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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
7章:参謀本部会議
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第47話「目撃者972名の暗殺劇―2」

 格納庫内の雰囲気は、本戦闘配備の発令を機に一変していた。空きの目立つ格納庫群はにわかに活気を帯び始め、配備されている数少ないトール達に火が入れられる。ジェネレーターの起動音が幾重にも重なり始め、起動シークエンスを終えた機体は既に足を踏み出していた。

 これは敵襲を受けているのだ。コプレンが確信すると同時に、駆けつけて来た幹部たちと顔を突き合わせていた基地司令が、弱弱しくも通信用端末を指し示した。すっかり青ざめた顔は、先ほどと比べても一気に十歳ほど老け込んだように見えた。

「最終警戒ラインを越えて、我が基地に侵入して来ている敵機がいます! 数は一。哨戒に当たっていたトール一個小隊が、既に壊滅させられた模様です」

 コプレンが反射的に抱いた感情は、一種の失望と怒りだった、

 不意に壊れた万年筆によって、指が青く汚されてしまった時の怒り。ペン先などという、ただインクを通してさえいれば良い部品に裏切られた失望。その度にコプレンは思うのだ。どうしてそんな役割すらこなせずに、あろうことか私の指を汚すのか、と。湧き上がる感覚は、まさにモノに対して抱くような行き場の無い苛立ちにも似ていた。

 予期せぬタイミングで折れてしまうペン先も、初歩的な索敵すらこなせない基地要員も、彼にとっては本質的に全く同じものと言えた。単純な役割すらこなせないどころか、失敗すれば他の部分まで汚してしまう、救いようも無い無能をさらけ出す存在。だから彼は、時に署名に必要とされる万年筆がどうしようもなく嫌いだった。そして、たかだか単機でやって来た敵に対して怯え出すこの男も。

 基地司令は、部下達に一応の指示を出した後はすっかり取り乱していた。掠れた声で何やら呟いていたが、コプレンに聞き取れたのは呪詛を込めたような言葉だけだった。

「話が違う!」

「それはこちらの台詞だ、たかが敵一機追い返す事も出来んのか!」

 やや急くように歩み出したコプレンの足は、格納庫区画から基地中枢部へと向けられる。付いて来る側近ただ一人を除いては、格納庫内へ駆けていく者たちの流れに逆らうような格好だ。すれ違う誰も彼もが、戸惑ったような表情を押し殺しているようだったから、正確な事態を把握している者は案外少ないのだろうとコプレンは判断する。

 まったく冗談では無い。激昂しかける心を落ち着かせながら、基地司令たる男の無様さを呪った。ひいては自らに降り掛かって来る任命責任を、極めて直截的な形で感じずにはいられない状況だった。今さら遅いと知りつつも、このような基地が今まで放置されていた事実にこそ、彼の怒りと後悔は及ぶ――――認めたくは無かったが、何よりも自身の監督不行き届きに。

「この間抜けが……今まで何をやっていた」

 基地司令に始まり哨戒部隊のパイロットに至るまで、この基地に居る者は皆、無能ばかりのようだった。無論、本来やるべき事では無かったが、彼自らが作戦司令室へと向かっているのはその為だ。ハインレストに配属されている者は、誰一人として信用するつもりなど無い。

 コプレンは早足で格納庫ブロックを抜けて、側近と共に基地地下区画へ。巨大な掩蔽豪の直下、基地中枢を司る大部屋に辿り着いた時には、既に基地司令の背中があった。

 彼は、数々の壁面ディスプレイが設置された標準的な作戦司令室の中央に立ち、やや明る過ぎる程の室内で士官たちに指示を与えている。一応立つべき場所には立っているようだったが、とても安心できるものでは無かった。

「出せる戦力を惜しむな! 何度言えば分かる、全機発進させろと言っている! なんとしても敵機を止めるんだ、各部署は詳細な報告を上げろ」

 パニックに陥る一歩手前で踏み止まっている基地司令の様子は、後姿だけでも充分に察する事が出来る。コプレンは、その様子に本能的な嗅覚が反応するのを感じ、作戦司令室へ足を踏み入れるのを躊躇っていた。

 あの男は何か知っているのではないか、という漠然とした直感――あるいは経験がもたらす無意識の推理――は、やはり無視できない重みとなって彼の足を地面に繋ぎ止めていた。が、こうした展開に出くわした時、危険を冒してまでその場に留まろうとするのは愚策に他ならない。彼は、後ろに控えていた側近を呼び出した。

「グランパスB-2へ戻るぞ、艦長には出港準備を進めるよう連絡を入れておけ。ただし基地管制には気付かれるな。最悪、強行突破する事態になるやもしれん」

「はい、閣下。大至急準備させます」

 側近は即座に通信用端末を取り出し、グランパスB-2側との連絡を取り始めた。かなりきな臭い指示内容ではあったが、いざという時に切れないカードでは意味が無いのだ。護衛を一人しか連れて来なかったコプレンとしては、ぎりぎりの事態を想定しておく必要があった。

 作戦司令室内に飛び交う声は、入り口付近に立つコプレンらにも充分届く。より一層緊迫感を増す報告の中に、彼は特に興味をそそられる内容を聞き取った。

「司令、望遠映像を二番モニターに出します!」

 果たして、単機で突っ込んで来た敵とは何者なのか。漏れ聞こえて来たオペレーターの報告に興味をそそられたコプレンは、大部屋の右正面に設置された壁面スクリーンに目を凝らした。

 長距離から捉えたと思しき映像が、惜しげも無く展開される。すっかり日の沈んだ背景は緑掛かった彩色に調整されており、赤外線域の映像である事は一目で分かった。周囲にはまるで焚火のような光源がぽつぽつと点在し、弱弱しい残火で以て夜景を照らしているようにも見えた。

 しかし問題は、画面中央にそびえる薄ぼんやりとした人型だ。まるで警戒する様子も無く立ち尽くす姿には、いっそ不気味なほどの威圧感がある。両手の先は特に明るく輝いており、松明か何かを持っているような恰好となっている。頭部にもはっきりと輝く部分が存在し、それは一点の輝きとなって望遠映像に真っ向から対峙していた。加えて、映像の中に爆発の光が混じり始めると、頭部は新たに二つの輝きを宿し始めた。

 一つは頭部正面を飾る点、残り二つは煌く刃物を思わせるスリット状の光。

「ああ……なんと、何故ここに」

 コプレンは映像の意味を理解した途端、背筋に冷たい刃物を滑らされたような感覚を味わった。つい先日、実際の映像を見せられたばかりの機体、試験先行運用部隊が遭遇したという機体と、あまりに外見的特徴が重なるのだ。否、コプレンは都合の良い現実逃避を抑え付けて、望遠映像に捉えられた敵の正体を認める。どう見ても見間違えようの無い三つ眼が、彼に現実から逃げる事を許そうとしなかった。

「あれは〈アインド〉か、フェンリルがどうしてこんな所へ……!」

 映像の中で傲然と構えるアインドは、両腕の先から飛び出した杭にトールの残骸を引っ掛けている。まるで焚火のように周囲を飾っていたのは、未だに高熱を発するトールたちの残骸だった。単機で基地警戒ラインを突破出来たことも、即座に哨戒部隊を撃破出来たことも、そしてあらゆる索敵網に引っ掛からなかったことも、全てはフェンリル保有機ならば可能な芸当なのかもしれなかった。コプレンは、ハインレスト基地に尋常ならざる敵機が迫っているという事実を、たったそれだけの事実を遂に認めざるを得なかった。

「閣下、報告致します」

 グランパスB-2との連絡を取っていた側近は、ようやく通信端末から目を離す。しかし、彼がやや戸惑ったような表情を浮かべている事だけが、コプレンには不可解だった。

「艦はしばらく出港できそうにないとの報告です」

「なに?」

「はい、ついさっき起こった事件のようですが、機関室で何人かの艦内要員が錯乱して取り押さえられたと……理由は分かりません。しかし、その影響で過負荷の掛かった〈GCUジェネレーター・コントロール・ユニット〉が動作停止、動力炉を再起動させるまでには少なくとも30分は必要との事です」

「信じられんな。首謀者は、中心人物は割り出せているのか」

「事実を申し上げますと、閣下に命じられたこと(・・・・・・・・・・)だと喚いていたようです。今回の件は、たとえ艦内要員の錯乱であっとしても、内通による反乱では無いと思われます」

 事件内容といい、発生タイミングといい、まさに耳を疑いたくなるような報告だった。基地司令に内通する何者かの仕業という可能性も、勿論考えられなくは無かったが、それにしてはあまりに回りくどい。コプレンは、何か自分の理解を超える出来事が起こりつつある気配を、骨の深い部分で感じ取っていた。

 コードネーム:アインド。第三世代型すら圧倒する、黒き孤狼。

 アインドは両手の残骸を弄ぶように引き裂くと、一直線に基地中枢部へと接近し始める。降り掛かる砲火の嵐など、霧雨程度にも感じていない様子で、その進路は全くぶれる事が無い。

 見るに、格納庫から飛び出した迎撃戦力からの砲撃も加わるが、軽く十を超す火線は悉く不自然な方向へと逸らされていく。発射されてから一点へ集められた砲弾は、アインドという焦点を境にして一気に拡散させられていた。まるで、一つの焦点に目掛けて殺到する光線を見せられているかのような光景だ。

 戦果の上がらぬ射撃に焦れた迎撃部隊は、二機が突出してアインドへの距離を詰める。しかし、映像を見つめるコプレンは、もはやハインレスト基地程度の戦力ではどうにもならない戦力差を把握しているつもりだった。第二世代型が幾ら挑もうと、勝てる相手では無い。

 数秒後、彼の予想に違わぬ形で、望遠映像の画面が一気に光度を増す。一つの爆発が起こったことを示す輝きは、無論アインドの撃破成功を意味するものでは無かった。それがさも当然であるかの如く、光の暴威から抜け出してきた黒い影は、再び迎撃部隊のトールへと襲い掛かっていく。二つ目の鮮烈な輝きが生み出されるまでに、そこから一分と経過することは無かった。何を撃ち掛けようとも敵機の進軍速度は衰えない為、迎撃部隊の必死の応戦は無視されているにも等しい戦況だ。

 コプレンは一つの決断と共に、作戦司令室に通じる入口から身を退いた。

「ハインレストから脱出する」

「はい、閣下」

 側近は顔色一つ変える事無く、即答してみせる。無論、こんな事で感情を晒すような男ではないからこそ、コプレンは側近として傍に置いているのだったが。

 これは、特殊情報局に配属された経験がある者なら一度ならず直面する、『切り捨て』の情景だ。コプレンは、配下の戦力を失うという口惜しさは覚えていたが、決してそれ以上の感傷を伴う感覚では無かった。必要ならば基地の一つや二つは失くしても構わないし、結局は生き残るべき者が生き残ればそれでいい。これまで切り捨てる側に回り続けて来たからこそ、彼は軍の暗部に触れてもなお生きて来られたのだ。


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