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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
7章:参謀本部会議
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第46話「目撃者972名の暗殺劇―1」

 エークスとゲルバニアンの国境地帯にて展開されている戦線、即ち国境戦線。

 戦線を支える為に必要とされる戦力とは、多くの場合、各地に設けられた前線基地を拠点とする部隊に他ならない。最低でも機甲戦力を備え、大規模なトール戦力を配備していてもおかしくない、そんな前線基地の一つとして数えられる軍事拠点の中には、〈ハインレスト〉前線基地も含まれていた。

 ハインレスト前線基地は、今ではさほど重要視されない立地にある前線基地の一つだ。現在、主要な戦闘地域からの距離は決して近いとは言えず、かといって、航空戦力を置くには不安を拭い去れない。当人達には如何ともし難い時代の流れが、一つの中途半端な拠点を生み出してより久しかった。ちょうど夕刻の境目にあって、夜を受け容れんとする大気は徐々に温度を下げていく。基地の立場を暗示するが如き斜陽は、コンクリートと鉄に覆われた敷地を橙色に染め上げる。

 ハインレスト前線基地には、砂塵を巻き上げて接近する一つの艦影があった。傾く太陽に引き延ばされた影を曳き、分厚い装甲に覆われた戦艦がホバー推進で駆ける。まるで陸に打ち上げられた鯱を思わせる、やや前面に張り出したフォルムを持つ陸上戦艦の姿は、まさに名を表すに相応しい威容を誇っていた。

 エークス軍が誇る主力陸上戦艦〈(グランパス)〉級――――そのB型二番艦は、ハインレスト前線基地への入港を目指して移動し続けて来たところだった。与えられた艦名は〈グランパスB-2〉、艦艇照合を終えた後、基地内にある掩蔽豪の一つがゆっくりと口を開けていく。

「ハインレストの充実具合も、ここまで来るといっそ無様だな」

 〈グランパスB-2〉の艦内、本来なら高級士官用として割り振られる個室にて、コプレンは呟く。中将という肩書きを背負う彼が見ていたのは、壁面ディスプレイに展開されるモニター映像だ。

 画面には、基地の半分を占めようかという巨大な掩蔽豪――繊維補強コンクリート製のカマボコ――の連なりが映されており、前線基地の名に恥じない規模を誇示している。一つ一つにグランパス級を収める事も可能な掩蔽豪は、横一列に並べるようにして4つが建設されていた。これだけでも辺境の前線基地としは十分すぎる程の受け入れ設備であり、コプレンはそんな基地の全景を、うんざりするような思いで見つめていた。そもそも彼は、わざわざ前線基地に赴いてまでやるべき任務を、決して好ましい気持ちで捉えてはいなかった。

 コプレンが陸上戦艦に乗り込んでいるのは他でも無い、ハインレスト前線基地の視察を果たす為だ。その為に彼は、本土で行われていた参謀本部会議を終えるとすぐに高速艇へと乗り込み、ちょうど丸々一日をかけて移動して来たのだった。立て込んでいた日程を消化するべく性急な移動を強いられた、という細やかな不満は否定できるものではない。

 こんな移動を強いられたのは、前線基地視察の日程が一週間前にもなって急に早められたせいだ。既に疲れを隠せない彼は、無能な基地司令の顔を微かな苛立ちと共に思い返す。

 一週間前、基地司令の方から、視察日程をどうしても繰り上げて貰わないと作戦に支障が出る、などと言われたから止む無く予定を変更したものだったが、こんな杜撰極まりない対応を受けたのは初めての事だった。コプレンにしてみれば、基地司令を務める男の無能さは、全く有り得ないものだし、信じられないという苛立ちもある。

 彼は皮革カバーに包まれた椅子に身を沈めると、一秒と掛からずに男への処遇を決した。作戦が一段落すれば、すぐにでも一人の首が飛ぶことになる。それだけは確かな事だ。コプレンの知る限り、少なくとも日程管理をきちんとこなせる程度に優秀な人材は、他に幾らでもいた。

 ふと、ドアを三度叩く音が聞こえて来る。まるで機械仕掛けのように正確なリズムで鳴らされたノックに、コプレンは背もたれへ預けていた身を起こす。外に待機させておいた部下からの合図だった。

『閣下、あと五分ほどでハインレストへの入港が完了するとの事です』

 元は特殊情報局の構成員らしい、いかにも無駄のない表現で準備が促される。

 コプレンがディスプレイを見てみれば、艦外映像が映すのはひたすらコンクリートの内壁だけとなっていた。いつの間にか、艦は既に掩蔽豪の内部へと進入していたのだ。彼はやや重い腰を上げると、ドア前で身動ぎもせず待機しているはずの部下に応える。

「これ以上の護衛は必要ない、と艦長に伝えろ。無駄に人を増やしたくない。今行く」

『はい、閣下』

 やがて艦が決定的に速度を落としていくと、コプレンは個室から出て行った。ほとんど側近と言っても良い士官を一人だけ従えて、彼はグランパスB-2が接岸した艦艇用ドックへと降り立つ。まさに水を抜かれた港のように殺風景なドックには、三人ほどの部下を従える基地司令の男が立っていた。たった四人の出迎えを受けて、コプレンの憂鬱な前線視察は始まろうとしていた。



 基地の外からは殆どカマボコ状にしか見えない掩蔽豪だが、内部にはたっぷり60機程度のトールを格納できるよう設計がなされている。五階建てビルほどの高さを持つトールは、整備用クレーンや立体足場からなる縦長の空間へと収められ、さながら四方を取り囲まれるようにして格納される仕組みだ。それを強いて例えるなら、鉄筋と整備用通路で組み立てられた試着室が幾つも並んでいるような見た目、あるいは骨組みだけで出来た棺のような見た目でもあった。優にトール一個大隊を収める事が出来るほどの設備といえば、そういった格納スペースが数十個単位で立ち並ぶ光景に他ならない。

 生身の人間にしてみれば、まるでちょっとした市街地が屋内に建設されているようなオーダーであり、更にその中へ収まるはずのトール大隊を想像すれば気が遠くなるほどだ。だからこそ、コプレンはハインレスト基地の現状に許し難いものを感じ取っていた。今や埋まっている箇所の方が珍しい格納庫群には、二個小隊ほどのトールしか収められてはいない。

「これだけの設備を維持するのに、どれだけの人員と金が使い潰されているだろうな。建設時の考えにしがみつくばかりで、実に嘆かわしい。そうだろう」

「はい、閣下」

 コプレンは一人の側近を従えつつ、鋼の巨神たちが収まるべき空間の足元を歩いている。彼が目線を上げてみれば、下に埃が積もったような格納スペースを幾つも見る事が出来た。トールを受け容れる設備ばかりが目立って、中身の伴っていない箇所があまりに多過ぎるのだ。

 そしてもう一人、コプレンとその従者が歩く先には、上に媚びることだけは長けていそうな基地司令の男がいた。形としては設備の説明役であり、基地の先導役でもある彼だったが、余計な事を喋るなと言わんばかりのコプレンに怯んでいる事実は、否定すべくもなかった。「君はどう思うね」などと、コプレンから少々意地の悪い問いを投げ掛けられた際には、

「私でありますか、はい、閣下の仰る通りでございます。僭越ながら申し上げますと、我が基地の戦力は強力にして、肩を並べるものなどそうそうおりません。閣下の仰る通りです」

 呆れを通り越して、いっそ興醒めするような反応が返って来る始末だった。脂じみた汗を額に浮かべながら、まったく噛み合わない会話で取り繕った態度を見せている。そういった対応に、いい加減うんざりして来たコプレンは、基地司令が時折説明を始めるに任せていた。

 第四機兵師団のトップとその側近、そしてパッとしない基地司令の男という、階級社会を象徴するような組み合わせは自然と周囲の基地要員を遠ざける。基地要員は皆、コプレンの姿を見れば敬礼姿勢は取るものの、自分まで巻き込まれる面倒を避けようとすぐに散っていくのだ。しかし、それはある意味当然の態度でもあった。

 自ら基地に赴いたコプレンの目的とは、基地存続の審査へ向けた現地視察だ。

 以前からハインレスト基地には不要論が出始めており、より重要度の高い地域へと戦力を再配置する計画が持ち上がっている。今回、彼が現地を訪問したのは一種の口実作りに過ぎないのであって、既に組織としてのハインレスト基地が解体される事は決定済みだった。そんな事も知らずに――あるいは知っているからこそ――、基地司令を務める男は卑屈な笑みを浮かべている。全く馬鹿馬鹿しい事だと、コプレンは軽蔑を込めた態度で司令に応じる。

 結局、初めから結果など決まり切っている視察は、その後も虚しく半時間ほど続いていた。ただ、時間を重ねたからといって、コプレンの中に出来上がりつつあった評価が覆る訳では無い。むしろ基地司令の不甲斐なさだけが強調されるような形で、ハインレスト基地全体の不要論は更に決定的なものとなっていった。あくまでコプレンの中においては、だったが。

 しかし、第四機兵師団の長を務める者の決定は、ほとんどそのまま基地の運命となり得る。下に居る者達にとって、彼の決定とはそういう性質のものだった。コプレンはその事実を重々理解していたし、決して悪くは思ってもいなかった。むしろ、軍に入って以来あらゆる手段を講じて手に入れた地位は、彼の存在を表す価値にも等しい。

 コプレンという男にとって、地位とは権力を注ぎ入れる為の水瓶だった。権力とは、絶えず組織内を流れていく水のようなものだった。水を上手く掬い取れた者には力が与えられるし、そうするには流れを見極める為の目が要る。時には、襲い掛かって来る濁流を受け流す術も必要だ。

 ただしコプレンは、組織内を降りていく水の流れが、見えない場所にもある事を知っていた。それは、誰の目にも触れる事無く地下を流れていく伏流であり、汚泥に塗れた側溝を流れていく汚水であり、決してそのまま口を付けてはならない代物だ。コプレンは今でこそ特殊情報局長の座から身を退いた将校だが、これまでに汚水の数々を汲み取って来た張本人でもある。機密を守るために抹殺して来た味方は数知れず、相容れない敵に望むものを渡した経験すらあった。自らを汚泥に浸してこそ、手が届く類の権力も確かにあったからだ。

 だからこそ、目の前で飽きもせずに媚びへつらう基地司令を見下す。恥ずかしげも無く、両手を広げて流れに身を置くような者を、軽蔑する。そうした者に限って、広げた指の間を水がすり抜けていく事にも気付かず、それなのに当の本人は上手く掬えているつもりでいるのだ。コプレンは救いようの無い無能さを、そして自覚無き無能者を毛嫌いしていた。

 司令は、うやうやしくコプレンを見つめる動作一つにも、どこか胡散臭さが滲んでいる。コプレンにしてみれば、これ以上案内に付き合って前線視察を続ける意味を見出すのは難しかった。あまりに空疎な格納庫群といい、司令の噛み合わない態度といい、様々に絡み合った不快感が脳を縛り付けているようで、既に我慢し得る限界を超えていたのだ。

 彼は、別の基地施設へ向かおうとしていた基地司令を引き止めると、滲み出す笑みを以て嗜虐心をさらけ出す。参謀本部会議といい、この前線視察といい、最近は神経に障るような出来事が多過ぎた。だから、彼の前に立ち尽くす男が、一つの気まぐれによって命運を決められてしまうのだ。それ以上の意味など無い、視察の結果というのはたったそれだけでも決するものだった。

「君、もういい。わざわざ日程を前倒して私を呼びつけておいて、この有様かね。ハイレンストというのは、そうだな、更地にでもしてクローニンにくれてやると良い。なりふり構わずに戦力を囲い込もうとしている奴の事だ、玩具置き場くらいにはなるだろう。君も玩具番として、奴の第二機兵師団へ行きたいか」

「閣下、そんな……まだ視察予定は半分以上が残っておりますが」

「聞こえないのか、これで充分だと言っている」

「しかし、まだ時間は!」

 基地司令の男は、異様なほど打ち切り阻止に執着しているようだった。自らの立場を思えば当然の反応とも言えたが、思わず側近が割って入るほどの気迫を秘めていたのも事実だ。しかし、ありふれた嘆願だけで決定が変わるはずもない。

 くどいぞ、とコプレンが怒鳴り掛けた矢先、耳をつんざくような警報が格納庫内に響き始めた。戦闘配備を促す為に流されている警報、それも本戦闘配備の発令を知らせる警報とあっては、単なる遊撃戦力の発見などでは有り得ない事態だった。彼は思わず基地司令の存在を忘れ、何らかの異変が起きたという事実だけに注意を向ける。

「今度は何事だ」


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