第49話「全力稼働102秒間の代償」
「ナオト少尉、体調はどうだ?」
狭い窓から差し込む光が、大して広くも無い車内を照らす。ホバー推進がもたらす騒音は防音構造によって遮断され、その閉鎖空間には静けさと呼べるものがあった。軍人同士会話が弾むでも無く、その静けさを享受していた車内にあっては、バルトの声が普段以上に大きく響く。
「今は問題ありません。……ありがとうございます、バルト大尉」
二人が乗る兵員輸送車は、数機のトールと共にホエールへと向かっていた。その中には試験・先行運用部隊の一号機・二号機・三号機も含まれている。輸送車の窓を覗けば、それらのトールと並び一台の大型トレーラーが自走している様子が見て取れるだろう。
その積荷は、第三世代型トール四号機である。各部駆動モータが焼き付いて自力移動もままならない為、あのようにトレーラーを用いて運搬しているのだ。
その様子は、ナオトの座っている席からも見る事が出来た。そして、自力移動すら出来ない愛機の姿は、ナオトに自責の念を抱かせるに足るものであった。もう過ぎた事であると理解しつつも、半ば勝手に口は動き出す。
「先の戦闘はすみませんでした。自分が無茶な操縦をしたばかりに」
「気にするな。そうでもしなければ、偵察部隊は全滅だったろう。お前が奴を……アインドを止めたから、あいつらも生きているんだ」
バルトの口からアインドの名が出た瞬間、刃物のような鋭い影が心を掠めていった。その感覚を訝しむ間も無く、ナオトはその正体を理解する。
復讐。そして、こびり付いた後悔。自分でも意外な程に、素直な理解であった。それは、以前にバルト大尉の過去を聞かされたからなのだろうか。
「でも、倒す事は出来ませんでした」
そしてアインドを倒せなかった事に罪悪感を感じるのも、バルト大尉の過去を知ってしまったからなのだろうか。しばし生まれた沈黙の後、バルトが口を開く。
「一つ聞く。あの時、お前は何をしようとしていた?」
意外な反応に、一瞬だけ返答が詰まる。しかしこれでもナオトは軍人だ。何をしようとしていたかなどは決まっている。
「偵察部隊の救出です。帰投時刻の大幅な遅れから、何らかの脅威目標の存在が予想されていたので」
そうだ、とバルトが同意する。
「お前に与えられた任務は『偵察部隊を救出する』こと。アインドを倒す事自体への命令は出ていないはずだ。……たしかに犠牲は出た。だがお前は軍人として、任務をやり遂げた。それ以上言う事があるのか」
「いえ、ありません」
確かにバルトが語る言葉に間違いは無かった。しかし、心の底から納得出来た訳でも無い。そんな表情を浮かべたナオトに、バルトは質問を投げ掛けた。
「その様子からすると、聞いたのか? 俺の過去を」
「あ……その」
質問に、その事を責める意図は感じられない。だが今更湧いてきた、他人の触れてはいけない部分に触れてしまったという意識が、ナオトの返答を詰まらせた。
しかし答えを予想していたのか、バルトはさして気にする様子を見せなかった。「だがな」と会話は続く。
「これは俺個人の問題だ。軍人として為すべき事は変わらないはずだ俺も、お前も」
まるで自身に言い聞かせるかのように、言葉はゆっくりと紡がれた。
そしてそれを最後に、再び沈黙を迎える車内。先程まで喋っていた分、かえって気まずさが身に沁みる。
必要が無ければ会話を続ける必要は無い。ましてや相手は上官なのだから猶更だ。しかしそれを理解しても尚、ナオトは会話を続けることを選択した。話すべきことはやはり、自分達にとって最大の『問題』である。この時すでに、参謀本部会議での決定事項は現場レベルにも伝わっていたのだ。
「第四師団への所属移行、自分達はどうなるんでしょうか」
しばし考えた後、幾分かの慎重さを以てバルトは答え始めた。
「そうだな。今までにこういう事は無かった、だからこれからどうなるかは俺にも分からない。だが、何か厄介な任務があるのは間違いないだろう」
「厄介な任務、ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言うとバルトは端末を取り出し、国境付近の簡便な地図を表示させた。そして特定の地点に指で触れ、次々に赤いマークを描いていく。それはナオトも見知ったものであった。
「これは国境戦線?」
「そう、これは主な国境戦線を表している。ただし、俺たちのような機兵師団が主戦力として投入されている戦線だけだ。歩兵や戦車部隊が主力の戦線は他に幾らでもある。それこそゲリラ戦が展開されてるような場所も含めてな」
そしてある一点を、青い線で囲う。その地点は国境戦線より更に奥地、俗に言う『旧領土』の範囲内だった。
「ここも似たようなものだな。開戦当初にゲルバニアンに奪われた挙句、今は敵勢力圏の中にある旧領土地帯。恐らくここが、俺たちが向かう地点でもある」
予想していなかった結論に、ナオトは思わず聞き返しそうになった。ホエールで補修を終えた後は、再びシーグ中佐の部隊へ加わるのだと考えていたからである。そもそもシーグ中佐の所属は第四機兵師団であり、ナオトがそう考えたのも当然と言える。
だが、バルトは確信を持っているようだった。自身の考えが及ばない判断を前に、ナオトはその根拠を知ろうとする。
「何か動きがあったんですか?」
「察しが良いな、その通りだ。近々、ホエールに特殊情報局の部隊員たちが合流するらしい。連中が何を考えているかは知らないが、わざわざ部隊員を合流させる必要があるとなると、そこくらいしか向かう所は無い」
意図的なものでこそ無いが、先程からの返答は何かが抜け落ちている。核心を問う言葉は短く、そして真っ直ぐにバルトへとぶつけられた。
「ここに何が有るんですか」
「……ある研究施設だ」
そこでバルトは大きく息を吐き、呼吸を整えるような素振りを見せる。それが、何かバルト自身の過去に関わるものである事は、想像に難くなかった。
「今はどうなっているかは分からない。だが10年前には確かに存在していた。その施設を管理していたのは――――」
「学術団体オーディン」
微かな笑いを浮かべながら、トレイクはその名を口にした。優雅ささえ感じさせる空気は、周囲を無骨な鉄骨で囲まれた格納庫にあっても変わる事は無い。
「やはり試験先行運用部隊はその旧支部へ向かいますか」
「当然だ。特殊情報局を動員する辺り、恐らくはコプレンの差し金だったのだろうが」
そう語るロズエルの顔は、薄暗い中でも判別できる程に険しかった。そんな彼を試すように、トレイクは言葉を投げかける。
「かつての戦友に上官、そして所属組織。あなたも色々と思うところがあるんじゃないですか?」
「俺が特殊情報局に所属していたのは前の話だ。切り捨てられた俺に、今更未練などあるものか」
「そして当の彼らは、まさにそこへ向かおうとしている。あなたが知ってしまった真実を、彼らは見る事が出来るでしょうかね」
「白々しい事を。それをさせない為にこうしているのだろうが」
その時、ロズエルが言葉を終えたのとほぼ同じタイミングで、格納庫内に真っ白な光が満たされた。微塵も暖かみを感じさせない人工光が降り注ぎ、まるで手術室の無影灯のようにトレイクとロズエルの姿を浮かび上がらせる。男達が曳くはずの影はどこかへ追いやられて、服にあった皺さえも立体感を失くしてしまっていた。
「その通り。私の〈フラグマ〉と、あなたの〈ディエスト〉がそれを成す」
しかし、二人の男が視線を向ける先には、全高20mにも達する二つの影絵がそびえ立っていた。人型を象った滑らかなラインで装甲を形成され、各所には獣の意匠を施された巨大な人型。それらはまさしく黒い装甲を持つトール達であり、まるで光を受け付けまいと抵抗するかのように、ただ黒く在り続けようとしている。狼のような構造を持つ頭部にしても、やはり黒い。事情を知らぬ者が見れば、二機のトールはまさしくアインドそのものに見えていたはずだった。
その反面、アインドによく似通っているからこそ、少なからぬ差異が浮き彫りになっているのも確かだ。
トレイク側にそびえ立つ一機の特徴といえば、左腰に帯びた曲刀の一振り。緩い反りを持つそれは約15mに達する長物であり、華美な装飾を排された無骨さと、ある種の芸術品の如き優美さを兼ね備えている。鞘を持たない抜き身の刀身は、人工的な光を弾いて黒々と輝いていた。刀が誇る切れ味を想像させるに難くない艶ではあったが、そもそもそこからは刀としての重要な部分が抜け落ちている。傍から見れば不可解な事に、機体が帯びる構造物には刃が無いのだ。
そして、傍らに立つ機体の方には、フラグマ以上に奇妙な構造物が装備されていた。それは機体背面に設置された三対、左右合わせて六基の大型放熱プレートの事だ。まるで背中に打ち込まれた杭を思わせる放熱プレートには、裏面に無数のスリットが彫り込まれている。膨大な熱量を処理可能だと想像できるそれは、機体のバランスを崩しかねない程に巨大なパーツだった。機体本体が人型に忠実であるが故に、あまりに巨大な放熱装備は大きな違和感を生み出している。
「クライアントは、情報が漏れる事態を何としても避けたいようです。尤も目的はそれだけではありませんが。あなたにも他の目的があるのでしょう?」
「……実戦での動作検証」
最後の言葉を丁重に無視し、話の軌道を本筋へと戻す。トレイクもそれに構う様子は無い。
「俺のディエストはもう済んだが、お前のフラグマも12年前に使われたのではないのか?」
「いえ、結局のところ使う事は叶わなかった。動作しなかったという方が正しい表現かもしれない」
「フラグマと対を為すという……アレの影響か」
その言葉と共に、トレイクの視線は曲刀のような構造物へと向けられる。それはまともに斬るべき部分を持たない鈍刀に過ぎないはずだったが、フラグマと呼ばれた機体は他に何も装備していない。ただ、一振りの鈍刀しか帯びていなかった。
「そうです。ただし、私のフラグマも改良されました。私が乗りさえすれば、アクセスの優先順位はフラグマの方が上であるはずです。そもそもアレは今、稼働させるべき者がいません」
「その必要も無いだろうがな。そもそも、今回は我々が行く必要は無いはずだ。アインドを派遣しなかった理由は何だ?」
数日前の時点でアインドの修復は終わり、既に稼働出来る状態にあったはずだ。ロズエルは左脚部の修復を終えたアインドの姿を思い浮かべ、トレイクは一体何が不満なのかと考え始める。
「まさかアインドに触れた機体が確認されたから、などではあるまい。たしかに驚くべき事だが、あれはアインドの問題では無い」
「相手のパイロットの問題ですね。尤もそれが理由ではありませんよ。アインドにはやって貰わねばならない依頼がありましてね。今頃は国境戦線で働いているでしょう」
その言葉でロズエルは納得した。クライアントの要望を実現しなければ、機体建造の際の契約を破る事となる。実力はこちらが保持しているとはいえ、逆らう事などは出来るはずがない。
「では、そろそろ時間です」
左腕に嵌めた腕時計を確認し、トレイクは言った。その時計は機械式駆動を採用した、今では古式と言えるものである。定期的な手入れが必要となる代物ではあるが、よく手入れされたそれに時間の狂いは無かった。
何故わざわざ手の掛かるものばかり愛用するのか、それはかつての自分には理解出来なかった。だが、この男と過ごす中で気付いたことがある。
使う者にとって手間が掛かるということは、反面、自身が必要とされている証左でもあるのだ。それは、かつて居場所から切り捨てられた自分には、貴重な感覚であるように思える。トレイクもそう感じているのだろうか――――そこまでは分からない。だがそうだとすれば、彼もまた人なのだ。
「リーグ中尉から話は聞いてましたがね。これはまた手ひどくやられましたな。
第三世代型がここまで苦戦する相手なんて私は知りませんが……それも言えないんでしょう?」
整備班長クイスト=コリンド軍曹の眼前には、ホエールへと運び込まれた四号機の姿があった。そして無情にも、彼の持つ端末には破損状況の仔細が出力されている。実機の状況を目にしてからというもの、彼の表情はどこか引きつっていた。懸命に隠そうとしているようだが、幸か不幸か、ナオトにもそれは分かる。
せめて情報くらいは教えたいと思う。しかし緘口令が敷かれている以上、相手が整備員であってもフェンリルの事を話す事は出来なかった。精一杯の謝意を以て、その事を彼へ伝える。
「……すいませんコリンドさん。それは命令で」
「いえ、わかっております。少尉殿は気にしないで下さい。敵が何であれ、我々は機体の保守・整備が任務です」
四号機の周囲には、数十人の整備員が取り付いている。本来ならば三号機の整備にあたる人員も、その大半が動員されているのだ。いくら保守管理の自動化が進められているとはいえ、大規模な修復となれば大勢の人員が必要なのである。試作機である第三世代型にとって、それは顕著な問題であった。
「それで、四号機の補修についてなんですが」
歯切れ悪く切り出されたのは、本題である四号機の補修の件だ。その様子から、何か良くない報せがあると想像するのはさほど難しい事では無かった。当然ながらと言うべきか、ナオトの直観は命中する事となる。
「G.K.company工廠でオーバーホールを受ける予定だったんですが、作戦命令のおかげでそれが不可能になったんです。第三世代型、特に四号機用の駆動モータの予備は、そこで補給しなければいけなかったんですが……現状では、代用として第二世代型の駆動モータを搭載するしかありません」
その言葉にはある種の無念さが詰まっていた。機体の保守整備を生業とする彼らにとっては、最善の状態で仕上げられない事は屈辱でさえあるのだろう。機体を通して整備員と交流してきた経験は、ナオトに彼らの心情を理解するに至らせていた。
しかし、パイロットにとっての機体は、命を預ける器そのものである。半端な納得で済ませる訳にはいかなかった。
「そのぶん性能は落ちますよね。具体的にどのくらい制限がかかりますか?」
「そうですね……」
するとコリンドは端末の計算機を操作し始める。概算値が導き出されるのに、さほどの時間は掛からなかった。
「そのまま使うとすれば、レスポンス速度は平均して40%低下が見込まれます。非正規なやり方でチューンは施しますから、多少は改善される計算になりますが。ですがね、そもそも第二世代型の駆動モータでは、制御系の要求速度について来られないんです」
「そうですか……リミッターも外せないですよね?」
「ええ。もし使用したとしても、制御系についてこれなければ意味がありません。空回りするだけですね」
コリンドが説明するそれは、ナオトが想像した以上の制限であった。高い機動性・運動性が特徴の四号機にとって、反応速度の大幅な低下は命取りとなる。なにより、アインドに対抗出来ない。次に遭遇すれば逃げるか、殺されるより他に無いのだ。
ナオトはそう思えばこそ、まるで、手にした剣が一気に錆び付いくかのような心地に襲われていた。四肢を取り外されていく四号機の姿は、奇しくもその心象を体現したかの如く映る。
俺は……どうすればいいんだ?
格納庫が活気で満たされていたその頃、艦長室にはバルトの姿があった。報告で幾度となく訪れた室内は、もはや馴染みの光景である。当初感じていた圧迫感の様なものは、最近では感じる事も少なくなっていた。
「ご苦労だった、バルト大尉」
「中佐こそ。参謀本部会議への出席は聞き及んでいます」
しかし、今回は別種の圧迫感を感じる。それが何であるか分からないままに、会話は始まった。
「大尉を呼んだ理由は、単刀直入にいえばフェンリルのことだ。……先程入った報せだが、ハインレスト基地で視察中だったコプレン中将が戦死なされた」
「それは本当ですか……!」
何かあるだろうとは思ったが、まさか師団長の戦死だとは思わなかった。言うまでも無く、これは異常な事態だ。たしかに将官クラスの軍人が戦場の視察をすることはある。現地の戦意高揚や、引き締めを狙っての事だ。ただし安全には細心の注意が払われ、敵によって暗殺される事態は有り得ないはずなのだ。
あるとすれば、味方戦力が全滅させられた時か、厚い警備網に潜りこまれた時だけである。
しかし、そのどちらもが可能な機体を一機だけ、バルトは知っていた。そして、エドモンドの言葉はそんな予想を肯定するものだった。
「これは確かな情報だ。無論、正式な発表は無いだろうが、現場である後方地帯には、アインドの姿が確認されたそうだ」
「……またフェンリルかッ!」
してやられたという思いがこみ上げて来る。戦場で二回も相対しながら仕留められなかったのは、自分たち試験先行運用部隊の落ち度だ。それが結果的に、師団長殺害という結果に繋がってしまったとすれば、責任は自分たちに有るも同然だった。
若干視線を落としながらも、エドモンドはバルトに語り掛ける。
「試験先行運用部隊は、二回フェンリル所属の機体と交戦した。この報せは大尉の耳に入れておきたいと思ってな。我々はもはやフェンリルと無関係ではいられない、言いたいのはそういう事だ」
今のバルトにとって、その言葉は枷のようにも、啓示のようにも思えた。運命というものが存在するとすれば、それは自分をどこへ導こうとしているのだろうか。
その日の午後、ホエールへと乗艦してきた特殊情報局員の中に見知った男を見つけた時、バルトはそう考えずには居られなかった。兵員輸送車から格納庫へと降り立った男は、気安げな口調で言ったのだ。
「第四機兵師団所属、特殊情報局のテトル=エリック少佐だ。……よう、久しぶりだなバルト、リーグ」




