が原因だったのか? 何か別の原因が――――
「あの事故にしても、真の原因は|MNCSによる精神疾患の発症だった」
それこそが機密書類に記された内容、そしてテトルが突きつけた事実であった。
「テトル、これをお前は調べていたのか。一体いつから……」
「事故の後からだ。あの時から、納得のいく理由を探していたのかもしれない。今思えば特殊情報局に入ったのだって、あの事故の真相が知りたかったからだ」
「そして知ったのか。事故の真相を」
この情報を得る為に彼がどんな手段を使ったか。もし自分が想像している通りであれば、抵触したであろう軍規の数が10を下回る事は無い。どれだけ少なく見積もっても、即刻銃殺に値する重罪である。
それでも彼を突き動かした何か。その苦味はバルトもよく知っている。
「事故の原因はパイロットの過労なんかじゃ無かった。意識の混濁、錯乱、幻聴、幻覚……ザスフットに起こった症状のどれもこれも、MNCSがもたらす副作用そのものだったって訳だ。それを上層部とG.K.companyがひた隠しにしてるってんだから笑えない話さ」
文字通り命がけで辿り着いた真実を、テトルは自嘲するかのように話す。達成感や満足感といった感情からかけ離れたその様子は、見る者に悲哀を感じさせるものだった。果たして本当にその価値があったのか、と。
そして今、これまで見過ごそうとしていた現実へと、事実という刃が鋭く喰い込もうとしていた。
「……適性が高いものほど発症が早い、か。やはりそういうことだったのか」
バルトが読み上げたそれは、紛れも無く文書に記された言葉であった。それは現状における二つの疑問を同時に解消し得る。
まず一つ、何故自分は今まで精神疾患を発症しなかったのか。
そしてもう一つ――――
「お前が何故、ナオトにパイロットを止めるよう言ったのか。それは、あいつの適性の高さを知ってのことだな」
「そういうことだ。まあ彼自身にも確かめたが、参謀本部会議での報告を見れば誰だってそう思うだろうさ」
「参謀本部会議の内容とは……特殊情報局の網には驚かされるな」
参謀本部会議の討議内容は、本来秘匿されるべき事柄である。つまり決定内容が通知される事はあっても、内容そのものが他所へ漏れる事は無いはずなのだ。知っている事を前提として話すテトルに対し、バルトが当惑するのも無理からぬ話であった。
隠された事実、そこから予想される未来。
重苦しさが顕現したかの様な空気が、屋外デッキを覆っていた。しかしそれを吹き払うには、夜の風はあまりに弱い。拭い切れない後味の悪さを残し、バルトは再び口を開く。
「いずれナオトも発症することは間違いない。もし発症すれば味方にまで危険が及ぶ。そういうことだな?」
問いに対しテトルは左腕を掲げて見せた。肌色に似つかぬ光沢を放つそれは、無機質としての印象を強く意識させる。言葉は無くとも、それが答えに違い無かった。
すると話は終わったと言うように、テトルは格納庫に通じるハッチへと向かっていく。そして最後に「全て機密にあたる情報だ」と言い残し、その姿は屋外デッキから消えた。
吹く風は、いつの間にか冷たさを帯びている。
「お前がそれを言うか。現に俺に話したばかりだろう」
もはや聞こえないと知りつつも、バルトは呟いた。無論それを止めようとしなかった自分も同罪だ。
トールの根幹たるMNCSの欠陥。
それを隠蔽してきたG.K.company、そして軍上層部。
信頼性が重視される軍にあって、この事実はトールという兵器の存在価値を揺るがしかねないものだ。テトルに言われずとも、他の誰かに言えるはずも無かった。
これからどうするのか。正解の見えない問いが頭の中をグルグルと駆け巡る。今の彼に必要なのは考える時間であった。屋外デッキから人影が消えたのは、それから一時間ほど過ぎてからのことである。
二日後、第三世代型トール四号機の改修作業はようやく完了を迎えた。既に、一号機そして二号機の補修及び改修作業も終了している。その結果として四号機は大幅な性能低下を起こし、一号機は実体弾砲への換装が行われた。頭数だけを見れば試験先行運用部隊は元の体制を取り戻したと言えるが、そう言い切れるのは余程神経の太い人間だけであろう。
しかし変更点はそれだけでは無かった。試験先行運用部隊が第四師団へと編入される際、第三世代型トールの形式番号が正式な形で登録されたのだ。実質的にG.K.company側の開発コードネームで仮登録されていた名称が、そのまま移行した形となる。
〈YMXシリーズ〉――――第三世代型トールはそう冠せられた機体群として、第四師団の管理下へと置かれる事となる。これまでの運用体制においては、頻繁な仕様変更に伴う手続きを嫌って、敢えて仮登録で済ませていた名称でもあった。無論、改めて正式な形式番号が与えられたからといって現状が変わる訳では無い事は、ホエールに乗る誰もが理解していた。しかし、それを無意味として切り捨てる者がそう多く無かった事また、一つの事実である。
それは作戦開始を間近に控えた緊張感故なのだろうか。
現に、大型陸上輸送艦ホエールは、旧領土への進攻を開始しようとしていた。その腹に収めた様々な思惑は、鋼鉄の巨体を満たして余りある程に大きい
鋼鉄の巨鯨は、陰謀渦巻く山地へ漕ぎ出そうとしていた。




