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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
7章:参謀本部会議
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第50話「血の通わない左手」

 四号機の大規模な補修作業は、完了までに三日という時間を要した。比較的設備が充実しているホエールであっても、それだけの時間が掛かったのである。それは偏に、機体の整備性の悪さが要因であった。整備班の尽力が無ければ、更なる遅延を見たであろう事は想像に難くない。

 そして、時間が掛かった要因はもう一つ存在した。

 一号機に損傷は無かったにも関わらず、その担当整備班が修復作業に加われなかったのだ。だが、これもまた四号機が損傷した影響である。四号機の大幅な弱体化により、試験先行運用部隊の運用方法そのものの見直しが迫られる事となったのだ。

 元より第三世代型トールは個々の戦闘能力が突出しており、ある程度の独立戦術を取ることが可能だった。デルタ3攻略戦において、一号機の単独行動による狙撃ミッションが可能だったのもその為である。しかし今の四号機には、単独行動を要求出来る程の戦闘能力は無い。だが、その能力は第二世代型と比べれば依然高く、運用を凍結するには惜しい。

 その対応策として考えられたのが、一号機の改修であった。砲撃を主とする一号機との連携によって、能力の低下をカバーしようと試みたのである。

 だが、陽電子砲は絶大な破壊力と引き換えに、即応性・柔軟性が著しく低い。これでは柔軟な連携行動など望めない。そこで、かねてより装備プランの候補であった〈試製多薬室砲〉が搭載される事になったのである。これは、弾頭の加速時に合わせて薬室の順次閉鎖・弾薬の燃焼を行う事により、同口径の砲に比して高い初速を得る事が可能だった。更には弾頭を収めたカートリッジの交換によって、様々な弾頭を射出する事が出来る。この利点を最大限活用すれば、様々な状況下での運用が可能となり、新しい運用方法にとって最適の装備と言えた。

 これもまた今までに装備例が無い武装のため、補修作業同様、搭載までに時間が必要とされた。

 数台の兵員輸送車がホエールへと到着したのは、まさにその作業中の出来事である。



 兵員輸送車がホエールに接触して来た時、ナオトの身体は四号機のコックピットに収まっていた。大勢の人員によって整備作業が進められる中、ナオト自身も調整作業に加わっていたのである。だが格納庫に流れたアナウンスに、作業は中断せざるを得なかった。

『作業中の整備班へ、ハッチ付近へ整列せよ。繰り返す、作業中の整備班へ――――』

 これが大尉の言っていた特殊情報局とやらか。ナオトは整備クレーンで床へと降り、整いつつある列の後方へと加わる。同じく後列で、いかにも面倒そうな後姿を見せているのはルーカスであった。

「ルーカスも居たのか」

「ん? ああ、ナオトか。ったく、ちょっと様子を見に来たら捕まっちまったぜ」

 続いて「これは何なんだ?」と聞くルーカスではあったが、その答えにたいして興味は無いようだった。

「バルト大尉が言うには、特殊情報局とかいう部隊らしいぞ」

「へーぇ。第四師団お抱えの軍諜報部のお出ましか。これはまた厄介な事が起こりそうだな?」

 開きつつあるハッチから、自然光が格納庫に差し込んでくる。これまで人工光で照らされていた床は、徐々に暖かな色を湛えていった。だが、直後に入って来た数台の兵員輸送車は、そんな格納庫内の床に影を落とす。誘導員が指定したスペースへ停止した後、そのハッチが開かれた。

 車内から続々と出て来るのは、いずれも特殊仕様の軍服を纏った男たちである。その左腕には軍特殊情報局を示すエンブレムが施され、周囲の軍人たちとの違いを引き立たせていた。

 しかし中でも目立っていたのは、ちょうど前から二番目の輸送車から出てきた一人の軍人である。軍の支給制帽を深く被り込んだ、浅黒い肌を持つ男だ。周囲の様子からして、最も階級が高い軍人である事はわかった。だが目立っていたのは、その様な理由からでは無い。

「あの軍人……おい、ナオト?」

 気付いていたのはルーカスだけでは無い。その軍人の左手は、肌の色が微妙に違った。右手と比べて不自然に照りを見せるそれは、明らかに義手と判別できるものである。

 それを見て、ナオトは戦慄を覚えた。

 浅黒い肌、失われた左腕

 |俺はあの男を知っている《・・・・・・・・・・・》。何故忘れていたんだろう。

 アインド戦の直後に見た夢。夢というにはあまりにリアルな情景の中に、あの男の姿があった。

 一瞬、現実と夢の境を見失ったナオトは、言葉を発する事すら忘れそうになる。そして男は兵員輸送車から格納庫へと降り立ち、ちょうどバルトとリーグが立つ辺りで言い放った。

「第四機兵師団所属、特殊情報局部隊員テトル=エリック少佐だ。……よう、久しぶりだなバルト、リーグ」

 バルト大尉とリーグ中尉は、テトルと名乗る男を知っているようだった。彼らの表情は親しげに綻び、その親交の深さを窺わせる。

 だが、ナオトの目はその様な事を捉えてはいなかった。ただ彼は、自身の奇妙な既視感に戦慄していた。同時に心の底では、絡め取られた運命を直感してもいた。そんな彼に、自身の名を呼ぶルーカスの声が届く筈は無かったのである



 コツコツという二重の規則正しい音が、固い廊下の壁に反響する。硬質音の発信源たるバルトは、その歩みを艦長室へと向けていた。理由は一つ、乗艦許可を求めるテトルをエドモンド中佐に面会させる為である。そして彼は、後ろを付いてくるテトルに対し、不意に冗談めいた調子で呼びかけてみた。

「宜しいでありますか、テトル(・・・)エリック少佐(・・・・・・)

「やめろバルト、今更階級付きで呼ばれても気持ち悪いだけだろうが」

「それもそうだ」と、バルトは笑う。つられて笑ったテトルの声と共に、無機質な廊下に二人の笑い声が響き渡った。リーグも含めて、トール訓練生時代は同じ班で訓練を積んだ仲だ。決して楽では無い、ともすれば辛い時間でもあったが、その縁は今も絶える事が無かった。

「しかし軍特殊情報局の少佐か、お前も随分な立場になったな」

「それだけじゃない、今では実質的な責任者だ。片腕が無くてもやりようはあるってことさ。まあ、お前のようにパイロットにはなれなかったがな」

 そう言うとテトルは、左腕の義手をかざして見せた。彼にとって10年という歳月は、義手生活への違和感を消し去るに足る期間であった。無論、元の腕に比べれば制約は多い。それでも、彼が不便だと感じる事はほぼ無くなっていた。

 だが、人工の素材で出来た左腕を目にし、バルトの表情は曇った。彼の脳裏に浮かぶのは、テトルが左腕を失った事故の情景である。

「あれは……不幸な事故だった」

 当時、開発の黎明期にあったトールは、数多くの事故を引き起こした。それは機体の構造に依るものもあれば、制御系、果てには不慣れな作業員に依る人的ミスまで様々な要因があった。その中でもあの事故は、パイロットの支援体制の不備が要因とされたのである。

「お前にとっても、ザスフットにとっても」

 だが、テトルはその話をする気は無いとでも言うように、それ以上の言葉を制した。

「その話はもういいだろ。誰にも責任は無いんだ。

 それより、特殊情報局責任者兼少佐に何か聞きたい事は無いのか? 人事案くらいなら教えてやれるぞ」

 冗談じみた口調ではあったが、彼の目に油断は無い。バルトも、その光が意味するものを察した。

「なら、コプレン中将の後任は誰になるか。教えてもらえるか?」

「情報が早いな。誰に聞いた?」

「エドモンド中佐にな。つい昨日の話だ」

「第四師団の師団長には、シーグ中佐――――いや、シーグ大佐が任命された。もともと情報屋のコプレン中将に追いやられていたようなものだったからな。この機に担ぎ出されたという訳らしい」

「中佐が昇進と同時に師団長に任命か。意外な話だな」

「そうか? もともとの状況を考えれば、これも当然の成り行きさ。まあデルタ20攻略が終わるまでは、軍外での正式な発表は無いだろうがな」

「そうか」とバルトは一応の納得を見せた。大きな報せがあったかと思えば、息吐く間もなくまたこれだ。一朝一夕で移り行く情勢に、多少の辟易を覚えることは否めない。

「ならこの任務はどうなる。第四師団長が代わったのなら、何か変更があっても」

 だが更なる問いは、最後まで発せられる事は無かった。目的地〈艦長室〉のドアが目前にまで迫っていたからである。自分の役割は案内であるから、これ以上会話を続ける訳にもいかない。

「テトル、ここが艦長室だ」

「わかった。案内ありがとう」

 言葉少なに、彼はドアの前へと立った。そして再び会う約束を取り交わし、艦長室へとその姿は消えていった。

 廊下に取り残されたバルトは、一人苦笑する。何か言いたい事があるのなら、「聞きたい事は無いのか?」などと回りくどい言い方をしなければ良いのだ。その結果、時間が足りなくなって尻切れトンボになるとは。気さくに見えて、相変わらず不器用な奴だ。

 少しばかりの懐かしさに浸った後、バルトはその場を立ち去った。気持ちは既に、試験・先行運用部隊隊長としてのそれに切り替わっている。頭の中にあるのは、未だ終わる気配を見せないトールの改修についてであった。



「あの感覚は何だったんだろう……」

 それより、あの軍人は一体誰なんだ。ナオトの胸中に渦巻く疑問は、窓外に流れる夕景色を見てもなお、晴れる気配を見せなかった。心配するルーカスを振り切れたのは良かったが、普段立ち入らない艦尾機関部付近まで来てしまった。自分はどうしたかったのだろうか。

 幸いこの通路は使い勝手が悪く、機関部作業員でさえ使おうとしたがらない。その為こうして一人佇んでいる様子を、他人に見咎められる心配も無いはずであった。

 当のテトル少佐がひょっこり現れるまでは。

「ああ……おい、そこの!」

「……ッ!」

 声を掛けられたナオトの目が真っ先に捉えたのは、左腕に施されたエンブレムであった。そして相手を上官と見るや否や、軍人として訓練された身体は、反射的に敬礼姿勢を取った。

 全ては、不意を突かれた勢いで取った行動である。相手がテトル少佐だと認識したのは、敬礼姿勢を取った後のことだった。

 しかし、相手の顔を見て行動を止めたのはナオトだけでは無い。テトル少佐もまた、ナオトの顔を見て発しかけていた言葉を飲み込んだ。人気の無い寂れた通路に、奇妙な対峙の構図が生まれる。

「貴官は、ナオト=オウレン少尉か?」

「そうであります。自分は試験先行運用部隊所属、第三世代型トール〈四号機〉の専属パイロット、ナオト=オウレン少尉であります」

 定型文じみた言葉を並び立ててはみたが、わざわざ聞いてきた意図が分からない。少佐ともあろう軍人が、一士官ごときの名を気にする必要があるとは思えなかった。

 困惑するナオトをよそに、テトルは納得したような表情を浮かべる。

「あの……自分がどうかしましたか?」

「いや、貴官があのパイロット(・・・・・・・)かとね。実際に当たっていたようだな、ナオト少尉。書類上では見ていたんだが、会うのは初めてか」

 テトルが何を言っているのか、束の間ナオトは計りかねた。だがその意味を理解してもなお、疑問の残る物言いである。自分が『あのパイロット』? 

 するとテトルは、自身の説明不足を補うかのように言葉を続けた。

「参謀本部会議の話題に第三世代型トール四号機が挙がった。アインドの話と関連して、だ。それくらいの情報は俺にも入ってくるのさ」

「そうでありますか。……しかし四号機は今、本来の性能を発揮できません。アインドと戦えば確実に負けます」

「だろうな。それも聞いている。上層部も今の四号機にそこまでの働きは期待していないだろう。だが、俺が注目していたのはパイロットの方、つまり貴官のことだ。先にバルトに話すつもりだったんだが……本人が出て来ると話は別だな」

 テトルの視線は窓のほうへと移り、考えをまとめているようであった。思考がそのまま漏れてきたような言葉は、彼の独り言そのものだったのかもしれない。

 だが、少佐の頭の中を覗ける訳でも無いナオトには、話の行方がわからない。自分に話しかけた意図は何だろう、ますますその思いが強まって来た時だった。半ば不意打ちのように発せられた言葉が、ナオトを驚愕させる。

「ナオト少尉、未来が見えたり(・・・・・・・)はしないか?」

 突拍子も無い言葉に、少佐が冗談を言っているのではないか、という考えが頭を掠めた。だが、彼の目は真剣そのもので何か冗談を言っている様では無い。なにより、少佐の言葉は事実であった。

 トールに乗っている時、何度か感じた事がある。それはきまって突然起こり、理解の及ばない範疇で推移していく現象であった。『見えた』おかげで攻撃を回避出来た事も、幾度となくある。だがナオト自身、それが有り得ない現象であるという自覚があった。たしかな実感を持ちながらも、幻覚の類であるとして自分を納得させ、誰にも話していなかったのはその為だ。

 しかし、今日初めて会ったはずのテトル少佐は、あっさりとその事実を看破して見せた。真っ先にナオトの内に浮かんだのは、何故? という疑問である。

 ……どうして知っているんだ? 

 黙り込むナオトの様子そのものを肯定の表意として、テトルは更に言葉を続ける。

「やはりそうだったか、ザスフットの言っていた通りだな……悪い事は言わない、もうトールには乗るな」

 続けて放たれたその言葉は、更に意図を計りかねるものだった。どうして今日初めて会った相手に、パイロットを辞めろなどと突然言われなければならないのか。

 理不尽な物言いに、相手が遥かに上の階級である事を一瞬忘れそうになる。だが軍人としての理性が、溢れ返りそうになる感情を押しとどめた。代わりに口を突いて出てきたものは、その残滓と言えるものだ。

「自分は、トールに乗ります。パイロットとして」

 何故そこまで強い言葉で答えたのか、自分でも不思議だった。しかし、意図がどうあれ一旦発せられた言葉が戻ることはない。二人の沈滞した空気には、言葉の残響が漂い続けていた。

 半ば諦めたかのように、テトルは口を開く。

「そうか、意思はわかった。だが俺も悪意があって言っている訳じゃない。じきに分かるさ」

 最後に一言を付け足し、彼は通路から立ち去ろうと身を翻す。一連の動作に、ナオトの理解を待とうとする様子は無かった。つまるところ、それもまた彼自身の胸中が漏れ出したものなのだろう、と想像がつく。

 だが、あくまで淡々と言い残した言葉は、まるで何かを予見しているかのようでもあった。少なくともナオトには、そう感じられてならない。

 そのまま少佐は、視界から姿を消した更なる困惑を残して。徐々に遠ざかる彼の足音は、やがて艦のホバー推進音に掻き消されていった。

 再び一人となった通路で、ナオトは大きく息を吐く。少佐の言葉は分からない点が多過ぎた。いきなりトールに乗るなと言われた事もそうだが、誰にも話していない筈の事をどうして知っていたのか。だが、そんな中にも一つだけ手掛かりがあった。それは「ザスフット」という名である。朧な記憶でありながらも、前に聞いた事がある名前だったのだ。

 ナオトはそう確信すると、静かにその場を後にした。かつてその名を口にした、リーグ中尉の下へ向かう為である。何かに突き動かされるように歩く彼を、窓から差し込む夕焼けの明かりが照らしていた。角を一つ曲がった先で、道に迷うテトルが待ち構えている事などは想像もせずに――――。

「……もしかして、迷ってここに来たんですか?」

「食堂までの案内を頼む」


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